たきなside
気がついたら自宅に着いていた。
自宅とはいうものの、リコリコ配属の異動決定と同時にDAから指定されて使用する仮宿だ。
最初は、直ぐに本部に復帰するまでの当に『仮宿』のしての認識が強かった。
だから、私物も少ない殺風景な部屋。
ところが、数月前から少しずつ増え始めている。
千束に誘われたショッピングに、道すがらで彼女が購入し、お揃いと言われて押し付けられた意味不明な品物。
武装の整備や掃除、訓練しかない私の休日の過ごし方を糾弾するクルミに薦められた書籍や一人でも楽しめる物の数々。
ミズキさんから頂いた自分を飾るアクセサリー類。
店長からの厚意で譲って貰った食器など。
いつの間にか、『日常』で溢れていた。
あの日、色々とあった煩悶を解消してリコリコの日々と真剣に向き合うようになり始めた時から、増え続ける思い出たちだ。
これが物語っている。
私は――リコリコが大切だ。
千束のように、大切な場所だと感じている。
なのに。
「どうして」
そんな言葉が口をつく。
今、私の日常が壊され始めていた。
その要だった千束が心臓を壊し、余命二ヶ月。
親切だった先輩の天さんも、自らの命を抛とうとしている。
「理不尽だ」
この状況を端的に形容する言葉。
私は、本部にいた以前の私ならば決して見向きもしなかったような日常の彩りを失う事への恐怖と怒りに拳を握る。
どこかに叩きつけたい気分だった。
ただ、きっと――何処へ発散しても蟠る激情を解消するには至らないと悟る。
何もかもだ。
何もかも奪われようとしている。
『元々、そんな長くなかったんだから』
『俺は21番と一緒に死にます』
折角、好きになれたのに。
どうして、みんなは置いて行くのだろう。
「嫌だ……!」
玄関で頭を抱えてうずくまる。
ここから動く気力が無い。
どれだけ嘆いても現状は解決しない。
答えは分かっている。
千束を延命させれば、天も自棄にならず二人とも助かる。至極簡単で、誰だって理解できるような理想の形だ。
でも方法が、手段が無い。
千束の人工心臓は未知の技術で開発された物。
それは簡単に手に入る代物じゃない。
きっと法を超えた存在であるDAですら叶わないだろう。
「私は無力だ」
抱えた膝に額を埋めて、私は溢れ出そうな何かを堪えるしかなかった。
藤宮天side
実弾での命中率は高い。
そんな自負は、今まで役立って来なかった。
無心で射撃訓練用の的に撃てば、たきな程の精度はなくとも急所に当てる事ができる。
いつも命中率最悪なゴム弾を使用している身としては、自分の事ながら戦々恐々とさせられるような手応えだ。
素早く弾倉を交換し、再装填。
実戦を想定し、迅速に撃ち込む。
的を見れば、急所に幾つも銃痕が刻まれていた。
出来としては上々。
だが、相手が21番ならば容易に当たらない。
あの聴力は脅威でしかない。
音を出さずに行動なんて物理的に不可能だ。相手が拾えない程の音量ならまだしも、あそこまで鋭敏ならばどうやっても音を潜ませる努力は徒労に終える。
つまり、アイツに対する策は一つのみ。
正面から叩き潰す事だ。
それが至難だとも分かっている。
でも、やるしかない。
「……これくらいで良いか」
片付けをして、上のリコリコへ戻る。
現在、千束とたきなは任務中だ。
俺も出るとは言ったが、店長が許可してくれなかった。
俺を少しでも荒事から遠ざけたい、とか?
意図は不明だ。
後は、たきなにも全力で止められた。
具体的に言うと、物凄く怖い顔で拳銃を突き付けられた。
千束と違って、あの子は実弾を込めている。
逆らったら普通に風穴空けられそうだ。
『貴方が出るなら、あの事を千束に密告します』
『げ……』
『これからの行動の一切、私が管理しますので』
……うん。
何かのスイッチを入れてしまったらしい。
たきなエルが堕天使になってしまったようだ。
今でも可愛いけど。
それにしたって、彼女から敵意にも似た感情を向けられたのはこれが初めてかもしれない。お陰で背筋がブルッと来たからな。
あ、興奮じゃないぞ?
それに比較して千束は相変わらずだ。
……いや、変化は確かにある。
いつにも増して、俺の心音を聴くべく一緒に寝る機会が増えた。年頃の娘なのだから控えて欲しい面もあるが、本人の事情が事情なので慮って止めはしない。
ふ、止めたら撃たれるけどな!!!!
