喫茶リコリコで看板娘の奴隷やってます   作:布団は友達

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久々に戦闘が書きたかったの巻。

ヤンデレ対決!

テンVS千束!


過去より今が怖い

 

 

 

 俺と千束で、現在はデート中だ。

 ただ浜辺を二人でそぞろ歩くだけだが、一歩先を行く千束は鼻歌をするほど上機嫌だ。二つ結びにした髪がその気分を見えない表情の代わりに表すように揺れている。

 散歩だけで楽しめるとは能天気なヤツだ。

 まあ、念願の国外旅行ではあるんだけどさ。

 

「あのさ、テン」

「ん?」

「日本に帰ったら何したい?」

「いや、しばらくは日本に帰れ――」

「何したい?」

「そうだなぁ……」

 

 有無を言わさない圧に方針転換、即座に夢物語に思いを馳せる。

 千束もそうだが、諦めていた事に手を伸ばすという試みもまた良いかもしれない。

 例えば別居とか………ぴっ!!

 い、今心臓をがっしりと掴む黒い堕天使の声が聞こえた気がした。

 

 でも、他に何かあるだろうか。

 

 本来なら死に別れる筈だった千束と、またこうして安穏とした日々を送っていた。

 いや、ナンバーズ時代の遺恨で送られる刺客との争いもあるので平和とは言い難いし、千束を巻き込んでしまう歯痒い現状をどうするかという問題も残っている。

 だから、先の展望とか全然思いつかない。

 

「何かする事あるか……?」

「ちょいちょい。あるでしょ?」

「………?」

「結婚式!」

「無理だろ戸籍無いし」

 

 俺が即否定すると、目の前で咲いていた花のような笑みが見た者が死ねるような迫力を帯び始める。

 なるほど、難易度は問題じゃない……やれ、と。

 ほんっとに、痛い目見るの俺だけェェイ!!!!

 

「テンはしたくないの〜?」

「はあ?」

「式場で愛を誓い合う、二人の……その、あの……夫婦のアレ」

「…………………」

 

 こ、コイツ……マジで謎だ。

 毎晩の出来事といい、その大胆さがありながら何故キスという単語が恥ずかしくて口から出ない……!?

 もしかして、多重人格なのか。

 いや、千束が何人いても迷惑でしかないのだが、そう疑ってしまうレベルで変な部分が初心だ。

 

「千束が願うなら、それを叶えるのが奴隷の」

「違う違う!奴隷とかじゃなくて、テン本人の意思!」

「俺の?」

「そう!」

 

 打って変わって真剣に俺を見つめる千束に少しだけ考えた。

 ミズキさんの時と同じだ。

 深く考えず、思った事だけを口にすれば良い。

 

 

「してみたい」

 

 

 本音と思われる感情を言葉にすると、千束がニンマリと笑う。

 あ、可愛くねー笑顔ぷぎゅッ!

 砂をかけられた……エスパーなのか、コイツ本当に俺の思考をよく読みやがる。

 俺が苦しんでいる肝心な時は何も察してくれないくせによォ!!

 

「よし!じゃあ、千束が叶えましょう!」

「…………」

 

 千束がこちらに向かって両腕を広げる。

 

 

「今まで、テンが私にくれた分も返したいんだ。……それが私が諦めてた事の一つ!」

 

 

 眩しい笑顔に、思わず顔を覆いたくなる。

 そうか。

 これも、俺が諦めていた物だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 数ヶ月前。

 

 俺――藤宮天は国外へ渡航する船の上にいる。

 無論、正規の物ではない。

 しっかりと違法入国し、阿漕な商売で物資を売り買いしている連中の船だ。以前までの俺なら確実に全員捕縛している立場だが、昨日の敵は今日の友である……何か違うな。

 

「よう、調子はどうだ?」

「今のところ最高の船旅になってる」

「そりゃ何よりだ。だが、乗ったからにはしっかり約束守ってくれよ」

「はいよ」

 

 甲板で空を見ていた俺の後ろに巨漢が立つ。

 浅黒い肌に鍛えられた筋肉は、かつての真島の組員にいたヤツを彷彿とさせる物で、胸筋なんかそこだけ岩壁なのではと思うほど隆々としている。

 どう鍛えたらそうなるんだよ、教えて。

 友好的に話しかけてくれるが、真意は釘を刺しているだけだ。

 この船に乗る条件は四つ。

 船の仕事を手伝うこと。

 船員と揉め事を起こさないこと。

 船内の物資に何も言及しないこと。

 船を降りたら口外しないこと。

 四つ目は、大して意味は無いと言っているので守るべきなのは三つだ。

 そりゃ違法船だからな。

 

