喫茶リコリコで看板娘の奴隷やってます   作:布団は友達

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次回、千束√エピローグ


諦めていたこと、全力で!

 

 

 

 

 

 たきなside

 

 

 東京から遠く離れた宮古島に私は来ていた。

 春先だというのに夏のような陽気と、燦々と光る太陽に磨かれた植物や海が眩しい世界だ。

 夏仕様のリコリス制服で私は空港を出る。

 勿論、旅行で来たのではない。

 しっかりと、店長から言い渡された任務がある。DAからの仕事では無いが、私としてもこの内容は優先度は高いと考えていた。

 単独の任務だが、不安はない。

 もう数ヶ月は事情があって独りでリコリスの活動をしている。

 いい加減に慣れてきていた。

 

 タクシーに乗り込み、そのまま目的地へ向かう。

 そこは宮古島から更に離れた島。

 車窓に流れるライトブルーの美しい海原を眺めながら、長く架かった橋梁を渡って行く。

 一年前なら景色にすら気を配れなかった。

 任務に無関係ならば認識すらしない――そんな堅く、どこまでも訓練されたリコリス然とした人間だったと思う。

 ところが、今では些末な事も楽しんでいた。

 心の余裕、なんだろうか。

 緊張感がないんじゃないかと笑えてしまう。

 

 そろそろ島が近くなって、私は店長からの言葉を思い返す。

 

『捕獲と連行が任務だ』

『連行……』

『ターゲットは、島の喫茶店で正午から十九時三十分まで勤務。――十五時の休憩時を狙え』

『はい』

『姿は確認できないが……もう一人がいた場合、そちらも連行してくれ。頑丈だから多少は扱いが荒くなっても問題ない』

『了解!』

 

 私は行動前に標的の写真を一度検める。

 相手の出方によっては強引な制圧も辞さない。

 悟られず、迅速に捕縛して東京まで連行する。……大人しくしてくれたなら良いのだが。

 そして、もう一人。

 標的と同行している可能性の人物がいる。

 こちらもかなり手強い上に、恐らく私の接近を知るなり間違いなく逃げ出すので手がかかりそうだ。

 難しい任務になるだろう。

 

 島民の方々に尋ねながら目的地を目指し、ようやく件の喫茶店を発見する。

 遠目から眺め、標的を発見した。

 事前情報で得た通り、十五時になると店から出て何処かへと進んでいく。

 私はその行く手に先回りした。

 標的の足先が向かうのは……森だった。

 林間に一本道が開かれ、海へと向かっていくように伸びていく。

 森の中へ先んじて飛び込み、道外れの藪の中を掻き分けて待ち構える。

 息を潜め、ひたすら……待つ。

 

「…………!」

 

 やがて、標的の人影が林に現れる。

 

「うっはー!虫、すごい虫!ちょ、集んな私臭くないし!?」

「――――」

「喰らえ虫除けスプレー!」

 

 …………気が抜けてしまう。

 私の潜伏を察知していないのか相手は自然体だ。

 自身に寄ってくる虫たちにかかずらって、こちらは全く意識していない。その方が助かるのだが、狙われる身としてそれはどうだろう。

 いや、だからといって手は抜かない。

 私は銃を構えて、その時を待つ。

 私のいる位置を過ぎて、背中を見せた瞬間が好機だ。――そこに問答無用で撃ち込み、沈黙させる。

 

 果たして、標的は何ら警戒する姿勢も見せず通過していく。

 そして。

 

「ッ!」

 

 突然立ち止まり、飛び込むように藪の中へ隠れた。

 く、察知された!!

 私も木陰から道へ躍り出て、標的の消えた方へ発砲。

 命中……していない。

 即座に相手も銃を隠し持っていたのか、私の揺れる髪を払うように銃弾が過ぎていく。

 

 私は標的の影を追いかけた。

 

 互いに並走し、木を障害物にして相手の攻撃を防ぎながら撃つ。

 中々当たらない……!

 今回は店長特製の非殺傷弾を使用していた。

 標的はいつものように急所を外すだけで実弾を行使していい相手ではなく、丁重に扱わなくてはならないので武装を変更したが、やはり度し難い命中率の低下だ。

 幸いな事に相手の命中精度も劣悪だ。

 銃撃戦では埒が明かない。

 

 私たちは足を止め、それぞれ一本の樹幹に身を潜める。

 

 次で捕える!

