東京に来て一年が経った。
拠点を移しはしたが、仕事は上手くいっている。
かなり苦労もしたし、二人の社員を養うというプレッシャーもあって一時期は人に見せられない顔で働いていたが、この激動の日々を生き抜けたのは偏にリコリコがあってこそだと思う。
特に、看板娘ちゃんのパワー!
あの子に癒やされて俺は生きている。
しっかし、マジで大変だったな。
DAからの襲撃はぱったり無くなった。
元から俺に対抗するのがリコリコ看板娘ちゃん――千束ちゃんしかいないというのもある。
俺を目撃しても報告のみで手出しはしない。
しかし、肝心の千束ちゃんと彼のお目付け役である店長ミカさんが俺を見逃している所為で、武力行使にまで至らないのだ。
怪我の功名かな。
支部と分からず入店したのはかなりヤバかったが、現状がそれで良かったと言っている。
問題なのは、会社の元同僚による襲撃だ。
アイツら、容赦なく撃ってくるし。
まあ、9番が加わってから幾分か戦いやすくなった。
豆子は非戦闘員だし、というか怪我させたくないから、やはり一人だとどうしても敵が多勢の場合は不利を強いられる。
今のところ全勝だがな。
でも疲れる事には変わりない!
――というわけで。
仕事徹夜明け且つ襲撃を凌いだ俺は、少し睡眠を摂ってからリコリコに顔を出していた。
甘味が好きな豆子も連れている。
9番は……デートだあの野郎!!!!
今度、その恋人の前に服ひん剥いて下着と靴下だけという無惨な姿晒してやる!
「今日もお疲れのようだね!」
「頑張ったよぉ……」
カウンター席で俺は突っ伏している。
隣の席に座る豆子が、優しい手付きで背中を撫でてくれた。
やめろ、吐き出しそうになるだろ。
迷惑な顧客への不満とか、休日をぶっ潰すナンバーズや刺客とか、街を歩いていたらたきなに遭遇するんじゃないかっていうドギマギとか。
もう、僕は疲れたよ……。
「今回は長かったねぇ」
「一月ぶりだしね。あ、アレ頼んで良い?」
「ゴメンっ!実はそれ、先月で終わったの」
「嘘〜ン!?あれ好きだったのにィ」
申し訳無さそうな千束ちゃんに、俺は苦笑した。
これがリコリスって嘘みたいな話だよな。
俺だって未だに信じられないよ。
でも、二ヶ月前にリコリコの仕事を手伝う機会があったが……やはりこの子の実力は凄まじい。少なくとも、ナンバーズと同等以上に動ける。
俺も油断しているとマジで狩られるな。
何で昔勝てたんだっけ。
「その替わりに、今月から始まるスペシャルなスイーツをご馳走しちゃうぜ!」
「おお!」
「それと千束スマイル!」
「いつも有り難うございます」
一層眩しく弾ける千束ちゃんの笑顔に、俺は合掌して恭しく頭を下げた。
コレぞ生きる糧。
隣では豆子が頬を膨らませている。
安心しろ、この前オマエが給料で買ったというオルゴールだが、寝る前に毎日聴いて泣き笑いしながら床に就いているくらいビッグプレゼントだ。
しかし、アレだな。
生きる喜びが千束ちゃんと豆子って……幸せな人生だな。
会社にいた頃からすれば想像も付かない。
あの頃は波のない人生だった。
ハッキリとした絶望も無く、毎日じわじわと滲みるように感じる苦痛に蓋をすれば、機械的な日々である。
でも、今は真逆の日常を送っていた。
何故か苦労も充実ぶりを感じるスパイスになるし、自分の仕事で誰かが笑顔になり、実際に感謝の言葉を返してくれる時の幸福感は、きっと昔の環境下では決して得られなかった貴い物だ。
そして――俺を慕ってくれる豆子、支えてくれる9番、笑顔で癒やしてくれる千束ちゃんやリコリコ。
これらが俺を支えている。
ああ、良いな。
きっといつまでも続かないのだとしても、いつまでも浸っていたい。
千束ちゃんの言う新メニューを食べながら、俺はこの日々を味わパフェ甘ェェェ…………!
