楠木side
真島の騒動から数ヶ月が経った。
リコリスの存在が暴露され、一時は作戦に参加した者を総員処分に至る危機的状況に陥ったが、外部からの協力もあり、情報操作によって事なきを得る。
いや、種は撒かれただろう。
真島は少なからず影響を残した。
これから一層の注意深い秘匿工作を求められる。
そして、前代未聞の事態が終息を迎えた後も我々の忙しさは変わらない。
日本に発生する事件を未然に防ぐ。
その為の仕事に休みなど無い。
ただ今日は、数ヶ月前に終えた真島関連について執務室で虎杖司令と打ち合わせをしていた。
真島の件で、未だ未解決の事案が二つある。
それは、市井にばら撒かれた武器たちの行方だ。
「それで?」
「ハッカー・ロボ太の証言によれば、総数1151丁……我々が回収したのは211です」
「ダークウェブの販売業者に渡ったとされる物が323」
「それはリリベルが処分した」
裏で真島本体を叩くと同時並行で武器の回収も行われていた。
銃を約千丁――戦争を想定した規模の数だ。
我々の対処してきた事案たちでも、この数を取引した例は多くない。
それだけに、かなり警戒していた。
だが、取引自体が一年前にもなるのに全ての回収には至っていない。
由々しき事態だった。
リコリスとリリベルが処理した武器の総数は534――半数以上が未だ都内に眠っている。
「加えて、ラジアータがリストアップした処分対象者214名。三番から一三六番がリコリス、以降はリリベルで処分完了」
「後は一番と二番……真島と21番、か」
首謀者とその右腕。
その処刑だけが未だに済んでいない。
千束と戦った後で延空木から落ちながらも、しぶとく生き延びている真島には素直に感嘆する。
21番も、現場を見ると天を相手にかなり大きな戦闘を行った形跡があったが、あれは一人を相手に行われたとは思えない様相だった。
使用された爆薬類の数もかなり多い。
だが、肝心のヤツの死体は無かった。
ここまで大事を起こしたのだから二名とも早急に殺すべきである。
私と虎杖司令が沈黙していると、秘書の彼女が少し苦しげに唇を開く。
その内容は、言う前から察せた。
真島と同様に扱われる事になった――
「藤宮天も、未だ逃走中です」
「行方は?」
「国内では確認されていません。真島と行動を共にしているのか、或いは国外に」
「DAを認識する者を取り逃したのは手痛い」
裏切り者――藤宮天。
DAでは真島と繋がっていると処理された。
組織を守る為の判断として上層部が彼の抹殺の命を降したのである。
要注意人物として認識共有を促したリコリス達の顔が暗くなったのは言うまでもない。彼を知るDA本部職員たちも冤罪だと声を上げる者や悲嘆に暮れた者もいる。
それだけ信頼の篤かったヤツは、今や我々に何も報せず姿を晦ませた。
今は何処で、何をしているのか。
流石に死んではいないだろう。
あの男の生存力は折り紙付きだ。
最初は、朴訥とした少年だった。
DA本部に招かれ、拘束された状態で私とヤツは対面した。
DAも長く追跡していた『ナンバーズ』。
いずれも化け物で掃討の際は多大な被害が出た。
特に他の面々を逃がす為に3番と10番、それから18番が奮戦したお陰でこちらも死人が続出し、ナンバーズを幾人か取り逃すハメになったのだ。
当時は、その中でも最高傑作とされた少年を捕えた事を我々は不幸中の幸いと捉えていた。
従順に働き、多分野に高い能力を示す。
そして、リコリスへの思い遣り。
私は司令としての将来を期待した。ヤツならリコリスを効率よく運用しつつ、捨て駒として雑に扱わないと信じたのだ。
個人的に真島と通じていたとは考えていない。
だが上層部の判断に逆らうワケにもいかないし、ヤツもそれを承知の上で逃げているようなので私からは何も言えないのだ。
『藤宮』
『げっ……楠木司令』
『随分な挨拶だな。今日は訓練教官の仕事か?』
『訊かなくても分かるでしょう?貴女が振ってきた仕事なんだから』
『終わったら司令部に顔を出せ』
『な、何故ですか』
『将来、そこで働いて貰うからだ』
『えー…………』
生意気なクソガキだった。
私の意見に一度だって賛成したことがない。
