「マジで助かりました……」
現在、俺はセーフハウスの居間にいた。
一週間ぶりの自由である。
隣では、クルミが黙々と何かを解析中である。
店長が大変申し訳無さそうな顔で腕を組み、たきなが俺の全身に湿布などを貼り、ミズキさんが茶を出してくれるという至れり尽くせりな環境だ。
皆が俺を労っている。
ただ一人を除いて……。
「裏切り者!」
ワイヤーで拘束され、ジタバタとのた打ち回る千束。
俺たち全員を糾弾しているようだった。
裏切り者て……。
一週間も人を監禁した人間に言われても響かない言葉である。千束の行動力なる物を侮っていた俺が悪いが、それにしたって想像以上過ぎるだろ。
寛容な店長すら嘆息していた。
流石の彼も庇いようが無いらしい。
そして――何故かミズキさんは大爆笑している。
他人事だと思いやがって!!!!
「すみません。気付くのが遅くなって」
「いや、仕方ないって」
同僚が人を監禁してるなんて想像出来る?
普通は有り得ないだろ。
まあ、リコリス自体も常識の埒外ではあるけどな。
「千束が破天荒だと知ってましたけど」
「うん。まあ、今回は俺が悪いし」
「それにしたって、これは」
「怪我してるのは脱走しようとしたからだから。単に俺がヘマしただけだって」
たきなが静かに怒っている。
流石はいと慈悲深き大天使たきなエル様だ。
俺にも非があるとはいえ、傷つく事にここまで感情を露わにしてくれるなんて、もう一生付いて行くレベ…………ひっ!?
ち、千束の眼光が凄い。
たきなを見てうっとりしてたのがバレたか。
だが、今や床を這いずるだけの芋虫。
「よし、解除できたぞ」
クルミがPCのエンターキーを押す。
すると、俺の首元で電子音が鳴った。
ゆっくりと、首に装着されていたチョーカーが外れる。久しぶりの開放感と、空気に触れて痒いそこを優しく撫でる。
あー、素晴らしい。
「まさか警報発信付きの拘束具か」
「家から出ても壊しても外しても警報鳴る」
「うわ」
「チョーカーからも音が鳴るから人目を引いて安易に外は歩けないし」
「徹底してるな」
クルミも苦笑する。
そう、これの所為で何処にも行けなかった。
スマホも没収されたので救援も呼べない。
固定電話を使用するという手もあったが、そこにも同様に触れると千束のスマホに警報を鳴らして伝える物が仕掛けられていたので対策のしようがなかった。
マジの監禁ってクソ怖い……。
何処からこんな物を調達してるんだか。
「先生!テンが逃げちゃう!」
「千束、いい加減にしなさい」
店長と千束が口論になっていた。
俺の為に二人が争うなんてそんな………店長、千束にガツンと言ってやって下せぇ!!!!
でも、千束が反省する素振りは無い。
店長と言い合いを繰り広げながらも、その視線は俺に固定されていた。
逃がすまじ、と眼差しで語っている。
どうしてこんな事になったのか。
いや、惚けても駄目だ。
明らかに原因は俺であり、千束だけでなく反省すべきは俺もなのだ。
そういえば、俺が不在だったこの一週間、リコリコは大変だったらしい。
まず、節約強化に入ったとか。
たきながリコリコにおける収支を算出した結果、完全なる赤字と示された。
分かり切ってはいたけどね。
問題点も判明はしていたが、俺が幾ら注意しても聞かないんだよ。
主に千束とミズキさん。
何より、やりたい事を最優先と謳うだけあり千束はいつも奔放で、豪快で、破天荒なのだ。故に、余分な支出が目立ってしまう。
お陰でいつもリコリコの経営は大変だ。
たきなの指示で、今はかなり減少傾向にあるらしい。
だが、依頼で得た報酬を合算しても足りない。
黒字には好転していないようだった。
ここは、一発美味しい商品を作って店自体である程度は賄えるようにしなければ、何事も始まらないという事になっていた。
そこで――俺の話が出たらしい。
まあ、店長と共同での厨房役だしね。
最初の四日は体調不良という話で通っていた。
だが、見舞いなどの接触は千束によって断られてたきな達は不審感を抱いたらしい。
というのも、千束のクソ下手な演技で大体嘘だと理解したのだろう。
そこで、クルミがセーフハウスのセキュリティをハッキングし、状況を解析した結果――監禁中だと発覚した。
そこで突撃作戦を敢行。
千束が出勤中にクルミがセキュリティと連動している千束のスマホの通知機能をダウンさせ、それからたきなが内部へと先行する。
ミズキさんと手分けして探し、俺を発見したという流れだ。
だが、問題が発生した。
アラームは鳴らないが、千束は異変を悟ったのだ。
勤勉なたきなとミズキさんの不在。
何かを秘匿している店長の空気感。
そして、ずっと作業中のクルミ。
それらすべてが徴憑となり、今日のリコリコ看板娘の営業も抛って、慌ててセーフハウスへととんぼ返りした。
結果として、俺を助けようとするミズキさんとたきなに遭遇して一戦勃発。
流石は千束か。
ミズキさんは情報担当や裏方なのでそもそも戦力外、実質たきなの独力で解決を求められたが、相手はあのバケモノである。
そこで俺は殺される覚悟で千束の動きを止め、たきながワイヤーで拘束して今に至る。
いや……頑張りすぎでしょ皆!?
