喫茶リコリコで看板娘の奴隷やってます   作:布団は友達

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シリアス


八話「Another day, another dollar」
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 吉松シンジside

 

 

 与えられた使命を果たさない。

 それは幸福から遠ざかる事と同義だ。

 神から享けた才は、役割を定めて人生を豊かにする。

 まさに藤宮天の言った通り。

 だからこそ、今は憂慮すべき事態である。

 私が見出した天賦の才は、己の本分を忘れてしまっていた。人生の意味を、価値を放棄してしまっている。

 これではいけない。

 

「千束は姫蒲くんに任せたが」

 

 助手の姫蒲くんは動いている。

 千束が真の役割を自覚する布石を打つ為に。

 問題は、藤宮天。

 彼は自覚した上で避けている。

 これは厄介であり、悪質だ。

 最も愚かな類の人間だ。

 前任者の『彼』は優秀な支援者だったが、最大の失敗の要因は藤宮天の完成を急いだ事に起因する。仕上げ道具の21番を消費する段階が早すぎた。

 これでは完成に届かない。

 

 

「ただ、手腕は見事だ」

 

 

 藤宮天は自覚的に殺人を拒む。

 その反面、緊急時にも殺人を選べる。

 それが前任の支援者が残した最大の功績だ。トラウマとして刻まれた殺人への悪印象がありながらも、最悪の事態に相手を殺傷する事を選択できるのは教育の賜物だ。

 本来なら、私もそうすべきだった。

 千束をミカに任せず、私が見張る方が良かったという後悔がその証拠。

 藤宮天は、あと一歩だ。

 

 昔、一度だけ映像で見た。

 大人の首を容易くへし折る怪力と異常な頑丈さ。

 大怪我も海外の紛争に参戦した際に受けた至近距離の手榴弾炸裂だけで、その重傷からも僅かな期間で回復し、戦線に復帰している回復力がある。

 基本的な身体能力が人を外れていた。

 紛れもなく世界に届けるべき神のギフト。

 問題は人格面のみで、これを機械的に対象の殺害のみに意識を傾注させる物に変える。

 当時はその段階途中だった。

 

『素晴らしい才能ですね』

『吉松さん』

『何でしょう』

『彼は確かに強い。だが所詮は人間なので弱点はあります。人体的に鍛えようの無い部分なんかは特にね。加えて鍛えたところで強度に限界は定められている。

 だがそれ以外もある』

『病や寿命ですか』

『正確には、毒です』

 

 老人は嬉々として最高傑作について語る。

 

『生物兵器、粘膜から作用したりする物……無力化するなら身近な物で催涙スプレーでも良い。彼を止める手段はいくらでもある』

『ふむ。確かに生き物である以上は避けられませんね』

『だからこそ。その弱点を突かれる前に相手を容赦なく仕留める兵器にするんだ』

 

 両手を広げて語る彼は私から見ても狂気だった。

 それ程に13番に魅せられたのだろう。

 

『もし途中で私に何かあれば、この子を頼みます。――これを、最優の殺し屋として完成させて下さい』

 

 朗らかな笑みで老人は私に託した。

 それ以降の交流は殆ど無い。

 訃報を聞いた時には、彼よりも真っ先に13番の所在について案じた程度に、彼個人への拘りは私にも無かった。

 だが、私も彼もアランの理想を叶えたい者。

 同じ志を持つ者として、叶えたい想いがある。

 

「ただ、理解できない点がある」

 

 それは、彼の現在の状態だ。

 常にあと一歩、崖っぷちである。

 その状態を九年も維持しているのだ。DAの任務中に危うい場面は幾度もあっただろう。

 それでも、彼は現状を保っている。

 先日の21番との遭遇は決壊にも繋がりうる衝撃は与えた。

 何故だ。

 何が彼を繋ぎ止めているのか。

 何が――彼に不殺に留めているのか。

 

 私のスマホに一枚の画像がある。

 千束と共に歩く藤宮天。

 食べ歩きの最中か、何かを頬張りながら笑顔な千束を隣で見守っている。

 

 

「まさか、キミも狂わされたのか?あの子に」

 

 

 画像をスライドし、次に映されたのは車椅子の老人と撮影した千束の自撮り写真。

 その輝く笑顔はとても眩しい。

 だからこそ私には、痛々しい物にも見えた。

 

「私がキミたちを救ってみせよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 藤宮天side

 

 

 

 

 リコリコで働いていたら一通の電話が来た。

 どうか配達であることを切に願う。

 楠木司令のお小言だったり、DA招集とかでなければ喜んでお話する。夏もそろそろ終わる頃だが忙しさは変わらないので、DA関連の任務とかは遠慮したい。

 恐るおそる受話器を手に取った。

 うう!

 取っちゃった、取っちゃったよ!