「船の仕事を手伝うって、どんなのだ?」

「コンテナを収納してる船倉の清掃だ」

「了解」

 

 仕事に文句は言わない、これも約束。

 さっそく危ない仕事を回された。

 清掃作業中に見てはいけない物とか目にしてしまった場合、俺はどうするんだよ……。

 巨漢に導かれて俺は仕方なく件の船倉へ向かう。

 その途次で幾人かの船員とすれ違った。

 足運びや体付きから分かるが、明らかに戦闘訓練を受けている者がちらほらいた。

 詮索は無しなんだけど、逆に気になる要素が多すぎる。

 船員の数は把握しているし、船内の構造も歩いた感じで概ね把握した……でも、乱戦になっても殲滅できる自信は無い。

 実際、乗り込む際に武装を解除されている。

 最低限は護身の為、と拳銃くらいは許可されているが相手がどれくらいの武器を保有しているかで………じゃないじゃない!

 戦う方面で考えるな!

 もう俺は取り締まる側ではない。

 俺だって荒事はもう嫌だし!!

 

 少なくとも、陸が近くなるまでは変な気が起きませんように、と。

 

「ここだ」

「へえ……作業員がいるけど、あの人たちに仕事を聞けば良いか?」

「まあ、そうだな。あれらもこの船を利用してるおまえの同類だ、踏み込み過ぎんなよ」

「忠告どうも」

 

 意外と優しいな、この人。

 わざわざ危険人物だと予告してくれるとは。

 ただ……キャラが濃い!!

 一人、明らかに老人がいる。骨格からして、おそらく女性だ。

 コンテナの周囲をモップで掃除している。

 大変そうだな。

 特に、水入りのバケツを運ぶ際は大変そうだった。

 他にも男性が何人かおり、作業に勤しんでいた。

 顔に大きな傷のある男や、笑顔を絶やさず清掃する長身の優男、びくびくと怯えている小柄な男の子、そして老いてはいるが筋骨隆々とした男性……。

 曰く付きという言葉が似合う面子だ。

 キャラが濃すぎて逆に灰汁が凄い。

 

 俺はその面子に加わって作業を開始した。

 中々落ちない煤汚れや錆などとひたすら黙々と格闘し続ける時間が流れる。

 あ、何か懐かしい。

 キレた千束にずっと椅子にされて耐えていた時に似ている。

 いや、あれの方が苦痛だった。

 お陰で全く辛くない。

 

 ふと、視界の隅によたよた歩くお婆さんを捉える。

 あの人、毎回倒れそうで心配なんだよな……ええい、見捨てておくのも気分が悪い。

 俺は眦を決してお婆さんへと近付いた。

 

「手伝いますよ」

「ああ、ご親切にどうも」

「いえいえ」

 

 俺はお婆さんの手からバケツを受け取る。

 中を覗けば、底が見えないほどに水は黒く濁っていた。こ、この臭いと黒みの深さ…………明らかに血じゃねえか。

 さり気なく目を皿にして船倉を見渡す。

 そこかしこに血痕のような物が見受けられた。

 なるほど………9番と明山さん、どっちが交渉した船かは知らねえが、かなりヤバい船らしいな。

 違法船に乗合を頼んだ身とはいえ、まさかあの約束をこんなお婆さんにまで頼むとは。

 

「水を換えるんですよね」

「ええ……ごめんなさいね、最近は歳のせいで腰が」

「俺もお婆さんの負担が減るように頑張りますよ。こう見えて体力にしか自信無いので」

「頼もしいね」

 

 お婆さんが柔らかく微笑む。

 うん、良い人に見える。

 だからこそ異質だ、どうしてこの船を利用しているのか。どうせ、この船に乗るヤツなんて臑に傷を持つ連中だけだろう。

 実際に……この婆さん、隙が無い。

 俺の一歩先を歩いているが、その背中が常にカウンターを準備していると語っているように思える。

 この人も詮索したらヤバい奴だ。

 腰が折れて前屈みになっている長身は、お世辞にも良い姿勢とは言えないが、それにしては均整の取れた体付きだと服越しにも見て取れる。

 まるで……訓練された肉体のようだ。

 