大好き!!!!
「――千束、しかしな」
「嫌だ!テンを行かせないで!あ、テン!命令だから!出ちゃ駄目!」
もう店長の声は耳に入ってないらしい。
必死の形相で俺に命令してくる。
そんなに21番を敵視してるのか……尚更会わせる訳にはいかない。アイツと決着を付けるべきなのは、俺なのだから。
取り敢えず、千束に会話が通じない。
全員が顔を見合わせた後、店長が別の部屋へ移動する。
時々声が聞こえるが、誰かと通話しているようだ。
「天さん、どうしましょうか」
「そうねぇ、ここで過ごしてたら今回みたいなのが起きないとも限らないし」
「昔もあったのか?」
「監禁は初めてだけど……敵の爆弾で吹っ飛んだ天を見て、千束にトラウマ刻まれちゃってね。天がDAから来た荒事の多い任務に参加しようとすると全身が青痣だらけになるくらい怪我させて止めたってくらい?その時も家から出してもらえなかったのよね」
「おい、そんなヤバい事もあったのか」
「まあね。コイツが殴られてもケロッとしてるからアタシたちも気付くのが遅くなるのよ」
あー、アレか。
あれも怖かったなー。
何が一番ヤバかったかって、全身をゴム弾やらスタン警棒で殴られすぎて動けない俺の耳元で『大丈夫、テンは私が守るから怪我もしないよ』とか言われた時だな。
アナタのお陰でボロボロなんですよ?
今はもう克服したのか任務に参加させてくれるが、当時は本当に強く反対されたな。
「では、リコリコで匿うのは」
「ボクとミカは構わないぞ。人数が多ければ遊びの幅も広がる」
「おまえは働け。……でも千束が来るでしょ」
全員が俺の避難所について詮議している。
どうしたの、今日は皆すごい優しいじゃない!?
普段からそうしてくれない分、こういう時こそという姿勢が心に響いて泣きそうだ。
親切なのは有り難いけどやめてくれ。
もう涙腺が緩んで決壊寸前です。
「じゃあ、別の場所にするか」
「あ、じゃあアタシの家。コイツ料理とか出来るし酒も飲めるから晩酌相手になる」
「そうだな。たきなだと不安だ」
「不安って何ですか?」
「天曰く、たきなの容姿はどタイプらしい。何かの間違いがあってはならない」
「間違い……?」
おいいいいいいいいいいい!!!?
俺を好みのタイプを前にしたら理性を失う犯罪者みたいな言い分はやめろ!
たきなに意味が伝わっていないのが幸いだ。
クルミめ、憚れよそういうのは!
