プロローグ
楠木side
『■■■■■社ビル、三階まで制圧!』
司令部に流れる空気は緊張している。
それは当然の事だ。
我々が長らく存在を知りながらも原因を駆除するに至らず延々と闘争を繰り広げた相手に、遂に王手をかけるところまで事態が推移している。
勿論、窮地なのはこちらも同じ。
ここで仕留めなければ二度と同じ好機に恵まれない。
戦力を削いだだけで済む連中ではない、たとえ数が減ろうが本格的な報復が始まれば、それこそ日本全土が戦場になる。
『地下通路を発見しました!』
「α隊を向かわせろ。それ以外は引き続きビル上階まで罠を警戒しながら侵攻」
現在は敵勢力が潜伏する会社の本部――と思われるビルを侵攻中。
状況はこちらがかなり優勢だ。
地下通路……脱出口であるのなら、急いで追わなければならない。
全滅させなくては意味が無いのだ。
■■■■■社。
半世紀前に海外で活躍していた犯罪組織の日本支部が前身で、以降は隠された兵士の訓練所として少年兵の育成と武器や金の密輸などを担っている。
たしかに、日本は良い隠れ蓑になるだろう。
上層部はいずれも腕の立つ元傭兵ばかりだ。
彼らが指導する少年兵もまた手強く、何処かに戦力として出荷すれば大金を得ると同時に売った相手と強固なパイプも築ける。
その影響で組織はかなり大きく成長した。
規模は小さいながら質はDAに匹敵している。
その最たる例が――。
『地下にて、ナンバーズと会敵!!』
司令部にその名前が響く。
空気が冷たく、更に張り詰めて行く。
私もプレッシャーと不快感に思わず舌打ちした。
「バケモノ共め」
映像がスクリーン全体に映し出される。
地下通路で互いに物陰に隠れながらの銃撃戦だ。
一方はリコリス、もう一方は……この会社が秘密裏に育てた少年兵でも際立つ優秀さを誇り、日本以外の裏社会にも名を知られる番号を冠する怪物たち――『ナンバーズ』。
過去には、一人でテロを想定した規模のリリベル部隊を全滅させられた事もあった。
一人ひとりがファーストのリコリスまたはリリベルと同等かそれ以上の実力者だ。
特に異質なのは……。
『突入したビル五階にて13番を捕捉!』
「そこにいたか」
ビル五階の映像が映し出される。
そこに――一振りの消防斧で次々とリコリスの頭を叩き割り、首を断つ少年の影が躍動していた。
銃弾を受けても怯まず、修羅のような猛撃を継続する。
あれが『ナンバーズ』最高傑作、らしい。
休憩中だったのか、武装は消防斧一本のみ。
それでも尚、誰も仕留められずにいる上に次々と死体が生まれていく。
並外れた頑丈な体と戦闘センス。
リコリス達が無慈悲に狩られていく。
これでは、どちらが襲撃者か分からない様相だった。
人間であるが故にさすがに毒物への耐性は同じだと思って、こちらも13番を想定した催涙弾やその他の武装を投じようとしているが、その前に殺されていく。
……本当に同じ人間か?
