喫茶リコリコで看板娘の奴隷やってます   作:布団は友達

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五話「きっと恋人はできない」

 

 

 

 

 

 

 13番side

 

 

 

 

 会社を出て、五年が過ぎた。

 十九歳の春である。

 

「恋人、欲しい」

 

 俺は運転席で項垂れていた。

 会社から解放された影響が一番大きい。

 抑圧されていた物が溢れると、一つずつ解消して自分を整理するのに時間を要する。この二年で処理できたのは、概ね些末な事ばかりだった。

 

 例えば、ケーキを食べたいとか。

 他にもカレーとかハンバーグも食べた。

 兵士として食事制限が付けられていた俺は、21番によく外へ連れ出されても、貪欲な彼女とは違ってそんな物に見向きもしなかった。

 だから興味本位に食べて、ハマった。

 次は遊園地や水族館にも行ったな。

 物を見て、愉しむ。

 娯楽なんてさほど触れなかったからどれも新鮮だった。21番に勧められた本だって、文字を目で追うだけの作業だったし。

 いざ感想を訊かれると何も言えなかった。

 後は、やっぱりゲームだ。

 現代における娯楽の最たる例だろう。

 人付き合いが楽しいのは、この探偵業で他人と接する内に覚えた。クルミや他のプレイヤーとの交流だって今は楽しい。

 

 だが、人間は欲深い生き物だ。

 今が満たされれば、もっと充たそうとする。

 ある程度を解消できた俺には、次のステップが待ち構えていた。

 それが……。

 

「性欲、ですか?」

「身も蓋もない言い方するなよ、助手クン」

「……たしかに、社長も良い歳ですしね」

「人を老けたみたいな言い方するな、豆子」

 

 隣の助手こと豆子は言い方に憚りが無い。

 ただ、あながち間違いではなかった。

 いや、誰かとエッチがしたいんじゃない。

 ただ、街を歩いていると同年代の少年少女が手を繋いで歩いて、少し人目を避けた場所でキスしていて、一緒に楽しい時間を共有しているのを見かける。

 

 そういうの……何か、そう……ズリィイッッッ!!

 

 俺もデートしたい!

 異性とイチャコラしたい!

 間違いなく、俺にも思春期が到来している!……してるのか?

 

「――て、女の子の前でする話じゃないな」

「私は大丈夫です、社長!」

「えぇ?」

「私が社長と添い遂げます!」

「いや、豆子は俺にとっての妹だ。オマエが幸せになるのを見届ける役目があるから」

「むー」

「むー、じゃありません」

 

 頬を膨らませる豆子の頭を撫でる。

 そうだな、もう俺は独りじゃないんだ。

 保護して二年間も経つが、豆子に怪しい動きは無い。俺の為に尽くし、よく働いてくれる。

 保護した身として、この子の将来も考えなければならないのだ。

 

「豆子、勉強の方はどうだ?」

「はい!バッチリです!」

「そっか」

 

 戸籍上では俺が保護者。

 偽造した俺の戸籍は成人済み、豆子を一応は保護できる立場にある。

 俺はいつ死ぬか分からない。

 常に狙われる立場にあるからだ。

 だが、番号も振られていないような有象無象の扱いなので会社どころか敵対勢力も重要視していないだろうし、いずれは姿を晦ませて一般人と同じ生活ができる。

 今はそのための下準備だ。

 既に豆子は中学校修了過程のテストに合格している。将来性を見込めば高校認定も受けさせたいが、本人の意思もあるのでそれは追々だな。

 

「社長」

「んー?」

「将来、会社を大きくして一流企業にしてやりましょう!」

「そういう展望無いんだけどなァ」

「えー!?」

「それに、会社が大きくなれば注目度も集まって……クソ上司とかに目をつけられる。そしたら豆子だって危ないんだからな」

「でもぉ」

「俺は良いけど、豆子にまで危害が及ぶなら却下です」

 

 俺が忠告すると、何故か豆子が頬を赤く染めてはにかむ。

 え、何で?

 割とシリアスな話をしていたんだけどな。

 普通なら青褪めたりする筈だ。

 危機感の欠如、か……これは俺が本格的に情操教育を施していくしかないのか?人でなしの俺が?

