特別任務始動!他所でやってくれ!
リコリス襲撃の数もかなり減った。
やはり千束の件で痛い目を見たからなのだろう。
例のテロリスト――通称真島という男の行動は、リコリスを一人ずつ奇襲する作戦から方向転換したようだ。
それでも安心はできない。
連中の目的はDAの存在を白日の下に晒す事。
まだこの程度で止まる道理が無い。
「…………」
「…………」
余計な損失が出る前に先んじて潰したい。
そんなDAだが、真島に関する情報がほぼ皆無だ。
実際に遭遇して生還したのはリコリコのみ。
そんなワケで、現在リコリコに勤めるリコリス――千束とたきなはDAに呼ばれ、真島に関する情報の提供に本部を訪れていた。
そして、色々と聞かれる。
性別、人相、背丈、確認できた敵勢力の員数……。
持ち得る限りを俺たちは提供する。
俺たち?
ええ、俺もクソご主人様の命令で来てますよ。
だって。
『たきなだけだと楠木さんにグチグチ言われる〜!』
『俺も言われるんですけど(バイク壊した件で)』
まあ、奴隷の事情なんて顧みられない。
結局、二人に随伴して本部に来ていた。
今は真島の人相について、目撃者である二人が必死に紙にペンを走らせ、記憶を写し取っている。
過程を見ると……いや、ううん?
た、たきなさん?それは……。
千束、テメェは馬鹿にしてんのかオラ!!!!
「それが真島か?」
黙して結果を待っていた楠木司令が尋ねる。
すると、二人が良い笑顔で肯いた。
「「はい、これが真島です!」」
ばっ、と一斉に紙が出される。
両者とも――俺の記憶とすら違う。
千束とたきなは、お互いの絵を見合って大爆笑したり不満を垂れたりと忙しない。
ちら、と楠木司令が俺を見てくる。
「おまえも書いてみろ」
「無理です、恥を晒したくない」
「物は試しだ」
「知ってるでしょ!?昔から人相書きだけは俺って下手くそなんですよ!!」
楠木司令がふ、と笑う。
嗤いやがったな……末代まで呪ってやる!!
有力な情報になり得ないと判断したのか、司令が颯爽と二人に帰還の許可を出して部屋を去っていく。
自身の絵こそ情報力を宿していると食らいついていくたきなだが、流石にカバーできん。アレで探せと言われても無理だよ。
フキが一瞬だけ俺を見て、ため息をつく。
ごめんね!!
全力で申し訳なく思ってます!!
マジで美術的センスは一般レベル備わってると思うんだが、如何せん人相書きだけが底辺なのだ。
千束に大爆笑されて以来、書いてない。
「二人とも、帰るぞ」
「テン!私の絵は似てるよね!?」
「いいえ。こっちの方が特徴も一致しています!」
ごめん、どんぐりの背比べです。
平日のリコリコ。
今日も今日とて厨房で忙殺されています。
客足が特に多くなる正午なんかは、本当に俺が休む時間が無い。
それでも、たきなの賄いは欠かさないがな!
休みたい。
具体的に言うと一週間くらい。
21番が治りにくい切り方なんてするから、まだ体中痛いところもある。
コレは益々、千束には近付けたくないな。
アイツに傷跡とか似合わんし。
「お疲れー」
「働けー!」
「これから風呂だ」
「呑気してる場合かッ!」
タオル一枚で歩いていくクルミに怒鳴りつつも手は止めない。
確かに顔を晒したくない身空だから匿っているとはいえ、自由にも程があるだろう。
もう少し貢献してくれ。
俺の依頼といい、リコリコの仕事もさ。
千束ほど大胆にとは言わずとも少し手伝えよ。
ああ、また追加注文が入った。
もう分身の才能とか無いかな?
いや、そしたらその分身も同じことを考えるから途轍も無い争いになる。死ににくい相手とかしんど過ぎる。
「んー」
「ん?」
瀕死状態の俺の横を千束が通過していく。
一丁前に悩んだフリしても賄いは出さないぞ。
……とは言ったものの、その一日は千束の様子がいつにも増して奇妙だった。
懊悩する姿に異変を悟ったのは、俺だけではないだろう。
客の前では通常通りだが、一度その視線から外れると眉を寄せて険しい面持ちだ。
体の調子でも悪いのだろうか。
労って好物でも作ろうとも考えたが、蓋を開けてみれば些末な事でしたとなったら癪に障るので、静観しておこう。
実際、コイツがこんな風に真剣な素振りを見せる時は軒並み下らない場合が多い。
むしろミズキさんが禁酒した方が異常事態だ。
アレに比べたら人類滅亡も軽いしな!