「お兄さん、こんなに優しいのに……違法船なんて乗って大丈夫かい?」

 

 お、お婆さん……結構ズケズケ踏み込むやん。

 そういうのは、この船内でご法度なんだぞ。

 詮索しないようにと心構えは作っていたが、いざ自分が尋ねられるケースを想定していなかった。

 えーと……無難に返そう。

 

「まあ、色々あったんですよ」

「そう。……でも良いの?故国を離れて」

「事情が事情だから仕方ないんです」

「そっか」

 

 バケツの中身の水を替えて、俺とお婆さんは船倉へと戻る。

 すると、どういう事だろうか……。

 さっきよりも血痕が増えている。

 んー…………マズいのでは?

 

 がちり、と何かの嵌められる音が二方向から鳴る。

 奇遇だな、どちらも船倉の出入口だ。

 お婆さんの方を見ると、微笑んでいる。

 

「さぞ日本で酷い事でもしたんでしょう?」

「えー?……あはは」

「例えば」

 

 お婆さんが懐に手を入れる。

 そして、そこから抜き出された時には――ナックルガードの付いた大振りのナイフを握っていた。

 脳に電撃が走る……コイツ、ヤバい!!

 

 

「私たちを、DAに売った悪魔め」

 

 

 その一言で察して、俺はお婆さんの傍から飛び退いた。

 一瞬の後、鼻先の空気をナイフの先端が切り裂く。

 俺が身構えるより更に素早く、お婆さんが俺の懐へと滑り込む。オイ、腰が痛いだの何だのはブラフだったんですか……!?

 何より、この婆さん速い!!

 俺は突き出されたナイフの峰側を掴んで止めつつ、持ち手の手首を掴んで捻り上げた。

 しかし、何と――。

 

「んなっ!?」

 

 ナイフから手を離しながら手首を捻り回した方向へと婆さんも体を回して回避した。

 腰が痛いと言っていた老体が、アクロバティックに宙で自分の体を横倒しにして回転するなど誰が予想できようか。

 身の熟しが一流のそれだ。

 洗練された動作から滲み出る戦闘経験の濃さ。

 間違いない、コイツは戦士だ!

 回転跳躍していたお婆さんは、俺の腕に十字固めのような姿勢で抱き付く。

 俺を倒すほどの膂力も勢いも無いのに、この状態になるのは悪手だ。逆に動けなくなって俺の攻撃を無防備に受ける事になる。

 相手はお婆さんだが……危険人物だ。

 殺らなければ殺られる。

 危害を加えてくるなら遠慮はしない。

 

 

 俺は腕ごとお婆さんを床に叩きつけ――イダダダダダダダダダ!!!?

 

「ッ………!?」

 

 背中を乱打する衝撃に俺は後ろを振り返る。

 コンテナの上で短機関銃を打つお爺さんがいた。

 逞しい筋肉で銃の反動を抑え込み、銃口で火の花を咲かせている。

 あの爺さんかよ!!

 いや、それよりその武装は何処から持ち込んだんだ……船に乗る際にある程度は取り上げられる筈である。

 いや、どうせ管理場所から引きずり出したか船の物を拝借したんだろう。

 他の連中もあの爺さんが殺したのか……?

 

 銃撃で怯んだ隙に、お婆さんが俺の手からナイフを取り戻しながら胴体を蹴って離れる。

 まるで蛇のように俊敏な動きで床を這ってコンテナの影に隠れた。

 っ、くそ痛い……!

 短機関銃のお爺さんを睨む。

 彼はこちらを見て、ニヒルな笑みを浮かべた。

 

「これも効かないか、流石だ」

「………」

「“あの人”が言っていた。防弾性の装備で身を固める必要が無い兵士、と」

「クソ上司の同僚かよ」

「確かに固いな、しかもデータ以上に」

 

 硬いだって?

 固くても痛い物は痛い。

 今ので少なくとも背中は血だらけになっているだろう。

 俺はその場からコンテナの影に向かって走った。

 追うように撃たれた銃弾が床を穿つ。

 

「げっ!?」

 

 火線の雨から逃れようと走った先――避難先と目論んでいた物陰に、先んじてお婆さんが待機していた。

 その手にはお爺さんと同じ武装。

 挟み撃ちかよ!?