 私は拘束用ワイヤーガンを片手に息を整えた。

 がさり、と相手の靴が草を噛む音がする。

 今――!

 

 私も木陰から飛び出し、相手の方へとワイヤーを発射し…………ほぼ同時に発射された相手のワイヤーで体を縛られた。

 倒れそうになって、片足で跳ねながら踏ん張る。

 見れば、相手も同じ状態のようだった。

 

 

「た、たきな!?」

 

 

 私を見るなり驚いて標的――千束が声を上げる。

 く、この人は……!!

 

「何で逃げるんですか!」

「え、いや撃ってくるからだろ!?」

「逃げるからでしょ!!」

「はあ?てか、一発肩に当たったよイッテーなァ!!」

「当たった?鈍ってる、証拠ですよ!!」

 

 お互いに感情のまま体当たりを仕掛ける。

 悲しい事に大したダメージにはならず、弾かれるや二人して地面に転がった。

 数ヶ月前と変わらない様子で騒ぐ千束。

 その姿に安堵を覚えつつ――やはり逃げた事に対して怒りが沸々と湧いた。

 

「声かければ良いじゃん!」

「そんな訓練してません」

「アホか!」

「アホはそっちでしょ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミカside

 

 

 

 喫茶リコリコ営業中だった。

 私のスマホに通知が入る。

 画面を開くと、『任務完了』の短文に添えて写真画像が映し出された。木の幹に悪党よろしくお縄に付いた千束が不満げなカメラ目線を寄越している。

 思わず笑ってしまう。

 どうやら、変わりないようだ。

 

「皆さん、千束が見つかりましたよ」

『千束ちゃんがいた!!!?』

 

 千束の事を報告すると、常連客たちが声を上げて驚く。

 その後はそれぞれ涙を浮かべながら胸を撫で下ろす者や、やんちゃが過ぎたが家出もここまでかと笑っている者もいる。

 ああ、本当にあの子は多くの人に愛されているな。

 それを確認できたような光景に私も嬉しくなる。

 数ヶ月前から姿を消した看板娘。

 その話題は常連客に重い衝撃を与えていた。

 実際は、回収した人工心臓を移植した後の回復の為に入院させていたのだが、あの子は何を思ったか目を離した隙に脱走したのだ。

 当時は私たちもかなり慌てた。

 たきなは誘拐の線も疑って激憤していたな。

 

 スマホに新たな通知が入る。

 内容は『第二目標は見つからず』だ。

 

 仕方ないとスマホから視線を外して前に向き直ると、カウンター席に着いていたフキが目を丸くしていた。

 

「まだ生きてるんですか」

「ああ、直に帰って来る」

 

 私はスマホを渡し、拘束された千束の画像を見せた。

 それを見て、フキの口角が微かに上がる。

 顔から消えた緊張感から、千束の安全を確認できて解放された何かがあったのだと察した。

 

「あの、第二目標って」

「ああ。千束に同行していると思ったんだが」

「……やっぱり」

「フキ。心配するな、アイツもきっと無事だろう」

 

 そう言うと、フキは小さく頷いた。

 彼女もまた、千束や彼の事で気を揉んでいた一人だ。

 一先ず片方は見つかって安心してくれたなら嬉しいのだが。

 一方で、隣でその表情から感情の機微を目敏く読み取ったパートナーの乙女サクラはにやにやと笑っている。

 

「良かったっスねー、先・輩♪」

「……帰んぞ!!」

「うえええ!?」

「帰んぞ」

「ちょ、また問答無用っスか!?てかお尻蹴らないでアタァッ!?」

 

 逃げるように、フキはサクラを引っ張って退店した。

 やれやれ、もう少しゆっくりしていっても良いのだがな。

 苦笑しつつ、私は裏側へと向かう。

 それから、地下の納戸へと下りた。

 あれから出しっ放しだった千束の晴れ着をしまう紫檀の箱を、脚立も使って元あった棚の最上段へと戻す。

 

「何だ、ソレ?」

「なに、早とちりして開けたもんだ」

 

 いつの間にか地下に来ていたクルミに尋ねられる。

 その問を適当にかわして脚立を降りた。

 立てかけていた杖を頼りに、上階へと戻ろうと歩き出す。

 その一連の流れを、クルミは黙って見つめていた。

 ……いや、不審がられている。

 

「杖、まだ使うのか」

「…………黙ってろよ?」

「ああ。おまえが一番怖いからな」

 

