喫茶リコリコで看板娘の奴隷やってます   作:布団は友達

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十二話「Nature versus nurture」
思いは一つ


 

 

 

 

 ミカside

 

 

 私は9番と共に電波塔を見上げている。

 千束はシンジと合流できただろうか。

 

「ナンバーズは、『人を武器にする』という計画で作られた優秀な人材です」

「それは知ってる」

「ただ、人である以上は感情に引っ張られます。人を殺す事に拒否感、または快感を抱くのが人間です」

「…………」

 

 それも知っている。

 如何に真っ当な情操教育を受けても悪人はいる。

 環境によって育まれる情緒や常識もあれば、その中で膨れていく欲望がある。いくら昔から人命を尊ぶ人物でも、今際の際に己と他人の命を天秤で計ればたとえ捨てる方が家族の命であろうと自分を選ぶ人間がいても不思議ではない。

 それと同じように、人を殺す事に快感を覚えるヤツもいる。

 環境によって人間は変わる。

 戦場でそれを何度も見てきた。

 殺した相手にも、愛する人間がいる。

 殺す相手を愛する人もいる。

 私も愛を知りながら、他人にそういう関係があろうと手にかけてきた。

 命は平等ではない。

 だから善人が殺人鬼に化ける事すらある世だ。

 

 人とは不安定で御し難い。

 

 そんな条理があるから、尚更あの『人を武器にする』という計画には無理があると理解していた。

 天を見ていても、そう思う。

 

「上司はそこを利用したんです」

「利用……?」

「自分という存在を『快感』に据える。人を殺す事で得られる物を強調し、与えて幸福感を提供する。殺しに拒否感を覚えた者には自らが肯定してやる事で責任感などを和らげて依存させたり、褒めてやったりする」

「………『首輪』か」

「はい。自分を神か主人に据えるんです」

 

 全てを肯定する。

 確かに、危険だがとても甘い話だ。

 一度そこに浸ってしまえば抜け出すのは難しい。

 過酷な状況に追いやられた人間に蜜を与えて、気が楽になる方へとやっていけば、その先に待っているのは抜け出せない依存性だけだ。

 特に、それを物心付く前にやられた天。

 もはや脱却は不可能という段階にある。

 

 リコリスもまた同様だ。

 

 小さい孤児の頃から訓練を施す。

 人を殺す事に躊躇いを覚えさせない恣意的な教育で仕上げた武器とすら形容できる。

 その点では、同じ穴の狢か。

 私にそれを責める権利は無い。

 

「君はどうやって脱却した?」

「俺も出来てませんよ」

「……?」

「結局、未だに殺し屋やってるのはそこです。これ以外の稼ぎ方を知らない……っていうのは言い訳で、未だに仕事終わりはヤツの顔が脳裏にちらついて、心の負担が和らぐ自覚があります」

 

 ……重症だ、と思った。

 死後もここまで影響が残るのは異常である。

 人が精神的支柱になるというのは有り得るが、本人が死んだ後でさえそこに留まり続けるのは、かなり難しいこと。それも意図的にともなれば尚更だ。

 だが、疑問点もある。

 確か明山さん――1番は、戦場でも名を馳せた化け物。

 彼は殺人に辟易し、一般の警備会社勤めだ。

 もうそういった稼業とは無縁状態にある。

 昔、率いていた傭兵団が明山さんに嫉妬して抗争を起こし、それに家族を巻き込まれたのが傭兵を引退した理由だったが。

 彼が正常なのは、なぜだ。

 

「明山さんのケースはどう説明する?」

「そこが突破口です」

 

 突破口……。

 1番が脱却した理由とは何か。

 

「上司の催眠教育には欠点がある」

「それは?」

「単純な話です。自身が提供する以上の快楽を供給してくれる新たな主人が現れた場合、効果が減衰するんですよ」

「………」

 

 幸福を与える新たな主人か。

 確かに、同じ役割且つそれ以上の効果があれば霞んでしまうのは自明の理。

 明山さんの場合は……家族か?