 だが、他にあの乱射を逃れながら隠れられる場所が無い。

 仕方ない、か。

 

「ええい、ままよ!」

 

 俺はお婆さんめがけて突進する。

 お婆さんも俺に照準を合わせて発砲を開始した。

 その瞬間を見切って、床を背中で滑る。頭上を焦がしていく射線の物量に戦々恐々としつつも、懐から拳銃を取り出して下から機関銃に発砲した。

 銃口を跳ね上げるように弾が命中――銃身が跳ね上がって前からの猛攻が一瞬だけ止まる。

 

 ここだ!!

 

 俺は数発だけお爺さんの銃弾を背中に受けつつ、床から跳ね上がってお婆さんに体当たりした。

 

 勢いのあまり二人で縺れ合い、転がる。

 

 すぐ射撃体勢を整えたお婆さんの短機関銃を、起き上がりしなに蹴り飛ばした。

 遠くに転がる武器、だがお婆さんはそれに執着せず即座に腰に帯びていたナイフへと武装を変える。両手に逆手持ちで構え、俺へと床を蹴って迫って来た。

 対する俺は、まだ中腰で立ち上がれていない。

 距離にして二歩分。

 クソ、この婆さん本当に速いな!?

 

「っ!」

「ぐぐ……!」

 

 横薙ぎに払われた一振りに頭を下げて回避する。

 返す刃で下から振り上げられたナイフは、持ち手を掴んで止めた。

 やられっ放しじゃないんだよ!

 俺は掴んだその手を引き寄せつつ後ろに体を倒し、振り上げた靴の爪先でお婆さんの顎を跳ね上げた。

 DA支給の鉄入りだ。

 人の顎どころか頭蓋など容易に砕ける。

 

「ぶぐッ………!!」

 

 白目を剝いてお婆さんが仰け反った。

 俺は振り上げた足を、そのまま倒れ込んでくるお婆さんの首に絡めて床に叩きつける。

 短い悲鳴を上げる彼女の手に肘を打ち込んでナイフを手放させてそれを奪った。

 

「これでトドメ!」

 

 ナイフで倒れたお婆さんの喉元を狙う。

 頸動脈――一撃で沈黙させる!

 どうして俺が藤宮天、否、13番であると分かったのかだったり、この違法船で乗り合わせたかなどの些細な疑問は差し置いても、コイツらはクソ上司の同僚で船にいる限り襲って来る。

 脅威ならば、迅速に潰すのみ!!

 殺意を込めた手元をお婆さんに向けて加速させる。

 

「うお――っぶな!?」

 

 俺とお婆さんの間に銃弾が一発割り込む。

 俺の直近のコンテナの上にお爺さんが現れた。

 見ていない内に移動していたのか。

 くそ、良い連携しやがって。

 

 頭上から短機関銃を連射され、俺はそこから脱兎のごとく離脱する。

 肩越しに後ろを見ると、婆さんが立ち上がろうとして床に崩れる姿があった。

 顎は砕けたに違いない。脳震盪も引き起こした筈だが、あの程度なら数分で復帰してくるだろう。

 それまでに、どちらか一方を片付けたい!

 

 敵の出方を推し量りながら、俺は別のコンテナの影に隠れる。

 

 

「あの日、我々はお前に裏切られた」

 

 

 お爺さんと思しき渋みのある低い声が船倉に響く。

 船上が戦場、なんて駄洒落を言ってる場合じゃない。

 あの爺さんも婆さんも手練れだ。

 少なくともリコリスより手強い……油断していると、こちらがお陀仏である。

 

 俺の武器はナイフ一本と拳銃一丁。

 後者については、搭乗する際に装填済みの弾以外は取られたので補充は利かない。

 対する相手の武装は銃器や刃物が充実していた。

 クソ、なんて理不尽。

 

「お前が密告した所為で、我々は地獄を見た」

「………」

「お前の同胞も死んだ!共に死線を潜り抜けたナンバーズも何人か処刑され、他の者は野に放逐される羽目になった!我々がどれだけ投資して育ててやってたと思うんだ!」

「ちっ」

「何もかも貴様が悪い!!この悪魔め!!」

 

 お爺さんの糾弾が続く。

 それを俺は嘆息しながら聞いていた。

 あの口振りから察するに、やはりクソ上司同様に会社の上層部だなコイツ。

 悪魔はどっちだよ。

 孤児に殺人術を叩き込んだら戦場で捨て駒のように使い、優秀な者だけ番号を与えて更に酷使し、まるで人の命を消費物のようにしか見ていない連中の泣き言である。

 実際に我が身が脅かされるとこの始末だ。

 自分の命は可愛いから叫ぶが、同じように危険に瀕した部下の時もそんな風に声を上げましたか?

