真島side
夜道に列を作って車を停めていた。
これから警察署を襲撃する。
その用意を協力者のハッカー――ロボ太が完了するまでの待機時間だ。
オレには無い技能だが、有効に使える。
特に今回のような先を見据えた『下準備』となる襲撃作戦だと尚更な。
正直かったるいが。
コンピューターに依存したセキュリティの日本ならば、その道に明るい連中の手もまた必要になる。
時折ハッカーから説明されるが分からん。
普段はオレもやらないから知らない。
多少は隣のヤツがやり方を知ってるくらいだ。
「すー……すー……」
運転席では21番が安らかな寝息を立てている。
助手席のオレはそれに手入れ中の銃を向けるが、その瞬間にぱちりとヤツの瞼が開かれた。……いつの間にかオレの喉元に銃口が押し当てられている。
相変わらず勘が猫みてぇに鋭い。
「乙女の休息中」
「今なら殺せるかと思ってな」
「うわー。そんなんだから真島さーんとか言われるんだぞ〜」
「悪口じゃねえだろ、ソレは」
「敬ってるように聞こえる!?」
「少なくともオマエよりはな」
横で軽口を叩く有能バカから銃を退ける。
つくづく口の減らねえヤツだ。
前のスペースに置いたパソコンには、ハッカーが現在何かデータを送信してきている。それを挿入したUSBにダウンロード中だが、作戦にはこれが必要らしい。
これが完了するまで待機なのに文句は無いが、その間もこのお調子者に絡まれるとなると面倒クセェ。
そういえば……この前はやけに静かだったな。
コイツらしからぬ消沈ぶりだった。
あのゴリラに振られて一丁前にダメージか。
「その調子だと傷心から立ち直ったか」
「うわー。そこに触れるとか乙女分かってない。だから真島さーんなんだよ」
「いい加減にしねぇと叩き出すぞ」
「へいへい」
ハンドルに顎を乗せて21番が舌打ちする。
「今は状況が悪いって判断した」
「状況?」
「赤いリコリスがいる限り、13番が僕に集中できない。だから、まずアイツを処理した後だよ」
「そりゃ良い」
オレも暫くヤツを狙うつもりだ。
あの赤いリコリスは必ず仕留めなくてはならない。
車で接近した際に、一瞬だけで至近距離でヤツと撃ち合う瞬間があった。
逃走の足を止めて銃を構える相手。
オレは外さない距離に縮まった瞬間に発砲した。
だが、ヤツはこれを容易く躱してすぐ撃ち返して来ている。
まるで――当たらない、と自信があるかのように。
あの絡繰が知りてぇ。
そして必ず討つ。
アラン機関に見初められたリコリス。
さらに、人を外れたバケモノが急いで守りに現れたところからDAにとっても価値が高いと分かる。
そりゃ、確実に銃弾を回避する能力があればそうだろうな。
中々に興味深い要素ばかりだ。
仕事だろうが個人的だろうが、どちらにしても対決しなくてはならない。
『オイ!新しい情報が入ったぞ』
「んー?」
『以前、アイツと同じように非殺傷弾を使ったヤツの記録……というか噂なんだけど。――電波塔事件は知ってるだろ?』
その一言にピリ、と電流が走る。
へえ、懐かしい名前だ。
「ああ、折ったのオレだからな!」
『え……ドユコト……?』
「おまえかこのコノー!僕あそこの店で電波塔のオルゴール買ったんだぞ!?」
「うるせえ。……んで?」
横から襟を掴んでぐらぐら揺らしてくるヤツを突き飛ばしながら、オレはロボ太に先を催促する。
画面には、あの赤いリコリスが映し出された。
『何でも、テロリストはコイツに全員倒された……らしい』
「あー、一人は本当だが……あん時は何かちっせぇのが………――――!」
脳裏に蘇る、あの日の記憶。
鳴り響く銃声と、次々倒れていく仲間と、射線の雨中を駆け抜けていく小さな赤い悪魔の影。
生涯で唯一の恐怖を刻まれた記憶だった。
あの日の俺へと一弾を放たれた銃の音が、耳の奥で鳴り響いているように感じるほど強烈な体験。
相対した赤いリコリスと、その悪魔が重なる。
「ははッ!アイツか……!」
オレが思わず笑うと、隣で21番が顔を顰めた。
「知り合いだったの?」
「まさか同じヤツとは。……手も足も出なかった、コイツは運命だな」
