喫茶リコリコで看板娘の奴隷やってます   作:布団は友達

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 狼黒様が執筆している同じリコリコ二次創作の『急募・重い感情に対する対処法』とのコラボです。

 では、どうぞ。



【コラボ企画SS】「急募・重い感情に対する対処法」

 

 

 

 

 

 

「私にも出来ますかね」

 

 リコリコを閉めた後にたきなが呟く。

 座敷席でコーヒーを飲んでいた俺は手を止めた。

 今は俺とたきなしかいない状況だし、独り言にしては相手に投げかける語調と声の大きさから、無視して良い物ではないと分かる。

 出来るって、何が?

 

「何かやりたい事があるの?」

「弾丸を避ける」

「いや無理無理無理無理」

 

 俺は全力で手を振って否定した。

 あんな芸当が他にも出来たら世を呪う。

 理不尽アサルト大魔王チサトちゃんだから出来ると納得しているから平常心を保っていられるが、習得可能な技術として裏社会に伝播していたら世界は崩壊している。

 逆に弾を受けるしか能の無い俺が不利だ。

 

 でも……良いかもな。

 

 可愛いたきなに怪我はして欲しくない。

 その尊顔に傷跡なんて似合わない。

 

「急にどうした?」

「いえ、ファーストとセカンドの違いについて考えていたんです」

「やっぱり、昇進したい?」

「それは、リコリス皆の夢ですから」

「そうか」

 

 確かにそうかもしれない。

 ファーストになるのはリコリスの目標だ。

 支部のリコリスのトップを担うも同義であり、作戦遂行における最重要戦力である。

 そもそも数自体が少ない。

 俺も千束以外に知り合いで少しだけだ。

 みんないい子なんだよな、個性強いけど。

 

「たきなは充分優秀だぞ」

「…………」

「それに、ファーストだろうと対応できない千束レベルのバケモノは世にごまんといる」

「そうでしょうか」

「俺も海外で何人かに会った事あるよ」

「海外?」

 

 たきながきょとんとした顔で振り返る。

 カメラ!!

 カメラは何処だ!

 なぜ俺は今コーヒーなんて手にしてるんだ!

 

「国外に出た経験があるんですか?」

「昔勤めてた会社の仕事で、戦争とかに駆り出された事あって」

「はあ」

「そこで何人か千束レベルはいたよ」

「弾を避けるとか?」

「いや。瓦礫持ち上げて振り回す人間離れした怪力のゴリラとか、目が見えてないのに走り回りながら精密射撃できるコウモリやら」

「動物園……?」

「まあ、そんな感じ」

 

 俺は日頃から日本が平和すぎると感じている。

 それは過去の経験から来ていた。

 八歳から十二歳までの間、よく頻繁に国外の戦争にクソ上司の指令で仲間と共に赴いた時がある。リコリスが未然に事件を防いでしまう以上、訓練になる修羅場が少ないとあって国の外はうってつけなのだ。

 その結果、何度も死にかけた。

 俺の体の傷も大体がソイツらの所為だ。

 世界にはとんでもないヤツらがいる。

 日本は平和すぎる。

 そういう偏見が出来上がった。

 

 だからこそ、千束には驚かされた。

 

 弾丸を避けるなんて、見た事が無い。

 爆弾で片足失いながら突っ込んで来る兵士の気迫も恐ろしかったが、アレは明らかに別物だ。

 本能が戦ってはならないと言っていた。

 今だって怖いもん!!!!

 

「一番危険だと感じたのは?」

「千束」

「それ以外で」

「えー……あ、仕事中に『吸血鬼の怪談』と遭遇した時は流石にビビったかな」

「吸血鬼……天さんも映画の観過ぎですよ」

「な!?映画で見るレベルのヤツ」

 

 裏の業界では有名な代物だ。

 怪談――『吸血鬼』。

 撃っても死なず、対峙したら必ず殺される。一部には血を吸われた者がいるとか何とかで、明らかに人の手による物とは信じ難い痕跡を残す。

 そんなワケで日本には吸血鬼がいる、といつしか騒がれるようになった。

 

「どんな相手でした?」

「これは海外じゃなくて日本で……たしか電波塔事件の少し前だな」

 

 いや、マジもんだよ?