 オマエらが殺した数の方が多いだろうよ。

 俺に八つ当たりするな。

 

 所詮、アンタらも俺も同類なのだ。

 同族嫌悪も甚だしい。

 

「さて、行くか」

 

 お爺さんの訴えを無視する。

 相手に態勢を立て直す猶予を与えてはならない。

 特に、あの婆さんが行動不能になった今がチャンスだ。

 まずは頭上の利。

 お爺さんに頭上を取られたままではいけない。

 まず、先に潰すべきはあの短機関銃だ。

 体が頑丈だと言っても、いつまでも耐えられるわけじゃない。

 近くに積まれ、手頃なように段差となっている大小の異なるコンテナを足場に高い位置まで登る。

 上がってすぐに俺は駆け出す。

 今はとにかく接近あるのみ!

 

 コンテナの上をお爺さんのいた方へ走った。

 

 いた!

 まだ同じ位置で、お婆さんの方に気を配りながら叫んでいる。

 位置は逆転し、俺が頭上を取っていた。

 俺はお爺さんより更に上から飛び降り、その傍に着地した。

 

 驚きに目を剥きながらもお爺さんが銃を構える。

 発砲させまいと、俺は銃口を掴んで上に持ち上げて銃身の半ばにある弾倉を取り外す。

 お爺さんが発砲するも、すぐに弾は尽きた。

 これでもう撃てまい!

 その瞬間を狙って、お爺さんの臑を鉄入りの靴先で蹴ろうとするが、その前に短機関銃を手放しながら飛び退いた事で回避された。

 くそ、判断が速い。

 この人は戦場慣れしているのだ。

 会社の上層部は荒事を下に任せてばかりの連中だと思っていたが、こんな人がいるとは。

 

 数歩分の距離が開く。

 お婆さん同様にお爺さんはナイフを構えた。

 

「我が子の仇!」

「やかましいわ!」

 

 拳銃を向けて発砲――しようとする直前に投擲されたナイフが顔に迫っていた。

 慌てる事なく俺は体を横に傾けて躱して発砲した。

 お爺さんの胴体に命中する……が止まらない!お爺さんのナイフが拳銃を駆る手元に振るわれる。

 咄嗟に手首を返して銃床で刃を受けた。

 

「ッ…………!」

「ぬぅぅうああああ!!」

 

 お爺さんがもう片手のナイフを突き出す。

 俺もナイフで応戦し、何度も放たれる攻撃を受けて、流して、弾く。

 21番に似たナイフ捌き。

 つい最近見たばかりだから、体が覚えている。

 ナイフ攻撃の合間に繰り出される蹴りなども防御できるくらいには余裕がある……アイツの方が断然速かったからな!

 

「うぐ、ぐ、が」

 

 ナイフ攻撃を捌きつつお爺さんの体に撃ち込む。

 その服が血色に染まっていくが、それでも止まらない。

 ……凄まじい執念だ。

 この人は、即死しない限り止まらない。

 俺は後ろに飛び退きながら、お爺さんの肩を撃ち抜く。

 腕が上がらず、苦悶の声を漏らす彼にもう一発撃とうとしたが、ここで弾が切れた。

 

「う、ぐ、がああああああ――おご!?」

 

 血反吐を垂れ流し、致命傷に喘ぎながらも俺に突進するお爺さんの股間を蹴り上げる。

 ぐしゃり、と肉の潰れる音。

 声も上がらない様子だった。

 そのお爺さんの下顎を手で支え、拳銃の銃床を激痛に歪んだ顔へ全力で振り下ろす。

 骨を砕き、脳に達した手応えを得た。

 打ち込んだ銃床の下から血が溢れ出した。

 

「あ、か……カズ、キ……」

「…………」

 