やむを得ない。
「千束、いけるか」
私の号令に、赤い影が映像の中を疾駆する。
目指す先は、手斧を振るうバケモノだ。
人間か疑わしいレベルならば、こちらも相応の戦力で徹底的に潰すのみ。
9番side
ナンバーズに降された命令は一つ。
生き延びろ――それだけだった。
俺たちを指導していた者や上層部は、既に脱出に成功しているらしい。……俺たちを囮にして。
「相変わらずだな」
「殺しても殺しても湧いてきやがる」
襲撃者――リコリスとかいう国の狗を始末しながら、俺たちは反撃を続けていた。
脱出中の少年兵たちを逃すのが俺等の役目だ。
本来なら捨て置いて我先にと逃避するのが普通だが、これも命令なので仕方がない。
しかし……先に襲撃に現れたので全滅させたリリベル部隊といい、国は幾つも後ろ暗い武器を隠し持っているな。
「23番が死んだぞ」
「一分後、アイツの爆弾を起動しろ」
「了解」
3番の指示に従い、皆が態勢を変える。
仲間だった23番のみならず、ナンバーズ全員は爆弾を装備している。
起爆スイッチは、俺と仲間で共有されている。
死んだ時は敵を巻き込んで死ね、との事だ。
本当にクソな職場だ。
21番が退職してからは特にそうだ。
少しずつ人間らしさを垣間見せていた13番が完全に鬱ぎ込んでからは、更に環境が悪化した。
戦場の方が安心するヤツもいる。
ベッドがあるのに、その下で銃を抱いていないと生きていけなかったり、刃物を近くに置いているとすぐに自刃しようとする者さえいた。
それだけ死を望んだり、壊れていたりする。
なのに……上司の『命令』には直ぐに応えた。
本能というレベルで従う。
「13番、応答しろ」
『何か?』
「今そっちは何処にいる?」
『五階のホール、リコリスと交戦中。五分あれば地下まで突破できる』
「こちらに来るな、リコリスの部隊がいる。16番が上空から回収に向かったから、それを待て」
『了解』
3番が物陰に隠れながら通信を取った相手は13番だ。
確か、今日は13番を誰かにお披露目するとかでスーツを着せてクソ上司の使いが連れて行った。
……もうすぐ出荷されるのだろうか。
1番だってそうだ。
優秀で、買い手が現れたから売られた。
上層部は金が目的……というよりは、ナンバーズがより戦争を激化させ、それによる市場の変化を自らで操作したいがために売っている気がする。
特にナンバーズを指定してくるクソ上司については、それともまた違う感じだ。
ただ、戦場に才能を……なんて考えていそう。
「9番。なにボサッとしてやがる」
「あ、いや」
閃光弾が床を転がる。
ナンバーズ全員が瞬時にそれを察知し、耳を塞いで床に伏せた。
通路を白く染めあげる光量が炸裂する。
目を閉じていても瞼の裏の闇を塗り替えようと突き刺す強い光が網膜を焼いた。
どうして、こんな。
21番を恨んではいけない。
でも、アイツの笑顔がみんなに救いを与えていた。
誰よりも非道で残忍で機械的だった13番が変わっていく様子に、心の何処かでみんなが自分も変われるのではないかという期待を抱かせ、手遅れの一歩手前で踏み留まらせた。
ちくしょう、ちくしょう……!
光の消失と同時に全員が立ち上がる。
その背後で、床を踏む音がした。
振り返ると、通路の奥へ素早く駆けていく赤い制服の少女がいた。
「……赤いのだ!」
「オレがやる。おまえらここを頼むぞ」
赤い制服のリコリスが走る。
光の中を動き、伏せていたナンバーズの頭上を飛び越えていたのだ。
何という瞬発力と胆力。
赤い制服のヤツは桁外れに強いのは知ってる。
追走する3番も通路の奥の闇に消えていく。
「もう死んだ方が良いのかな」
「死ぬなら爆弾が良い。あれは顔も分からないくらいぐちゃぐちゃにしてくれる」
「僕は自分で起爆したいから押すなよ」
俺のこぼした言葉にそこかしこで理想の死を語り始める声がする。
しかし、手は止まらない。
俺らは異常だ。
異常だと、知ってしまった。
恋人が言っていたんだ。
普通、俺くらいの歳のヤツは学校に通ったりしてたり、誰かと笑い合ったりするのが当たり前なのだと。普通なんて人それぞれだけど、誰かに人生そのものを縛られるなんて可怪しいし、死ぬのが怖いのは誰もが同じだって。
思い至った……俺は普通じゃないのか?