 もし、そうなのだとすれば天の場合は……?

 

「13番は他より難しいですよ」

「…………」

「でも、九年間リコリコで働いた時間は無駄じゃないですよ。アイツには、長い時間をかけて育まれた物がありますから」

「……まさか、千束か?」

「そうですね、多分」

 

 多分、とは不安になる言い方だ。

 

「五分五分の段階ってところか」

「……」

「でも充分に対抗できる」

「まさか、13番になる瞬間に千束を想起させる?」

「それなんですよ!」

 

 9番が肯定する。

 なるほど……つまり、それは『誰が主人かを再認識させる』という事か。

 だが、それだけで止まる物なのか?

 

「止まりますよ、アイツが千束ちゃんを想うのなら」

 

 9番が強く確信しているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 藤宮天side

 

 

「リコリコの勝ちだ、21番」

 

 俺は愕然としている21番を見下ろす。

 どうやら作戦は成功したらしい。

 実際に彼女は死んでおらず、腕輪は破壊されていた。首元からやかましく鳴っているアラーム音から察するに、クルミのファインプレーだな。

 首のチョーカーの電源を落とす。

 アラーム音が止まって、再び静寂が荒廃した広間を包む。

 やはり恐ろしい。

 周囲を見回して、それを痛感する。

 誰か一人を殺した辺りから、酩酊したかのように意識が段々と白んでいく。

 最後の一人か二人を仕留めた時は意識すら無い。

 

 あと一歩遅ければ、21番も仕留めていた。

 

 ともあれ、共倒れは免れたようだ。

 それにしても…………体中がクッッッソ痛ぇえええええええええええええええええ!!!!!!

 

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!

 

 く、ぐぐぐ……背中とか特に痛い。

 左腕の火傷とか、もう感覚が無いんだけど。

 この狭い空間で21番という猛者を相手に絨毯爆撃並みの密度の攻撃を仕掛けられて人の形を保っているだけマシではあるのだが、中々に損耗が激しいな。

 

「どう、して」

 

 絞り出すような声で21番が尋ねて来る。

 俺はそれに答えるように背後に振り返った。

 そこでは、低い位置で滞空し続けているドローンが一機だけある。

 機体の基部は、俯瞰すれば生意気なリスの顔のロゴが入っているに違いない。

 結果を見た今なら可愛いと思えるかもしれんが。

 

「オマエは多勢に無勢で俺を仕留めようとした」

「…………」

「でも、最初から俺も一人じゃないのさ」

 

 俺はチョーカーを指で指し示す。

 それが何だ、と21番が視線で説明を促す。

 

「これはな、首輪だよ」

「首輪?」

「ああ、コレは――」

 

 忌々しいが、今はコレで助かったのだ。

 21番も無関係ではない。

 これは、俺にもオマエにも縁のある品だ。

 何故なら――。

 

 

 

 

 

 

「オマエとデートした後、千束に監禁された時に付けられたヤツだ!!」

 

 

 

 

 

 

 俺の声が……虚しく響き渡る。

 21番も怪訝な表情をしていた。

 分かるよ、何故この大事な局面で監禁された時の忌避すべき思い出でしかないチョーカーを自ら装備として選んで付けて来るのかと。

 正直、変態の沙汰としか思えない。

 普段の俺ならばやらなかっただろう。

 だが、この異常事態だからこそだ!

 

 目には目を、歯には歯を、毒には毒を、だ。

 

 クソ上司の教育に抗えないのなら、クソご主人様への忠誠心で対抗するだけだ。

 毒を毒で中和したんだよ。

 九年間で育まれた奴隷根性は伊達ではない。

 だが、俺一人ではそれが難しかった。

 

 だから、チョーカーに予め仕掛けを施した。

 

 

 21番と戦う再決意をし、クルミに依頼をした時だった。

 俺はクルミに再注文していたのである。

 暴走して21番を仕留めるかもしれない瞬間、千束の奴隷であると自覚できる物を用意して欲しい、と。

 クルミには精神状態を不安視されたが、一応請け負ってくれた。

 