「JKに運命感じちゃったよ」
呆れる21番を放置しつつ、ダウンロードが完了したUSBを抜き取る。
何やらロボ太に因んだであろう人形が付いていた。
「何でこんな物を直接挿しに行かなきゃならねぇの?」
『あのねぇ……DAのシステムは規格外のAIが制御してるんだけど、入口を物理的な手段で内側に用意しないと、アクセスした時点でこっちが――』
「あー、分かんねえけど、遠くからちょちょいとやれねぇのかよ」
隣の同じ技術を持つヤツに視線を投げる。――が、肩を竦められた。
どうやら困難らしい。
「国家機密に何度も土足で踏み込んで帰れるヤツなんてそうそういないって」
『ッ、これを作れるのは僕だけなんだぞ!?』
「お?」
『DAに仕掛けることができるヤツなんて、もう一人だっていやしないんだ!それを成し遂げれば、僕がトップランカーとして広く――』
「あーあー、分かった。つまり、おまえさんの夢が懸かってるワケね」
やたら熱弁するので笑って窘めると、画面の向こう側で深呼吸する音が聴こえた。
なるほど、この作戦には色々と込められているようだ。
オレだけの話じゃない、って事ね。
『僕に出来ない事は、誰にもできないと思ってくれっ』
「……頼もしいこって」
オレは改めてUSBメモリを眺める。
コイツを署長のパソコンに挿して来る――それが今回の作戦の達成目標だ。
警察署を襲撃し、これを成す。
オレ達と、ついでにハッカーの目的の為に。
これがあればDAとドンパチも出来るようなので、下準備だろうと手は抜かない。
するり、と横からUSBを取り上げられた。
21番はそれを自分のポケットに入れる。
確かに、一番署長のパソコンまで迅速且つ安全に辿り着けるのはコイツだろう。
ニヤニヤと笑う21番から視線を外して目の前のパソコンを閉じた。
「取り敢えず、通信ジャミングに逃走経路の確保頼んだぜ。――トップハッカー?」
車から降りて、オレは目的の警察署へ歩き出す。
さて、襲うといっても時間はかけられねぇだろうし、ハッカーによると初動を遅らせる程度であって直にリコリス共が押し寄せると推測されている。
要は手早く済ませなきゃならないらしいが……。
「ねえ、ボス」
「あん?」
隣で引き金に絡めた指を中心に拳銃を回して弄ぶ21番がニヤニヤと笑っている。
「どうする?派手に行くか……それともド派手に行くか」
「分かりきった事聞くな。盛大にやれ」
「りょーかい!」
気合が入ったようで何より。
オレも慎むつもりは毛頭ない。
派手にDAに宣戦布告でもしてやろうか。
藤宮天side
『お昼のニュースです。昨夜、警察署で悲惨な事件が発生しました――』
昼の穏やかな空気に似つかわしくない報道だ。
俺はその内容に耳を澄ます。
昨夜、暴力団によって警察署が襲撃されたという。使用された武装は銃器が主で、中には刃物でボロボロにされた死体もあったんだとか。
ここまで派手な刃傷沙汰が報道されるのも珍しい。
普通は事前に阻止される物だ。
リコリスでは対応出来なかったのか?
「ねー、構ってよー」
「ウザ」
「冷たい!千束さんがこんなにもテンを求めてるのに」
「暇なだけだろ」
「え、いやー?そんな事はー……」
明らかに動揺している。
コイツ、相変わらず演技は苦手のようだな。
いや、それより邪魔にも程がある。皿洗い中なのに後ろから抱き着いてくる千束を振り払いたい。
客がいないからって絡むなよ。
それよりニュースの内容が気になる。
「千束はいるか?」
ふと表側からそんな声が聞こえる。
千束が暇潰しできる予感があったのか、ばっと俺から離れてそちらへ向かった。
コイツ、本当に暇だったんだな……。
丁度良く皿洗いも完了したので、俺も千束の後を追う。
「おお、フキ!」
「こんにちは、テン兄」
「やっと来てくれたか。ゆっくりしてくれ!」
「いや、仕事だから」
ぺこり、とフキが俺に挨拶する。
リコリスでも特に仲良くしている内の一人が来て思わずテンションが上がってしまった。
同伴しているのは乙女サクラ……あの生意気なセカンドか。
この前の大人げない態度は謝るべきか?
