喫茶リコリコで看板娘の奴隷やってます   作:布団は友達

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エピローグ
喫茶リコリコで看板娘の奴隷やってます


 

 

 

 海と人の歓声で彩られたリゾート地、ハワイ。

 

 そこで、俺は新たな日常を始めていた。

 

『Welcome to LycoReco!』

 

 俺は改造したキッチンカーから、新たに足を運んだ客を笑顔で迎える。

 

 あの事件から数ヶ月後。

 俺の生活は日本にいた頃より忙しい。

 本来ならこの開放感を満喫すべきなんだろうが、生憎と楽しむ余裕は長く続かなかった。

 体の怪我が治ったのは良かったけどな。

 働かざる者食うべからず。

 それは国を問わず、何処であろうと現代においては絶対に遵守される不文律のようだ。

 そんなワケで。

 

『enjoy!』

『Thank you.』

 

 キッチンカーから身を乗り出す。

 ドリンクを注文した家族に商品を渡した。

 最後に笑顔を振りまいて、去っていく客を見送っていく――これが今の俺の商売だ。

 俺は肩の力を抜いて、ついでにカウンター席の清掃作業に入る。客がいない今こそがそのタイミングだ。

 

 俺はカウンター席を拭きながら、キッチンカーの車体を見上げた。

 上部やそこかしこに付けた看板がある。

 記された文字は――『リコリコ・ハワイ支店』。

 これが、俺の今の仕事だ。

 

「天くん、来たよー」

「うげ、明山さん……いらっしゃい」

「良いね、ハワイ」

「忙しそうな人間を尻目にリゾート満喫してるおっさんに苦労は分からんでしょうね」

「はははは」

 

 陽気に明山さんが笑う。

 サングラスとアロハシャツと格好だけで楽しんでいるのが目に見えて分かる。

 俺の仕事は手伝わないクセに。

 一緒にハワイに来たのでサポートしてくれるのではと、儚い希望を抱いた最初の頃とは違って、もう何も期待していない。

 最近は浜辺でお姉さんと遊んでいる姿も見た。

 ………俺も遊びてぇ!!

 恨めしいが、仕方ない。

 でも、人の事を言えた身空ではないか。

 

 リコリコ・ハワイ支部。

 

 これは、俺の我儘で始まっている。

 金が入用だったのもある。

 生活費はやはり稼ぎたい。

 だが、正直に言って俺の知っている商売なんて殺し屋稼業か喫茶店業務しかなかった。血腥いDAを離れたばかりで、今さら殺し屋に身を窶すなんてゴメンだ。

 従って、消去法により後者となる。

 衝動でキッチンカーを借り、店を開いたのだ。

 店名は悩み抜いて、苦し紛れにリコリコの名を借りた――店長には、前に第二支店を開いたら店長をやっても良いと何気ない会話の中で許可を取ってある。

 問題は……アイツには無断である事だけ。

 

 俺も『やりたいこと最優先』。

 多少の迷惑は良いって、みんな言ってくれたしな!

 形振り構うかよ!

 ははははははははははは!!

 

「お、新しい客が来た」

 

 新しい客がカウンター席に着く。

 俺は注文されたカフェオレを素早く提供した。

 実は意外と繁盛している。

 勧誘目的の女性客も多いが、ちゃんと純粋に珈琲などを楽しみに来てくれる人もいてやり甲斐があった。最初は準備費などで赤字だったが、先月からようやく黒字になりつつある。

 我ながら幸先が良いスタートだ。

 きっと海外での生活を神が祝福してくれている。

 

 でも、いずれは日本に戻りたい。

 

 その為、元手の資金も稼ぎたいのだ。

 日本に行ってすぐリコリコへ――とはいかない。

 ある程度は慎重を期さないとならないのだ。

 それに、変わらずアイツがリコリコを経営しているとも限らないしな。

 

 それにしても。

 

「ハワイ、最高だな」

 

 太陽に磨かれた砂浜を踊る人々。

 容赦なく照りつける太陽と光り輝く海の狭間は、日本より湿度が低いので汗が滲んで鬱陶しくなる事も無い。

 平均気温は夏も冬もそう変わらないらしいし。

 要は年中楽しめる気候ってわけだ。

 何とも素晴らしい土地である。

 加えて観光客も多いので、俺の商売も良い感じである。場所取りだって、ビーチで疲れた連中の帰り道の途中に陣取っているので流れるように客が入るのだ。

 ウヒヒヒへへへ!