『楠木司令』
『なんだ?』
『司令部の仕事は嫌ですけど、楠木司令の仕事ぶりは尊敬してます。リコリコに来るお客さんが笑顔で来れるのは、そういう治安を作ってくれてる司令たちがいるからですしね』
本当に、生意気だ。
仕事は手伝わないくせに最低限の敬意は払う。
ただのクソガキなら、簡単に意思を捻じ曲げて司令部へと引きずり込んだのだがな。
せめて恩返ししてから出ていけと言いたくなる。
「そういえば」
「む?」
「21番の逃走幇助をした1番……『リーパー』は」
「ヤツも消息不明だ。真島騒動の最後で動いたのは計算外だったし、ヤツ一人に三十名以上のリリベルが一斉にかかって全員死亡した」
「次に入国した場合は……」
「もし来ても、また単独の場合は放置となるだろう……忌々しいナンバーズめが」
まだまだ憂いの種はある。
真島と21番、藤宮天にリーパー。
これからも、我々は奴らの動向に目を光らせなくてはならない。
……本当に忙しい事だ。
真島side
あ゛ー、まだ体中が痛ェ。
桜木町を歩きながら、オレは次の事を考えていた。
仲間も大多数を失った。
表面上は仕事も失敗したので、その評判からこれから仲間を募る時にもかなり足枷になりそうである。やりようは幾らでもある……が、惜しむらくはあと一歩だったということだ。
さて、どうすっかな。
「ねー、ボス」
「あ?」
「これからどうすんの?」
呑気に隣を歩く女を見る。
コイツの方は怪我も完治して、すっかり元気だ。
オレの重傷っぷりを見ては嘲笑い、DAからの追手を始末している。
しかし、コイツ本当に何が目的だ?
悲願の達成とやらの為にゴリラと対決し、失敗している。
仲間も失い、今は体制を立て直すのに必死なオレの所に来てもウマい話は何も無い。
「オマエ、まだ俺に付いて来んのか」
「あたぼーよ!」
「は?」
「僕はこう見えて何年も君を見てきたんだぞ?これくらいの失敗で挫けるヤツじゃないし、これからもっと稼ぐと見たので今の内に媚び売ってるのさ」
「そういうヤツの態度じゃねえな」
まだオレに期待しているらしい。
それなら好都合。
コイツ並の戦力はそうそう手に入らないし、今のところは背中を任せられる貴重な一人として自衛手段に使える。
しかし、ロボ太の野郎も惜しいな。
アイツの能力も中々に便利だったんだが。
「どした、ボス」
「暫くは仲間集めが最優先だな」
「それだけじゃ生活は厳しいぞ〜?」
「心配すんな。それを稼ぐ殺しの仕事は幾つか請けてる……行ってこい」
「僕任せかよ!?」
「ああ?今の内に媚売っとくんじゃねえのか?」
「く、ぐごごごごご………!!」
21番が拳を振り上げて睨んでくる。
「仕方ない……やってやるよ」
「おう」
「まさか、ボスを養う日が来るとね……はっ!つまり、今は僕がボスなんじゃないか!?」
「オマエの下に就くくらいならオレが抜ける」
「ぬぁ!?」
当たり前だろ。
コイツは確かにあらゆる面で優れている。
ただ一点、統率力については欠如しているがな。コイツに組織を任せた次の日には、敵対勢力と相討ちになって全滅するだけだ。
オレが使う分には良いがコイツが頭目なのは危険だ。
「い、良いのかな?こんなに可愛い僕を頭に据えておけば、ボスがやってた時より沢山集まるよ〜?」
「………?」
「え」
「………?」
「ちょ、そこ本気で意味不明みたいな顔すんな!?」
よく分からないが、どうやら再建はコイツに少しでも任せてはならない事がよく分かった。
失敗しようが、オレは変わらない。
この志の下、世界の自然なバランスの為に動く。
『今のままでも好きな物はたくさん』
アイツの声が脳裏に蘇る。
ほんの数ヶ月前だ。
延空木で再戦をとあのリコリスに勝負を仕掛けた。
今度こそ十年前の雪辱を雪ぐべく全力を注いだ。
途中、心臓に不調をきたしたヤツを追い詰めるのは勝負としてバランスが悪いと思い、お互いに命を削り合う戦いの中に作った束の間の休息でヤツは告解した。
『大きな街が動き出す前の静けさが好き。先生と作ったお店、珈琲の匂い、お客さん、街の人、美味しい物とか綺麗な場所、仲間、一生懸命な友だち、それから大好きな人……それが私の全部!
