リリベルを撃退した広間は静かだった。
「痛ッ……!」
明山さんから応急処置を受けている。
限界量には達していないが、かなりの出血だった。
銃弾も取り除けたので、これで後遺症が残る事は無いかもしれない。21番の容赦ない作戦、思い返せばよく生き延びたものだ。
俺ってば、やはり不死身か?
嘘です、調子に乗りました。
痛い、痛いです。
「君も無茶するねぇ」
「処置ありがとうございます」
「いいえ」
隣では、既に足の処置を終えた21番が眠っている。
随分と豪胆なヤツだ。
これから、リリベルの後続部隊が押し寄せて来るかも知れない状況下なのに……でも、戦闘中に研ぎ澄まされたその感覚は目の当たりにしているので、十中八九襲撃があれば即座に起きて対応できる体になっているのだろう。
昔の俺なら出来ただろうが、今は無理だ。
九年間も毎日ベッドでゆったり寝ていたから。
さて、やるべき事は済んだ。
後は、国外へと逃げ延びるだけ。
21番も戦線を離脱する所存らしく、DAにも察知されていない潜伏先へ行く予定だ。
俺との『遊び』はお預けらしい。
明山さんが潜伏先まで責任を持って届けてくれる。
彼なら、俺よりも無事に21番を守れるだろう。
「藤宮くんは、9番と合流しなさい」
「…………」
「駄賃は高いけど、違法船で逃げられるよ」
違法船か。
空港便よりはDAにマークされ難いな。
9番が手配した物ならば、尚更俺とは無関係だとDAも警戒はしていない。抜け出すなら、絶好の手段である。
タイミングは早い方が良い。
いや、それにしても。
「明山さんはどうするんですか?」
「ん?」
「リリベル相手にこんな事をしたら、日本にいられないでしょ」
「私も海外に行く気だよ。リコリコ閉店したから傷心旅行するつもり」
「…………」
色んな人を巻き込んでしまったな。
迷惑をかける事を覚悟で敢行したが、やはり最後まで自分ひとりじゃこの結果に辿り着けなかったと痛感する。
海外か……。
本当に、しばらくは皆に会えない。
そう考えると胸が締め付けられる。
ここへ来る為に自ら捨てたとはいえ、惜しい物は惜しい。
せめて、千束の件が片付いてからが良かったが。
俺は上階の方を見上げた。
果たして、吉松と合流できただろうか。
21番が千束を素通りさせていたが、そのまま都合よく吉松に会わせるとは考えられない。
ここに彼女を呼び込んだのは、延空木に介入させない為なのだ。容易に救助させて早々に脱出されても困るのは真島側である。
……何かしらの罠があるに違いない。
それも千束を長時間留めておく為の陥穽だ。
「明山さん。21番をお願いします」
「………」
「俺は、これから千束の援護に向かいます」
「その負傷体でかい。今、私たちと突破するのが最も危険を最小限に留めるタイミングだよ」
「はい」
「……良いんだね?」
明山さんの言う通りだ。
この機を逃せば、次は一人で脱出しなくてはならない。これから来る次なるリリベルも独力で処理する必要がある。
逃亡の難易度はより高まるに違いない。
それでも俺にはやるべき事がある。
「アイツの事を片づけない限りは、生きてる意味が無いですから」
俺の回答に明山さんが頷いた。
21番を背負い上げて、撤退の準備を始める。
これで会うのは最後になるのだろうか。
彼は最後に俺の視線へ微笑みを返し、黙って広間を出ていく。
暫くは彼にリリベルも注目する。
俺の方は少し動ける時間ができたか。
「天!」
「……!」
寝ていたと思っていた21番に呼ばれた。
彼女が懐から何かを取り出し、俺へと放る。
小さく銀色に光る物体――慌てて受け止めた時、俺はそれが指輪であると分かった。
あ、そうだった。
必死すぎて、すっかり忘れていた。
あ、危ねー……また千束に監禁されるところだったぜ。
「いつか僕とのペアにしてやるから」
そう言って、21番が明山さんと共に去っていく。
彼女の台詞に、俺は戦々恐々とした。
いや、これ以上は引っ掻き回されると、その、軽く死人が出るので勘弁して欲しい……具体的に言うと藤宮天って人が死にます。
まあ、『やりたいこと最優先』。