 

「天くん、笑顔が汚いね」

「爽やかに罵倒しますね。明山さんも手伝ってくださいよ。できればメニュー表を背負って歩き回って来て下さい」

「はは、私は手伝わないよ」

 

 明山さんが何杯目かの珈琲を飲み干す。

 

「私はただの監視」

「監視?」

「君が不貞を働かないか、ね」

「わお……」

 

 悲鳴を上げなかった俺を褒めて欲しい。

 明山さんが俺の左手の薬指を一瞥した。

 

 別に監視しなくても浮気はしない。

 店長にだって、娘さんを下さいなんて一世一代の告白をしたんだ。

 あれを無かった事にできたら俺の人生アウトだ。

 一生清いお付き合いなんて誰ともできない。

 ……でも、二人も恋人ができて早期破局した男と結婚したアイツの運命って、意外と悲劇的なのではないだろうか。

 こ、怖いな。

 前途もあまり明るくない。

 

「どうだい、天くん」

「はい?」

「DAからも、戦いからも離れた感想は」

 

 …………。

 虚を衝かれたように固まった。

 人に問われると、また違う響きがある。

 自分では納得したつもりだったが、店長にだって恩返しが済んでいないのも心残りだし、ミズキさんにだってかなり世話になった。

 クルミは……報酬払ったし良いよネ!

 たきなは、うん……うん。

 でも、別にそれは後悔ではない。

 いつか返せるし、まだ手遅れではないのだ。

 

「後悔は一つも無いです」

「そうかい」

「ただ、日本に帰った時の敵が増えたのが心配ですね」

「敵、か……例えば?」

 

 それは勿論、DAだ。

 楠木司令も怒っているだろうなぁ。

 きっと、次に帰国した時は容赦なくリコリス達を使嗾してくるだろう。

 だが、敵勢力はそれだけではない。

 DA庇護下にあったから手出しも少なかったが、実のところナンバーズ時代に色々と恨みを買っている。ハワイでも三回ほど過去の因縁で襲われた。

 確かに恨まれても仕方ない。

 でもさ……9番に恨みを持つヤツが来た時はさすがに『俺じゃないしソレ!!』って怒った。

 やれやれ。

 後は、これらが可愛く思えるほどの脅威が一つ。

 

「リコリコですね」

「はは、看板を見れば君は仲間なんだけどね」

「アイツは海外まで追って来れないから、自由にやれてるんですよ」

 

 俺は余裕の構えで対する。

 一番の脅威も、所詮は国内のみだ。

 いつかは対峙しなくてはならないけど、今は絶賛圏外である。このリゾートを満喫しつつ、ゆったりと覚悟を決めていこう。

 俺はもう、自由なのだ。

 しばらくは怒られたくない。

 責任放棄。

 現実逃避。

 なんて素晴らしいリゾート生活だ。

 

「見つかったら俺に人権無いですし」

「それもそうか」

「ま!今は自由なんで考えないで楽しみましょう!」

「それは……――私はここで失礼するよ」

 

 突然、その場に代金だけ残して明山さんが早足で去っていく。

 お、何だろうか。

 用事でも思い出したのだろうか。

 またどうせ、何処かで遊ぶだけだろうけどな。働いてないで、俺もハワイを漫遊したい気分だ。

 そう感傷に浸っている間に、カフェオレを飲んだ客が去っていく。

 

 そしてそれに代わるように、次の客が来た。

 

 

 

「こんにちは」

 

 

 

 俺はその風貌に思わず顔が引き攣る。

 涼し気なTシャツと裾丈の短いズボンタイプのサロペットを着ており、そこからすらりと伸びた足の白さが眩しい。

 声音や体格から察すれば、おそらく少女だ。

 可愛らしく着こなした姿には好感を覚える。

 ただ……鍔の広い麦わら帽子で肝心の顔が見えない。職業柄、そういった人相を隠す人へは自然と警戒心を抱いてしまう。

 