「天、少しいいか」
「何です?」
「明後日、予定はあるか?」
「デートのお誘いですか」
「息子に手を出すような人間じゃない」
まさか買出しを頼む気か。
やめてくれ。
忙しい最中で先の予定とか一番聞きたくない。
「千束が何もしなければ大丈夫です」
「そうか」
「何かあるんですか?」
「明後日、スーツ一式を用意して出勤してくれ」
「え゛、まさかDAに連行して無理やり就職させる気じゃ……」
「DAは関係ないから安心しろ」
DAじゃないのにスーツが必要な場面とは。
俺も訓練教官として出勤する以外では着る場面など殆ど無い。
まさか出張とかかな。
別にいいが飛び込み営業とか無理です。
第一、DAに関係無い時点で想像がつかない。
「何処に行くか聞いても?」
「成人した時に連れて行ったバーがあるだろう」
「ああ、あそこに」
ソレならば納得だ。
壁一面がガラス張りの水槽となっているシックな場所だ。
あそこに行くと、普段は和装の店長もスーツ姿になる。
俺の成人祝いで彼に連れて行って貰った事があった。
初めて飲酒を経験したのも、あそこだと思う。
一応、思い出深い店かもしれない。
しかし、あそこはVIPが秘密裏に通う場所でもあるので、行く理由となればある意味で普段はできない話題について話したりするからと決まっている。
俺に話しにくい事?
……まさか!
新しくイイ人でも見つけたんですか!
恋愛相談か……いや、自信無いっス。
失敗談なら豊富なんスけどね。
「俺と店長だけなら皆が帰ったリコリコでも」
「いや、会わせたい人間がいる」
「………え゛」
まままままままさか!?
恋愛相談ではなく、恋愛報告!
もう既に交際してますって話ですか!!
今日からキミのパパになる○○さんだ、仲良くしろよ的な紹介から始まるんですか。
………え、それはキツいって。
「店長も律儀だな」
「何がだ?」
「いえ。分かりました、明後日ですね」
仕方ない。
断る理由も無いしな。
それに千束の相手をするよりは疲れないかもしれないし、普段から飲酒をしないのだが高い酒が飲めるのは贅沢だから楽しみでもある。
ミズキさんには羨ましがられそうだが。
……酒、といえば。
去年は千束が十六の誕生日に酒を飲まされたよな。
セーフハウスで二人きりの時にそんな事があった。
突然の事だったし、何故か下着姿で晩酌された時は正直に言ってドン引きした。
あれが怖くて酒が喉を通らなかったし。
酔わない俺を見て悔しそうな顔をするアイツの真意が一番分からなくて不気味だった。
何がしたかったんだ、あのアホは。
「しかし、俺に会わせたい人とは?」
「それは会ってからしか話せない」
「え、怖い。途端に行きたくなくなる感じにするじゃないですか」
「安心しなさい。そんな風にはしない」
そう言うと、店長に注文票を手渡される。
「それじゃ、コレ三番テーブルの注文だ」
「………とほほ」
切り替えが早くてよろしい。
たきなの丁寧な字で書かれた注文票を見て、俺は再び仕事に戻った。
そして、重労働は夜まで続いた。
店を閉めて片付けも終わり、俺は座敷席に倒れる。
あ゛ー。
もう動けません。
「千束、どうしたんですか?」
「んー」
「今日は何かずっと変ですよ」
「コイツはいつも変だろ」
同意見。
だが、今日はいつも以上に異常だ。
まさか、本当に体調か?
「先生は?」
唐突に口を開いたかと思えば、千束は店長の所在を問う。
「買出しに行ったぞ」
「なにー?もうおっさんが恋ちくなったのかな千束ちゃんは〜?」
ミズキさん、煽るのやめて。
そういうので溜まった鬱憤の捌け口が俺だから。
後で痛い目を見るの、何故かいつも俺なんだよ。
だが、ここでもやはり今日の千束は違う。
いつもなら、こんな失礼な物言いにも軽口か俺を睨むくらいだ。
千束はその予想を裏切り、真剣に悩んでいる。
本当に何事だろうか。
「皆さん――リコリコ閉店のピンチです」
千束の一言に、全員が固まる。
「「「…………えっ」」」
皆さん、無職のピンチです。
更衣室で女性陣が会議中だ。
必然的に、俺はハブられてしまった。
いや、仕方ない事だとは思うけど無言で蹴り出す事は無いよね。先に俺も無言で出ていこうとしたし、せめて一言だったり視線だけだったりでも催促できたよね。
ミズキさんも千束も暴力的。
やはり、癒しはたきなエルだけだな。
クルミは宛てにならん。
「しかし、閉店の危機って」
確かに経営難ではあるが、簡単に潰れるか?
