俺の知らん所のお話
〜真島side〜
「くくく」
オレは時計を見て、思わず笑みが溢れる。
隣でナイフを研ぐ21番が怪訝な顔をした。
「これ以上なく嬉しそう」
「当たり前だろ」
これまでDAには煮え湯を飲まされてたからな。
ようやく連中を白日の下に晒せる。
死んだ仲間も報われ、こちらが受けた被害との釣り合いというのが取れる。
バランスだ。
敵はずっと昔から治安維持に務めた国の暗部。
オレが狩り取るのに相応しい大敵だ。
先刻の放送による効果はまずまずだ。
所詮あの街では、未だイベントか何かだと軽視されているだろう。
確かに軽微な物なのは否めない。
ただ、印象付けた時点で成功だ。
後でかます次策の威力が増してくれる。
「そういうオマエも上機嫌じゃねえか」
「僕の悲願が叶うからね」
「たしかに」
「あれー?僕がこういう真面目風な事を言うといつも笑うのに……意外な反応」
「オレも今回は他人事じゃねえしな」
オレもこの国には因縁がある。
十年前の雪辱を晴らす意味合いも兼ねた作戦だ。
高所から見下ろす町並みは平和そのもの。
オレの敗北から始まった物だ。
コレを見る度に敗北の痛みと、あのリコリスに刻まれた恐怖が蘇る。
「いけるか、マイハッカー」
『ひひひ!来たぞ来たぞ……って誰がマイハッカーだよ』
「オーケー」
罠にかかったか。
延空木の放送を乗っ取った時点で、オレの作戦は五割成功したようなものだ。
後は勝手にDAが陥穽に嵌まる。
これまで心血注いで治安の維持してくれてご苦労。
コレはアンタらが放置してきた事のツケさ。
バランスは取り戻す。
人が人である以上、争いは終わらねえ。
戦争があり、傷ついて癒やすために平和を築く。
構築した平和の上で自らを肥やした人間は、やがて欲をかいて更に豊かにと他者を襲い、再び争いの火を烈しくさせる。
太古から変わらない人類の本質だ。
それこそが自然な天秤の形である。
その傾きに人は敏感でなくてはならないが、これを誤魔化すからこんな歪んだ社会が生まれる。平和の意味を理解せず、いずれ取り返しの付かない破滅を迎えるだろう。
「大仕事だね」
「あ?」
「だって、これが成功したら国一つひっくり返るよ。僕らってかなり有名人になっちゃうね」
「別にそこは興味無ぇよ。壊れた平和をオレが壊すだけ」
「よ!真島さーん!」
生意気な女の頭に拳骨を落としておく。
ひらりと躱しながら21番はニヤニヤ笑った。
「ねー、ボス」
「何だ」
「今回で僕は死ぬかもしれないから、次からの仕事は補充が大変だぞ〜?」
「はっ。オマエが仕事をしくじった事は無い」
「む」
「今回強敵なのは違ぇねえが、オマエの代替を補充する考えは毛頭無えよ」
確信がある。
コイツはあのパワーゴリラに負けねえ。
アレも相当なヤツだが、この腐敗した平和の中で同様に腐っちまってるのが分かる。
研ぎ澄ましたナイフと勝負にならない。
「えへへ」
「あ?何だ気色わりぃ」
「ボスってば僕のこと信用しすぎー。背中からグサッといっちゃうぞ」
相変わらず口が減らねぇ。
さて、そろそろ準備をしとくか。
21番の手から研いでいる途中のナイフを取り上げ、その刃をコートで拭ってから髪を整える。
よく分かんねぇが、演説には見た目が大事だとかコイツがうるせぇからやっておくしかない。その為に今ここでナイフを研ぎ始める辺りが正気を疑ったが。
「演説中は黙ってろよ」
「え!?僕も映るつもりで身嗜み整えたのに!」
「邪魔だから始まったら退け」
「く……このブロッコリーめ――ギャン!?」
「ったく、うっせえな」
「乙女のお尻蹴りやがったな!」
「あーあー、はいはい。後で詫びるから放送中はどっか行ってろ」
電波塔のリコリス。
DAのパワーゴリラ。
既にコイツらがこちらに向かって動いているらしい。
これで延空木の方には邪魔が入らねぇ。
唯一の懸念はこの二者だった。
コイツらがあそこに投入されたら、こっちが仕掛けを発動する前に全員が制圧されちまう。それに『不殺』だと後の演説のインパクトが薄らいじまうからな。
この仕事は実に面白い。
与える影響は国家規模。
おまけに十年前の雪辱戦となっている。
「21番、オマエも配置に付け」
「はいはーい」
「さて」
「あ、ボス」
「あん?」
不意に21番がこちらへ拳を突き出した。
意図が読めず数瞬だけ思考を要したが、ようやく分かってオレも軽く拳を返す。
乾いた音が周囲に響いた。
互いの成功を祈る挨拶、のようなものか。
実際に満足したのか、21番が颯爽と持ち場に向かって歩んでいく。
『私はやりたいようにやりますぅー!』
そう、その通りだ。
電波塔のリコリスとオレは同じ。
やりたいようにやる。
好きな物は獲りに行くし、気に入らない物は壊す。
不安定な日本に自然な形を取り戻させ、見て聞いて触れた瞬間から気に入らなかった偽りだらけの国ごと葬る。
オレは弱い方の味方。
ここでは争いの概念が劣っている。
ならば、オレはその風前の灯を業火にするだけ。
「うし。――準備は良いか、ハッカー」
『抜かりなく!』
「あっちは、やっと整ったか?」
『バッチリだ。……僕たちならやれる』
さてさてさて。
役者も舞台も揃って来たようだな。
「さあ――第二幕だ」
〜クルミside〜
国際線――ベルリン行きの便。
ボクはファーストクラスの優雅なシートで寛いでいた。
まあ、格好だけ。
本当は今も超忙しい。
何せ依頼だからな。
千束がああは言ったがボクとしても、納得いっていない。彼女の意思がどうであろうと、ボクは天から依頼されたのだから別に良いだろう?