「思いの外、素早かったな」
後ろから返り血に濡れた3番が戻る。
その片手に討ち取った赤い制服のリコリスの首を携えていた。
駄目だ、これは、もう……。
リコリスの首を3番が敵側へと転がす。
向こう側で息を呑む声など明らかに騒めき立つ。
「赤い制服は厄介だが、その分殺せば相手の動揺が誘える」
「…………」
「所詮は俺らと同じガキだし、俺らと違って仲間の死を悼む質らしいしな」
俺は見てられず、顔を手で覆った。
わかってる。
目を背ける資格なんて無い。
今までは、俺も自分は違うなんて顔をしながら同じ事をしていたんだ。恋人に指摘されるまで、その生活を見るまで全く違和感も感じなかった。
戦わないと何も得られない。
そう教え込まれた俺たちが長く気づけなかった常識という物だ。
「気をつけろ、3番」
「あ?」
「電波塔で活躍したバケモノは、アンタが殺したヤツの比じゃないそうだ」
「そうか……ソイツなら、殺してくれるのか?」
「かもな」
「そういうのに殺られる方が箔が付くよな」
ナンバーズたちが自嘲気味に笑う。
駄目だ、コイツら何とかしないと。
3番がふと銃を構えたまま止まっているリコリス達の方を見る。その中から啜り泣く声も聞こえ、彼の目が懐かしむように視線を柔らかくした。
「仲間の死で泣けるのか」
全員がその一言に苦笑する。
同時に、無線機に通信が入った。
『子供たち。みんな脱出できたみたいだ……帰ろう』
その声に、全員が動きを止める。
さっきまでの苦い笑顔も、広がりつつあった感情の波の一切が消えて、即座に撤退を始めた。
俺の体もそれに従って動く。
ああ、本当に………クソっ。
千束side
『地下はリコリスが侵攻中、おまえは13番を制圧しろ』
「私って要るの?」
『おまえのようなリコリスでなければならない相手だ』
「生かして捕えたいってこと?」
『油断はするな』
先生に言われて仕方なく参加したけど……これはひどい。
去年の電波塔の時に近い状況だ。
私は血臭の濃い通路を走っていく。
吐きたくなる感覚を理性で抑えて、DAの通信に従いながら敵影を探した。目標は私より少し年上の男の子だとか言ってたけど……。
前方の角の先で悲鳴が上がる。
私はそちらへ向かい、壁に隠れつつ音のする通路を覗いた。
外側の壁一面がガラス窓となって、夜の街を見られるようになっている。
本来なら静かで眺めのいいところ……そこで地獄絵図が繰り広げられている。
「ぃ、いやぁッ!!」
銃を構えたリコリスの肩に投擲された手斧が突き立つ。
し、消防斧……!?
かなり深く突き立っているようで、セカンドの紺の制服の肩部が黒く染まっていく。
怯んだ隙に、投げた本人であろう少年が懐に入り込んで首を掴むとリコリスを地面に引き倒し、革靴で頭蓋を………踏み、潰した。
そのまま止まる事無く、潰れて顔の無い死体を投げ飛ばし、受け止めた別のリコリスごと壁に突き足で叩きつける。
多分、あれは心臓ごと胸骨をやられた……即死だ。
とんでもないヤツだと思った。
映画で見るような豪快なアクション。
ただ、現実離れしていながら人を殺す手際だけは流れるようで無駄が無い。
次々とリコリスが屠られていく。
素手で、斧で通路に紅を咲かせる。
私たちリコリスだってかなりの訓練を積んでいるのだから、多勢に無勢ならどんな相手だって確実に処理できるはずなのだ。
それに相手とは決定的な差がある。
体は装備無しでほぼ無防備だ。
ましてや銃火器で武装したリコリスにとって、手斧一本で暴れる敵など恐れるに足りない。
……その常識が、一切通じていない。
今も一人の首を斧で叩き斬ろうとする。
だが、斧の刃で止まって完全な切断に至らない。止まる手元、抜けない武器……その悪条件を見過ごさず二人のリコリスが射線を彼の急所に向ける。
今度こそ終わった。
しかも、リコリスは彼の背後を取っている。
「え」
リコリスの一人が戸惑いの声を上げた。
少年が消防斧が首に突き立ったままの死体の襟を片手で掴むと、まるでカバンのように背負う。
ぴたり、と引き金を引く指が止まる。
仕留めた敵を平然と肉壁として転用する……尋常な環境で育てば、決して思い浮かばない発想だが、そういった手合を普段から相手にするリコリスでさえも仲間を盾にされたなら一瞬でも動揺を禁じ得なかった。
少年がその動揺を目敏く看取する。
死体から手を放し、一人へと蹴りつけた。
あまりの威力に、死体を受け止めたリコリスが後方の床を転がる。
「この、悪魔が」
もう一方のリコリスが再び引き金に絡めた指を動かす。
だが、もう既に遅い。
銃身を蹴り上げられ、発砲した弾丸が天井を穿つ。
失敗を悟り、瞬時に射撃体勢を修正しようとするセカンドリコリスの頭が大きな掌に捕まった。
視界が手で塞がれている。
それでもリコリスが至近距離で仕留めようと銃を掲げるが、頭と同じように銃身も掴まれて動けない。
「ふん!!」
少年は、そのリコリスの頭をガラス窓に全力で叩きつけた。
防弾性を備えた強化ガラス材は硬い。
強度で負けたリコリスの頭部だけが拉げて、表面に鮮やかな赤いペンキが弾けた。
見ている私の胸中に……絶望が湧く。
こんなの、本当に人間の戦い?