 俺も映画でしか既視感を覚えたことのない人外。

 

 ソイツがいたのは、暗殺対象の家だった。

 大きな一軒家は閉め切られていて、暗い屋内を歩いていく内に一人、また一人と消えていく。

 ふと気配を覚えて後ろを振り返ったら、天井から逆さに吊られた仲間と、それを同じように上下逆転したまま後ろから抱きしめる敵の姿。

 今思うと小便をチビるところでした。

 本気で。

 

 その正体は少女だった。

 闇よりも暗い黒髪に小柄な体躯、壁や天井まで使って縦横無尽に走る身体能力の高さ。赤い瞳に射竦められた瞬間に本能的な恐怖を覚える。

 どれも異常だが、その少女は赤いリコリス制服に身を包んでいた。

 

 孤独な闇の中で必死に逃げ惑った。

 足音もしない、姿も捕捉できない。

 どうやっても無理だから、最後は博打に出た。

 幸いにも相手の銃器は俺が取り上げていたのでマチェットしか使っていなかったから、相手が俺を切りに来た瞬間にその家にあった銀の燭台をカウンターで胸元に突き込んで仕留めた……というかほぼ相討ち。

 筋肉の隙間から刃を差し込むように刺されたので、三日間俺も彼岸をさまよいました。

 

「リコリス……病百合?」

「え、知り合い?」

「いえ、名前だけですが」

「まあ、ともかくだ。あれは今でも怖い」

「よく死にませんでしたね……」

「相手のナイフを筋肉固めて挟んで捕まえたから、刃は臓器には至ってない」

「……聞く限りだと、吸血鬼には見えませんが?」

「いやいや、マジで吸血鬼」

 

 あれは冗談抜きだった。

 オカルトに興味のない俺が初めてUMA関連の実在を信じかけたくらいである。

 目にした者にしか分からない恐怖だ。

 

「戦ってる途中で傷が治ってくんだよ」

「そんな、わけ……」

「ふ……撃たれても向かって来るし、そもそも弾をマチェットで弾くし、暗い部屋の中でライトを点ける度に俺らの位置もバレるし、何より点けた時には仲間の死体、というのばっかりだったから意味無いな、と」

 

 相手は感覚が優れていた。

 そうでなくては俺の位置を正確に捕捉できる理由が見つからない。

 アレとはもう戦いたくない。

 

「千束より怖いのでは」

「どこが?」

「え?」

「ヤツはただの怪物、千束は人の皮を被った悪魔。どっちも変わらないって」

 

 たきなが怪訝な顔をした。

 今の話で理解できないか。

 

 これまで対峙した相手は、銃弾が当たるし殴打によって制圧する事も可能だった。武器の違いや体格は些末な事だ、問題は『攻撃が当たる』事だ。

 ただ、千束はどうだ?

 この九年間……ヤツに攻撃が当たった事が無い!

 暗闇に引きずり込んで戦えばとも思ったが、それだと俺も満足に動けないし、催涙スプレーをとも考えたがその前に千束の射程圏内に入るのでゴム弾の刑に処される。

 うん、アウトだろ。

 勝ち筋が見えないのが最も恐ろしい。

 

「そんなに……」

「他にも千束レベルはいるって事よ」

「………」

「まあ、リコリスも普通の戦場で会ったら普通に怖いぞ。小柄で機敏だし、銃の腕もあるし、都市戦にも長けてるから他の兵卒に比較したら随分と上質」

「私も、その吸血鬼のようにファーストになれますか」

「充分その射撃の腕はバケモノじみてるけどね」

 

 ファーストの基準は厳正だからな。

 幼い頃からそれをクリアしている千束とは異なり、フキや他の子のように、大分苦労しないとなれないのが普通なのだ。

 いや、昇進できる事自体が快挙と呼べる。

 フキのファースト昇進には、俺も泣いた。

 誕生日以外でプレゼントも贈ったしな。

 

「その吸血鬼、まだ生きてるんですか」

「ああ。また会ったしね」

「えっ?」

「DAの任務中で偶然組む事になってさ。美人だったな〜」

「はあ……」

「あれから生き延びてた事にはビックリだったけど」

「は、はあ」

「それからは会ってないんですか?」

「うん。普段も本部に居ないのか見かけないし」

「結局、天さんと吸血鬼のどちらが強いんですかね」

「えー……」

 

 昔は、俺もDAの管理下にあった。

 吸血鬼がリコリスとなれば、争う理由は無いのだが……今は俺も追われる身。

 仮にもし、再び戦う事があれば間違いなくアウトである。

 理由は二つ。

 一つは完璧に戦闘力の問題だ。

 俺のメンタル的に、あの戦闘を二回も行える強さは無い。

 二つ目は千束だ。

 勝っても瀕死の状態になるだろう。いつかのように二度とセーフハウスから出して貰えない苦境に立たされる。

 

 つまり――勝っても負けても、死ぬか生きる死体になるかってだけの話さ!!!!