21番がそうしたいなら、そうすれば良い。
たとえそれで、俺が何回死のうとも。
…………さて、俺も動くか。
二人の後ろ姿を見送ってから、武装を確認した。
弾はまだ有り余っている。
拳銃一丁と、瓦礫の隙間から拾ったナイフと未使用の特製スタンドグレネードのみ。ショットガンや諸々の装備は、苛烈な攻撃で破損してしまった。
敵から鹵獲できそうな物は……あまり無い。
俺は立ち上がって、上階を目指した。
歩く度に傷が疼くが、それよりも弥増す悪い予感に進む足は止まらない。
正確な推測は無い。
ただ、俺の中で警鐘が鳴り響いている。
千束が辿ったであろう道筋には、足跡のように彼女が仕留めた男たちが昏倒していた。
何とも伝わりやすく、物騒な物なんだろう。
「ッ……!」
「よォ」
その途中で不審者に出会った。
欄干に両腕を縛られた真島が笑っている。
緊縛と放置…………そんな上級者プレイを楽しめる男だとは思わなかった。
概ね、また千束に撃退されたのだろう。
開ききったシャッター――真島の後方のガラスは、盛大に破壊された痕跡が見える。
そんなに激しい戦いだったのか。
千束は……大丈夫なのか?
「随分とボロボロじゃねえか」
「アンタも良いザマだな」
「その様子じゃ、オレの相棒も仲間もお陀仏か。流石はアランが見出した人間だな」
「……21番から聞いたのか」
「吉さん本人にも聞いたぜ?」
この状況にあって真島は不敵な態度だ。
俺が銃を向けても動揺すらしないだろう。
戦争屋という手合は、誰よりも戦場と密接に関わっているからこそ多少の脅迫で揺らがない事は知っている。却って状況を逆手に取られる危険の方が大きい。
相手にすると面倒な事この上ない。
「吉松は?」
「さあな。ヤツらも捜しに行ったぜ」
「奴ら?」
「黒い方のリコリスも来てな。……折角の一騎打ちだってのに、水を差された」
「その割に悔しがってないな」
にやり、と笑う。
やはり犯罪者の人相っていうのは独特の凄味がある。
特に、芯の徹っているヤツというのは視線にも奇妙な強さを持たせる。射竦められた者に筆舌に尽くしがたい恐怖を与えて退かせたり、期待や高揚感を湧かせる。
歴史を変えるのは、決まって何かを貫いた人物だ。
周囲を変えられるエゴの持ち主でなければならない。真島やアラン機関は特にそういう類の連中だ。
そういうヤツは、本当に苦手だ。
「21番は離脱したぞ」
「へえ、殺さなかったか」
「甘いって?」
「まあな。だが、尊重はするぜ……あのリコリスといい、オマエといい、俺等は同類だ」
「よせよ、心外の極みだ」
「残念だがそれが真実だ」
真島が天井を仰ぎ見る。
その先にいる上へと向かった千束を捉えているかのように遠い眼差しだった。
作戦が台無しになって諦めムードか。
コイツがここで終わる人間とも思えないが……年貢の納め時でもある。
俺は嘆息して、上階を目指す階段を探しに向かう。
「なあ、ゴリラ」
「何つった、このブロッコリー!?」
「一応、オマエにも訊いとくぜ」
苛立ちながらも俺は真島へと振り返る。
「オレとアラン機関を叩かねえか?」
「…………」
「アイツはともかく、オマエはアラン機関を憎んでると思ってる。DAに収まるタマじゃねえだろ、オレの所に来る気はあるか」
「縛られてる状態のヤツに提案されて魅力感じるか?前途真っ暗だろうが」
「真面目に答えろよ」
「……まだ先の展望を語れるのか」
「まあな」
野心家なんだな。
DA相手に半年以上も抗っているだけはある。
その気概も実力も認めよう。
たしかに、オマエと組んだらそれこそアラン機関の喉元に刃を突きつける段階まではいけそうだ。
以前なら喜んで乗ってたかもきれない。
「生憎と、俺は奴隷なんでね」
「…………」
「ご主人様に伺ってみてくれ」
「渡さねえって言われたよ」
「じゃあ、この話は終いだ。じゃあな」
俺は軽く手を振って、更に電波塔上層部へ向かう。
後ろから大きく笑う声が聞こえた。
自棄になったヤツの態度ではなかった。紛れもなく、これから先についても諦めていない。
やはり、仕留めておくべきだったか……?