 日本語の挨拶だったが、発音の自然さや音の響きから日本人なのは分かる。

 いやいや、何を警戒してるんだよ。

 相手はただの女の子かもしれない。……なんて意識の隙間を衝いて殺しに来るのがリコリスだ。

 でも、リコリスは国内でしか活動できないしな。

 

 気の所為、という事にしておこう。

 

「おや、日本からの観光客さんかな?」

「ええ。家族と一緒に来てるんです」

「他の人の姿が見えないけど……」

「今は別行動でして」

 

 丁寧に答える声は心做しか弾んでいるように聞こえる。

 同じ日本人を見つけて嬉しいのかな。

 確かに、幾ら旅行とはいえ国外で単独行動というのは中々に覚悟を要する。不安になるのも無理は無いしな。

 俺だって最初は……いや、そんな不安じゃなかった。

 

 スゲー!!海!!ヤシの木!!水着の綺麗なお姉さんお兄さん方!!これがリゾート!!ビバ、ハワイ!!……なんて浮かれてはしゃいでいたな。

 

 お陰で、黒歴史を作りかけるところだった。

 年甲斐もなく騒げるような性格でもないし。

 悪いな、お客さん……俺には君の心境を共感できない。

 

「同郷の誼で、一杯は無料にしたげるよ」

「ちゃんと払いますよ」

「ここは甘えときなよ。何か飲みたいのある?」

「じゃあ、コーヒーを」

 

 あいよ。

 俺は早速作業に取り掛かる。

 その間も少女の方を一応警戒はしていた。用意したカウンター席に腰掛けても帽子を脱ぐ様子は無い。

 ここまで話しても、特に違和感は無かった。

 ……にしても、何処かで聞いた覚えがある声だな。

 何だろ、思い出せそうなんだが………ん、何か背筋がブルって来た。もしかして、体が思い出すのを拒否してるのか…………?

 いやいやいやいや、まさかね!!!

 

「はい、コーヒーおまちどう!」

「ありがとうございます」

「それで、家族とは逸れたのかな?」

「いえ。実は人探しの途中でして……今は連絡して、こちらに来て貰えるようさきほど連絡しました」

「そっか、そっか」

 

 どうやら、迷子を届ける面倒までは見ずに済んだようだ。

 

「人探しって、友だち?」

「いえ。家族です……とっても大切な」

「ほーん?」

 

 なるほどね。

 逸れた家族を皆で分かれて捜索していたのか。

 この子よりも小さい弟か妹なのかな……でも、集合をかけたという事は見つかったという事だよな。

 周囲を見回すが、それらしき人物はいない。

 ましてや、少女の傍にその影も形も無かった。

 え、探してる相手って誰よ??

 

「美味しい」

「お、そうかい!嬉しいね〜、実は少し前まで日本の喫茶店に勤めてたんだけど、そこで店長に淹れ方を教わったから自信があったんだよ」

「美味しいです……懐かしい味」

 

 コーヒーを一口飲んだ少女がそう呟いた。

 

「このお店、リコリコっていうんですね」

「そうだよ」

「何か由来でも?」

「ああ、実はさっき言った勤めてた店の名前。無断で使っちゃってるけど、店長には遠回しに許可取ってるんだよ。まあ、ここに店出してるのも期間限定だし……いつか報告して第二店舗って認めて貰う事にするよ」

「事後報告はいけないと思います」

 

 うぐ、痛いところ突く子だな。

 いや常識の話だ、正論です。

 そりゃ、悪いと思ってるよ。謝りたいけど状況というか俺の立場が許さないから、いつか実行します。

 

「その店に勤めている方にも悪いですよ」

「う、そ、そうだね……」

「ええ。だから謝りましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――今、ここで

 

 

 ……………んあっ?