 それなら、尚更俺よりも常識的な人がした方がいい。

 同じ人として、可能なら異性……………。

 

「やべ、考える程に恋人に重要性が増えてく」

「社長、好みのタイプとかあります?」

「…………」

 

 好み、か。

 いの一番に浮かぶのは、21番だった。

 自分の欲求に忠実で、眩しい存在だった。

 もう………死んでしまったが。

 それに、あれは恋愛感情というより憧れだ。何より、彼女を俺自身に縛り付ける事自体を俺が嫌になってしまうだろう。

 お互い好きなように生きる、それがベストな付き合い方だ。

 だから21番は違う。

 なら他の、タイプ……タイプ、か。

 そこまで考えて、次に浮かんだのが……。

 

「白髪の女の子?」

「え、それは中々厳しい条件……」

「逆に豆子は?」

「社長みたいな人です!」

「う゛っ、刷り込みみたいな感じがして逆に罪悪感…………!」

 

 ま、眩しい。

 豆子の曇りなき笑顔が心に痛い。

 ……しかし、恋人ねえ。

 俺の周囲に可愛い子は沢山いるけど、みんな曰く付き……というか大体がリコリスだ。

 そういえば、たきなも少し大きくなったよな。

 あの頃に比べて背丈も大きくなって、最近は髪も伸ばし始めたそうだ。

 ありゃ可愛いよ。

 前に。

 

 ――たきなの髪って綺麗だよな。

 ――急に何ですか、気味が悪いです。

 ――たきなってば動きやすいからって短めにしてるよな?今も充分イケてるけどさ。

 ――長いと作戦の邪魔になります。

 ――勿体ない。俺は可愛いと思うんだけどなー……。

 

 という会話があったからなのか。

 たきなが髪を伸ばすようになった。

 何ていうか、可愛いって褒められた途端に伸ばし始める素直なところが……どんだけ単純なんだ、って思う。

 きっと、そういう方面で褒められ慣れてないんだろう。

 今や俺の中でたきなの認識は『ちょっと毒舌なツンデレ妹』だ。

 からかいたくなる、意地の悪いことに。

 しかも、この前はツーショット写真も撮った。

 

 ――たきな、一緒に撮ろうぜ。

 ――リコリスの痕跡を残すのは……。

 ――たきなとの思い出が欲しい!これ以上の理由があると思うか!?

 ――…………一枚なら。

 

 この写真を見て、ついニヤけちまう。

 あ、でもこの前はフォルダ内を見られた時に女の人とのツーショットが多いってゴミを見る目されたよな。あれは心に響いたなぁ……みんな友だちなのに。

 あんだけいて、恋人なの一人もいないし!!

 

「ま、今は仕事一筋でいいか」

「良いんです?」

「良かないけど……俺や豆子が普通の生活するには、働かなきゃな」

「………」

「好きな人と幸せな家庭を築くなり、就きたい職業に就くなり……難しくはあるけど、俺は豆子がそうやって幸せになるまでは支えたいんだよ」

 

 俺がそう言うと、豆子が押し黙った。

 ただ、じっと無垢な瞳で見つめてくる。

 ……何かくさいセリフだったな。

 顔が熱くなってきて前を見ることにした。駐車場を出て、街へと向かう。

 

 

 さてさて、今日も働きますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たきなside

 

 

 

 

「絶ッ対、たきなは将来美人になる!」

 

 ファミレスで彼が食事中にそう言った。

 行儀が悪いので静かに食べて欲しい。

 確かに、ファミリーレストランの名の通り家族や友人同士で来て楽しく会話しながら食べているけど、私――井ノ上たきなと彼はそんな関係ではない。

 単なる仕事の協力関係だ。

 それと、DAから出る食事以外は不必要な物が多く後のリコリスとしての活動に支障が出そうだからあまり食べたいとも思わないのに。

 

 どうして、来てしまうんだろう。

 

「私が美人だと貴方に何か良い事でも?」

「そりゃあるさ!自慢できる!」

「自慢……?」

「俺の知り合いには、こんな美人がいるんだって言えるんだぜ?紹介したら誰だってイチコロよ」

「それで貴方に何が還元されるんですか」

「分かって無いなー!」

 

 くくく、と彼は笑う。

 本当に私が知らないことなのだろうか。

 普段から不真面目で他人を苛立たせるところがあるけど、時折だが誰もが見落としている真理を言い当てた。盲目的な人間には正鵠を射た発言で正気に戻すような時がある。

 もしかして、今回もその通りなのか。

 変な期待もあって、思わず耳を傾けてしまう。

 

「誇らしいだろ」

「……」

「美人と知り合い、それだけで人生豊かになるのが男って下らない生き物なんだよ」

「獣ですね」

「コラ。折角そういう表現を避けたのに言っちゃダメだろ」

「正確に伝達して下さい」

 

 そうやって。

 そうやって。

 額面通りに受け取れば、彼は美人の知り合いを沢山作って不思議な幸福に浸っている。

 それで人生を豊かにしているのだろう。

 どうして何人も作る必要があるのか。

 幸福なら一人いれば充分。

 

 ……将来、彼が言う通りになれば私ひとりで充実するのだろうか。

 

「つまり、将来は私一人で幸福になれると」

「確かにそうだが、人間欲深いからなぁ」

「浅ましい」

「堅い!もっと適度に力抜かないと仕事も上手くいかないぞ、ファースト昇進も遠くなる」

 

 適度に力を抜く?