 

 

 

「もし戦いになったら、その時は逃げるから俺の方が弱い!」

 

 

 

 自信満々で告げたら、たきなに呆れた顔をされた。

 だろうね。

 でも、実際にその通りなんだよ。

 だから会わなければ良いんだよ、会わなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――結論から言おう、フラグだった。

 

 

 

 

 

 まずは自己紹介だ。

 俺――藤宮天は、喫茶リコリコの看板娘の奴隷である。

 この世に二つと無いクソな肩書だ。

 世の大半の男は羨ましがる事だろう。

 日本人離れした白い髪、瑞々しく本人の快活さも相俟って歩く太陽のような美少女こと錦木千束に尽くせるのなら男としてこれ以上ない名誉だと。

 ハイハイ、勘違い勘違い。

 実態がミスをした都度この脳天に低致死性のゴム弾を叩き込んで来る鬼も真っ青な化け物だ。銃弾を避けるという離れ業を為し、真っ向から多勢に無勢、地の利といった全ての好条件すら覆して潰しに来る。

 

 俺は過去、とある警備会社に務めていたがそれが日本の独立治安維持組織ことDA所属の一工作員に転身、しかし今は裏切り者としてひっそりと暮らしている。

 立場は何故か千束の奴隷兼夫、そしてたきなの犬。

 何これ、狂気だな。

 リコリコでもこき使われ、家でもこき使われる。

 最近、俺のネットの検索履歴は『人権』から始まる幾つものワードで埋め尽くされてる……末期だ。

 

 そんなこんなで、奴隷になって早十年。

 

 変わらぬ地獄の日々を送っている。

 

「テン。デートしようか!」

「ああ、いつかな」

「今日しようよ」

「予定がある」

「あ、じゃあ明日っ!」

「ふ……そうだな、本当に明日が来たら考えてみるか」

「何その不穏な感じ。……んーっと、来月の定休日!」

「来年の定休日か。それなら良いかもな」

「……いつなら空いてる?」

「空いてる日に空いてるって言うよ」

 

 キッチンで朝食の片付けをしていた俺に、ソファーで寛ぐ千束から声がかかる。

 定休日くらい休ませて欲しい。

 それに、今日は『アイツ』の様子を見に行かないと。

 

 是が非でも断りたい!――という意志を込め、悉く千束からの誘いを躱す。

 

 顔は見ていないが、空気が冷たくなっていくのは肌で感じていた。

 本来なら今すぐにでも意見を翻すべきだ。

 だが、今日の俺は一味違う。

 今年から入った新人こと井ノ上たきなに、これ以上の醜態は見せまいと心に誓ったのだ。

 

 俺は曲がらない!!

 オマエには負けないぞ、千束!!!!

 

 

 

「……最近のテンってさ、死に急いでるよね?」

「デートでも何処へでもお連れしましょう、御主人様」

 

 

 

 駄目だった。

 思いの外、温度のない声に俺の精神は速やかに屈服した。

 振り返っていないから分からない。

 だが、間違いなく俺に向かって愛銃を構えているに違いない。

 クソが!!!

 DAだか何だか知らねえけどな!あんな中身ウルトラヴァイオレンスな鬼畜ガールに銃の携帯許可なんて出すなよ!

 日本の治安より俺の精神の安寧考えろよ!!

 

「何で地獄漫遊なんて――」

「ん?」

「――デートなんて言い出したんだよ」

「……だってさ、テンは最近暇になるとすぐ何処かに行くじゃん。夜のお誘いだって……およよ」

「そりゃ、何処にも行かないでオマエの近くにいたら理不尽な命令されるし」

「私そんな鬼畜じゃないー!」

「あ……そう」

 

 自覚無いんだ……。

 それは兎も角、今日は本当に外せない用事がある。

 

「テン、最近構ってくれないよねー」

「今日、店で俺の背中を机にして箸と茶菓子置いて小一時間優雅にティータイム開催しやがったヤツの台詞かソレ」

「あれは私を放置した罰」

 

 言っている事が分からないが、俺と生きている世界が違うという事だけは理解した。

 どうやら、千束を放置すると懲罰を受けるらしい。

 世界の摂理って不思議だな。

 

「俺は普通に忙しいの」

「本当に?今はリコリコの仕事以外してないのに。テンは私と一生一緒にいるのが絶対なのに」

「はいはい、そうですね――」

「それにさ」

 

 するり、と胴体に腕が絡みつく。

 いつの間にか後ろに千束が立っていた。

 