 そして、ミズキさん達の乗ったタクシーを見送った時に店長から渡されたのが――このチョーカーだ。

 

 本来なら家を出た瞬間に千束に報せるシステム。

 それをクルミが改造した。

 俺がチョーカーの電源を入れると、管理者であるクルミの所有する端末に起動した事が通知される。後はドローンでもハッキングした監視カメラでも良いのでクルミが俺を監視すれば良い。

 

 そして、手元の端末から暴走した俺が21番を殺そうとした瞬間に手動でチョーカーを起動させる。

 そうすれば、千束を思い出して止まれるというヤツだ。

 

 本当にアラーム音で俺が千束を思い起こせるか。

 

 そこは賭けの要素が強かった。

 だが、自分の命より千束の先を案じられる今の俺ならば行けるかもしれないと思ったのだ。

 

 

「そ、そんな事で……?」

 

 

 そこまで説明すると、21番が項垂れる。

 だよな、こんな下らない戦法に負けたのだから。

 俺だって正直、勝った気がしない。

 誰が監禁されてた時のチョーカーを武器にして喜べるかよ、腸が煮えくり返っとるわ!!!!

 

「君も、一人じゃなかったんだね」

「ああ」

「ふは……じゃあ、僕の作戦は最初から失敗していたんだね」

「いや、途中まで完璧に俺は嵌められていた」

「そっか……いづっ!」

 

 21番が膝を押さえる。

 俺が膝蓋骨を無理やり外したところか。

 確かに、彼女は立てない様子だった。もし、まだ立ち上がれるなら今からでも俺はまた21番の術中に嵌められていたかも。

 

 俺は21番の隣に腰を下ろした。

 瓦礫がゴツゴツしてお尻が痛い……。

 

「僕さ」

「ん?」

「自分のやりたいこと最優先だから、君と色んな事がしたかったんだ。……昔みたいに」

「…………」

「でも、今の状況が許さない。今の君が許さないから……壊そうと思った」

「そっか」

 

 今の俺の状況が許さない、か。

 DAの傀儡で、リコリコの店員で、千束の奴隷。

 そんな立場にあるヤツ、確かにどうやっても動かしづらいだろうな。

 それで、俺を取り戻す為に環境を壊す。

 だが脅迫しても俺は靡かないから、せめて死んででも13番を取り戻したいという願望に繋がった。

 破滅的だが、背中を押したのがクソ上司の教育と俺だな。

 

「昔みたいに遊びたい、ね」

「……うん」

「なら遊ぶか」

「えっ?」

 

 21番が素っ頓狂な声を上げる。

 

「実を言うと、オマエに会う為に俺は命令違反を犯したのでDAから絶賛抹殺対象扱いだ」

「え」

「つまり、俺もオマエたちと同じ扱い」

「え゛!」

「俺は千束と一緒にいたいから、オマエといつまでも……とはいかないけど、暫くは日本にいられないだろうから、良ければ来るか?」

「………僕の物になる気はないのに、そういう事するんだ?」

「……どうする?」

 

 俺の提案に21番が固まる。

 これから俺は逃亡生活を送る事になる。

 虎杖司令はまず許さないし、国内にいる限りは潜伏という形なんだが、DAの影響力が凄まじいのはこの九年間のみならず警備会社勤めだった時も実感していた。

 だが、彼らの手は国内でしか機能しない。

 

 だから――リコリコを辞めた俺は、国外へ行こうかと考えていた。

 

 実際、ミズキさんもクルミも国外だしな。

 千束の延命が叶うサポートを最後までしたかったが、俺が出来るのは俺自身の因縁に決着を付けて、千束たちに余計な邪魔が入らないようにする事までしかできない。

 実際、くっそボロボロだし。

 

 でも、俺のこの提案……21番に進んで不倫相手になってくれませんか?みたいな事を言ってるクズ男になっている。

 うん、そうだね。

 千束に聞かれていたら殺されただろう。

 この際、殺されてやろう。

 煮るなり焼くなり好きにしてくれ。

 