 今、ここで……ってどういう意味だろうか。

 俺は疑問に思って、少女を見た。

 すると、その視線に応えるかのように麦わら帽子が取られる。

 そこから覗いた顔は―――

 

「う、ウソだ……」

「傷ついた私たちに、心から謝って下さい」

「ひぃっっ!!?」

 

 帽子の下から現れたのは、美しい黒髪をポニーテールに束ね、鋭い眼差しでこちらを見る…………井ノ上たきな様だった。

 ここにいるはずのない、たきな。

 俺はその衝撃と、更に彼女から送られる冷ややかな眼差しに生命的な危機感を覚えて後ろに飛び退る。

 

 ななななななななな何故ここにぃ!!?

 

 バカな、リコリスのたきなが国外に、ここハワイに来れる筈がない。

 誰かが許すワケもないし。

 てか、そもそもパスポー…………あのリスがあああああああああ!!!!!!

 

 クルミのヤツだ。

 アイツが偽造パスポートを手配したのだ。

 戸籍の無いリコリスでは不可能な国外渡航を可能にしたのは、ヤツの仕業に違いない。

 く、何でこんなところに……。

 いや、それよりもあの目は何を話しても絶対に許さないと言っている。

 

 ここは、一度クールダウンする時間を挟む…………つまり、逃げる!!

 

「ッちょっと用事思い出した!!」

「逃げられませんよ」

「へ?」

 

 キッチンカーの出口として車体後部に展開された場所から脱走を図り、そちらへと振り返る。

 だが、その先に人影が立ち塞がっていた。

 それを見て、俺は―――

 

 

 

「逃げた私の奴隷、みーつけた♪」

 

 

 

 みぎゃあああああああああああああ!!!?

 うひ、ひ、ひぃいいいっ!?

 あぐ、あが、あががぎ、ぎひ、ひひ、ひへぇえ…………?

 

 にゃ、にゃんでこんな所に………?

 

 俺を指差し、心の底から嬉しそうに微笑む少女がいた。

 このハワイの日差しを宿したような髪色の少女の赤い瞳は、まっすぐ怯えきった俺を捉えている。

 上着の裾を結んで鍛えられた健康的な腹部と細い腰を晒した着こなしにホットパンツを穿いた姿は、とてもこの地に適した上で己の魅力を引き立てるファッションセンスが窺い知れる。

 かくいう俺も目を奪われる……主にへそに。

 服装のせいか際立つ豊かな肢体とその花のような笑顔は、本当にただの他人なら見惚れていただろう。

 

 

 残念な事に、超知り合い!!

 

 

 俺は後ろへと後退りする。

 その分、出口を押さえた少女、否、我がご主人様――錦木千束が悠々とこちらに歩を進めて詰める。

 こ、こうなったら……!

 俺はキッチンに取り付けられたハンドルに手をかけた。

 コイツは借りたキッチンカーを違法改造した物で、ハンドルを引くと足下に新たな脱出口が開く。襲撃を想定してわざわざ自費で作ったんだぜ!

 

 俺はハンドルを思いっきり引く。

 

 …………あれ?

 

 もう一度引く。

 ……開かない。

 おかしい、まさかここに来て故障か?

 一向に足下にヘブンズゲートが展開されない。

 

 俺が異変に独り困惑していると、いつの間にかカウンター席に着いた二つの影が声が上がる。

 

「悪いな。その車体のシステムは掌握した」

「なっ……く、クルミ……とミズキさん!?」

「大人しく死ね小僧」

「この腐れ外道がァァァアアアアアア!!!」

 

 

 タブレットを掲げるクルミと、その横で陽気に手を振るミズキさんがいる。

 その背後では、何故か店長が涙を浮かべて微笑んでいた。

 く、クルミの野郎……。

 何もかも貴様のせいじゃねえか!!

 たきなや千束を国外なんかに出しやがって。

 どうせ俺の位置を特定して伝達したのもオマエなんだろウゥオオオルナットオオオオオオ!!

 

 

「クルミ、閉めて」

 

 

 千束が指示を飛ばす。

 すると、たきな達がカウンター席用の椅子をその場から退かせた。

 その作業が完了すると、ゆっくりと展開していた扉やカウンター側の壁が閉じていく。

 しま、逃げ道が……!

 

 やがて、完全に閉じられて車内に俺と千束だけが残る。

 同時に車内の冷房機能が起動する。

 え、何で涼しくすんの……?