 最後に誰かの名を呼んで……お爺さんはその場にくずおれる。

 それ以上は何も発さず、血溜まりを作って事切れた。

 完全に死んだ事を確認してから、俺はコンテナの下を見る。

 お婆さんは姿を消していたが、点々と滴り落ちた血が足跡となって続いている。

 それを目で辿れば、蹴り飛ばされた自分の短機関銃を目指して床を這っている途中だった。まだ脳震盪から立ち直れていないらしい。

 

 俺はコンテナから飛び降りて、彼女の背中を踏んで押さえる。

 その首筋にナイフを添えた。

 

「終わりだ」

「……お前を許さない」

 

 下顎を片手で押さえながら、辛うじてお婆さんが呪詛を口にする。

 

「こんな老体にも容赦しない、まるで悪魔だ」

「…………あのさ」

 

 イラッときて、思わずお婆さんを踏む足に力を入れる。

 

 

「戦場で武器を持ったら誰しも対等なんだよ。敵は敵、躊躇したらこっちが殺られる……そう教えてくれたのはアンタらが笑いながら俺らを放り込んだ戦場だ」

 

 

 分かっている。

 相手が老人だから、子供だから……そんな物差しは壊滅的な戦場では正常に働かない。

 選別は、シンプルになっていく。

 年齢や性差はさしたる問題にならない。

 あるのは――自分にとって有害か、無害か。

 残酷になった人間はそれだけで相手をフィルターにかけ、容赦なく手を下す。

 

 今回も例外ではない。

 

 生きている限り、俺を殺そうとする敵がいる。

 ならば、相手が老人であろうと何であろうと俺が生きたいと自ら願う限りは戦わざるを得ない。殺して、止める他に方法は無い。

 それが人間の性で、世の摂理だ。

 

 だからこそ、つくづく千束の掲げる理想の尊さが胸に痛く、とても眩しく思える。

 

 だが、俺は千束じゃない。

 自分の命を、千束を守るのに如何なる手段も厭わないつもりだ。

 敵ならば、排除するのみ。

 

「我々は、おまえが憎い」

「ああそう」

「次もきっと殺しに来る」

「そんで?」

「日本を出たところで、お、おまえに安らぐ日なんか来ない!」

 

 お婆さんが顔を上げた瞬間だった。

 頭上から影が差す。

 肩越しに天井を見ると、直上から落下する人影があった。――さっきの異様に周囲に怯えていた小さな男の子だ!!

 ナイフを突きの姿勢で構え、俺の背中を目指している。

 

 

「――やれ、27番!」

 

 

 お婆さんが叫ぶ。

 迫る凶刃に対し、俺は体を横へ振って躱す。空振ってそのまま背中に落ちる男の子の顔面を掌で受け止めた。

 鼻を潰した感触がする。 

 落下運動中に受けたカウンターの打撃だった。

 衝撃は頭蓋全体にまで響いたようで苦しげな声が聞こえる。

 それでも足りない!

 今、お婆さんに番号で呼ばれた……つまり、この子も『ナンバーズ』だ。生半可な攻撃では決して止まりはしない。

 俺は背中の男の子のナイフを駆る手を掴んで引きずり下ろし、お婆さんを踏み抑える足の膝上に落として上から突き下ろした肘と挟み撃ちにした。

 ごぐり、と前後から体を潰そうとする圧力に男の子が痙攣する。骨は勿論のこと、内臓も幾つか損傷した手応え……もう戦闘が続行できる状態では無いはずだ。

 今度こそ動けまいと膝の上から退かすと、力なく床に転がった。

 

「かふ、かはっ」

「……」

「ぼくらより、錦木千束、を……選んだ、裏切り者め」

「そうだな」

「仲間より……女、かよ」

 

 男の子が喀血混じりに俺を批難する。

 ああ、全くだ。

 その内容は、怒りは正しい。

 でも。

 

 

 

 

 

 

「俺は千束しか選ばない」

 

 

 

 

 

 

 俺は足下のお婆さんの首の骨を踏み砕く。

 その後に、男の子――27番の頸動脈をナイフで断った。

 血が床に溢れて、怒りに歪んだ顔から力が抜ける。

 

 ――もっと殺しなさい。

「ッ……クソが」

 