 

「最近、テンから甘い匂いがするんだよね」

 

 

 ひゅっ、と喉が絞まる。

 思わず手が止まった。

 

「可怪しいよね。テンには私の匂いしか付いてない筈なのに」

「えっ、俺そんなに千束臭してたの?」

「乙女の香りを加齢臭みたいに言うなや!」

 

 怒られてしまった。

 でも、千束臭なる物は本当だとしたら嫌だ。

 せめて体臭くらい自分でいさせてくれ。……検索、『人権 体臭 自由』と。

 また増えちまった……。

 

「また恋人とかできた?」

「オマエがいるのに浮気するほどクソ野郎じゃありません」

「……出来ても、また心の傷が増えるだけだしね」

「ひっ」

「テンは私のワガママを聞く為だけにいるんだよ。だから、他に現を抜かす事自体が悪くて、間違ってるから」

「……………」

「理解した?」

「ハイ」

 

 よろしい、と千束が笑う。

 

「でも、たきなの匂いじゃないね」

「逆にたきなの匂いしてたら、リコリコが修羅場になるだろ」

「……この前、たきなに誘われてたクセに」

「え゛、何でそれを知って……!?」

「でも、断ってたのは私が忘れられないからかな〜」

 

 ニヤニヤと千束が尋ねる。

 いや、オマエの懸念通りだよ。

 たきなと浮気なんてしたら、リコリコが修羅場になっていよいよ日本全体に居場所がなくなる。

 ただでさえ、DAから姿を隠して暮らしているのに。

 彼女の腕が離れて、俺は手元を再始動させた――前よりも速くッッッ!

 俺は料理を詰めたパックをクーラーボックスに入れるや否や肩紐を掴んで肩に担ぐ。

 

「それじゃ、出掛けてくる」

「…………」

「……心配するな。すぐ帰って来る」

「どれくらい」

 

 頬を膨らませて拗ねている千束が可笑しくて思わず笑う。

 そうだなぁ……。

 

「二時間……二日?いや二月かな。んー、二年。うん、二十年……?いや、二百年。いやいや、二つ来世跨いで――あだッ!!?」

「早く」

「ハイ」

「今日の夜、同じ匂いがしてたら許さないから」

「……イッテキマス」

 

 銃を構えた千束が笑顔で見送ってくれる。――一発の弾と共に。

 被弾したこめかみをさすりながら、俺は家を後にした。

 

 やれやれ。

 外出すら一筋縄ではいかない。

 我が身も随分と凋落した物である。

 本来なら千束の命令は絶対遵守だが、今日ばかりは命令に背いてでも赴かなければならない場所がある。

 

 それは、いずれDAから離反した時に必要だと秘密裏に用意した別のセーフハウス。

 

 俺は扉を開いて、中へと入る。

 追跡する影は無かった。

 実は、このセーフハウスにて匿っている存在がいる。楠木さんから秘匿回線で回ってきた彼女個人の依頼であり、面倒だったが受諾した。

 あの人、俺が日本にいる事を黙秘してくれているが立場的に大丈夫なのだろうか。

 さてさて――。

 

「おーい、飯持ってきたぞ」

「……ありがとう」

 

 俺の声に反応して、居間の方から小柄な影が進み出てくる。

 深い闇色の髪の所為か、前髪を分けられて覗いた額の白さが際立つ。

 青い瞳はいつも物事を茫洋と見ているようで、その眼差しから思考は読み取れない。表情が動かないので、端正な目鼻立ちからも人形かと錯覚することが屡々ある。

 服は俺のお下がりのトレーナーを着ている。

 ただ、やはりサイズが違うのでずり落ちた襟の部分から白い肩が度々露出する。そろそろちゃんとした衣服を用意しないとな。

 

「天は、今まで何してたの?」

「あー、うん。指先から強靭な糸が射出できる蜘蛛男のスーツ着て、少し世界救う戦いに出てた」

「また面白い嘘つくね」

「面白いならせめて笑ってくれよ」

 

 無表情で言われるとかなりキツい。

 

「オマエこそ何してたんだ?――病百合」

「刃物研いでた」

「最悪の回答だな」

「天の為に研いでた」

「余計に不穏当な」

 

 少女――京見病百合がトレーナーの袖から、大振りのマチェットを取り出す。

 何でそんな怪しい所から物騒な物を迫力ある取り出し方するんですか。

 最近の俺の周囲の女の子、可愛さより攻撃力やインパクト重視の子が多いのは俺の気の所為だろうか?