 あと、何故か電灯が人の心を緊張させるような感じで車内を赤く照明する。

 こんな機能は知らんのだが!?

 

「…………」

「…………」

 

 沈黙が続く。

 お互いの呼吸だけが聞こえていた。

 先ほどまで爽やかな気分だったのに、今や全身にぐっしょりと汗をかいていた……マジの冷たいやつ。

 俺、ちゃんと呼吸できてる?

 もしかして、もう死んでる?

 

 自分の生存を疑い始めるほど状況が飲み込めていなかった俺の眼の前で、少女が体を震わせる。

 

 

「ふふ、ふは、あははははははは」

 

 

 え、え、こ、怖ぁ……。

 急に笑い始めた。

 そして、その足が再び前に進み出す。

 

 俺は後ろに逃げようとして――壁に背中が当たった。

 クルミがシステムを掌握しているので、運転席側へも逃げられない。

 力が抜けて壁面をずり落ち、倒れ座り込む。

 あ、足が、震えて……。

 

「ずっと諦めてた事があるんだ」

 

 千束が俺の胴体を跨ぎ、マウントを取った。

 目と鼻の先で……赤い瞳が獰猛な光を宿して俺を映している。

 するり、と千束の片手が俺の左手に重ねられた。

 指輪の部分を、指が妖しい手付きで擽る。

 

「会えて嬉しい?」

「い、いいえ」

「嬉しい?」

「はひぃ……!」

 

 思わず否定したら、こてんと小首を傾げられた後に再度問われたので反射的に訂正してしまった。

 だ、誰が二回も否定できるかよ!

 こちとら心臓を握られてる気分で、もう、ヤダヤダ、帰りたいぃ……!

 

「私、まだ生きられるんだって」

「ぞ、存じてます」

「そしたら、ぶわって……止まんないんだ。時間が許さなかったけど、手を出せなかったテンの部分が届く距離に来ちゃった」

「な、何……?」

「もう……もう我慢とかしたくない」

 

 ぐい、と襟を掴んで引き寄せられた。

 唇に何かが触れる。

 温かく、とても柔らかかった……叶うならずっと浸っていたいような感触で、でも中毒性のありそうな危険味を孕んでいると脳の何処かに警告されていた。

 至近距離に、千束の顔がある。

 ひっ……。

 少しして、唇の感触と共に千束が離れた。

 千束はぺろり、と舌なめずりする。

 それがどこか肉食獣に見えて、俺の全身が萎縮し完全降伏の意を示した。もう本能のレベルで屈服してしまった事を自覚する。

 

 さらに、千束が俺の胸に耳を当てる。

 これは……心音を聞いているのだ。

 ただ、いつもと違うのは――

 

 

「おまたせ。止まる時まで、おまえも私の物」

 

 

 俺の心臓に不吉な事を囁いていた。

 と、止まる時まで……トマルトキマデ?

 か、覚悟はしていた筈なのにな……何だろう、体の震えが止まらない。

 千束の所作に、視線に、一呼吸に全神経が集中している。

 見極めないと殺される……そんな予感さえして。

 

「大丈夫?」

「へっ?」

「顔色悪いけど……もしかして怖いんだ?」

 

 当たり前だろうが!

 こんな事をされて怖くなかったら、ソイツは生粋の奴隷だよ。俺はそこまで純度百パーセントじゃないんだからね!?

 怯えられているという事実を知って……尚も千束は笑顔だ。

 それどころか、もっと嬉しそうにしている。

 

「テンの感情も全部、独占するつもりだから」

 

 ひゅっ……と、トんでる。

 この子、もはや思考が俺の理解の可能な範疇を逸脱してしまった。

 何処で間違ったのだろう。

 俺が、この子をここまで歪めてしまったのだ。

 一体、何を間違ったら………………出会い方から間違ってましたね、スンマセン!!!!!!