それに、ボクだって不機嫌だ。
うまい甘味が味わえて、楽しいボドゲ会がある。
少し肉体労働を求められる上に、鬱陶しいくらい絡んでくる千束や口うるさいミズキ、融通の利かないたきな、不器用なミカに気を揉むという難点はあるが………最近はそれがクセになってきていた。
それを突然、終わらされたんだ。
千束にだって腹を立てている。
でも、一番気に食わないのは吉松だ。
全ての元凶だし、ボクの命を狙った件もある。
「吠え面掻かせてやる」
千束に中断された作業を再開した。
論文から開発者を辿る。
あれだけ規格外な物――それも人工心臓となれば治験は難しい。上手く稼働せず実験失敗となれば、被検体を殺してしまう事になる。
あの人工心臓はあくまで人間の物。
他の動物での試運転は無理だ。
試みは人体でしかできない。
だから、本来なら治験もできないような事になるのだが、戸籍が無く周囲に認識されないリコリスならば被検体としてうってつけだ。
アラン機関もそこに目を付けたのだろう。
つまり、千束を実験体とする事で心臓を提起した。
千束が生き永らえている以上、実験は成功している。
後は、そのデータを元に改良したとはいえ基本は同じはず……論文で提出された物の中に、そこから更に改良された人工心臓もあるかもしれない。
「どれだ〜?」
伊達にトップハッカーなんて同業者の界隈で言われていたわけじゃない。
見せてやる。
〜虎杖side〜
喫茶リコリコから錦木千束が動き出した。
その報告から数分後である。
『報告。――武装した藤宮天が単独行動を開始』
部下からの報告に私は確信した。
やはり反旗を翻したか。
21番と合流するならば、この機会しかない。民間人に銃器が撒かれ、反応すれば即時存在が露見してしまう状況でリコリスが容易に動けない今ならば動き出せる。
藤宮天はテロリストの一味。
かつての同朋に誑かされたか。
藤宮天を処理する他ない。
最強のリコリスに対抗する為のリリベル、確かに強力ではあるが対人兵器ではなく対戦車用の武装ほどの火力、クラスⅢ対応の武器ならば頑強な肉体を肉塊に変えられるだろう。
尤も、そのレベルの武装使用は隠蔽も難しい。
ヤツが行く状況にも依る。
「行き先は?」
『方向からして、旧電波塔かと』
「……旧電波塔?」
錦木千束達を追走しているのか。
時間をズラして追う辺り、両者の思惑は別か。
藤宮天は錦木千束に対しても秘密裏に行動している――というワケか。
旧電波塔に警戒要素は無い。
真島や21番は延空木にいる。
延空木ではなく、この状況下で旧電波塔に向かう理由が分からない。
ただ、真島関連なのは間違いない。
今この時に行動を起こして無関係というのは無理がある。
「追跡の手を回せ」
藤宮天の裏切りは手痛い。
実質的に錦木千束への対抗手段が減るからだ。
この九年で有って無いような物だとは理解させられたが、それでもあの戦力は惜しい。
だが、それより危惧すべき事態もある。
それが――13番の復活だ。
ヤツを管理していた会社から回収した資料によれば、21番を殺す事で完成予定だった。
かつてDA側に大きな損害をもたらした1番と同様に、海外で活動する巨大な犯罪組織から完成後の受け渡しの取引も予定されていたようだ。
それほどの実力、可能性がある。
13番に回帰した時はDAでも止めにくい。
ただでさえ、リコリスの活動すら危うい事態だ。
これ以上の損失は真島どころではなくなる。
「悪く思うなよ、楠木くん」
お気に入りはここで切り捨てさせて貰う。
〜ミズキside〜
「えこ、え、エコノミーィィイイ…………!!!!」