 釘を刺しておく。

 クルミは肩を竦めて心外な事を言う。

 

 そう、私の杖は単なる偽装だ。

 それは、あの旧電波塔から人工心臓を回収して病室に赴いた折に、クルミには露見してしまった。

 隠しておくからこその武器。

 黙秘して貰わなければ意味がなくなる。

 そう、守る為の決意も。

 

『おめでとう、千束。君の人生は、私の死によって完成した。君の幸せを、心より願う』

 

 シンジが心臓と共に、千束に贈ろうとした言葉が記されたカードの内容もまた、秘密だ。

 これから私が背負っていくべき咎、責任。

 

 あの子の、あの子たちの為に戦うと決めた――親としての、私の選択だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千束side

 

 

 

 私はたきなと共に喫茶店に戻っていた。

 テラス席で待つ彼女にドリンクを渡して、私も正面の席に腰を下ろす。

 二人で海に沈んでいく夕陽を眺めた。

 

「綺麗でしょ」

「……海の色が」

「凄いよねー」

 

 私のお気に入りの景色たち。

 たきなも共感してくれたようで、とても嬉しい。

 ここは東京にもない『綺麗』が沢山ある。

 来た当初は、目的も忘れて散策したり色々と食べ歩きしたりと、かなり暴走していたっけ。最後はこの夕陽を見ながら落ち着いたのも覚えている。

 しっかしなー。

 

「で、何故ここが分かったん?」

 

 私はたきなに説明を求めた。

 ここは私にもかなり縁が無い場所だ。

 先生やミズキ、古い馴染みだって考えても出てこないだろうに、どうして特定されたのだろう。

 魔法でも使った?もしかして。

 

「クルミが」

 

 たきなは簡潔に答えを述べる。

 

「ここにはネットもカメラも無いのに?」

 

 そう、ここは東京とは違う。

 常に人の目が行き届かない場所が多い。

 その中でもよく選ばれたスポットなのだから、尚更ここを特定するなんて至難である。

 たきなが私へとスマホを差し出した。

 画面には……かつて、たきながリコリコに出勤した初日に受けたボディーガードの任務で護衛対象だった篠原沙保里さんと彼氏のツーショット写真だ。

 うわあ、あの時を彷彿とさせる。

 真島の手下に襲われても続いているって事は、二人の間の絆はきっと誰の手でも阻めない程に強固なんだろう。

 

 うん、撮影場所は……ここら辺だ。

 でも、これが?

 

「………まさか!」

 

 以前と似た状況。

 それが脳裏に過ぎって、私は二人の画像の背景をズームアップした。

 ……海を背に光り輝く笑顔の千束さん、いましたー。

 くぅ、我ながら映りが良くて可愛い!

 そっか……この人、前はこういう感じで銃取引の現場を捉えちゃってたもんなー。

 

「沙保里さん、そのうち宇宙人とか撮っちゃいそうだな……」

「ふふ」

「…………驚かないのね」

「何がです?」

 

 いや、だってさ。

 

「幽霊かもしれないぞぅ〜?」

 

 私が戯けた声で脅してみる。

 一瞬だけたきなは呆けたように動きを止めていたが、生意気な笑みを浮かべて一笑に付した。

 

「元気そうで何よりです」

 

 憎たらしいほど可愛い笑顔だ。

 私は思わずジト目で睨んでしまう。

 

「知ってたな貴様……何で私は生きてる?」

「その前に!……何で逃げたんです?」

 

 う、同じような目で返された。

 しばらく負けじと睨み合っていたけど、たきなの意思は固いようで先に力が抜けてしまった。

 病院を抜け出した事を相当怒っているらしい。

 こりゃ説明しなきゃ熱りは冷めないな。

 

 真島との決闘の後、私はすぐ意識を失った。

 これでもう死ぬんだ、とさえ思った。

 でも、何故か病院のベッドの上で目覚めてしまった。寝起きで知らない場所に一人、なんてかなり物騒な展開に柄にもなく緊張しちゃったよ。

 しかも、胸も手術された後みたいでメッチャ痛かった。

 あ、これは死ぬな……と思った。

 きっと、これから先生やみんなが来てしめやかに私を見送る儀式が始まってしまうと予感したのだ。

 

 だから――全力で逃げたのであります!

 

 湿っぽい別れはゴメンだ!