 死体から退いて、俺も床に座り込んだ。

 もう敵は潜んでいるかもしれないが、やはり脳内でクソ上司の声が響き始める。

 他人を殺めることは自傷行為にもなりかねない。

 クソ上司の声が響いて頭を振る。

 

 呼吸を整え……ゆっくりと千束を思い浮かべた。

 

 クソ上司の声が遠のいていく。

 ようやく落ち着いてきて、俺は肩の力を抜いた。

 

 これからも、会社に所属していた連中からの襲撃が続く…………か。

 嫌な予告を受けてしまった。

 予想はしていたけど、手が早い。

 昔、DAが会社を潰せはしたが、何人かには逃げられたという。このお婆さんたちも、その中の一人なのだろう。

 あれから老獪に生き延びて、俺に復讐する機会でも窺っていたのか。

 

 復讐者を全員返り討ちにするまで、リコリコには……千束の所には帰れないな。

 

「さて、と」

 

 俺はナイフを床に落として周囲を見る。

 ううううん!

 血溜まりに伏せたお爺さんと、ボロボロのお婆さん…………どう弁明しても、これ船に課せられたお約束を破ってしまってないか?

 

 ゴンゴンと、扉を叩く音がする。

 

 そういえば、戦闘前に変な音が出入口からしていたがお爺さんとお婆さんが封鎖でもしたのだろう。

 やれやれ……これから、どうしたもんか。

 もう日本のEEZからも出ているだろうが、近くに島でもあれば良いなぁ…………。

 

 

 

 

 この後、あの巨漢に事情聴取を受けて許されはしたが、次の島に行くまで船室でパンツ一丁のまま拘束された。

 

 ふ……………恥辱の極み!!!!

 

 

 まあ、こんな日常が続くのだろう。

 きっと、千束の下に帰るのはずっと先………アイツと幸せな家庭なんて、築ける筈が無いと半ば諦めの念に独り笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………そう考えてた時期があった。

 でも、今は違うかもしれない。

 千束の願いを俺が叶えて、千束が俺の願いを叶える………そんな素敵な日々がこれから始まるのなら、諦めずに縋り付いてみたい。

 

 

 

 

 

 

 なんて考えてたけど前言撤回。

 

 

「テンってば人気者じゃん」

 

 

 千束とのデートが、とんでもない事になった。

 俺を襲撃した刺客が地面に倒れ伏せている。

 その一人を足で踏んづけて銃口を向けながら、こちらに愛らしい笑顔を向ける千束さん。

 …………ひっ。

 目、目が笑ってないよ。

 いつからそんなアルカイックスマイルがお上手になったんだよ!!

 

「折角テンとデート中だったのにさ」

「あ、はい」

「あーあ、すっごい気分悪くなった」

「ひぃっ」

 

 敵は沈黙している。

 悲鳴は俺しか上げていない。

 襲撃者の中にはナンバーズもいる、仲間を売った俺を快く思わない者はいるようだ。それは当然だし仕方ない。

 俺には彼らを憐れむ権利も、恨む権利も無い。

 ただ……可哀想に思えてきてしまった。

 だって、今やそれが千束によって昏倒させられてしまっているのだから。

 

 そして、後ろではまた別の襲撃者をたきなが拘束している。

 あの、その……敵の顔をぐりぐり踏むのは必要ですか?

 千束とデート中だったのに、何処からともなく現れた君の方に恐怖しかないんだけど。

 

 え、俺は何してるかって?

 近くのヤシの木の幹に女の子座りで縋りついて、ただ産後すぐの子鹿のようにぷるぷる震えている。

 

 

 

「過去とか振り返ってないで私だけ見てれば良いんだよ」

「はい。今は私達の物ですから」

 

 

 愛銃を胸に抱きながら、うっとりと語る千束に俺は蒼白い笑顔で頷いた。

 たきなも自信たっぷりみたいな表情だ。

 

「あああありがとう、二人とも!」

「見た?テンの奥さんってば最強でしょ?」

「仰る通りです!!」

 

 幸せな家庭……?

 ふ、もう諦めたよ。

 

 

 今から続いていくのは恐怖政治です!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




勝者、千束。

たきな√は別作として出すか、ここで出すか。

  • ここで書けよ、メンドい。
  • 別で書けよ、見にくい。
  • 貴様に委ねる、責任は持たん!
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