 

 俺が自責の念に駆られていると、千束の指が眉間をつつく。

 

 

「命令」

 

 

 久しぶりに聞く短い単語。

 俺の全身がびしりと固まった。

 

「訊いて――諦めてた事って何?って」

「あ、ああ、諦めてた事って何…………?」

「命令」

「っ」

「今から私がすること、全力で手伝って」

「は、はい」

「命令」

「…………」

「何も否定しないこと。オーケー?」

「はい………!」

 

 それを聞くと、千束が嬉しそうに瞳を細める。

 俺のシャツに手をかけて、妖しげに微笑んだ。

 

 

 

「それじゃあ――テンの全部、頂戴?」

 

 

 

 

 そして、かつてない地獄が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クルミside

 

 

 

 全て閉じてから、暫くして車体が微かに揺れ始めた。

 やれやれ、始まったか……。

 

 こんな形なのは予想外だが、どうやら『報酬』は貰えたようで何よりだ。

 無償の仕事なんて、ボクはゴメンだね。

 真っ昼間から何してるんだとも言いたくなるけど。

 ミカなんて車内の様子を察したのか、さっきまで息子と再会できて感動に涙を流していたのに今では目を見開いて絶句している。

 だよな、ボクなら顔を顰めているところだ。

 

「あのガキ共……!」

「ミズキ、嫉妬か?」

「んなわけあるか!アイツらがあの状態の間、アタシらはどうするって話よ!!」

「千束が落ち着いてからだな」

 

 全く、本当に困ったものだ。

 

 

 行方不明だった千束がリコリコに戻ってすぐ、本人が看板娘の業務を再開すると同時にボクへと指令を飛ばした。

 その内容が――『藤宮天の捕捉』である。

 ボクは別に断る理由も無かったし従った。

 まずは9番を尋問して吐かせた違法船の行き先から、天の足取りを追跡していった。

 

 そして、このハワイで第二のリコリコを営んでいる事が発覚する。

 

 千束の願いにより、偽造パスポートを用意してハワイへと繰り出した。

 メンバー総員出動なので、日本の喫茶リコリコは暫し休業となる。

 

 そして、現在に至る。

 説明するほどの複雑さも無い経緯だったな。

 

「それにしても、千束と天さんは中で何をしているんでしょうか」

「……きっと酷いお仕置きだろ」

「なるべく怪我は避けて欲しいんですが。後で首輪を嵌める予定なので」

「………コイツらは……」

 

 ボクは頭痛すら覚えて額を手で覆う。

 たきなの手には、黒光りするチョーカーがあった。

 千束と同じルートで入手したそれを、ボクに改造するように頼んで来たのだ。やらないとボクが酷い目に遭いそうだから頑張った。

 チョーカー、っていうより首輪。

 実際、本人も首輪と称している。

 たきなは、天の首に飾る瞬間が今か今かと待ち遠しい様子だ。

 いつからリコリコは、こんな破滅的な環境になっているんだ。

 

「良かったな、ミカ」

「……何がだ?」

「天のヤツ、元気だったぞ」

「……ああ」

 

 ミカは満足げに頷く。

 ようやく復帰したか、意図的に作り出したとはいえカオスな状況なのは間違いない。

 店長だけでも正気でいてくれ。

 ………ん?

 杖を握る方とは反対の手に、何故か拘束用のワイヤーガンを手にしている。

 な、何だソレは……。

 

「ミカ、それは?」

「ん?ああ、これか。……逃げ出したら、多少は実力行使に出ようとしていたが、杞憂だったみたいだな」

 

 ふ、とミカが笑う。

 いや全然笑えねーよ。

 何でおまえからもそんな危険な気配がするんだよ。我が子のように慕っているヤツにそこまで感情爆発させたら如何に相手が天でも可哀想だ。

 これは……見つけない方が幸せだったか?

 すまん、天……許せ。

 後悔の念に胸を痛めたボクは浜辺に降ろした椅子に座る。

 

「それで、これからどうする?」

「……千束と天が落ち着いたら、当初の予定通りにしよう」

「本気か?」

「ああ。千束の願いだ」

 

 ミカがそう決めたのなら仕方ない。

 それにしても、落ち着くって……いつになるんだ?