上階は照明すらついていなかった。
瀟々と降り頻る雨が窓を打つ音がしている。
これは、千束とたきなに迎えの車を出す為にミズキさんも出ているのかな。
俺は出たらたきなに殺されるので。マジに。
「ミカ。――これは千束の為だ」
店の表側に出ようとして、そんな声を耳にする。
思わず足を止めた。
千束の為――とは?
気になって厨房へと行くと、そこで息を潜めて表側から聞こえる声を盗み聞きしているミズキさんと目が合った。
何してんねん、いい大人が。
そう言いつつ、俺も聞いちゃうぞーっと。
「サイレント・ジンの件、千束の心臓を壊した女。これら全ての黒幕が――吉松である可能性に」
…………。
その内容に、店長の返答は無い。
ただ、クルミの推察は俺も予想していた事だった。
松下を装う何者かが異様なほど千束へ執着していた事や、バーでの会話が妙に噛み合う。
そして、たきな曰く。
千束の心臓を壊した女は、バーの時に吉松を迎えに来た車の運転席にいた女性と同じだという証言。
吉松が常連客として以外に何らかの形でリコリコに干渉しているのは察せた。
確たる証拠はたきなの証言以外無い。
でもアラン機関ならば納得がいく。
ヤツらは手段を選ばない。
クソ上司の件で痛いほど知っている。
「……十年前の話だ」
店長が告解を始める。
その内容は、以下の通りだった。
まだDA本部の司令官だった店長は、吉松とはプライベートで繋がっていた。
その際に千束に関する相談をしたそうだ。
先天性心疾患。
幼い千束を冒す病の名である。
誰よりも高い潜在能力を有し、リコリスとしての機能を期待された彼女が抱えた毒だった。
司令官として、これを活かせないか。
DAの利益の為に、千束の才能がアランのお眼鏡に適うと予想して吉松に解決できないか訊いた。
その結果が――あの人工心臓。
世に出回らない規格外の代物だ。
アランチルドレンによって産み出された拍動無しの完全置換型人工心臓を提供する代価とし、吉松は店長に千束を殺し屋として育てる事を約束させた。
より高性能な殺し屋に。
店長も当初はそのつもりで育成していた。
二人の意見が合致し、移植は決定された。
ところが、少し時を経て変化が生まれる。
移植手術の後、千束が才能を活かせるようミカにお目付け役を吉松が依頼したのだ。
父親という、立場として。
ミカはそれを承諾し、以降現在に至るまでの二人の親子のような関係が構築される。
そして術前、千束は吉松と遭遇したそうだ。
吉松は自らの身分を隠し救世主と名乗り、千束はそれを鵜呑みにして貰った命を彼のような救世主として使う決意をする。
それが――千束が不殺を誓った理由。
術後に消えた吉松からプレゼントされたあの愛銃とペンダントを未だ大切にしているのは、千束の決意の表れなのだ。
話し終えて、店長が深く息をつく。
俺も聞いた事の無い話だった。
「それが千束の殺しをしない理由か。――皮肉だな」
昔話を聞いたクルミが嘲笑する。
それは吉松の不始末さか、はたまた店長の甘さか。
店長もそれを肯定するように苦笑する。
「しかし、なぜ千束の命を狙う?」
「……使命を果たさない者を、処分するつもりか」
「それなら、あの女が殺ってる」
確かに、不自然だ。
千束の処分なら充分に可能だっただろう。
吉松の手先である女は、油断した千束を眠らせてから事に及んだらしい。
無防備な彼女なら誰だって殺れる。
その状況で、敢えて殺害を実行しなかった。
心臓の破壊という、まるで遅効性毒――猶予を与えるかのように。
何かを狙っている?
千束に何かを、期待している?
「取り敢えず、ボクを狙ったアランは吉松だ。この流れだと、真島に武器提供をしたのもヤツか。思想的に支援する理由も分かる」
……すべてがヤツの陰謀。
春から続く事件の裏側に吉松が存在するのだ。
「真島を捕えれば、千束の心臓が見つかるという事ですか」
今まで聞き耳を立てていたのか、たきなが物陰から二人の前へと躍り出る。
動揺した店長が声を上げた。
「聞いていたのか!?」
「ええ。ミズキさんも」
「っ私までバラさなくて良いじゃない!」
どうやらミズキさんもバレ…………あれ、俺は?
お、俺には気付いていないのか。
もしかして、空気扱い??
「……足取りが捉めない以上、派手な動きの真島から追うしかない。たきなはDAから復帰の辞令が来たんだろ。作戦に参加できるのはチャンスだ」
クルミがたきなへと振り返る。
おい、色々と聞いてないぞ。
たきなが復帰という重要案件は、今春からリコリコにとって大きな目的の一つだった筈だ。それを共有していた俺に一言も無しとは何事かコラァッ!!?
