俺はずっと考えていた。
ハワイ支店が乗っ取られて数日が経つ。
日本にいた頃のような賑やかさが取り戻され、俺もまた再び奴隷――それも前より本格的な――に身を堕した今、どうしても解決したい問題があった。
それは、千束の癇癪である。
「ぬぅあああ!これ邪魔!!」
「ぐえ゛ぇぇぇぇぇッ、待゛っで、死゛ぬじぬじぬじぬ!!?」
千束が必死にチョーカーを引っ張る。
その分の負荷が俺の首を遠慮なく襲っていた。
き、気道が塞がる、マジでやめテ……!!
ここは俺が借りている家だ。
海からは少し遠く離れた林の中にある集合住宅の小さな一軒家だが、ハワイに来てからはそこを利用している。リコリコメンバーが来てからは、千束が当然とばかりに我が物顔で居座っているけど。
他のみんなは別に用意しているらしい。
何であっちにいかないんだよ、コイツ。
いや、それより放して……。
ベッドの上で奮闘すること数分……千束はようやくチョーカーから手を引き、呼吸を整えていた。
虫の息を人の呼吸に戻すべく俺の肺も頑張っている。
死ぬかと思った……半殺しにはされたけど。
「大丈夫かー?」
「心配するなら最初からやるなよ」
コイツ、毎晩俺の首を絞めやがって。
いつも一緒に寝ているんだが、俺の首元を見る度に人を殺しそうな眼力で睨む。
俺が悪いんじゃない、たきなです。
文句ならあの子に言って下さい。
「俺も嫌だけど、何で外したいんだよ」
「だってー……」
「なに」
千束が少し言い淀む。
何だろう、俺が他人の飼い犬であるという証がそんなに煩わしいのだろうか。
たしかに何度もコレが原因でたきなと喧嘩になっているけど。
答えを待っていると、千束が拗ねたように。
「首に痕付けられないじゃん」
とだけこぼした。
あー、なるほどね。
「初めて首輪があって良かったと思ったわ」
「は?」
「ひぇっ!?」
うつ伏せで倒れていた俺の上に千束が乗る。
思わず枕に顔を伏せた。
何でかって?――単純に怖いからだ!!
直視できるかよ、いま絶対に声のトーンで沸点までいったのが理解できた。こうなったら止まらないし、今日の夜もまた地獄になるのが目に見えている。
あ、自然と体が震え出した。
うなじを千束の指がなぞる。
それから、背骨から心臓へと逸れていった。
俺の鼓動でも聞こえているかのように、拍動に合わせてトントンと指で叩いてくる。
ひ、もう勘弁して新手の拷問だよ………!!
「どうにかして外したい」
「え、あの、首輪ですか?」
「テンはさ、それ付けてたい?」
「嫌です。普通に首輪とか誰に付けられても――」
「ん?」
「千束以外のは嫌です!!」
「そっか。テンの気持ちは尊重しないとね!」
いや、たった今その俺の気持ちを捻じ曲げたよね。
千束の首輪だって嫌なんだけど。
「俺が言うのも何だが、千束は良いのか?」
「ん〜?何で?」
「いや、これ俺が逃げ出した場合の為の物だろ。……も、もう逃げませんけど、コレが外れると不安になるとか……」
「おまえが逃げなきゃいい話だろーが」
「ぎょめんなしゃい!!」
最近、俺の奇声のパターンが増えている。
基本的に千束かたきな相手でしか発動しないけど、それだけでも脅される度に新たな自分を発見している気分だ………死ぬほど最悪だぜ。
しかも、意外と弊害があるんだよな。
取り外し可能なら良いけど、基本的にたきなにしか解除できないし、クルミに頼んでも「たきなに止められてる」とか言われる始末だ。
マジで俺の人権…………。
でも、チョーカーが外れるのは素直に嬉しい。
だって窮屈だし、きっと外せたときの開放感と言ったら天国のような――。
「首輪なら私が新しいの付けるから安心しなって!」
外しても地獄が待ってた。
最近の千束は以前にも増してブレーキが利かない。
浮気の予兆があれば容赦なく制裁するし、一回枷が外れると業務に支障が出るレベルで絡んでくる。
この前も、買い出しに出た帰りにビーチで女性に遊ばないかと勧誘された現場を目撃されて夜はいつも以上のお仕置きを受けた……お陰で昼出勤。
何か、大事にされてるのか軽んじられてるのか分からなくなってきた。
いや、千束だけじゃない!