「あ、そうだ」
「ん?」
「聞いてよ13番さん。実は、先月から新人がリコリコに入ったんだよ!」
「へー、可愛い子?」
「おや、余所見かな〜?」
「そんなまさかっ!俺は千束ちゃん以外に恋なんてできないんだぜ?知ってた?」
「知ってまーす」
にひひ、と笑う千束ちゃん。
しかし、新店員って誰だろう。
可愛い子だったらどうしよう。いやいや、俺には千束ちゃんという激推しがいるんだから目移りなんてそんな―――――。
「――――目移りですか、良いご身分ですね」
………………。
俺は聞き覚えのある冷たい声に固まった。
妙だな、全身に鳥肌が立ったぞ。
リコリコってこんなに寒かったかな、春先はまだ空気も冷たいと言いたいが、もう今月からは決して寒いと言えるような気候ではない。
一体、何が俺を凍てつかせるんだ。
声のした方へと振り返る。
………そこには、青い和装に身を包む井ノ上たきながいた。
絶対零度の冷たい眼差しを俺に注いでいる。
や、やっちまった。
俺が女の子と関わっていると、その全てを不埒だと断ずる少女だ。昔は妹分のように可愛がっていたが、一年半前に悲しくも別れを告げた。
次に会えば殺し合いになる。
そんな悲運を背負って、道が分かれた……筈だった。
俺は彼女を凝視する。
「そうやって、貴方は――」
「たきな。オマエ……ツインテール似合い過ぎか」
「……は?」
たきなが呆けた表情になる。
その冷たい眼差しはいつもの事だ、別にいい。
ただ、俺の見た事のない装い――和装と、いつもきっかり決め込む彼女にしては、やや幼気で遊び心を感じるツインテール仕様は目に鮮やかだった。
俺は思わず立ち上がり、たきなに近付いていく。
「久しぶりだな」
「……ええ、本当に」
「凄いじゃん、たきな。和装似合って……あ、ちょっと身長も伸びたな。先月から入ってたのかよ、惜しいことしたな〜」
「…………」
「…………あれ、本部にいるんじゃないの?」
「今更ですか」
頭を撫でていたらパシンと手で払われた。
相変わらず鋭利な針のような対応ですこと。
「……ここに転属になったんです」
「えっ、もしかしてヘマしたのか」
「違います。誤解があっただけです」
「誤解って……まあ、たきなの優秀さは俺が知ってるからな」
納得してそんな事を言うと、たきなが頬を薄く赤に染めてそっぽを向いた。
また可愛い反応しよってからに。
ついつい頭に伸びてしまいそうな手を自制する。
撫でたらまた軽々しく触れるなと汚物を見るような目で睨まれるだけだ。
しかし、たきなが転属か。
DAの支部が誤解で優秀なリコリスを異動させるのか?
物事を合理的に見て判断するたきなが自身の処遇に納得していない辺りを見るに、恐らく支部への復帰を望んでいる。
たしか、全リコリスの憧れ……だったか。
最後の日も、たきながそう言っていたから本部はそれだけ重要なのだ。
何か裏がありそうだが……DA関連だという以上は首を突っ込みたくない。
彼女の助けになる事は出来なさそうだ。
すまないな、たきな。
改めて俺が席につくと、千束ちゃんがきょとんとした顔で停止していた。
「え、13番さん知り合い?」
「ああ。昔、京都でね」
「私は彼の監視役でした。……今は違いますけど」
たきなが含みのある視線を俺に向ける。
ごめん、何を含んでるかは全然分からない。
「監視役とか冷たい事を言うな。あの時の俺たちは、仲良しな兄妹だった」
「………兄妹?」
「そう!兄だ……嘘ウソうそ冗談だって!だから怒るなよ!?」
たきなに凄い眼光で睨まれた。
以前よりも嫌われているような気がする。
やはり、別れ際にポケットに忍ばせておいた手紙が気に入らなかったからだろう。仕事真面目なたきなからすれば、まんまと相手に隙を突かれた証拠だと受け取ったに違いない。
……読まずに破いたりしてないよね?
あれはあれで、俺の正直な気持ちを綴ったというのに。
千束ちゃんは成る程、と納得した。
京都で俺とたきなは協力者と監視役の関係だった。
数年に亘る交流で少しは仲良くなったと思ったのだが、そこは仕事に手を抜かないたきなは人間関係にも私情を挟まず、あくまで要注意人物として俺を監視していたようだ。
「あ、たきな。手紙読んだ?」
「……ええ」
「あれは全部俺の本音だからな。敵と思われてたとしても、別に嘗めてるとかではなく、本当に一人の人間としてたきなを大切にしてたってだけで――」
「ッ、それ以上喋らないで下さい」
たきなが胸に抱えていたお盆を俺の顔に突きつけブフッ!!