「ちょ、ちょいちょいちょい!」
皆の会話に待ったをかける声が上がる。
「みんなってば!」
「「「ん?」」」
「なに勝手にテンを持ってく話してんの!ここ!テンはここ!」
「お前が暴走しない為だよクソガキ!」
ため息混じりにミズキさんが冷淡に返す。
「天、少し良いか?」
「何です?」
通話から戻った店長が俺を呼んだ。
体中痛いのでここで話して下さい。
「一月ほどDA本部の訓練教官として常駐させて貰え」
「へっ?」
「楠木には許可を得たから明日にでも出向して来い。今日はリコリコで泊まれば良い」
「DA、ですか」
「店の方は私たちで何とかしよう」
う、嬉しいようで複雑だな……。
でも、DAならおいそれと千束の魔手も届かない。
代わりに楠木司令との遭遇率が高まるし、何人ものリコリスの相手という重労働が課せられる。
気分転換、にはいいかもしれないが。
ちら、と千束の方を確認する。
すると、顔面蒼白になって口をパクパクさせていた。
コイツ……この反応からして何処に行こうが隙を見て閉じ込めるつもりだったな!?
恐らくDAだと手が出せないから動揺してるんだろう。
千束の状態からも、確かに距離を置くべきか……。
「分かりました。行きます」
「テン!?」
「一ヶ月したら帰って来るから」
「なら天。荷物を準備して来なさい」
「了解です。……あの、その間コイツどうするんですか?」
「リコリコに運ぶ。ミズキ、頼む」
「ほら、アンタらも手伝いなさい」
ミズキさん達が共同作業で千束を運び出す。
な、何て不思議な光景なんだ。
「……許さないから……!」
最後に何か聞こえた気がする。
き、気の所為だ!!
と、取り敢えず助かったし、DAでの訓練教官を一ヶ月やるというのも初体験なので、俺と千束にとっても距離を置くのは気分転換にはなるよな……良くも悪くも。
俺が離れる事で、きっと良い効果もあるだろう。
そうすれば、また以前のように。
そう決断して、わずか二週間。
俺は早くも挫けかけているのであった。
「兄ちゃん!」
「次こっち見て!」
「テン兄ってば!」
はーい、重労働ォォオオオオオ!!
わんぱく過ぎるでしょ、幼い子供って。
楠木司令に実戦投入される前のリコリス達の面倒も見るように仰せつかったが、俺の体力をゴリゴリと削る勢いの元気さに死にかけている。
え、俺の昔ってこんな感じじゃなかったハズだよ?
あれ、おかしいな。
「こらこら、順番に見るから訓練に集中しろ」
こうやって窘めても無駄なのはわかる。
一応は納得してもらえるが、持続時間は約三分。それ以降は再びそこかしこで俺を頻りに呼ぶ声が上がっては、遂に共鳴して手のつけられない数からの要請が入る。
うん、リコリコに戻りたい……。
今は対人戦の動きを教えており、尚更マンツーマンで教える態勢だから尚更疲れる。
昔、店長はこんな大変な事をしてたのか。
「おーい、おまえら!休憩だぞ」
訓練所に来たフキの声に全員が動く。
俺はようやく一息つけると思って、その場に腰を下ろした。
いやー、助かったわ……!
「テン兄、お疲れ」
「そっちもお疲れ。フキは任務じゃなかったか?」
「帰ってきたところ」
「最近は特に忙しいだろ」
「それはテン兄の方だろ。リコリス狩りを殺れって言われてるらしいし」
「……そうだな」
俺は苦笑でしか返せない。
このDA訓練教官の仕事は単なる避難ではない。
どうやら、店長が虎杖司令からの命令を知ったのもあって本部で暫く働くという名目で任務から遠ざけているらしい。
そこには楠木司令も一枚噛んでるとか。
はあ。
素直に嫌な人なら単純に嫌えたんだろうけどな。
「テン兄、気を付けろよ」
「ん?」
「テン兄が死んだら悲しむヤツは多いんだから。……特に千束とか」
「………そうなのかね」
「そうだよ」
「俺の事はともかく。フキ、オマエ達だってエージェントだけどそれ以前に同じ釜の飯を食って育った仲間なんだから、死なないでくれよ」
「……ああ」
リコリスにだって感情はある。
同朋を大切に想い、その死を悼む権利もある。
どんな命だって尊いのだ。
たとえ孤児であろうと、秘密裏に国を守り、人知れず死んでいく者であろうと誰かにとっての大切な人になる。
……だから、今でもDAは好かない。
俺も同類だから同族嫌悪でもしてるのかもしれない。
「あれ、そういえばフキ」
「ん?」
「訓練所に何か用事でもあったのか?」
「ああ。楠木司令から、リコリコに連絡しろってテン兄に伝達するよう言われたんだ」
「んなもん俺に直接――」
「着拒してるのバレてるらしい」
「おぉぅ……!」
ば、バレてたかー……。
こりゃまた怒られそうだな、うん。
「それにしても、リコリコ?」
何だろうか。
千束が落ち着いたから、もう戻っても良いとか!?