意外と粘ってきた方だ。
最近でも普段以上の致命的な出費があったかと考えれば、あまり無いように思える。
「テン!」
ばんっ!と扉が開け放たれる。
千束が俺の襟を掴んで更衣室に引っ張り込やさしくしてぇええええええ!!!!
そのまま千束に投げられるように椅子へと座らされ、四方を女性陣に囲まれる。
え、なに?
何の話し合いをしたの?
もしかして、俺が全て悪いとかまた意味の分からない方向に奔って断罪するつもりか。
「テン、明後日は何か予定ある?」
「え、うん」
「は?」
「店長とバーに行くんだよ。会わせたい人がいるとか」
それを聞いた瞬間、やはりと千束が眉を顰める。
「やっぱり!私をDAに連れ戻す為にテンを誑し込むつもりじゃわ!」
……は?
アホも休み休み言え。
誰が俺を誑し込むんだよ。
たきなだったら余裕でそのDAに戻るという沙汰を受け入れそうだが。
なぜ俺が戻ると千束まで?
いや、それより何のこっちゃ。
「いや、経緯を説明してくれ」
「先生のスマホにメールが届いてさ、『千束の今後で話がある』ってあったんだよ。バーに行くって、きっと楠木さんだよ!」
「そのバーの名前は?」
俺が質問すると、千束が店舗名を答える。
………あ、俺たちの行く所じゃん。
え、まさかその推測が正しかったら俺はバーでDA関連の人物に会わせられるって事か!?
いやいやいやいや!
店長は違うって言ってたし!
「いや、楠木さんと決まったわけじゃ」
「そうですよ。司令というのも可能性が低いです」
「第一、それが何で閉店に繋がるんだ?」
クルミが尋ねる理由は尤もだ。
何故、千束の引き抜きが閉店に直結するのか。
「小さいとはいえ、一応はDAの支部だから。ファーストリコリスの千束がいないと存続できないのよ」
ミズキさんが千束を指さして説明する。
一つの支部に一人のファーストリコリス。
それが原則とされているようで、俺からすればこんな問題児がその重要な部分を担っているのに九年間も疑問すら覚えているけど口にはしない。
したら、殺られる。
「じゃあ、私が戻ります」
たきなのそのセリフに俺と千束が凍りつく。
「ええ〜!そんな寂しぃー!」
「たきなを取り上げるならDAと戦うぞ俺は!?」
「たきなはお呼びじゃないんだろ――うがっ!?……すまんすまん、失言だった……」
たきなが呆れたように俺たちを見ている。
「て、テンから攻めれば私は落とせると考えたんだよ!将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、だっけ」
「俺は馬か」
「アンタ、ことわざでも尻の下に敷かれるのね」
俺を口説き落とす事が千束にまで及ぶかの疑問はともかく、店長がDA関係ではないと明示しているので本当にただの杞憂ではないだろうか。
ただメールの『千束の今後』という部分は気になる。
外部にそんな相談できる相手がいるとは思えない。
何せ公的機密組織のエージェント、存在を知った時点で抹殺だって有り得るのに。
「DA関連じゃないって店長も」
「それじゃテンが来てくれないから嘘ついたんだよ」
「……なるほど」
確かに、それなら納得だ。
千束の今後について言及できる人物で俺に会わせたい人間、そして誰かは会ってからの楽しみだと回答を先延ばしにした店長の素振り。
これらを照合するとDA関係者以外にあり得ない。
「たしかにまずいな」
「そうなったら、私もアウト!」
千束が全員の顔を見回す。
「み、みんなだってお店失くなったら困るでしょ!?」
すると、各々の顔が険しくなった。
「私は……養成所戻しですし……」
「ボクもまだここに潜伏していないと命が危ない……」
「アタシも男との出会いの場が失くなる……!!」
「俺は別に。予定より早く逃亡生活が始まるだけ――」
「奴隷は黙ってなさい」
「承知いたしました」
そうでしょう!と千束の声に、全員が同意した。
こういう時の団結力はすごい。
しかも、一人ひとりが各方面に生半可な技術力を有していないので、行動した時に得られる成果と手を出せる範囲が規格外に違う。
秘密の会場となるのは『BAR Forbidden』。
まずは、その特定にクルミが情報収集を始める。
その業態は、検索エンジンにも載らない秘密の会員制バーだった。
確かに、俺も作らされたな。
それを知るなり、偽装IDの作成に取り掛かるクルミ。
仕事が早すぎる。
「でも、こんな場所で仕事の話なんかするか普通?……やっぱり逢引じゃないのか?」
「店長と司令は愛人関係ということですか」
その一言に、俺とミズキさんと千束が固まる。
い、いつの間にそんな言葉を、何処で覚えたんだ……まさか、千束セレクションのあの映画集で余計な知識を修得してしまったのか!?