「千束、見せたい物がある――ん?」
フキが要件を伝えようとし、はたと動きを止める。
その視線が横へ……クルミの方へと滑った。
げっ!!
そ、そうだった……!
コイツ、DAから存在を匿うべき人間だった……最近馴染んで来ていた所為で、すっかりコイツの爆弾事情を失念していた!!
「見ない顔だな?」
「……d、d、d、DAの者です……!」
「ん?そうなのか?」
クルミも演技下手くそか!!
いや、まあ生業がハッカーだからな……普段は人と顔を合わせずに過ごすのが普通だ。だから店で直接やるボドゲ会が特別な趣味になったりするし、面と向かって腹芸ができるような胆力はまだ無いよな。
フキの反応は、やや不審に思っているようだ。
彼女は千束に尋ね………はっ!
いかん!
コイツも演技ド下手だ!!
「ああ。ウチのコンピューターの人だ」
千束にヘッドロックをかけて俺が代わりに答えた。
もう充分に怪しいだろうが仕方ない。
……おい、腕の中で何か恍惚としてるアホご主人様、結構危ない状況だったんだぞ!?
そんな俺たちの動揺に、フキは特に勘繰る様子は無いようだ。
そのまま隣のクルミのタブレットを取り上げ、持参したUSBを挿入する。
画面が切り替わり、映像が映し出された。
何やら早速銃撃音が聴こえ始めた……おいおい、客がいないからって物騒な物を流すな。
そう思いながらも全員が額を寄せて内容に注目する。
「これは……」
「警察署内のカメラ映像か」
「紋々じゃねえじゃん!ニュースじゃ暴力団って言ってたのに」
「報道はカバーしてるに決まってるっスよ!」
「行動前に止めるのがアンタらの仕事でしょ」
「ぶーっ」
やはり、そうだったのか。
妙に不自然だとは思っていた。
ミズキさんが紛糾する通り、報道のカバーより先に行動を阻止するのがDAの本分である筈だ。敵の策謀で逆に注意を分散させられた隙を突かれた……いや、そんな芸当が出来るのはウォールナットくらいだろう。
映像をよく見ると――真島と21番がいた。
またコイツらか。
……改めて思うが、やはり21番は行動に躊躇いが無い。
容赦なく警察署内の人間を殺傷している。
やはり根深い『教育』を受けてるな……!
「おや、珍しいお客さんだな」
「あ、団子セット良いっスか?抹茶のヤツ!」
「抹茶団子セットね。フキ、おまえは?」
殺伐とした映像の裏で、そんな呑気な声がする。
途端、耳にしたフキが顔を真っ赤にさせた。
あらあら。
「…………………………任務中なので」
この通り。
相変わらず店長への恋心が丸わかりだ。
良いね、自分が恋愛できないと人の恋愛でしかキュンキュンできないんだよ!……あれ、涙が……?
「千束!どの、どいつだ!!?」
「っあー、そんな大声上げなくても……あ、コイツこいつ!ねえ、たきな!」
通路を歩く真島を見て千束が声を上げた。
どうやら、フキ達が確認したかったのはコレが真島一味の襲撃であるか否か、そして真島が誰かのようだ。
フキは確認するなり、席を立ち上がる。
乙女サクラを引っ張って、すぐに退店してしまった。
えー……もう少し長居してもいいのに。
「ねえ、これ私の絵の通りでしょ!」
「色だけじゃないですか!」
「いや、形とか顔とかそんな感じじゃん!」
「やめろ。どっちも無理があるって」
また始まったよ、どんぐりの背比べ。
先日の人相書きはお互いに思うところがあったのか、本物の映像を前に再び審議を始めた。
仕方ない。
ここは大人の俺が窘めて――。
「「論外の人は黙ってて(下さい)!!」」
「かはァッッ!!!?」
千束のみならず、たきなにまで言われた。
胸に苦しい衝撃を受けて、思わずよろめく。
……あの後、たきなに「天さんなら」と変な期待を込められて結局書かされたのだが、「これ人ですか……?」と訝しがる始末だった。
くそぅ……そこまで下手じゃないだろ……!