 それは殴打や足運び、体捌きに関連したものか。

 

「人間関係だよ」

「……?」

「社会的な昇進ってのは、一番は貢献度だ。利益を上げるってのが最もだけど、人間は集団生活しなきゃ生きてけないのが太古からの慣わし。独力じゃ限界が来るから、他と円滑に連携できる力も求められる。他の人の発揮できる効果も上げる事で貢献度ってのは上がるのさ」

 

 そういうものなのだろうか?

 リコリスに関しては、単純な実力性と思われる。

 いや、ファーストは単体の実力もそうだけど作戦行動における統率力も求められていた気がする。

 

「つまり、上手く人を使えるようになれと」

「いやー、そうなんだけど……」

「……?」

「真面目すぎると周囲が疲れて置き去りにしてしまうって話。……ま、たきなにもいずれ分かる」

「逆に貴方はもっと普段から力を入れて物事に取り組むべきでは?」

「ぐはっ!」

 

 彼が胸を押さえて苦しむ。

 一々リアクションが大袈裟だ。

 真面目にしろという私の言葉を彼も理解できていないんじゃないか。それなら、上から目線で物を語るのはやめてほしい。

 

「それだから女性関係も――」

「説教は懲り懲り!」

「美人なら誰でも良いんですね」

「そんな事は無い……俺のタイプは白髪の女の子だからな」

「白髪?」

「ん……まあ、思い出もあるし」

 

 私は……黒髪だ。

 人の事を美人だの持て囃しておきながら。

 

「そんなヤツ滅多にいないケドね」

「………」

「ど、どした?怖い顔して」

 

 彼がオロオロと動揺している。

 人の顔を怖いとは、また失礼だ。

 

「そんなに俺が節操無いって怒るなら、将来たきながとびきりの美人になって他に目がいかないようにしてくれよ。――なんてな」

「貴方に注目されても嫌です」

「うぐ、ストレート……!」

 

 逆に、真剣に取り組んだ時はどうなのだろう。

 何度もリコリスを撃退しているのは誑すだけでは駄目だろう。実力が無いと容易には躱せない。

 

「貴方って強いんですか?」

「いやいや。体が頑丈なだけだって」

「はあ」

「知り合いにはとんでも無いのもいるよ。9番って……渾名のヤツは狙撃の腕が半端ないし、昔は1番なんてバケモノがいたらしいし。それに比べたらな」

「……」

「あ、でもたきなにはまだ勝てるくらい強いかもな〜?」

 

 それからも、彼との下らない会話が続く。

 適度に力を抜く、というのは理解できない。

 仕事は常に全力で、真剣に取り組むべきだ。

 

 

 ……けど、彼といる時は呆れて力が抜けていたような気がする。

 

 

 

 

 今日の標的は一人。

 情報屋の女だった。

 彼女の中の情報に価値は無いので、殺せとの指令だ。

 

 とうとう空き家に追い詰めた私は、目の前で怯えている女に銃口を向ける。

 引き金を引く――その途中で、私は気付いた。

 

 この女は確か……以前、あの人の右頬にキスをしていた女だ。

 ……確かに、この女も美人と呼ばれる部類か。

 恐怖に歪んだせいで台無しだが、美人好きの彼がキスされて喜ぶというのも分からなくもない。

 そう。

 他にもいるから、目移りする。

 真剣に人を見ない。

 私を見ない。

 

「要らないんです」

 

 撃った。

 女の頭が後ろに弾けて倒れる。

 任務完了。

 ……いつもやっている事なのに、今日だけは何故か手応えが妙に残る。少し震えて、安堵が心の底から湧き上がる。

 

 彼が不真面目なのも、一つに集中しないからだ。

 美人の知り合いが多くてもロクなことがない。

 彼はDA協力者として真剣でなければいけないのだから……私に注目すれば、良いのだ。

 管理する。

 他に余分な物は要らない。

 

 

 

 

 

「……何か良い事でもあった?」

 

 翌月、彼は私の顔を見てそう言った。

 対照的に彼の表情は明るくない。

 

「貴方は落ち込んでますね」

「まあね。知り合いにいた美人さんが拠点移したらしいんだよ……まさかDA関連とか?」

「知りません」

 

 私は惚ける。

 他は要らないし、消えた物はもう見なくていい。

 隣の私を見て下さい。

 それだけで充分でしょう。

 

 

 

 この時、私はまだ敵の存在を察知できていなかった。

 いや、現時点では敵ではない。

 将来、対立する……というだけ。

 だから、今気づけなくても仕方ないのだ。

 

 

 

 

 私たちの動きを追うカメラと、一つの視線に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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