 俺もやりたい事最優先。

 この21番を見捨てる事はできない。

 

「………君は、今いる場所を大切にしてるね」

 

 21番が俺に寄りかかる。

 肩に乗せられた顔は微笑を湛えていた。

 

「だったら、僕も今を忽せにはできないよ」

「………」

「今のボスに義理を通さないとさ」

 

 今のボスに義理を、か。

 俺には悪印象しかないが、よくよく考えれば真島とずっと共に行動していた21番からすれば、仲間なのだろう。

 最初は敵だったDAと、今まで俺も一緒だった。

 その考えを否定する権利は無いし、する気も無い。

 

「じゃあ、これからどうする?」

「ボスには失敗したら戦線離脱しろって言われてる」

「逃げるなら……俺も手伝おう。てか、巻き込む形になったし」

「巻き込む?」

「ああ。そろそろ――」

「誰か来る、数が多い!」

「やっぱりか」

 

 先んじて、21番の耳が捉える。

 俺の予感に正解だと答えるように、通路から広間へと殺到する足音が聞こえ始めた。

 現れたのは、リコリスとはまた異なる制服に身を包む若き武装集団。

 広間を包囲するよう散開し、銃口を向けて来る。

 それらを率いる、赤い制服の少年もいた。

 

 俺は立ち上がって、上着を諸肌脱ぎにする。

 21番をここで見捨てる訳にはいかない。

 彼女が動けない以上は、俺の手で突破口を開く。

 

「お久し振りです、先輩」

「おう。リコリコ襲撃以来だな」

「我々は貴方を抹殺する命を受けています」

「なら、さっさと引き金引いたらどうだ?」

「ええ」

 

 彼が片手を挙げると、傍らに構えていた一人が発砲する。

 その狙いは――21番。

 読み通りの対応に、俺は左手で銃弾を掴み取って止めた。

 

「庇うんですね」

「ああ」

「司令には貴方は裏切り者、それで間違いない事を証明した上で殺処分しろと」

「あのワル○ージ髭め」

 

 ぶ、と誰かが吹いた。

 やっぱりね、誰かはそう思うよね。

 ゲームやってるヤツなら、あの人の着てるスーツの色と髭の形で渾名を考えたらそうなるよね!?

 ……って呑気な事を言ってる場合ではない。

 

 これで、いよいよ退路は無くなった。

 さて、武装はスタンドグレネードが一つと拳銃のみ。四肢は問題なく動くが、早く処置しないともうすぐヤバい傷もある。

 どうするかな……。

 

「では、さようなら――先輩」

 

 リリベルのリーダーである少年が片手を挙げた。

 一斉掃射の合図!

 俺は21番を片腕で脇に抱え、その場から一点突破を目指して走り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう終わったのかな、藤宮くん?」

 

 その直前。

 上階から細いロープと共に音もなく降りて来た――逆さ状態の明山さんが現れる。

 リリベルの少年の首を、後ろから回転させるように折った。少年も何事かを理解できない表情のまま、地面に倒れる。

 

 リリベル部隊の視線が明山さんに集中する。

 

 明山さんはまた音もなくロープから地面に着地するや、まるでゆっくり歩くように別のリリベルへと接近し、一人ひとり素手で殺していく。

 まるで玩具の部品を弄るように。

 軽い接触にしか見えない動作で、命が一つずつ刈り取られた。

 

 リリベルも、俺さえもが唖然として、だが殺傷行為に見えない自然さに固まって動かない。

 ただ、見ていくだけ。

 映画を眺めているように。

 そして、誰かが我に返って発砲する。――が、それすらも当たらない。

 包囲網をなぞって一周していくように動く明山さんは、既に半周分のリリベルを仕留めていた。

 彼めがけてリリベルが発砲を繰り返す。

 もはや俺は眼中に無いようだ。

 俺は21番を覆い隠すように地面に伏せており、頭上の空気を焦がしていく射線でしか状況を感じられない。

 

 でも、分かる。

 