どちらにしろ、俺の時間は限られている。
心臓の手懸りを持つ吉松から情報を入手し、何としても千束の延命に繋げる。その努力が結実する最後まで見届ける事はできないが、せめて今だけでもサポートしたい。
「行くか」
俺はひたすら上へと走る。
その途中で銃声を耳にした。
恐らく最後の難関と目していた真島すら突破した上階で、また戦闘を行っているようだ。まさか吉松が用意していた罠なのか。
風の吹き付ける剥き出しの非常階段を使い、旧電波塔の展望台へと着く。
そこには、吉松が一人。
窓の外へと、銃を構えていた。
手にしているのは……たきなの銃だ。足元には、千束の所有している筈の弾倉が転がっている。
窓外に発砲を繰り返している……何を狙って?
まさか……コイツ。
俺は床を蹴って全速力で吉松へ接近する。
気付いた彼がこちらへ気付いた瞬間に、その右脇腹を回し蹴りで捉える。
骨を折る手応えがした。
苦しげな呼気を漏らして、俺の足が振り抜かれた方へと転がっていく。――と。
「いだッッ!?」
入れ違うように立った俺の脇腹に銃弾が命中した。
だ、誰だよ!?
窓の外を見ると、鉄骨の上で千束が銃を構えていた。切迫した表情の前で、硝煙の立つ銃口が揺れる。
命中した威力で、俺も床を転がった。
く、止血処理した場所じゃなくて良かったけど危なかった……!
しかし、成る程なるほど……そうかい。
俺は展望台中心部の柱に背中を預けて座る吉松と視線が合った。
コイツ、そこまで千束を追い詰めてたのか。
立ち上がって吉松へと歩み寄ろうとした時、ふと彼の開いた胸襟の隙間から覗く肌に違和感を覚えた。
一筋、痛々しい手術痕……のような物が見える。
その位置は――。
「何だ、それ」
「これかい?……ああ、ここに千束の新しい心臓がある」
「なッ……!?」
「今は彼女の人生を勝ち取る戦いの最中だよ」
そう嘯く吉松の瞳。
俺はそこに既視感があった。
――君は既に完成している。
心の底から悦びを面に滲ませて、最後に自害したあの老人と同質の……途轍もない執念に爛々と瞳を輝かせている。
あの瞬間を、俺は一時も忘れた事は無い。
まさか、千束に自分を殺させるつもりか。
そうすれば自身の新たな心臓を、諦めていたさらなる人生を獲得できると。
コイツらは何処までも……本当に……!
「了解した。なら千束がやるまでもねぇ」
「ふふ」
「その気に入らない目ごと、頭蓋骨潰してやる」
「――待って!!」
吉松へと足を振り上げた瞬間、制止の声がかかった。
振り返れば、千束が戻って来ていた。
赤い瞳は、俺を批難している。
仕方なく足を下ろせば、千束が銃弾が直撃した俺の脇腹を手で撫でた。
千束は、らしくないほど沈んだ表情を見せる。
何だよ、無事だったんだから喜べよ。
「ボロボロじゃん」
「安心しろ。オマエの銃弾はかすり傷だから」
「自分大切にしろよ」
震える声で呟いて千束が俯く。
……俺、オマエにも散々痛めつけられたケド。
それを言ったら、今にも千束の手でトドメを刺されそうなので黙っておく。
心配は、させてるよな。
案外、優しいところもあ―――
「また、私以外の女を理由にした傷増やして」
……………?
あれ、何それ?