「……白い髪?」
少年がこちらに振り返る。
私を見るなり目を見開いていた。
一歩ずつ、ゆっくり歩き出す。……床を踏みしめる音は、大量に血を含んでいるせいで私と足音が違う。
死体から消防斧を引き抜いて少年が構える。
全身傷だらけで、幾つか体に食い込んだままの銃弾もあった。
まさか……素の身で銃が効かない?
「21番……じゃない、リコリスか」
「逃げて」
私は仲間の死体で固まっていたリコリスに声をかける。
彼女ははっとすると、恐怖に染まった相貌で何度も頷きながら走り去って行った。
さて、と………。
「こんばんは。ちょっと話さない?」
「話す事なんて無い」
私の挨拶を無視して少年は走り出した。
その途中、死体を蹴り上げて私へと飛ばす。
ッ、酷すぎる。
その行為に面食らいながらも、私は低い前傾姿勢で走り出して飛んで来る死体を潜り抜ける。
その先で少年が斧を振りかぶっていた。
遅いよ!
私は斧を振り掲げる少年の肘と脇の近くを四発撃つ。赤い粉塵が咲き乱れ、銃撃を受けた相手の右半身が後ろへと揺れる。
その間に左を通り抜け、彼の耳の後ろ――三半規管が集中する場所を二発当てた。
「ッ!」
リロードを済ませつつ、私は少年の死角に立つ。
……嘘でしょ、この人。
普通ならもう失神してるくらいのベストショットだったのに、少し揺らいだ程度で倒れる様子が無い。消防斧を逆手持ちに変えながら、私の方へと身を翻してまた突っ込んで来る。
「私と相性悪くない!?」
リコリスの死体から拾った銃で少年が私を撃つ。
射撃の腕は、良いみたいだ。
実際に私が避けやすいからそれだけで分かる。
ずっと無表情だった彼の顔に、微かな驚愕が滲んだ。
「…………?」
「貴方は当たっても平気なんだね。痛くないの?」
彼は手元の銃に視線を落とす。
どうやら、本当に不思議に思ってるみたいだ。
私が話しかけるけど無視してる。……ぶ、無愛想なヤツめ。
「銃じゃ殺せない?」
「ふふん、凄いだろ!」
「………目か」
「え゛」
少年がリコリスの死体に手を突っ込む。
その手に血をたっぷりと付けると、無造作に私の方へと振った。
血の滴が飛び散り、私は反射的に顔を庇う。
もう私の『強み』を理解したらしい!
目を守る腕で血を受け止め、再びこちらも攻撃を再開しようと顔を上げると鼻先まで消防斧が唸りを上げて接近していた。
斧の一撃を上体を後ろに倒して回避する。
避けきれなった刃先が、襟の部分を裂いて……首からアレが落ちる。
あ、ダメ……!