 私は動ける内にいい死に場所でも探そうとした。

 でも、時間も限られているので『あるスポット』に絞って行動したのだ。

 そうすれば、死んだ後で彼が見つけてくれる。

 

「あるスポット?」

「そそ。……あ、見て!」

 

 夕陽が完全に海に沈む前。

 煌めく太陽の最後の輝きを私たちは眺めた。

 

「この瞬間が一番好き」

「……それで、あるスポットって?」

 

 む、気になるのはそっちか。

 少し残念に思って私は嘆息混じりに説明する。

 

 

「ここ、テンがDAを抜けた後の為に用意してた潜伏先のひとつなんだよ?」

「ええ!?」

 

 

 たきなが仰け反るほど驚く。

 だよね、そうなるよね。

 私もテンの端末を覗き見した時に把握したのは、国内に十個もあった。

 いや、どんだけ逃げたいんだよ……私とDAから。

 まあ、いざという時は把握してるから直ぐに見つけてボコしてやるつもりだったけどね。

 

「そ、そうだったんですね」

「そ。だから、テンなら見つけられる場所」

「………」

「でも、アイツ……探しに来ないし」

 

 たきなが私から視線を外す。

 顔を蒼白くさせて、汗をかいている。

 ん?何だその反応は。

 

「どしたの」

「い、いえ」

「ふーん?……んで、今度はそっちの番だ。どういうことよ、白状したまえ」

 

 今度は私が質問する側へ回る。

 すると、たきながバッグから何かを取り出して卓上を滑らせる。

 目の前に、一つの箱があった。

 婚約指輪でも入っていそうな物である。

 あ、いやー……たきなっていうのも最高だけどゴメン、こう見えて人妻なの。

 

 私がごめん、と合掌して謝ると呆れられた。

 え、何故?

 

 たきなが深いふかいため息をつく。

 そんなに呆れなくても良いじゃん。

 

「店長から預かって来たんです」

「ん?」

「事件の後、店長が吉松のケースを持ってきました。……心臓と一緒に、それが入っていたそうです」

「………!」

「そういうワケで、あなたは死にません」

 

 何処か気に桑なさそうな顔でたきながそっぽを向く。

 私は箱に手を伸ばして、蓋を開けた。

 中には『HAPPY NEW BIRTHDAY』と記されたカードと、緩衝材が敷き詰められている。

 吉さんが…………そっか。

 今の話から、心臓はやっぱりケースにあって……胸に埋め込んだっていうのは、嘘なんだね。

 

「普通、入れないよね」

「……普通は」

 

 やっぱり、たきなは不機嫌だ。

 でも、それが可笑しくも嬉しくもあって笑ってしまう。

 全く、吉さんは嘘つきだ。

 やってくれるなぁ。

 

 ……しかし、この緩衝材は何だろ。

 中に何かあるのかと、私は指を入れて探り――掘り起こされた物に思わず忌避感を抱いて手を引っ込めた。

 

「うぇっ……!」

「これは……」

 

 私とたきなで、しばらくそれを睨む。

 夕陽を照り返す、梟のチャーム。

 私が長年身につけた吉さんからの貰い、突き返した物と全く一緒だ。

 

 私は恐る恐るそれを手に取って苦笑する。

 

 もう、私には不要な物なんだけどな。

 …………。

 

「たきな、みんなはどうしてる?」

「え……げ、元気ですよ」

「んん?」

「喫茶リコリコも、赤字を出さず経営を継続中です。ミズキさんもクルミも帰って来て、常連のみなさんも喜んでました……みんな千束を心配して――」

「ちょいちょい、待て」

 

 ぴたり、とたきなの動きが止まる。

 あ、まさか……。

 

 

「テンは、どうした」

 

 

 私の質問に対し、たきなが苦しげに目を伏せる。

 返答を躊躇う唇は、震えるだけで声を発さない。

 もう大体は察したけど、答えを待つ。

 勘違いがあっちゃいけない。

 

 私の期待の、いや確信の眼差しを受けていた相棒が堪えきれなくなって。

 

 

「ゆ、行方不明……というか、海外の何処かへ逃亡中、です」

 

 

 んー。

 はい。

 はいはいはいはいはいはいはいはいはい。

 なるほどね~………あはははは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ふ   ざ    け   ん   な

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私はたきなと無人のビーチに向かっていた。

 お気に入りスポットの一つである。

 テンのやつ……私からもDAからも逃げた後は、ここで優雅に過ごすつもりだったのだなと考えると色々台無しな景色になってしまうけど。

 

 たきなから、テンの現状について説明を受けた。

 

 テンは元から21番と接触禁止の命令が出ていた。

 内通者の容疑がかかっていたらしい。

 それでも決着をつけるべく、旧電波塔に赴いた事でいよいよDAと袂を分かつ事になり、国内に居場所は無いので違法船に乗って国外へ脱出したとか。

 ふーん。

 

 

 何も!!相談!!受けてないんですけど!!?