じ、自分なら傷付けても良いって不穏な含みのある言葉に聞こえるんですけど。俺の思い違いであって欲しいケド、そんな訳ないよな。
びくびくしている俺を赤い瞳が見上げる。
あ、心配してるヤツの目じゃない。
コイツ後でぶっ殺してやるって目だ。
「はははは」
俺たちのやり取りを見ていた吉松が声を上げて笑う。
何だよ、見世物じゃないぞ。
ややキレ気味に睨むと、彼は蹴られた脇腹を押さえていた。
「見ていたよ、君の戦い」
「…………」
「君の才能はやはり素晴らしかった。……だが、21番を殺さなかったのはどうしてだい?」
吉松の問を聞いて、千束がばっとこちらへ向く。
クソ、こいつ悪趣味な……。
見てやがったのかよ。
千束に殺しをやった事は俺がいなくなった後で知れるなら別に良かったが、こうして面と向かった状況で暴露されると嫌な気分になる。
千束の方を見るのが怖い。
「テン。……ホントなの?」
「ああ」
「…………」
「すまん。俺が力不足だから、こうするしか方法が見つからなかった」
素直に謝罪するしかない。
千束の方針に、逆らっているのだから。
彼女の人生に影を落とすような行為ではあるし、謝ったところで意味は無い。俺が人を殺したことには、変わりがないのだ。
……千束の視線が痛い。
暫くすると、彼女が俺の胸に額を当てる。
「私こそごめん。そんなに思い悩ませて」
「いや、オマエは悪くないだろ!」
「テンがそれを罪に思うなら、ちゃんと私が一緒に背負うよ」
千束の手が、俺の左手を持ち上げる。
「ほら、私たちは……ね?」
指輪をちらりと見て、千束が笑顔になる。
……申し訳なく思う。
背負う必要なんてないのに。
悔しくて立ち尽くしている俺からそっと離れて、千束は吉松の傍に屈み込む。
そうだな、まずはコイツだ。
「テン、たきなを守ってあげて」
「たきな……?」
「外にいるから」
「でも」
「私は大丈夫。……少し、吉さんと話をさせて」
「……命令か?」
「お願い」
千束の弱々しい声に、沸々と胸の内にあった怒りも鎮まっていく。
俺は仕方なく、その場を離れた。
壊れた窓から下を覗く。
その先で、たきなが戦っていた。
相手は……たしか吉松の助手をしていた女だ。
少ない足場で二人は格闘戦を繰り広げているが、下手に介入すると却ってたきなを危険に晒す。
それにしても……たきなは劣勢だ。
たきなを相手にして優位に立ち回っている。
銃を持たない以上は格闘戦しかないが、あの女はナイフで武装している。
足場も不安定で銃も無く、武器を取り出す暇も与えない攻勢で仕掛ける女の攻撃に圧されていた。
あの足場でよく互いに落ちずやり合えていると思う。
いや、そんな悠長に見てる場合じゃないな。
俺はたきなの銃を拾い上げた。
それから、女に照準を定める。
瞬間、たきなと視線が合う。
彼女は俺が誤射しないよう、女から距離を取るように後退した。
これが以心伝心!
たきなの研修に一番取り組んだ甲斐があるぜ!!
俺は女に向けて一発撃った。
動き続けているので狙った通りとはいかない、銃弾は左肩を掠める程度だった。
撃たれた事への動揺と痛みで一瞬だけ動きが止まるが、すぐに立ち直って女はたきなを蹴りで突き放した後、俺の方へと駆けて来る。
たきなから狙いが逸れた!
おうおう、来いよ。
肉弾戦なら上等だコラ…………?
ぐら、と視界が揺れた。
俺は力が抜けて、その場で床に崩れ落ちた。
あれ、何で、力が……まさか、止血したとはいえ血を流しすぎた影響がここで出るかよ!?
普段こんな傷を負わないから、自分の体力を見誤っていた。
嘘だろ、ヤバいヤバいヤバいヤバい!
「ここに、何しに来たんだよ俺……!」
「随分と消耗してますね」
「っ」
「貴方の事は聞いています。ナイフも刺さりにくいそうですが、何も仕留められないわけじゃない」
窓辺でうずくまる俺の横に、あの女が辿り着く。
頭上にナイフが翳される。
たしかに、コイツの言う通りだ。
この肉体は防弾どころか防刃だって備えていると思えるレベルで頑丈だが、所詮は人間である。急所はそのままだし、21番と同様に筋肉の隙間を狙う的確な攻撃なら確実に殺せる。
普段なら、そんな事もさせないんだが。
「ぐ、くそ……!」
まずい、ここに来て避ける体力が……!
「さようなら」
俺に向かって、光を照り返しながら刃が振り下ろされた。