……中々に良い攻撃じゃないか。
この一年半でまた腕を上げたようだな。
ところで、可愛い顔が見えないのでそろそろ離して欲しい。心做しか、顔面にぶつけた後も段々と押し付ける圧力が強くなっている気がする。
「たきなさん?」
「何で、またそうやって……我慢が利かなくなる
……!」
「え゛」
我慢って、まさか日頃から口に出しているのはほんの末端であり、胸裏に溜め込んだ本丸が存在するというのか。
あ、あの超メンタル攻撃の威力ですら氷山の一角なら、たきなの鬱憤が本領を発揮した場合の被害は想像を絶する。
「た、たきなに俺はそんな不快な思いをさせるつもりは無いんだぞ……?ホントに」
「そんな事を言って、また隣に別の女……!」
「べ、別の女って」
言い方が凄すぎて、ちょっと笑う。
まるで嫉妬している正妻みたいな言い方じゃないか。
たきな、この一年半でギャグセンスまで磨いてきたのか。流石はDAの主力が集うとされる東京支部に異動となった優秀なリコリス、成長速度は俺の推し量れる域を超えているらしい。
いつも一月に数回会うだけだが、その度に成長を見てきた俺からすれば、知らないところで彼女が強くなったという事実は少し寂しくもある。
「私は社長の助手です!」
「助手の豆子だ」
「………そうですか。千束さんといい、豆子さんといい、貴方の手は何本あるんですか?」
「そんな浮気男みたいな言い方しなくても……」
俺が悲しんでいると、後ろで含み笑いが聞こえてくる。
カチンときて、肩越しに笑い声の主たちを睨んだ。
「ぬぁにが可笑しいんですかッ……?」
「前からプレイボーイだとは思ってたけど、まさかたきなちゃんまでとか見境無さすぎでしょ」
「やれやれ、署に引っ張ってったら余罪が幾つ出てくるんだか」
「あ、こういうチャラ男のキャラとか今度漫画で出したいかも」
「女の子と話してただけで酷い言われ様!?」
常連さんたちとキャンキャン騒いでいたら、たきなの深呼吸が聞こえてきた。一瞬、呆れすぎて長いため息を何度もしているかと思ったぞ。
「どうした……?」
「いえ。心臓が落ち着いてきたので」
「え、大丈夫?」
「構わないで下さい、貴方の声を聞いてるとすぐ……」
そこから先が言われる事は無かった。
たきなはすぐ別の客に注文を取りに行く。
キビキビと働く後ろ姿を見て思わず笑みが漏れてしまう。
あのたきなが喫茶店員というのは新鮮だ。
やはり、殺し合いというのはあの子に似合わない。
「ぶーっ、私より仲良いのズルい!」
「え、今のどこでそれ感じた?」
千束ちゃんの見当違いな考えに呆れながら、俺はこれからたきなが加わる日常に期待を膨らませた。
殺し合うしか無いと諦めた彼女と、再びこうして和やか?に言葉を交わせる時が与えられた。
しかも、それがこれからも続くというのだから嬉しくないワケが無い。
「たきな、注文良いか?」
「はい」
「たきなのスマイル、一つ!」
「寝言には付き合いません」
うん、相変わらずスーパードライ!!
夜になって、俺は席を立つ。
マジで長居しすぎたな、豆子も先に帰ったし。
でも、米岡さんとのボドゲがつい白熱化してし、すっかり夢中になってしまったのだ。時間を忘れて何かに没頭できる幸福感には誰も抗えない。
でも、やはりクルミの方が手応えあるな。
アイツともこの一年半で幾度も勝負したが、勝てた例が無い。
クソぅ、仕事も大変だがアイツの攻略も何とかしないとな……。
「帰るんですか?」
「ああ。明日は朝から早いし」
店の出口でたきなに呼び止められる。
おや、もしかして見送りだろうか。
いじらしい事をしてくれるじゃないかと変な悦に入りそうになるが、たきなはそういった下心に敏感なのを思い出して自省する。
ただでさえ低い好感度を捨てる訳にはいかない。
いや、そもそも好感度なんてあっただろうか。
「それにしても、また会えたな」
「それが何か?」
「いや、嬉しいって話だよ。銃を向け合う事なく、こうしてたきなと一緒にいられたからさ」
「……貴方がリコリコに見逃されている事は聞きました」
「本部にはチクらないでよ?」
「……管理者の方針が看過である以上、私もそれに従います」
渋々といった様子だ。
割と何か一つでも粗相を起こしたら即座に本部に報告されそうで恐い。
慎もう、色々と。
「じゃあ、たきなとまた会えるわけだ」
「…………そうですね」
「それじゃ、また来るよ」
俺は店から出ようとして――上着の裾を引く弱々しい抵抗力に、足を止めた。
振り返ると、躊躇いがちに小さく裾を摘むたきなの手が見える。
………。
「なんだよ〜?まだ居て欲しい?」
「……そんな訳ないでしょ」
「えっ、嘘だぁ」
「…………」
「あ、痛い。服じゃなくて皮の薄い部分抓るのやめて」
割とガチで痛い。
「誂って悪かったよ」
「貴方はそうやってすぐふざける。不真面目だから目移りするんです」
「大丈夫!今は千束ちゃん一筋だから」
「…………」
あれ、たきなの表情が悲しげに……?
た、対応を間違えた!?
どうしようか。
千束ばかりに感けて、もしかして兄貴分の俺に構って貰えないのが悲しいのかもしれない。
「えーと……たきな?」
「……はい」
「店的にアウトなんだろうけど、良かったらデートしような。昔みたいに」
「私はリコリスです。貴方となんてしません」
「じゃあ、してくれるまで根気強く誘う事にするよ。リコリコに来てさ」
たきなの肩を軽く叩いて、彼女から離れる。
俺は店を出て行き、豆子の待つ隠れ家まで向かっていった。
店前にまで出て、いつまでも見送ってくれるたきなに時折振り返って手を振るのも忘れない。
何だ、案外可愛いところがあるじゃないか。
「私が特別って、言ったくせに」
たきな√は千束√より凄惨な物にする予定ですが、具体的にはどれくらいが良い塩梅?
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一匹残らず駆逐するレベルで
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可哀想は可愛いレベルで
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天国の……位置が来るッッ!レベルで
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地下監獄で二万年拘束レベルで