 暗殺者たるリコリスに比べて、リリベルは制圧部隊。

 こういった一人しかいない相手ほど効果的で強い。

 なのに、たった一人の相手に覆されている。

 彼らは命令――俺の命よりも、自分の本能に従って最も危険な相手に意識を集中させているのだ。

 

 

 あ、あれが明山さん……いや、1番。

 

 

 俺もクソ上司から見習うようにと資料を渡された程度で、本人に会ったの会社を出た後なのだが、マジものの化け物だ。

 

 

 やがて、広間は静かになった。

 リリベル全員を無傷で片付けた明山さんが、自分の腰を叩いておっさん臭い吐息を漏らしている。

 

「いやぁ、久々に疲れる仕事だね」

「あ、明山さん……何でここに」

「それは藤宮くんの様子見、それと必要なら救助するつもりだったんだけど。9番は外でスタンバイしているよ」

「9番も!?」

 

 明山さんは、周囲を見回す。

 それから、俺たちを見て微笑んだ。

 

「二人は仲直りでもした?」

「え、ハイ」

「そっか。それにしても、君たちが私の後輩だったなんてね」

「うげ、バレた……!」

「それで、私たちに出来る事はあるかな?」

 

 明山さんが尋ねてくる。

 え、助けに来てくれたの?

 マジで?

 

 俺と21番は、顔を見合わせた後に口を揃えて――。

 

 

 

「「助けて下さい!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜おまけ「あり得たかもしれない未来⑷」〜

 

 

 

 

 リコリコで働くようになって二ヶ月。

 俺は――裏の座敷でクルミと寛いでいた。

 いやー、働きたくないでござる。

 ボードゲームでめちゃくちゃ強いコイツに勝たないとモチベーションが上がらない。DAに狙われてビクビクしている日々でも、やはり娯楽は欲しい。

 

「働いて下さい」

「待てよ、たきな。良いところなんだ」

「優先事項があります。貴方の事は店長からも私に一任されていますので」

「えー」

「えー、じゃありません。貴方を匿うのは仕事を手伝うという条件があるからです……撃ちますよ?」

 

 ううん、手厳しい。

 たきなの冷たい視線を背中に受けても動く気が全く起きない俺の怠惰さが度し難いが、働かざる者食うべからず。

 致し方ない。

 俺はその場から立ち上がる。

 すると、クルミにおいおいと袖を掴まれた。

 

「まだ勝負の途中だぞ」

「悪いって。盤はそのままに解散して、後でまた――」

「クルミさんに触らないで下さい」

 

 たきなに手をビンタされた。

 スナップ利いてて痛い。

 俺の袖を掴んでいたクルミの手を包むように握りつつ遠ざけ、俺とクルミの間に割って入って来る。本気の敵意を剥き出しにした表情に気圧されて俺もクルミも黙ってしまった。

 

 ………いやいやいやいやいや!

 

 触ったの俺じゃなくてクルミなんですけど!?

 理不尽すぎて泣きそうになる。

 これが、現代で言う痴漢疑惑をかけられたおっさんの気持ちか……警察に取り締まられる危険があるのにそこまでして女の子に触りに行くおっさんの気持ちなんて未だに分からんけど。

 

「わかったよ、働くって」

 

 俺は叩かれた手をさすりながら座敷を出る。

 

「たきな、今のはやり過ぎだろ」

「駄目です、あの男の場合は特に」

「おまえ……」

「クルミさんも注意して下さい。少ない接触でも、あの男はすぐにまた」

 

 ぎろり、と俺を睨んでくる。

 リコリコに来て益々感じたのだが、たきなは俺の事を歩く公然猥褻物か何かだと思っている節がある。

 特に女性関係だとすごく警戒される。

 俺って、ホント俺って……………。

 

 半泣きになりながら厨房へと戻る。

 すると、ミズキの姉御に呆れた目で見られた。

 うう、ここでも俺には人権ないのかよぉ……。

 