天使が俗世に染まっていく物悲しさを感じる。
「でも、そういう事だろ?」
「「ナイナイナイナイ」」
「……何でだよ、あり得る話だろ??」
「「ナイナイナイナイナイナイナイナイ」」
千束とミズキさんが全力で否定する。
たしかに、最近来たばかりのたきなとクルミならばそういう発想に至るのも無理はない。
俺も来た当初は、楠木司令に顔の利く店長を見た瞬間に大人の密な関係が裏で結ばれているのではとマセガキよろしく勘繰った。
まあ、愛の形は人それぞれなんだよ。
少なくとも店長と司令じゃ絶対にない。
もしそんな関係なら、まず千束がここまでDAを敬遠するハズもないしな。
「でも、楠木さんも愚策だね」
「は?」
「テンは私に逆らえない。だからテンをDAに引き抜こうとしたところで私を動かす事なんてできないよ!」
いやいや。
オマエがどうしようと、俺は勝手に行きたい所に行きますよ。
後でどんなお仕置きを受ける羽目になるかは知らんけど。
どうせ今回も痛い目見るの俺だけ!!!!
「逆なんだよね〜。テンは私に付いて来るから、私を狙わないと」
「はいはい」
「それじゃあ、テン!」
「あ?」
「主人として命令します」
「はい」
だよね。
やっぱり、俺も作戦に参加する方針だよね。
俺は呆れながらも、それが無理難題ではない事を祈った。
「先生とともにバーへ行き、直近で私達に現状を報告せよ!」
…………………つらたん。
おまけ「あり得たかもしれない未来⑶」
事務所のインターホンが鳴る。
玄関前をカメラで確認すると、たきなが立っていた。
本当にアイツが配達に来るのか。
千束の姿は無いが、あれだけ行きたいと叫んでいたあの子をどうやって抑えてここまで来れたのだろう?そこだけが気になる。
やれやれ。
「姫蒲さん。俺ちょっと表出るわ」
「誰ですか?」
「行きつけの店の珈琲豆が届いたんだよ。配達を頼んでてさ」
一人だけの従業員――姫蒲さんに断って、俺が玄関まで行く。
扉を開けると、たきながこちらをジト目で見ていた。
「ここに事務所があったんですね」
「前に住所教えたろ」
「リコリコに近いのは、あの店に通いやすくする為ですか」
「え?」
「千束は来ませんよ」
ごめん、頭が追いつかない。
取り敢えず、ここなのは安いからが一番の理由。
後は、道などを見て緊急脱出のしやすい場所だったから選んだだけ。
「取り敢えず、配達ご苦労さん。ほれ、代金」
「今日は来ないんですね」
「え?ああ……この前みたいに大きくは無いけど、色々あるからさ」
「そうですか。従業員の方に余計な負担をかけないよう注意して下さい」
「口が減らんなオマエは……」
相変わらず冷たい。
たきなが踵を返していく。
……玄関応対なのは失礼だったか。
せめて事務所内に招いて茶でも出すべきだったかもしれない。いや、相手がリコリスな以上はDAに余計な情報が渡るのを避けるべきだ。
……たきなはDAの忠犬だし。
もうDA相手は懲り懲りだ。
「ん?なんだ」
俺のパソコン画面が急に乱れ始める。
不調は続き、やがて画面に奇妙なマークだけが映された。
……どうやら何かに目をつけられたらしい。
『キミがあの■■■■■社の13番か』
「……どちら様、マジで」
『僕はロボ太!君に依頼をしたい。断れば君の情報を全て裏社会に暴露する用意がある』
「最悪だな」
このハッカー『ロボ太』は腕に覚えがあるらしい。
厄介だな。
DAには既に目をつけられているが、昔色々な恨みを買っているから暴露されても困るんだよな。
「依頼内容は?」
『とあるハッカーの始末だ』
「………俺は情報屋であって、そういう方面の仕事はもうしてないんだけど」
『差し向けられた殺し屋を全滅させたりして日本中を逃げ回れてるヤツがよくいうよ』
「……それも知ってるのかよ」
惜しいが、もう国外逃亡するか。
こんなヤツに目をつけられた以上は、引き受けない限り暴露されて殺し屋がまた来る。