 

「もしもし。こちら喫茶リコリコ」

『久し振りだな』

「……どちら様でしたっけ」

『貴様の司令を忘れたか』

 

 懐かしい声に思わず惚けてしまった。

 この人がダイレクトに連絡を取って来る事なんて無かったので疑ってしまったのだ。

 誰なのかは声を聞いた時点で分かった。

 正直、認めたくないけど。

 どうやら、一番嫌だった仕事の話らしい。

 DAに関連した物とはいえ、普段とはまた毛色の違った内容であるのは、この通話している相手で理解した。

 

「お久しぶりです、虎杖司令」

『ふん』

「直接掛けて来るなんて珍しいですね」

『楠木くんやそちらの店長に誤魔化されても面倒なのでね。二人の手が空いていない時間に連絡させて貰った』

「……それはどうも」

 

 用意周到かよ。

 店長や楠木司令は俺を庇護している。

 主にこの虎杖司令――DAでもリリベルを管理する楠木司令と同等の権限を有しながら、リコリスと別に活動する人だ。

 そして、立場上は俺も管理されている。

 こう見えてもリリベルだから。

 俺はこの人が大の苦手だ。

 楠木さんより徹底して人を道具と見ている。

 その姿勢を隠そうともしないので、笑顔で安心させて調教するクソ上司よりは幾許かマシではあるものの、やはり好かない。

 

「今は忙しいんですがね」

『例のテロリストの件か?』

「店の経営です」

『例のテロリストが入手した千丁の銃について、リリベルでも調査している。おまえ自身は何か情報を得ているか?』

「全く何も。……こういうのは一月に一回の定期報告で良いでしょう」

『おまえが裏切っている可能性も考慮した』

「……は?」

 

 何を理由に。

 そう尋ねたかったが、すぐに察した。

 敵のテロリストについて彼も把握しているのだ。

 ならば必然的に、俺との関連性を見出している。真島は地下鉄事件が初対面だと思うが、昔から縁のある人間は他にいる。

 

「21番ですか」

『リリベルの分隊が一つ潰された』

「……まさか」

『21番、それもたった一人で』

 

 開いた口が塞がらない。

 リリベルの部隊は中々に強力だ。

 リコリスが暗殺者ならば、リリベルは軍隊としての特色が強い。集団による制圧戦ならば、彼らは強い力を発揮する。

 それをたった一人で全滅させた?

 笑い話にしては過剰である。

 虎杖司令の話によれば、これは事実。

 活動中のテロリストを追跡した先で、リリベルは彼女と遭遇した。

 全員でかかるも、結果は惨敗である。

 誰一人として生還せず、テロリスト達の行方は不明のまま。潜伏拠点を追跡していた部隊が次々と痛い目を見ているらしい。

 それも、彼女の手によって。

 

 化け物か。

 昔の21番からは想像もできない。

 千束と互角に渡り合った辺りからも、今の俺に対処の可能な相手なのか……?

 

『我々としても信じ難くてな』

「そう、ですね」

『ヤツの戦闘力はともかく、テロリストの動きを見る辺り誘き寄せられたようだ。もしかすると、内通者が情報を横流ししているとも考えられた』

「俺が情報を流した、とでも?」

『その可能性を考慮している。回収した資料でも貴様が21番を殺したらしいが、本人が生きている。その辺りから疑わしくも思うだろう』

「彼女の生存を俺も知りませんでした」

『…………そうか』

 

 まだ納得はしていない感じだ。

 この老獪な爺さんがそれだけで引くとは思えない。

 その疑念は俺本人への嫌悪や個人的な感情ではなく、思慮深さ故である。

 ただ純粋に関連性から考察しているだけ。

 この人は、そういった部類で流されない事については楠木さん以上かもしれない。

 

「連絡はそれだけですか?」

『貴様に任務だ』

「え……(超嫌だ)」

 

 俺に断る権限は無い。

 悲しいが、店長も不在では躱しきれない。

 ……聞くだけ聞くか。

 

 

『21番は貴様が殺せ』

 

 

 ……内容も予想通りときた。

 疑念を晴らすなら自分の手で行えという事だ。

 また、殺せと。

 本当に個人の感情は無視する人だ。

 俺がそこにどんな苦痛を覚えるかも考えていない。

 だからこそ司令を務めているんだろうけどさ。

 

「俺でないと駄目ですか」

『では錦木千束を使う他ない』

「……!」

『リリベルのファーストでも勝てなかった。ならば、こちらも対抗しうる戦力はそれしかない』

 

 俺は視線を横に移動する。

 カウンター席の写真立てが視界に入った。

 ウェディングドレス姿で笑う千束の姿に冷や汗が滲み、思わず握った拳に力が込められる。

 そうだ、千束ならやれるかもしれない。

 でも、アイツは殺人を拒む。

 それでは、21番には絶対に勝てない。

 

 …………クソが。

 

 心の中で悪態をついても無意味。

 もう最初から選択肢は無かったのだ。

 再び、俺の手でアイツを。

 

『ごめん。約束、守れなかった』

 

 俺の、手で。

 

『約束したのに』

 

 おれの、てで。

 

『行かないで』

「ヴッ!!」

 

 

 吐き気が込み上げる。

 駄目だ、吐いてしまったら今常連客と話している千束たちにも心配させてしまう。

 意識が揺らぐ程の拒絶反応に堪えて、呼吸を整える。

 

 選べと?