「アンタも大変ねー」

「クルミの一件で、もう回復不可能なくらいたきなからの好感度が……」

「いや、カンストしてるとは思うけど」

「ヘイト値が?」

「ある意味では」

 

 時々、ミズキさんは詩人だな……って思う。

 何を言ってるのか全然分からない。

 

「どうしたら良いですかね」

「アンタが女との接触ゼロにすれば良いのよ」

「死ねと?現代社会でそれは無理では??」

「あとは、スマホのホーム画面をたきなの写真にするとか」

「死ねと?絶対スマホ粉砕されるし何かヤダ」

「そうね……『愛してるのは、オマエだけだぜっ☆』とか言ってみなさい」

「死ねと?リコリスに手を出すとか自殺行為では」

 

 駄目だ、全く頼りにならない。

 こうなったら、彼女と最も仲のいい千束に聞くのが手っ取り早いかもしれない。

 丁度良くお手洗いから戻って来る途中の千束を発見した。

 

「千束、ちょっと良いか?」

「ん?どしたの」

「たきなに嫌われててさ」

「あー、そう思う?」

「え?」

「私もさ、実はテンさんの事すっごく嫌い」

「ど、ドストレート……堪えてたのに涙出てきたわ」

「だって、私と話してる時だって、常連客のカナちゃんとも遊んでるし余所見が多い。ちゃんと聞いて!って思う」

「えー……」

 

 涙を拭きながら千束の言葉に思わず変な声が出る。

 千束はいつだって自分の感情に正直だから、その分だけ嫌いとか言われると嘘偽りなく信じられるので心が痛い。

 泣いていいか?

 泣こうか、今日だけは。

 

「たきなもそんな感じだって」

「え?」

「真っ直ぐ見て欲しいんだよ、きっと。リコリスのたきな、じゃなくて女の子のたきなとして。そしたら、きっと好き!ってなるからさ!」

 

 

 …………コイツ、さては天使か?

 熾天使チサトエルなのか?

 おかしいな、聖書とか興味本位で読んだ事があるんだけど、そんな天使の名前は無かった筈だ……まさか、悟りか?俺の手で、彼女を崇拝する教宗を広めて行くべしと?

 

「まっすぐ見ろ、か」

「そう!」

「ありがとう、千束。頑張ってみる」

「おうおう、励み給えよ少年」

「俺成年」

 

 しかし、良いアドバイスを貰った気がする。

 そうだよな。

 前までは、リコリスのたきなというフィルターがかかっていた。今はリコリコメンバーとして、以前より密接に関わる関係になっている。

 俺も変わらなくては。

 受け身なのは、人間関係において変化の可能性を潰す。

 よし!

 

 俺は裏の座敷で休憩中のたきなの方へ向かった。

 

「たきな!」

「何ですか?」

 

 見ろ。

 たきなを、一人の女の子として。

 さあ、見ろ!

 フィルターを、世界観を取っ払って、すっぴんで見ろ!

 

 

「今日も可愛いな、たきなは!!」

 

 

 ………沈黙。

 思ったより、理性の無い言葉だった。

 言ったコンマ一秒で己の不覚を悟った。

 いや、取っ払いすぎだろ。

 せめて、もう少し何かなかったのか。

 

「――――」

 

 たきなは黙っていた。

 だが、何か呼吸が荒い……自身の胸襟をぎゅっと掴んで苦しそうだった。

 それから――凄い眼光で睨んでくる。

 

 

「貴方は、また……また……!!」

 

 

 まるで親の敵でも見るような目だ。

 な、何が「また」なのかは分からないが、確実に逆効果だったのは分かる。

 

「何処かに行って下さい」

「え、あの、ごめ」

「早く!!」

 

 切羽詰まった声で言われて、俺は後悔しながらすごすごと厨房へと戻った。

 千束が引き攣った笑みで「ドンマイ」と俺の背中をさすってくれる。ゴメン、優しさが沁みて泣きそうになる。

 取り敢えず、たきなに後で謝ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「心臓、落ち着かない……何で、ダメ、またあの人のせいで………!!」

 

 

 

 

 

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