あ、空気扱いされた人間には不要と?
泣くぞ。
この場の雰囲気を破壊する情けなさぶち撒けるぞ。
「……断ろうと思ってました」
「何故!?望んでた復帰だろ!」
たきなの沙汰にクルミが目を見開く。
そりゃ、そうか。
たきなの異動はクルミが原因だ。
そこに罪悪感を抱いていたクルミが、たきなの復帰の辞令に対して本人の次に喜んでいたに違いない。何せ肩の荷が下りるワケだしな。
だが、彼女の反応は芳しくない。
暗い表情でうつむくだけだった。
その心情を察したミズキさんが穏やかに微笑む。
後ろからたきなの背中に手を添えた。
「千束の、最後の二ヶ月だもんね」
……………そうか。
たきなが復帰を断らんとした理由はそれか。
思わず目頭が熱くなる。
俺たちが知る以上に、たきなはリコリコの、相棒と絆を育んでいたのだ。
あの破天荒な人間に、ここ最近で最も振り回されたのはたきなだと断言できる。
色々な煩悶はあっただろう。
だが、それ以上に――居場所を失ったと嘆くたきなを奮い立たせたのは、紛れもなく千束だ。
「でも私、DAに戻ります。千束が少しでも生きる可能性があるのなら」
「……私から千束に伝えよう」
「いえ。自分で言います」
店長がその決意の背中を押すように進言する。
だが、たきなは首を横に振った。
その眼差しは、暗澹とした暗さは無い。
先刻までより強く、前を見据えていた。
「――私に、時間を下さい」
……強いな、この娘は。
俺は厨房から新品のタオルを取り出し、たきなの頭に背後からかける。
するとびっくりした顔をされた。
あれ、マジで気づいてなかった!?
「天さん」
「はい」
リコリコの方針が固まった。
店長もクルミも、その表情に迷いが無い。
そこに俺も不満は無い。
「私はDAに戻ります。くれぐれも――」
「分かってるって、千束の心臓探しに異論は無いよ。奴隷契約続行になっちゃうのは遺憾だが、アランの目論見通りなのは気に食わん」
その台詞に店長が立ち上がった。
「天、おまえも狙われてるんだぞ」
「知ってます」
「え?」
クルミの視線がこちらへ向いた。
確かにそうだろう。
状況を見れば千束への集中砲火にしか見えない。だが、充分にヤツが俺に対しても布石を打っている事が理解できた。
「敵はテロリストのアランチルドレン」
「…………」
「確かに、千束に対抗するならそうだろ。でも、それなら今まで通り数を問わず様々なテロリストでも使った筈だ」
「まさか」
たきなも俺の言わんとした事が理解できたらしい。
隣のミズキさんがため息をつく。
「わざわざ、21番が俺にぶつかるよう用意したんだろうな」
サイレント・ジンの件。
あそこで9番を使って俺を引き剥がした依頼人も、間違いなく吉松だろう。
そこから考えたら理解できる。
吉松は俺を認識していた。
俺もまた千束同様に、使命を果たさない不完成品。
何より、本人がクソ上司と繋がっていたと証言している。
俺を無慈悲な殺人機械に変える為にクソ上司が21番を利用し、失敗した。
ならば、再利用するのが道理だ。
生きているなら、再び殺させる。
それが吉松の狙い。
恐らく、千束と同時並行で進行させるセカンドプラン。
「正直、俺は戦わざるを得ない」
「でも!」
「そうだな。21番を殺せば俺は完成する、間違いなく。千束の有無は関係無い」
「っ……!」
「敵対を選んだ以上、21番は確実に俺を殺しに来る。自分が死なない限り――それがクソ上司の教育だ」
それは避けようが無い。
「一応、抗ってはみるさ」
「………」
「それに、まだ千束とやらなきゃいけない事がある」
俺を見上げるたきなの瞳に、真っ直ぐ視線を返す。
「―――まだ、式が挙げられてないからな」
たった一つの、嘘だけ口にして。
ボケる暇が無い!!
題名から分かる通り、本来はそんなシリアスにするつもりも無かったし『ヤンデレ?』のノリの筈でしたが、筆に任せたらこうなります。遺憾。
自分で書いて何だけどフツーに千束が怖い。
加えて、基本的に『藤宮天』の主観で語るのをメインにしているので圧倒的、圧倒的ちさたき不足ミカシン不足まじちさ不足クルミズ不足!!!!
誠に遺憾です。