最近は店長だって怖いんだ。
俺が休憩に入って、少し散歩しようかとキッチンカーを離れた瞬間に「何処に行くんだ?」とか誰よりも早く尋ねる。
そして、知らない間にたきなが行く手に立ち塞がっているし、我関せずという感じでいるクルミを見ると俺の位置情報をリアルタイムで見れるよう手元の端末を起動している。
唯一の救いはミズキさん……いや笑ってるだけで助けてくれないから救いじゃない。
「最近はマジで俺の味方いないな」
「えー?嫁はいるのにぃ〜?」
「何その声、ゾワッとしたんだけどぷごッ!!」
千束の猫撫で声に鳥肌が立ったのが一瞬でバレて後頭部を踏まれた。
夫の頭を踏む嫁が何処の世界にいるんだよ。いたな、いま俺の上に。
「対策は後で練るとして、だ」
「はい」
「取り敢えず」
千束の手が俺のシャツにかかった。
げ、マジで、き、今日もなのかよ……!
ようやく覚悟……というか自棄になって振り返ると、舌なめずりしている千束が俺を見下ろしている。
完全にスイッチが入った目だ。
俺は観念して…………取り敢えず世界を呪った。
翌日、俺は疲労困憊でリコリコに出勤した。
今は休憩中でキッチンカーの横に設置した椅子に座っている。
めっちゃ、体が重い……。
眼の前で右へ左へと走る千束が理解できない。
何故アイツはあんな元気なんだ?
「お疲れ様です」
項垂れていた俺の前に、紙コップ一杯のドリンクが差し出される。
顔を上げれば、優しく微笑むたきなだった。
俺は両手でそれを受け取って一口飲む。
あー、生き返……らないけど落ち着く。
俺がほっこりしていると、たきなが腰を下ろした。……………………何で俺の膝の上?
訝しむ俺の目とたきなの目が合う。
彼女はきょとんとしていた。
「どうかしました?」
「いや、あの、膝……」
「はい。大丈夫ですよ」
いや、座り心地は聞いてないです。
クレイジーなの?
もしかして、早速の犬扱いですか。いや犬にだって座らないだろ、昔リコリコにいたリキって犬にだって俺と千束はそんな事していないぞ。
それにしても、たきなって軽いな。
膝が全然痛くない。
いや、そうじゃなくてね?
やめて、そういう行為は後で千束からのお仕置きの苛烈さが増す火種になるから。
俺が無言で見つめても全く意に介した様子が無い。
ここは、ビシッと言うべき。
夫婦仲は散々だが、仮にも妻帯者(仮)だ。
不用意に千束以外の女性と変なスキンシップは取るべきじゃない……できれば千束も控えて欲しいところだけどな。
「たきな、悪いが下り――」
意を決して、俺はたきなに――
「何で、毎晩首輪を壊そうとするんですか?」
「ぴ」
ごめんなさい。
俺じゃなくて千束です。
そうか、確か破壊しようとするとたきなのスマホからアラームが鳴るシステムだったな。無許可の解除や破壊は許されず、常に位置情報を送信する……これチョーカーに付ける機能じゃない。
怯えてる俺の頭をたきなが撫でた。
え゛、マジの犬扱い??
「怒らないので話して下さい」
「え?」
「ちゃんと理由があるんですよね?」
え、優しい。
もしかして、やっぱりたきなって天使だったのか?
「無かったら躾けます」
天使じゃねえ閻魔様だ。
堕ちたどころじゃねえよ、地獄の裁判長だよ。
俺の作るまかない飯をもくもく頬を膨らませて食べていた可愛い妹のような女の子は、いったい何処に消えてしまったんだ……?
でも、今回は理由がある。
躾をされる事は無い!
「ち、千束が邪魔だって毎晩……」
「そうだったんですね」
「そ、そうなんだよ!だから」
「でも、それは天さんが私の犬であることをしっかり説明すれば済む話では?」
「ぇ…………………」
え、そんな説得で千束が止まると?
あと、何気にヤバい事を仰ってませんか?
「たきな、それ私の椅子」
「今は私の椅子です」
「ほほう……さては千束さんに構って欲しくて悪戯してるんだな?」
「……………?」
「喧嘩だな?よしよし買ってやんよコラー!!」
「千束、お客さんの前です」
…………どこからツッコんだら良いの?
俺の事を当然のように椅子呼ばわりするところか、それとも俺を理由に喧嘩するところか、それとも始終冷静に俺を椅子にして千束をいなす閻魔様か。
もう何も考えたくない。
体を酷使してるんだから、頭だけは休ませて。
「やめなさい、二人とも」
ようやく店長が諌めてくれた。
二人が渋々と口を閉じる。
千束は未だこちらを恨めしそうに睨んでいる。
たきなは……優雅に座っていた、いや何で?