逆に引き受けたらDAに狙われる。
間違いなく詰んでるな。
『どうする?』
どうするって、そりゃオマエ……。
結論から言おう。
依頼は受けて、内容は失敗した。
ハッカーらしきぬいぐるみは暗殺できたものの、逆に相手側が雇っていた護衛――というかリコリス二名に捕縛された。
そして現在、救急車両の中である。
暴露されたが、ハッカーは無事。
ぬいぐるみの中身にも傷は無かったそうな。
そんなこんなで、任務は失敗万歳……と言っていいのやら。
現在、縛られた状態で二人の少女に睨まれていた。
「……こ、こんにちは」
「テンさん、だったんだ」
悲しげな千束の表情に胸が痛む。
謝っても仕方がないので黙っておく。
いや、それよりも交戦中に銃弾を避けて突進してきた千束は恐ろしかったので未だに直視できない。怖いにも程があるだろう。
いや、それより怖いのが目の前にいる。
「あれだけ注意したのに」
頭に銃口が押し当てられる。
もう背後に修羅がいるかのように錯覚するレベルの迫力を放っているたきな。
普段からの冷たい眼差しには慣れたつもりだが、そこに殺意が絡んでくると桁違いだ。
少なくとも、小さい頃に俺を狙っていた時とは、だ。
「約束通り、たきなが殺すのか」
「ええ。私の手で――」
「ちょいちょい!たきな、ストップ!」
千束の制止で、たきなの引き金の指も止まる。
「テンさん、何で殺しの仕事なんて受けたのさ」
「依頼人に、過去を暴露するとか脅されて。それをやられるとDAどころじゃないしな」
「逃げれば良かったじゃん」
「逃げる為の資金になるから仕事を受けた。そうでなかったら今頃は国外にいるよ」
この仕事で最後のつもりだったので、姫蒲さんには他の就職先を見繕った上で解雇した。
事務所も引き払ったし、後は金だけ得てトンズラ。
その心算だったが、まさか通い詰めてるリコリコの看板娘に敗北するとはね。
「だから、ここで殺されても仕方ないのさ。今か、少し延びるかの話」
「……そっか」
「うん」
「それにしても、テンさん強いね。私、足掴まれて振り回された時は終わったって思ったよ」
「ターゲット以外は殺さない。極力殺傷は控えたいの」
それを聞くと、満足げに千束が笑う。
え、今のどこに笑顔になれる要素があった??
「じゃあ、良い提案があるぞ!」
千束が何やら妙案を思いついたらしい。
まあ、他には俺に選択肢など無い。
一体、どんな地獄が始まるのやら。
「私は許してませんから」
たきなさん怖い。
数日後。
「いらっしゃいませー!」
俺は喫茶店で働いていました。
顔見知りの常連客には、まるでバケモノでも見るような目で見られた。
特に米岡さんにはビビられた。
「どうしたのさテンくーん!?」
「いやあ……職を失ったので店長に引き取って貰ったんですよ」
「か、可哀想に」
「ええ、本当に」
いつでも(たきなが)殺せるような環境下に置かれているんだからな。
俺はもう泣きたい。
和やかな喫茶店で一人だけ死の恐怖に怯え続けなければならないのだから。
いや、ね?
死んでも仕方ない、とは言ったよ。
でも嫌ではないとは言っていない。
死に方を選べるならメチャクチャ選ぶ。
その中でもぶっちぎりでたきなに処刑されるのは勘弁して欲しい。
「わあ!新しいイケメンさん店員!」
「いらっしゃいませ」
「お名前、何て言うんですか?」
「――藤宮天です」
女性客の相手をしていたら、俺の代わりに後ろからたきなが応える。
肩越しに振り返って彼女を見ると、睨まれていた。
え、まさか客にまで手を出すヤツだと思われてる?
注文票を手に厨房へ帰ると、たきながまた後ろに立っていた。
「厨房に引きこもっていて下さい。出来れば客前にも顔を出さないように、用がある時は私を通して下さい。以上です」
……………え、俺ってばもしかして人権無かったりする?
そんなこんなで、俺の喫茶店員の仕事が始まった。