 

 

 しかも、アイツは皆に行き先は伝えてないらしい。

 国外逃亡については先生も知っていたけど黙っていたらしい。

 常連客の9番は頑なに口を閉ざしているとかで……取り敢えず帰ったらお話しようね。

 ……しっかし、テンのやつめ。

 私がこんな状態なのに海外とか……羨ましい!

 

『良いなー、海外』

『あ?』

『こんなに色んな言語が喋れるのに、国外に行けないなんて勿体なくない!?』

 

 いつかの日。

 私は海外旅行のパンフレットを眺めてそう言った。

 テンはこっちを見る事なく、つまらなさそうに銃の整備をしていた。

 後で聞いた話だとテンは何度も海外に行っているが、どれも戦場ばかりで良い思い出が無いそうだ。

 でも、その夢を嘲笑ったりはしなかった。

 

『じゃあ、約束するか』

『ん?』

『オマエがいい子にしてたら、いつか俺が海外の何処か……旅行に連れて行ってやるよ』

 

 振り向かずに言う彼に、私は胸が温かくなった。

 きっと、叶うはずもないのに。

 そんな無責任な期待を抱かせるなんて、と憤慨するよりも嬉しさが先立つ。

 それに。

 

 

『まあ?オマエがいい子に出来るわけないから一生の内で叶うかは疑問だけどな!ははははははははははあぶァァッッッッ!!?』

 

 

 いや、嘲笑ってたな。

 でも……リコリスだから、なんて理由で否定しなかったところが逆に優しい、なんて感じたっけ。まあ思いっきり後頭部を蹴ってしまったけど。

 

 私を連れずに海外に行きやがって。

 緊急とはいえ、抜け駆けされたようで少し寂しい。

 私とは違う意味で生命の危機に瀕していたから多少は許してやろう……相談しなかった事は許さんけど。

 

 

「うらぁ!!」

 

 私は海へとチャームを全力投擲する。

 小さなそれは、雄大な波の中へと消える前に一瞬だけ光を閃かせると見えなくなった。

 後ろで見守っていたたきなが、私の隣に立つ。

 

「良いんですか?」

「迷ったけどねー……メッチャ可愛いまで言われたし」

 

 そう言って隣を見る。

 水族館デートの時、私の物を可愛いとたきなが褒めてくれたから。

 ……なんてのは建前だけど。

 でも、これで良い。

 吉さんへの憧れもあるけど、私は親離れしたのだ!

 これからは、吉さんの期待とは違う『私』なのだから。

 

 私の言葉に、たきなが固まっている。

 ん?

 

「誰が言ったんです?」

 

 えっ……。

 

「えー!!おまえだおまえ!」

「私?言わないですよ、そんな恥ずかしい」

 

 呆れた目で私を見るたきな。

 本当に覚えてないのか。

 コイツは天然だな……ったく!

 

「たきなァ〜、そういうとこだぞ!」

「ちょ、知らないですよ!?」

「えー、言いまし――たぁ!?」

「うわぁ!?」

 

 私は意趣返しにたきなを抱え上げて振り回す。

 ところが、途中で砂に足を取られて体勢が崩れてしまい、二人揃って海の中に落ちた。

 びしょ濡れで海水に浸かりながら座り込む。

 ありゃりゃ〜……やっちった。

 案の定、たきなは怒っていた。

 

「何するんですか!?」

「うん、そだね。……何しようか、これから」

 

 私の口からぽろり、と思わず本音が漏れた。

 

 私はこれからも生きていく時間がまたできた。

 終わりが見えていたから全力で走れたけど、また更新されたとなると、少し迷う。

 何から始めようか。

 突然与えられた可能性たちに手が伸ばし難い。

 

 

 こういう時、テンなら嫌そうな顔でもしながら手を引いて新しい物を見せてくれるんだけどな。

 

 