「ったく……ッ!?」
「どした、クルミ」
一人だけ映像を見て固まるクルミ。
俺はその隣に移動して画面を覗き見た。
『勝負だ、リコリス!!』
警察署長の部屋と思しき場所の壁に、血文字で描かれた大胆な宣戦布告があった。
その日の夜。
店長と共に、約束のバーに向かうべく店を出た。
俺が運転する車に乗って、夜街を駆ける。
助手席に乗る彼は、静かに車窓の流れる景色を眺めていた。普段の見慣れた和装ではなく白いスーツ姿なのもあり、雰囲気が違って話しかけにくい。
……そんなに緊張感を持って臨まないといけない相手なのか?
やはり、千束や俺の今後が関わるからか。
いや、俺はメチャクチャついでだろうけど。
「なあ、天」
「あ、はい」
「……過去にした大切な約束を守れなかった時、おまえならどうする?」
「…………」
……………えっ。
口を開いたと思ったら急に重い話を始めた。
そ、そんなにマジなんですか!?
い、いや……取り敢えず冷静になれ。
まずは普通に会話しろ。
過去の大切な約束……そんな物、俺からすれば一つしかない。
21番と将来を誓い合った。
子供の口約束だし、あの頃の境遇からすれば夢物語だと言われても仕方ない事だったが、それでも21番は本気だった気がする。
だから、俺も真剣に受け止めた。
それでも守れなかったけど……いや、今も彼女が生きて約束を覚えているのに、それを俺が果たそうとしていない。
「……難しい話ですね」
「すまん」
「いえ。俺も他人事じゃないんで」
そう。
決して目を背けてはならない。
……何故、俺がアイツと一緒になる事をやめているのか。
生きているなら、傍にいてやるのが約束だ。
そうしないのは、きっと。
「得た物が、約束と同じくらい捨て難い……とか」
手探りで得た自分の感情を言葉にする。
まだ、これもハッキリしない。
「捨てがたい、か」
「そうでないと迷わないでしょ、大切なのに」
「……ああ」
店長も同意したという事はやはり同じ。
「だから躊躇うし、守れない。人は変わりますし、変わらずにはいられない」
「……強いな、おまえは」
「どうでしょう。俺も揺れてばっかりですよ、情けない事に」
二人で思わず笑ってしまう。
店長の今の心境を繙くことはできない。
俺ぐらいでは軽く察せる程の深さではないのだろう。
仄かに車窓に映る店長の顔は、とても複雑だっから。
駐車場に到着し、車を停めて二人で降りた。
うろ覚えだったので、店長の後ろに付いて行く。
「天、気を悪くしないでくれ」
「…………?」
「何があろうと、私はおまえの味方だ」
急に何かの予防線を張り始めた。
その発言を不審に思いながら、受付を通過してバーの中へと入っていく。
そうして、懐かしい景色が目の前に広がった。
成人祝いの時以来である。
お洒落に壁一面が水槽となって現実から離れたような雰囲気が漂い、静かに酌み交わされる盃と視線だけの空間が広がっている。
俺と店長はカウンター席に腰掛けた。
相手方は……まだ姿が見えない。
さて、千束たちは……いた!
赤いドレスを着た千束と、黒を基調としたスーツで身辺警護人の態を装ったたきなの姿を目にする。
そう、これは作戦だ。
クルミの技術により偽造したIDを使用し、先んじて店内に侵入した二人が俺たちの様子を観察する。
相手が何者かを確認し、俺が身に着けた盗聴器で会話をあちらに流す。
…………いや、てか何その衣装!?
背中丸見えなんですけど、アイツいつの間にあんな大胆なドレス用意してたのかよ!!
淑女の風上にも置けないな。
「天、来たぞ」
「……!」
店長に声をかけられ、振り返る。
そこに。
「やあ、ミカ。――そして、藤宮天くん」
意気揚々と、手を挙げてこちらに歩み寄るリコリコ常連客――吉松シンジの姿があった。
オマエかよぉおおおおおおおおおお!!!!