手を伸ばそうとした瞬間に、脇腹に衝撃を受けて壁に吹き飛んだ。どうやら蹴られたらしく、壁面に叩きつけられた時に振り抜かれた彼の足を見てようやく理解した。
痛い、苦しい。
蹴られた場所が異常に熱を宿している。
骨、折れたかな。
立たなきゃ殺られる。
肘を立てて床から起き上がろうとする私の背中を彼の足が踏み押さえる。
「かはっ」
「目だけか、良いのは。……この状態で撃てば殺せるよな」
「………!」
頭に銃口を押し当てられた。
やべー……こりゃ終わったなぁ。
まだ店を始めて間もないのに………先生にも申し訳ない。
……………?
一向に少年が引き金を引く気配がしない。
少しすると頭に触れている銃から震えが伝わってきた。
「………あれ?」
少年も戸惑った声を上げた。
段々と震えが激しくなっていく。
「おかしい」
「な、に?」
「コイツは……21番と違う、違う、違う」
「…………?」
「似て、ない。似てないから、撃てる……俺なら」
まるで自分に言い聞かせるようだった。
少年は繰り返し、私と何かを重ねる自分の思考を否定する言葉を吐く。
……必死だ、この人。
銃口を押し返すように顔を上げる。
頭上では、無表情なのに手元ばかりが震えて一向に引き金を引けない異様な怯え方をしている少年の哀れな姿があった。
私の髪が彼の中の何かに触れたのだろうか。
私、というより髪を注視している。
「あのさ」
「…………?」
「足退けて」
「今殺す」
「できないくせに」
「やる。やれる」
私が伏せた状態から片手の銃を上に向けて発砲すると、少年の顎に命中した。
今までの頑丈さが嘘だというように、衝撃に煽られて私の上から足が退く。即座に立ち上がって銃を構え、蹈鞴を踏む彼を窓に磔にするように何度も何度も何度も撃った。
暫くして、ようやく動きが止まる。
一歩距離を空けた状態で、私は銃を構えた姿勢で待つ。
少年は意識を失っていない。
ぼーっと床を見下ろしている。足を前に投げ出して全身脱力しているみたいだった。
「もしもーし」
「……」
「おーいおいおいおい」
つんつんと足をつつくと、黒い目がぎょろりと動く。うわ。
「殺らないのか?」
「死にたいの?」
「どうだろう」
「……白い髪に何か思い入れでもあんの?」
「………………最近、殺した友だちが白い髪だった」
「そっか…………いづッ!」
会話中に腹部が軋む痛みを覚えて、私はその場に伏せた。
痛い、痛い、痛い。
さっき蹴られた所が痛み始めた。
確か、バッグの中に鎮痛剤とかあった筈だけど……取り出せる、余裕が無い。
「痛いのか」
「オメーに蹴られたからだよ……!」
「そうか。……良く見たら、オマエかなり幼いな」
「え?なに、今気づくぐらい大人びてたって?」
「減らず口が叩けるくらいに余裕か」
少年が窓辺から立ち上がる。
それから、銃を床に落として消防斧を振り掲げた。
「斧なら震えない。――殺せる」
「ッ………!」
見下ろす少年と視線が合う。
びくり、と斧を持つ手が小さく跳ねた。
それからまた震え出す。
少年は斧を手放し、今度は爪先で私の体を仰向けに転がして首を掴んだ………が、その掌も力が入らないようだ。
「出来なさそーじゃん」
「……駄目か。これだけ殺して、オマエだけ拒絶反応が出るとはな」
「何その違い」
「……一つ訊きたい」
「ごめん。痛くて、喋れなくなってきた……バッグの中の鎮痛剤出して飲ませて」
「………………そのまま死ねって言ったら?」
「訊きたいんじゃないの?」
私が掠れた声で話すと、彼が私からバッグを取り上げる。
中身をあさり始め、錠剤の入った瓶を取り出した。
後の戦闘に支障が出そうだけど、このままだと本当に意識を失いそうになる。
錠剤を取り出して、彼は私の口に含ませた。
「水、要るか?」
「んーん」
何とか飲み込む。
さ、後は効果が出るまで堪えろ……!