 

「天の料理、楽しみにしてたんだ」

「そうかい」

 

 俺はクーラーボックスを展開し、中身を冷蔵庫へと移し替えていく。

 その間、病百合は黙然と後ろに立っていた。

 背後に立つな。

 

「しっかし、何で楠木さんもコイツの面倒見ろなんて」

「嫌だった?」

「複雑だよ」

「なんで?」

「昔オマエと千束を相手取ってボコられたんだからな」

 

 俺と病百合には面識がある。

 楠木司令に依頼されたのも顔見知りだからだ。

 元ファーストリコリスの京見病百合。

 理由は不明だが、病百合とリリベルの間には尋常ならざる遺恨があるらしく、やや一方的な物ではあるものの、ここ数年襲撃が絶えて無かったとか。

 リコリスとしては極めて異端。

 リリベルに狙われる部分を差し置いても本部が見捨てず運用を続ける程に秀逸した存在として一目置かれているのだ。

 

 俺も、その実力の程は知っている。

 

 九年前に、一度は戦った事があるからだ。

 千束と共に俺を捕獲した存在。

 千束は化け物じみているが、病百合に関しては――ホンモノの化け物だ。

 いつだったか、たきなに話した『吸血鬼』。

 それがコイツ本人である。

 

 ただ、今の彼女はそれさえ記憶していない。

 完全に忘れてしまっている。

 自分の素性さえ喪失してしまった彼女は、体に染み付いた殺人技巧と特殊な体質を除き、今は年頃の女の子となっていた。

 リリベルの襲撃で瀕死の重傷を負い、危険視した楠木司令に回収を命じられて今に至る。

 裏切り者の俺に何故依頼したかと言うと、信用できる人材な上に組織の人間でもないので失ってもリスクが無いからだそうだ。

 舐めてやがる。

 また裏切ってやる。

 

 ……あー、本当にリスクしかない。

 

 まず、俺も巻き添えになる。

 最悪はリコリコだって標的にされかねない。

 いやいや、最も恐れるべき事態というのは――自分の事を放置して病百合という別の女の子の面倒を見ていたと知った千束からの刑罰執行である。

 きっと、机では済まない。

 リコリコの玄関で、愉快で猟奇的なオブジェにされるだろう。

 幸いにも、病百合は俺に敵意がない。

 慎重にこいつを隠していけば、リリベルも来ないし千束にも殺されない。

 無論、吸血鬼と戦うことも。

 けど。

 

「あのさ、病百合」

「ん?」

 

 病百合がすりすりと背中に擦り寄って来る。

 これだ。

 毎度の事、コイツは匂いでも付けてマーキングしているかのようによく触れてくる。これの所為で千束に殺されかけ――あ、匂い付いたら今日は殺されるんだっけ。

 

「コラ、やめなさい」

「何で?天、いい匂いがするのに」

「嗅いでたの?」

 

 そう言うと、一瞬だけ瞳を妖しい赤色に染めて病百合が笑った。

 少しだけ覗いた牙が、吸血鬼のようである。

 

 

 

 

 

「良い匂い」

 

 

 

 

 血の匂い、とか思ってたりするのかな。

 ……フゥ、これ死亡フラグまで立ててないよね?

 マジで死ぬか生きる死体になるかの二択じゃね?

 

「吸わないでね?」

「?何を?それより早く天の料理が食べたいな」

「よし、腹いっぱい食え!」

 

 

 

 この時、俺は失念していた。

 

 追跡の影なんか無くとも、俺の首元で艶を帯びる『首輪』には発信器が付いている事を。

 位置情報はたきなに筒抜けであり、最近リコリコから離れた箇所に通っている事への不審さから、几帳面なあの子が千束に報告しているだろう可能性を。

 

 

 

 

「浮気、ですね」

「ホントだね。じゃあ――――〆よう」

 

 

 

 最初から俺の人生、詰んでたんだってこと。

 この後、病百合の事が露見して彼女は暫しリコリコ勤務になり、俺は三人のティータイム用の机として一月は勤勉に働くのだった。

 あと、リリベル諸君……病百合を狙うのは仕方無いとして、逆恨みから俺も一緒に狙おうとするのはマジでやめようね。

 

 恨むぜ、楠木ェ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




良いお年をォ!!

たきな√は千束√より凄惨な物にする予定ですが、具体的にはどれくらいが良い塩梅?

  • 一匹残らず駆逐するレベルで
  • 可哀想は可愛いレベルで
  • 天国の……位置が来るッッ!レベルで
  • 地下監獄で二万年拘束レベルで
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