「………諦めてた事から始めたらどうですか?」

「…………」

「ついでに、天さんを閉じ込めます」

 

 

 たきなが横から静かに提案する。

 

 その瞬間……………ビビッときた。

 まるで天啓のようだった。

 

 

「いいね………ソレ!」

 

 

 衝撃を受けて思わず立ち上がる。

 衝動に駆られるまま、海を出て浜辺を走った。困惑するたきなの声が後ろからする。

 それでも、止まらない。

 私でも止められない。

 体は、心が今――新しい事に向けて全力で走り出そうとしていた。

 

「よし、行くぞ相棒ー!!」

「え、ど、どこへ!?」

 

 相棒が後ろから尋ねて来る。

 色々と諦めていた。

 でも、まずその中で最初にやりたい事が浮かんで――私は左拳を頭上に掲げた。

 

 

 

 

「―――――新婚旅行だー!!」

 

 

 

 

 

 夕陽に濡れた指輪が、きらりと光った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜おまけ「ナンパのケース」〜

 

 

 

・千束の場合

 

 

 私――錦木千束は、絶賛ナンパされ中だ。

 男三人に囲まれて勧誘されている。

 

「ねえ、俺らと何処か行かない?」

「キミ可愛いね、高校生?」

「そこのカフェ、実は今限定メニューあるんだけど一緒に――」

 

 いやー、千束さんモテモテだ。

 テンと待ち合わせ中で、ヤツが一向に来なくてイライラしていたけど気分が良い。

 ふふ、世の男が見過ごせないほど輝いてたか。

 罪な女だぜ、ったくよぉ!

 

 お、テンが来た。

 こっちを見て……オイ、その「楽しんで来いよ!」みたいに親指を上に立てて去っていこうとすんな!

 こっち来いコラァ!!

 

 私の笑顔の圧……なんだそれ……に怯えながら、渋々といった感じでテンがこっちへ戻って来る。

 

「すまん、待たせたか?」

「待ってたぞー。凄く待ってたぞー」

「悪かったって」

「え、何、彼氏?」

 

 男三人が突然現れたテンを睨めつける。

 だが、上背の彼に一瞬で顔を強張らせた。

 しばらく無言で見つめ合っていた双方だったが、やがてテンが私の隣へと移動する。

 

 

「そういう事なんで」

 

 

 肩を抱きながら、私の頭にこてんと軽く顔を寄せてピースサインを作った。

 無表情なのはどうかと思うけど。

 それを見た男三人が呆れを含んだ表情で散っていく。

 …………。

 

「よし、行ったな」

「良いの?嘘でも恋人とか言っちゃって」

「いや、奴隷と主人ですとか本当の事言えるわけないだろ」

 

 真顔でそう返された。

 ふ、腑に落ちねぇ。

 

 

 

 そして、ある日は。

 

「あの、お兄サン……俺と一杯だけでもお茶とかどうっスか」

「え、俺?」

「お、お兄サンが良いっていうか……」

 

 私をナンパしてた男が、何故か顔を赤らめてテンの方を誘い始めた。

 何でだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 藤宮天の場合

 

 

 俺――藤宮天は二人の女性に詰め寄られていた。

 今日一日を一緒に過ごさないかという旨の勧誘だが、生憎と俺はそれに付き合えない。

 理由など簡単だ。

 絶対遵守――ご主人様の命令だ。

 今日はクソクソご主人様の買い物に付き合う用事がある。

 悪いが、他の人には構っていられない。

 

 ……にしても遅ェ!!

 あのガキ、何処で油売っとんじゃ!

 

 心の中で口汚く愚痴っていると、女性たちの後ろで静かに佇んでいる人影を目にした。

 え、笑顔の千束……。

 無言だ、特に反応が無い。

 そう思っていたら、唇がゆっくり動いて――。

 

 

『ちゃんと断れよ』

 

 

 ただ、それだけ告げられた。

 ぞっと、背中に冷水を注がれたような感覚になる。

 

「ご、ごごごごめんなさいお姉さん方!貴女たちと一緒に行くと命に関わるので絶対に嫌です!!」

 

 突然挙動不審になりながらも必死で断りだした俺に、幻滅したような目を向けて女性たちは去っていった。

 それから、ようやく無言だった千束が俺の肩をとんとんと叩く。

 

 

「よくできました♪」 

 

 

 

 

 

 




ぐへへ、やっぱちさたき最強。
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