もしかしてDAからの解放チャンス!
俺は早速荷物を預けるロッカーへと向かい、その中に収納していた私物からスマホを取り出す。
「…………?」
リコリコに連絡……したけど、かからない。
店長本人にかけた方が早いか。
それにしても、凄い通知の量だ。
千束からの通知が『999+』って、もう尋常じゃない。表示できる限界量を超えてまで俺に連絡してきている。
……他の、たきなやミズキさん達は今日だけで二十件くらいか。
何か緊急事態か?
店長にかけると、直ぐに応答された。
「もしもし、天です」
「天か。……今、話はできるか?」
「はい」
店長の声は、やや暗かった。
明らかに向こう側の空気の重さが感じられる。
何事なんだ?
「どうかしましたか」
『……心して聞いてくれ』
ま、前置きが物騒だな。
まあ良い。
どうせまた、虎杖司令から何か連絡が――――
『千束の心臓が破壊された』
…………………は?
〜おまけ「隔離中」〜
天さんがDAに出向して三日。
私は、千束が普段と違うと感じた。
それは、暇な時によくスマホを耳に当てて沈黙している事だ。
一体、何があるのだろうか。
通話、ではないな。
「何を聞いてるんです?」
「え?聞く?」
千束に差し出されたスマホを受け取る。
私は耳にそれを当てた。
聞こえて来るのは、心臓の音……落ち着くような気がしなくもない。
しかし、何故これを今?
「これが何です?」
「聞いてないと不安になるのよ」
「不安、ですか」
「そうっ!人間って鼓動の音で落ち着くように、自分の鼓動が無いとなると少し精神不安定になるらしくてさ」
「はあ」
「コレ、私の昔の心臓の音なんだよ」
じゃあ、今までもこうして聞いていたのだろうか。
「昔からずっとそれを?」
「ううん。テンが来てからは、使ってなかったかな」
「………」
そうか。
天さんは単純に奴隷というだけではないのだ。
彼は精神安定剤の役割も担っていたらしい。
だから、連れて行かれる事にあれだけ反発したのも頷ける。
……………。
「千束」
「ん?」
私が両腕を広げると、千束は小首を傾げた。
どうやら意図が分からないらしい。
「たきな?」
「天さんはまだ戻りませんが、私ので我慢して下さい」
「………いいの!?」
ぱっと千束が顔を輝かせる。
それから手をワキワキと動かし……怖い。私の胸の中へと飛び込み、心音に耳を澄ませる。
その表情が綻ぶのを見て、自分の行いが間違いではなかったと私は安堵した。
「落ち着くー……」
「そ、そうですか」
「ん、テンよりも柔らかい」
「はあ」
「あー、たきなも良いなぁ。……テンが戻って来るまで、たきなの音……借りていい?」
「………どうぞ」
えへへ、と笑って千束がすり寄って来る。
何だか気恥ずかしい。
顔が熱くなって変になっていないか不安になってきた。
「む、たきな!何か音が速い!」
「え?」
「まっさかー、ドキドキしてる?ん??」
「はい、終了」
「あーっ!」
肩を掴んで突き放す。
情けない悲鳴を上げる千束から体ごと背けた。
ふう、落ち着け落ち着け。
「ようし!たきなのお蔭で元気出た!」
「そうですか。それは何より」
「じゃあ、たきな。また、よろしくね!」
「……たまになら」
そう言うと、千束がスマホを何か操作している。
「何してるんですか?」
「え?これね、テンが戻ったらしたい事をリストにしてるんだー」
「どんな事をしたいんですか?」
「えっとね――」
やはり二人の絆は強い。
きっと離れていてもお互いを想う気持ちが強いのだ。
私はその先の内容に耳を傾け――。
「まず、勝手に離れた事を謝罪させる。次にまたチョーカーを付けて家に閉じ込めて、一緒にご飯食べて寝て、後は私に逆らえないように色々と既成事実という名の最強武器を作る!私を置いて行った事を一生後悔させるんだよねー」
キラキラした目で語る千束に絶句した。