「なあ、たきな」
「はい」
「お、俺はもう何処にも行ったりしないからさ……首輪も要らないと思うし」
それを言うと、たきなの目が細められる。
まるで汚物を見るような厳しい眼差しだった。
「その言葉を信用できるとでも?」
はい。
もう俺が悪かったから、その目はやめて。
辛いどころの話じゃない。
人の心に対して途轍も無い殺傷力を帯びた瞳に射竦められて、俺はもう口を閉じる事にした。少なくとも俺の力では、たきなが微動だにしないという事はよく分かった。
でも、千束に全任せすると最悪の結果になり得る。
具体的に言うと、俺がたきな本人の恨みを買う場合を考慮しない作戦も実行させるので、成功しようが失敗しようが関係は悪化するだけだ。
現状以下の立場に転落する危険性も孕んでいる。
首輪が自然に壊れる……破壊できる状況でしかない。
ただ、殺し合いとかは避けたい。
何せ首だ、銃撃などを受ければかなり痛いし。
俺は周囲を見回して、何か良い物は無いかと考えて………………。
「ある!」
突然叫んだ俺に、たきなが怪訝な顔をする。
俺は彼女を抱え上げながら立ち上がり、そっと地面に下ろす。
それから千束の方へと走った。
「あ、やっぱり私が恋しかった?」
「そんな事はどうでもいい。千束、実は話が」
「どうでもいい……?」
「あ、いや、大事だけどもっと大事なことが」
「私より、大事?」
「い、いや、千束以上なんて無いけど重要な話があるんだ」
「なになに?」
何で本題に早く入れないんだよ。
もうコイツとも話すのヤダ。
「首輪を自然に壊せるシチュエーションを思い付いた」
「ふっは……お主も悪よのぅ?」
基本的に悪いのオマエだけなんだけどな?
リコリコ定休日(ハワイver.)、俺はウェットスーツを着て浜辺に立っていた。
隣では同じように水着姿のたきながいる。
「あの、なぜ海水浴を……?」
「ハワイだぞ、遊ばなきゃ損だ」
俺はゴーグルをかけながら笑ってみせる。
たきなは小首を傾げながらも、脇には膨らませた浮き輪を抱えている辺りから既に遊ぶ準備は万端のようだ。
それにしても、本当に華奢な体しているな。
これで意外と筋力あるんだから、リコリスって本当に不思議だ。
実際、千束も細身だが殴られると俺ですらかなり痛い。
さて、今日は三人で海水浴に興ようと企画した。
折角ハワイに来たのだから、店ばかりじゃなくてリゾートならではの事を色々と楽しもうと考えたのだ。
まあ、本来の目的はたきなにだけ伏せている。後は千束が来れば始められるのだが、アイツ遅刻してきやがって……。
「お待たせー!」
「おう。やっと来――」
千束がこちらに向かって走ってくる。
たきな同様に水着を着ており、やっと始められると思ったんだが。
「そォい!!」
「うぶ、え、何?」
反射的に俺は上に着ていたパーカーを千束に投げた。
突然のことに千束が困惑しているが、俺も自分の行動がよく分からない。
ただ、何となくパーカーを着せる。
きっちりチャックも閉じた。
ふう、何故だか胸の内に湧いた焦燥が収まった気がする。
謎の達成感に打ち震えていると、千束のヤツがニヤニヤして俺を見ていた。
何だ、気色が悪いぞ。
千束がゆっくりとチャックを下ろ――す手を俺は止めて無理やり上げる。
ますます千束の笑みが深まった。
「テンってば、もしかして」
「なに?」
「私の水着姿を他の誰にも見られたくないんだな〜?」
「……………」
そう言われて、俺は……熟考した。
そう、なのか?
千束の水着、うーん、大事かと言われるとそうでもない気がするけど、今の俺の行動は明らかに水着を見た瞬間から反射的に行われていた。やはり水着に価値を見出して、でも何か違和感を感じているのでそれが正解というワケではない。だが、すぐ考え始めて自覚できないし、千束に指摘されても納得しなかったから正確では無いということで
「ちょいちょい、深く考えんな」
「駄目だ、分からん」
「でも、即否定しなかったって事は少なからずそう思ってるってことでしょ?」
千束に再度指摘されて……まあ、納得した。
「そういう事にしとくか」
「うんうん」
「遺憾だけど」
「あ?」
「幸運であります!!」
「それで、この三人で海水浴などしてどうするんですか」
ずっと放置されていた事にたきなが痺れを切らして質問する。
真の目的を悟られてはならない。
演技下手の千束ではすぐ露見してしまうので、こういう時は俺の出番だ。
「特に理由は無い。ただ、たきなと遊びたかっただけだよ」
そう言うと、少し頬を染めてたきながそっぽを向く。
え、何その反応かわいい。――と思っていたら千束の蹴りが俺の臀部を打った。
マジで理不尽。
違うから、そういうのじゃないから。
たきなは案外素直なので、誰からであってもこういったストレートな好意的な言葉に照れてしまうだけだから。
絶対に浮気じゃない。
「ようし!では錦木千束、ハワイの海に参ります!!」
千束が率先して波打ち際へ駆けていく。
その後ろを、たきなが不承不承と追った。
「天さんも行きましょう」
「ああ」
たきなに言われて、俺も海へ進み出す。
さあ………始めようか、首輪破壊作戦を!!
たきな√は別作として出すか、ここで出すか。
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ここで書けよ、メンドい。
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別で書けよ、見にくい。
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貴様に委ねる、責任は持たん!