世界がどうとか知らんわ』
オレからすれば平凡でありきたりだ。
小せえ、と思わず返してしまった。
本当にアランに見初められた人間とは思えない。世界に貢献する能力とやらがありながら、その範囲を己の為に何の躊躇いなく最大限フル活用するところは同意するが、果たしてそれだけで良いのかと思う部分もある。
志はねえのか、と問えばアイツはあると答えたが……。
『ありますよ。私を必要としてくれる人に出来ることをしてあげたい。そしたらその人の記憶の中に私が残るかもしれないでしょ?――いなくなった後も』
アイツの表情には一切の陰も無かった。
その言葉に嘘がない。
清々しいほど自身の感情に素直で、その夢にも直向きだ。
誰かの為に働く事が、自分の存在を刻む事に繋がる。
オレとは、また違う生き方だ。
そう、生き方は違うがやはりオレとアイツは同質だ。
生きている限り止まらない。
それはオレも同じだ。
あのリコリスのようにやりたい事をやる為に生きていく。
「さー、忙しくなるぞボス!」
「オマエは特にな」
「ボスも働け」
「しばらく頭を使う方はオレがやるから、存分に体動かして来い」
「キサマ、僕を脳筋扱いしたな〜!?」
飛びついてくる21番の頭を掴んで引き離しつつ、オレ達は街を歩いていった。
9番side
「なーなー、サイレントさーん?」
俺は喫茶リコリコに来ていた。
もう最近では常連の一員である。
くそぅ、もっと早く知りたかったぜ……この居心地の良い店をな。仕事終わりの一服にとても良い店なんだよ。
……まあ、看板娘と従業員だった弟分がいないけど。
「クルミちゃん、仕事は?」
「今は暇なんだよー」
俺と相席している男性に、従業員のひとり――クルミちゃんは質問攻めをしていた。
相手はそれをひたすら黙殺している。
かれこれ、この戦いは一時間近く続いていた。
ここまで頑なだと、その沈黙の意味が重くなってくる。
「そういえば、9番」
「ん?」
ったく、どいつもこいつも。
俺はもう9番じゃなくて、ちゃんと名前がある。
まあ、誰にも教えてないから既に9番という名前が定着しつつあるが……何故か他の常連さんにも9番って呼ばれ始めてるし。
「天のヤツ、何処にいるか知らないか?」
「無理。絶対に教えない」
「今の内に白状しないと、たきなに殺されるぞ〜?」
「やめてくれよ。この前だって本当に殺されるかと思ったんだぜ?いつからリコリコに通う事が億劫になり始めたんだか……」
クルミちゃんもしつこいぜ。
俺に13番……いや天の所在を隙あらば尋ねる。
生憎と、俺は国外逃亡の為に違法船と話をつけてアイツを乗せてやる手筈をしただけだ。交渉は直接行っているのでデジタルには何も残ってないし、アイツの乗った船の行き先は知っているが、そこからアイツが移動していたら何も分からない。
……と、何度も説明している。
それなのに。
『私から彼を隠さないで下さい』
たきなちゃんは銃を持ってたら即座に撃ってきそうな顔で何度も尋ねて来るのだ。
ミズキさんが止めてくれなかったらどうなっていたか。
まあ、気持ちは分かるよ。
アイツは目が離せないヤツだよな。
昔からそうだ。
人一倍頑丈なくせに、いつだって死にそうだ。構いたくなるというよりは心配が先立つ。
きっと、アイツはそういう星のもとに生まれたのだ。
会社のみんなもそうだった。
自分の命に頓着が無かったり、精神をやられちまったヤツばかりの環境だったのに、誰もが13番の事だけは妙に気にかけている。
まあ、中には嫉妬もあったりしたけど。
会社が潰れる日。
俺たちは突入してくるDAの部隊に抗戦した。
無論、かなりの死者は出た。
1番と2番がいなくなった後、皆を率いていた3番を始めとするナンバーズの誰もが生き残る事を諦めていたんだが。
『9番、おまえも退け!』
『だけど……!』
敵の射撃で肩をやられた。
早く処置しないとマズい。
恋人もいるし、だがどうにかしないと自分なんかどうでもいいって自棄になってるコイツらが無茶しちまう。
そう思って俺が逡巡していると、先頭にいた3番が声を張った。
『一番仲の良かったおまえが死んだら、アイツが悲しむ。アイツが密告したからこんな事になってるが、生きる為なら誰もがそうするしおかしくない』
『………』
『だから、おまえがいつか生きて言ってやれ。気に病む事は無いって、落ち込むかもしれない未来のアイツに』
『3番……!』
『会った時で良い、必ず伝えろ』
突入して来る少年部隊を蹴散らしながら、3番が俺に行くよう指示する。
それに、10番や18番、他の連中も頷いた。
『――行けよ、9番!!』
『…………!』
『さぁ、おまえら仕事だぞ!必ず次に繋げ!!』
俺は奮戦する仲間たちを背に、その場から去った。
しばらく後にアイツらが死んだのを知ったし、そのショックで立ち直れず、クソ上司の教育でズルズルと殺しは続け、最後には家族に救われて漸く立ち直った。
その頃には、13番の足取りも掴めず、やっと会えたのはアイツを車で轢いた時だ。
……本当、生意気に育ちやがって。
見てるか、みんな?