 千束に殺しはさせない、させたくない。

 だからといって、21番を蔑ろにしろと?アイツだって俺にとっての恩人で、大切な過去なのだ。

 確かに、21番とはもう相容れないだろう。

 クソ上司の教育が施された以上、もう彼女はきっと尋常な手段では立ち止まってくれない。

 俺が傍にでも行かない限り。

 だが。

 

 

「テン!スペシャル三つ!」

 

 

 千束がこちらを見て注文する。

 赤い瞳と視線が合った。

 分かっている。

 

 千束と21番、どちらと一緒にいることを選んでも――藤宮天の存在が長くは続かない事も。

 

 俺が人間としていられるのは、きっとあの子のお陰だからだ。

 失えば元の機械に戻る。

 ただ、それだけの事だ。

 過去に失ってから人間らしくなれたのも、実質的に21番を真似ただけで、本当に自分の物かも疑わしい。

 

『どうした?返答は?』

「……」

 

 どちらを選んでも、俺は終わる。

 ならば。

 

「……やります」

『そうか』

 

 欲しい返答だけ貰えたのか、虎杖司令が電話を切る。

 俺は受話器を置いて深呼吸した。

 後の事は、楠木さんや店長に甘えよう。

 これ以上は、マズい。

 平常心で応対できる自信がない。

 

 千束に殺しはさせたくない。

 21番を殺したくない。

 だからといって、俺が21番の戦いで敢えて敗北を装った自死を選んだとしても、21番がそれだけで止まる保証は無い。その後にまた千束と戦う事になったなら本末転倒だ。

 どちらを選んでも、俺に未来は無い。

 ならば、いっそ21番と――。

 

「テン?」

「何でもない」

「顔色悪いよ。体調悪いなら、今日は休んでなよ」

「……珍しく優しいな」

「あぁん?いつだって優しかったじゃろがぃ!」

 

 千束が俺の首を絞めようと飛びかかってくるが、体格差の所為で抱き着いているようにしかなっていない。

 それを見た常連客から歓声が上がる。

 冷やかしの声がうるせええええええええええ!!!!

 

 人がグロッキーな状態なのに……!

 

 絡み付いて来る千束も睨む。

 く、何か無邪気な笑顔で返された。

 

「……すまん。今日は少し休ませてくれ」

「了解。テンの分まで私が回しとくから!」

「心配になってきた」

「先に帰ってて」

「助かる」

 

 彼女の厚意に甘えることにした。

 

 俺は私服に着替えて店を出る。

 取り敢えず、セーフハウスに戻って一眠りしよう。

 裏の座敷で休んでも良かったが、好奇心の塊であるクルミに問い詰められかねないし、普通に俺の体格だと邪魔だ。

 たきなには……あれ?気遣って貰えたんじゃね?

 大天使の慈悲を賜われたんじゃね?

 クソっ……失策!!

 

 いや、これ以上など望むべくもない。

 ただでさえ、千束が気遣うという奇跡が起きたのだ。

 更に欲をかけば、どんなしっぺ返しがあるか堪ったもんじゃない。

 

「………あ」

 

 セーフハウスまでの帰途で、ふとプラカードを掲げる人を見かける。

 カードに書かれているのを見ると、それはとある小説家の名前だった。

 それは俺にとっても聞き馴染みある名である。

 

「懐かしいな」

 

 その作家のサイン会に21番と一緒に行った。

 サイン中に起きたアクシデントで、咄嗟に豆子なる偽名を口にしてその場を切り抜けたのは良い思い出になっている。

 ……まだ、21番はこの作家の作品を読んでいるのだろうか。

 あの頃から何もかも変わってしまった。

 21番はテロリスト。

 俺は国のエージェント。

 一緒にいられないし、いたとしたら命を捨てる覚悟が必要だ。

 

 その覚悟が俺には無い。

 

 本来なら、過去は過去として――21番は切り捨てるべきなのかもしれない。

 自身の優柔不断さが嫌になる。

 

 この時、物思いに耽っていたからかもしれない。

 いつの間にか、後ろから俺の左手に伸ばす手があった事を知らなかった。

 そのまま、するりと薬指にはめていた指輪が取り上げられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうもー、豆子です。――藤宮天さん、一緒にサイン会に行きませんか?」

 

 

 陽気な声に、俺の背筋が凍りつく。

 隣で私服姿で立つ21番が笑顔で手を振っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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