「じゃあ、訊くが」
「はい゛、何……?」
「なぜ実弾を使わない?オマエの腕なら、俺を殺せるんじゃないのか?」
「殺しはしたく、ないから」
「殺しを、しない?」
少年は小首を傾げる。
心底から不思議だという顔だ。
「殺さないと生き延びられないぞ」
「人の命を奪ってまで、私は長生きしたくありませーん」
「リコリスだろ」
「リコリスだよ」
「……」
「殺したら、その人が生きる筈だった分の時間も奪っちゃうでしょ」
「他人の時間だろ」
呆れたようなため息が聞こえて私も苦笑する。
そんな反応を、同僚のフキにもされたっけ。
「私ね、心臓の病気だったんだ」
「………」
「でもね、私を救けてくれた救世主さんのお蔭でまだ生きてられる。あの人がくれた時間があるなら、あの人みたいに私も誰かを助けたい」
「助ける?」
「貰った時間だから、私はその中で誰かの人生まで奪いたくないんだ」
「……殺さない道があるのか?」
「あるよ。色んな人に感謝して貰えるし、良いこと尽くし!……失敗も多いけど、でもすごく満足」
少年が私の傍の床に座った。
小声で私の言葉を繰り返し唱えながら、自分の血塗れの手を眺める。
その姿を見て、何となく察した。
殺す以外の選択肢を知らないんだ、この人は。
そういう環境下に置かれていたんだろう。
「誰かを殺さずに生きられるのか」
「うん」
「……いや、俺には無理だな。状況が許さない」
「逃げちゃえばいいじゃん」
「…………は?」
「そこから何処かに」
少年が通路を見渡した。
そこには、彼が築いた惨憺たる死屍の山がある。
「今さら?」
「何事も今さら、なんてないよ。……思いついたらやってみよ」
「……」
「悩んでる時間が勿体無いじゃん!本当なら捕まえて説教と反省タイムを促すとこだけど……私がこんなんだし、やむなし」
鎮痛剤が効いてきて、ようやく笑えるようになった。
私のまだぎこちない笑みに、彼は少しだけ懐かしい物を見たように目を細めた。
なんだ、表情筋まだ生きてんじゃん。
「似てるんだな、きっと」
「んぇ?」
少年が床から何か拾い上げて、私の胸元に置いた。
それは、さっき落としたチャームだ。
「俺と同じなのに、こんなにも違うんだな」
何が同じなんだろう。
生憎と私は銃弾を避けれるけど、受けても平然としてるヤツと同じって言われるのは心外だ。そういうのは漫画の中だけでやってろっての。
あーあ、先生特製の弾が効かなかったの悔しい。
私が心の中で悪態をついていると、隣で少年はよろよろと立ち上がる。
それから、消防斧を片手に持った。
「……もし逃げたら、オマエが責任に問われるぞ」
「この状態じゃ、どっちみち追えないって」
「……そうか」
私は視線だけ彼に向けた。
「やりたい事、最優先……だったか21番」
「え?」
「その腹の謝罪は、いつかする……きっと」
「ホントか〜?」
「考えとく。殺す以外の道が選べたら」
少年が通路を歩いていく。
角を曲がる前に一度だけ私の方へ振り向いて、すぐに姿を消してしまった。
何だったんだ、アイツ。
敵ながらおかしなヤツだった。
それにしても……死ぬかと思った〜。
でも、次に会う時が楽しみな気もする。
謝罪というのなら、たっぷり熨斗つけて返して貰わないとね!
数時間後、作戦は実質的にDAの敗北で終わった。
敵の主要人物を取り逃し、主要戦力も十分に削れなかった。
中でも、13番と呼ばれる私と戦ったあの少年だけは仕留めておきたかったらしい……行方不明とのことで、楠木さんにたっぷり嫌味言われちゃった。
てへ。
千束√
テンが会社の情報を売る→完璧な襲撃作戦の立案、クソ上司死亡、ナンバーズほとんど全滅。
天然人誑し
たきな√
テンが自分で会社を離反→クソ上司生存、ナンバーズや会社健在、千束√より戦闘力高め
ちょいチャラい天然人誑し