アイツ、もう可愛い嫁さんもいるんだぜ……絶賛、二人とも消息不明っていう幸先悪い夫婦仲だけど。
「……ん?」
「どうした」
俺は店内を見回した。
そういえば、今日はリコリコの中でいつもよりゆったり出来ている。
最近こういう時はたきなちゃんに詰問されているんだが…………。
「たきなちゃんは?」
「ああ。たきななら仕事だ」
意味ありげに笑うクルミちゃん。
何の仕事かは、取り敢えず聞かない事にした。
〜おまけ「あり得たかもしれない未来⑸」〜
最近、私の体に異変が起きていた。
「おーい、たきな」
以前ならば耐えられていた衝動を堪えられない。
昔から縁のある男――13番を前にすると、私の心臓が早鐘を打つ。
大丈夫、これはいつもの事だ。
でも最近は更に早い、気がする。
胸が堪えられないくらいに苦しい。
「たきな、どうした?」
「っ、触らないで下さい!」
「え、ごめん」
心配して私に伸ばされた彼の手を、思わず手で払った。
ぱしん、と思ったより音が響く。
13番が悲しげな顔で手を引き、それを見た瞬間に心臓が凍りつく。
な、何でこんな……。
私が彼なんかに、こんな風に乱されなければならないんだ。
思わず悔しさに彼を睨んでしまう。
「む、昔より嫌われてね?」
「そんな事は無いです」
「でも……」
話しかけないで欲しい。
今はむしろ、私が彼に手を伸ばしたい衝動に駆られている。これを解き放ったら取り返しが付かないという確信めいた予感があった。
必死に堪える。
原因には、思い当たっていた。
昔、京都支部で13番に絆された先輩のリコリス達が言っていた。
彼といると幸せな気分になる、と。
恍惚とした顔で語る先輩に、私はまるで麻薬のようだと感じた。
この頃から、彼に心を許すまいと自戒したのだ。
それが、今やこのザマだ。
私は危険な毒に冒されている。
嫌だ、あの人たちのようになりたくない。
とにかく、彼から早く離れようと踵を返す。
この時、必死で気づかなかったが意識が酩酊していて、足元さえ覚束ない状態だった。
何も無いところで躓く。
「あっ」
「ちょ、大丈夫か?」
それを、後ろから支えられた。
腰に回された彼の腕に全神経が集中する。
体勢を立て直すべきなのに、そちらに力が働かない。
まるで味わうように、彼の腕を擦る。
「あの、大丈夫??」
振り返ると、怪訝な顔で13番が尋ねた。
その顔と、呼吸を至近距離で感じて――ぷつり、と自分の中で何かが切れる音がした。
「―――はっ!」
私は裏の座敷で目を覚ます。
もしかして、今のはすべて夢なのか?
……良かった。
もし、現実であんな事になっていたのなら間違いなく今後のリコリコの活動に支障をきたしていただろう。
そうだ、確か休憩で裏の座敷に来たのだ。
それから……疲れすぎていたのか記憶も曖昧で、恐らく倒れるように眠ったのかもしれない。
千束から押し付けられた映画を視聴して少し夜更かししてしまった所為もある。
時計を見れば、そろそろ休憩終わりだ。
私はホールへとすぐに戻った。
「あ」
「ひっ」
出たところで、13番と鉢合わせる。
私を見るなり、彼は悲鳴を上げて厨房に走り去って行った。
……失礼な反応だ。
そんなに怯えられても良い気分はしない。
「あのー、えーと……たきなさん?」
不意に千束から声をかけられた。
何だろう、いつもと態度が違う。
それに、妙に顔が赤いが熱でもあるんだろうか。
「何です?」
「その、ね?自分のだって主張するにしても、こう、少し過激、っていうか……じょ、情熱的過ぎないかな〜?って」
「はあ?」
「うわー!はずかしい、私には無理だー!!」
千束も途中で厨房へと逃げていく。
結局、何が言いたかったのだろうか……?
「ミカ、今どき噛み跡付けるってどう思う?」
「………………………」