 久し振りに天に会えて千束も暴走しているし、天も怯えきって抵抗力を失っているから、きっと誰も予想が付かない程に延々と続くんじゃないだろうか。

 実際、千束も天も体力はバケモノだ。

 これで夜が明けなければ良いけど。

 折角ハワイに来たばかりなのに…………。

 

 まあ、それくらい待ってやるか。

 ボクも今は気分がいい。

 

「なら、気ままに待つとしよう」

 

 久し振りに揃うリコリコのメンバー。

 最後の一人には拍子抜けするけど、これはこれで良しとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 藤宮天side

 

 

 リコリコ・ハワイ支店が襲撃されて一週間。

 俺は、メニュー表を手に笑顔でキッチンカーの横に立っていた。

 来店した客に説明したりするのが俺の役割だ。

 厨房には、店長やたきなが接客をしつつ注文された品を提供する。

 役割分担、大事。

 みんなでやるって、気持ちいいね!

 

「テン、やってる?」

「はい!いつも幸せな気分でやらせて頂いてますっ!」

「よろしい」

 

 キッチンカーから身を乗り出したクソご主人様に、俺は最大の笑顔を向けて答える。

 満足げに千束は頷いて顔を引っ込めた。

 ううん、乗っ取られた!

 俺の第二支店、見事に乗っ取られた!

 まあ、元から無断で始めたとはいえ、まさかこうも清々しく占領されるとは思ってもみなかったぜ。

 

 メニュー表を背負って歩き回る来るクルミが、俺の前を通過する度に哀れな物を見るような目で………てめ、笑いやがったな!?

 

「テン?笑顔は?」

「はい!」

「よろしい。それでこそ君だぜ、ダーリン?」

「君の笑顔も素敵だぜ、ハニー。……クソが!!」

 

 千束の方を振り返ろうとして、たきなと視線が合う。

 すると、彼女が柔らかく微笑んだ。

 

 ふふ、以前のように可愛いと思えない。

 俺の首に付けられたチョーカーが、それを許してくれない。

 信用が欠片も無いから、常に位置情報をたきなのスマホに報せる機能が組み込まれたハイテクで、俺の事を何だと思っているのかと聞きたくなる代物だ。

 

「犬でしょう、私の」

「はい!誠心誠意尽くします!」

「なら返事は?」

「わん!」

「はい。よくできました」

 

 美しい微笑のまま猟奇的なお言葉を頂いた。

 いつから俺は千束の奴隷と夫に兼ねてたきなの犬にまでなったのだろうか。

 三つに分かれるぞ俺の体。

 

 ただ、首輪については千束も認めていないらしい。

 かなり口論になっていたし、互いに譲歩しないので一旦保留となっているが、いつも火種は燻っていてかなりの頻度で爆発する。

 因みにだが、たきなは俺をどうこうしたいという願いは無いそうだ。

 ただ、不必要な危険から遠ざけたいだけ。

 その為に行動を管理したいとか……意味分からん!

 

『テンは私だけのだって言ってんじゃん!!』

『そんなだから目移りなんてされたんですよ』

『なッ……』

『千束ひとりじゃ手に余るんですよ、彼は』

『もう大丈夫だし、私の所に帰って来たし。……ていうか私は術後で眠ってたから仕方ないけど、みすみす逃しちゃうようなたきなサンが首輪付けてもダメなんじゃないかな〜?』

『喧嘩ですか、買いますよ?』

『おー上等じゃ、白黒付けちゃるわ!』

 

 仲違いとかマジでやめて欲しい。

 俺が理由とか、世界一つまらないし無意味だから。

 止めろよ、とか言われるかもしれないけど俺は……その……千束に色々とお仕置きを受けた後でゾンビみたいに「あ゛ー」とか「ゔー」とかしか言えない肉人形になっていたので無理です。

 

 マジで……一生の瑕疵になったわ。

 

 千束に『ごちそーさま♡』とか言われてギャン泣きしなかった俺は偉いと思う。

 ちなみに、あれから毎晩続いてキツい。

 折角のハワイと海なのに、服が脱げない状態だ。

 いや、元から銃痕とかで人に見せられた体じゃないんだけどな。

 後は千束から、『私以外に見せるな』とか言われたのでどうしようもない。

 ふへぇ………どう生きていけと?

 その内、細胞レベルで支配されそうで怖い。

 

「いやー、また店長の珈琲が飲めるなんて!」

「明山さん、酔ってます?」

「酷いな、千束ちゃん。そんな事ないよ」

 

 オイ、明山さんコノヤロウ。

 あの日、そそくさと自分だけ退散していった事はまだ許してねェですよコラ。

 自分だけ安全圏で日常を謳歌しやがって。

 本来なら俺もあちら側にいるべきなのに。

 ちらり、とたきなと千束を見――た途端に、ガッと頭を掴まれた。

 

「目移り?うわ早いねー、まだ足りない?」

「ひっ!めめめめ滅相もございません!!」

 

 必死に容赦を乞うと、千束がにこりと笑う。

 何とまあ救いようのない人生だろう。

 

「なーに黄昏れてんのよ」

「今、人生を後悔してるところです」

「はー?」

 

 運転席からミズキさんが睨んで来る。

 貴女が一番憎い。

 俺を攻撃しない人だが、同時に最も我関せずを通して安全圏で胡座をかいている。優雅に運転席で寛いでるけど、いつか痛い目見せてやるからな!

 がるるるるるるッ……ってマズい、心まで犬になりかけている……!

 心だけでも自由でいないと。

 

「アンタに自由があったと思ってんの?」

「う………」

 

 そうやって心読まないでよ。

 

「そうだよ」

 

 千束が俺の隣に移動してきた。

 おい、看板娘なんだからこっちばかり来るなよ。そんな事を口にしたら、またお仕置き内容が激化するだけなので心の中だけに留めておく。

 今は全てに耐えよう。

 千束が俺の片腕を抱いて、期待するような眼差しで見上げてくる。

 そうだ……十年前から俺に自由なんて無い。

 だって。

 

 

 

 

「だって、テンは私の奴隷だからね!」

 

 

 

 

 その通りです。

 俺は千束の――喫茶リコリコ看板娘の奴隷ですから。

 

 

 

 辞めてぇ……………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 以上です。

 ここまで本作を読んで頂き、ありがとうございました。

 少し休んだらアフターストーリーか、没案BADEND集(脳内)か別ルートを気分で投稿していこうと思います。ただ、本作で更新するかそれとも別枠で更新していくかは不明。
 もしかしたら検索した時に別の題名で載ってる、かもしれない時はこちらで何かしら報告、する、かも……?

 でも、ぼっち・ざ・ろっく!も書きたい気分だぜ。
 ↓
『めしくい・ざ・ろっく!https://syosetu.org/novel/302585/

 取り敢えず、題名通り千束の奴隷ですので基本は千束ルートです。
 それにしても、初めて特殊機能使った……(満足)。
 練習不足なので、使い所などからも経験の浅さが丸わかり……最終回までに普通は慣らしておく物ですよね、テヘ☆


 ちなみに、このルートの主人公LOVEヤンデレは千束一人です。



 補足しておくと。

 千束ルートにおけるキャラの天への対応。


・千束
 言わずもがな、ヤンデレ。
 時間が延長されたので、もう形振り構わない驀進中。


・たきな
 恋愛的な好き、ではない。
 あくまで兄・家族の一員として。犬にしたのは、目を離すとすぐ死にそうだから見張らなければならない……!という使命感から。


・クルミ
 悪友。
 悪友という割には恨みを買いすぎ。


・ミズキ
 めっちゃお姉ちゃん。
 基本的にバカやってるなーと見ているけど、ウジウジしていたら背中を押す。
 実は一番の理解者。


・ミカ
 父親、実は隠れヤンデレ。
 息子がまた逃げようものなら本気で手足をへし折って拘束するところだった。



 ………と、こんな感じです。
 うん、原作が跡形もない歪みっぷり、我ながら罪悪感が半端じゃないです。



 以上で、本編ルートは完結となります。
 今までありがとうございました。

 これからも更新していきますけど。

 では、またのご来店、お待ちしております。










たきな√は別作として出すか、ここで出すか。

  • ここで書けよ、メンドい。
  • 別で書けよ、見にくい。
  • 貴様に委ねる、責任は持たん!
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