というわけで、番外編です。
千束√ハワイ後で、筆に任せたらとんでもない事に。
延空木の事件からリコリコを出奔。
会社の報復やDAの追跡を恐れて国外へと逃れ、数ヶ月を経てより凶悪な集団に捕縛され、現在――俺は日本へと帰国していた。
ハワイに滞在していた日は穏やかだった。
奴らに捕まるまでは、の話だけど。
ここからは、これまでの十年よりも過酷な奴隷としての日々が始まる。
一体、どういう運命の悪戯なのか俺は奴隷に兼ねて他の人物の飼い犬までやっている。
ふっ、ココ笑うとこだぞ?
「た、ただいま〜」
「おかえり」
セーフハウス一号。
俺はスーツケースを傍らに置き、久し振りにこの家の玄関に立っていた。
迎えてくれたのは、美少女の皮を被った悪魔。
陽光のような黄色がかった白髪と麗しい笑顔、天真爛漫な所作は見る者の景色を明るく照らすように思わせる。
きっと、面識が無かったら一目惚れだった。
こんな子と青春をしてみたい、なんて。
………はっ、夢見てみたかったなァァ!!!!
俺ってば、コイツと知り合いなんだよ!
しかも、そんなのが幻想だって知ってるくらいコイツの本性を痛みを伴う日々で味わってきたからな!!
涙なんて涸れたよ。
「まさか、本当に帰る事になるとは」
「ホントにしんどいよね」
「空港でDAに捕捉されたかもって冷や冷やしたな」
俺の立場は今危うい。
日本の秩序と平和を支える為に手段を選ばない裏の独立治安維持組織、通称DAからは裏切り者として指名手配されている。
彼らの目は日本全土に亘る。
本来なら、国外脱出すら不可能に近い話なのだ。
それを奇跡的に成し、折角命を繋いだというのに再び彼らの射程圏内に戻ってきた。
ははっ。
それもこの少女――『ご主人様』こと錦木千束の命令でな。
ホントに俺の命考えてる??
でも、結局は自分の意思で帰って来た。
古巣に馴染んだ体は、新生活よりもこちらを選んでしまう。
ただ、それは望郷とかに類する感情ではない。
そう、病気だ。
ワーカーホリック?ストックホルム症候群?……こういう可愛げも無いどころか真面目に心配されるカテゴリーに該当する悲しい性質。
つまりは、調教されまくった結果だ。
奴隷、万歳!!チクショウが!!
「クルミの工作で、何とか日本に帰れたけど」
「あっ、そっち??」
「そっち、だと?」
空港での俺の懸念はDAの目だった。
ただ、千束は違ったらしい。
まさか、俺が把握していないだけで彼ら以上の脅威が―――?
千束が俺に振り返る。
「私が隣にいるのにさ、キャビンアテンダントの人に鼻の下伸ばした時は何回殺したくなったか」
…………。
赤い瞳が黒く濁っている……人を奴隷扱いするだけあって、やはり人間ではなかったか。
仕方無いだろう。
思いの外、美人だったのだ。
千束やたきなという、可愛いが一歩間違えば容易く命を獲りに来そうな迫力のある女子に囲まれた生活をしていると、どうしてもキャビンアテンダントの優しい笑顔にコロッと行きそうになる。
そう。
俺の所為じゃない!!
要はオマエらが悪いんだよーーーっだ!!!
お、俺は悪くないもんねー!
だが、そんな言い訳が通じる筈もない。
第一、正論すら通じた事もない。
躙り寄って来る千束は、既に人を捨てた獣だ。
これからどんな目に遭うか俺が想像しても、きっとより凄惨な仕打ちをするに違いない。
さ、流石に殺しはしないよね?
命大事に、がモットーでしょ??
「落ち着け、千束」
「んー?」
「キャビンアテンダントも可愛かったが、俺はオマエが一番可愛いと思ってるぞ」
「当たり前でしょ。もし別の人だったらとっくに――っと、いけない、いけない」
言いかけて、はっとした千束が手で口を塞ぐ。
…………え?
別の人だったらとっくに――何?
気になるところで止めるのをやめて欲しいが、何故か本能がその先を知らずに済んで良かったとこれ以上の追及を封じてくる。
は、はは。
これは近い内、『命大事にだけどテンは別だよ?』とか言いそう。
「そ、そう!俺には千束とたきなっていう子がもういるか――」
「たきな?」
「あ」
「ん?」
「え……えっと……」
「んー?」
ぐい、と襟を掴んで引き寄せられる。
さっきから瞬き一つしない赤い瞳に射竦められる。
こ、恐い。
つい条件反射でたきなの名前まで挙げてしまった。
「一番は?」
「ち、千束に決まってるじゃん?」
「……別に競うつもりはないけど、なんでたきなって口から出たのかな?」
競ってるじゃん。
自分だけだって主張してるじゃん。
し、仕方ないだろ。
千束が席を外している時に、たきなが必ずと言っていい程にある事を仕掛けてくるのだ。
『千束が居ない時は、私のターンですよね』
最初は言っている意味が分からなかった。
取り敢えず、何それーって笑って冗談として流そうとしたら指でチョーカーというか首輪を指でつつきながら耳元で同じ事を囁く。
次第にマジだと察して呼吸すら難しくなる。
千束が戻ると、けろりとした顔で何事も無かったように離れていくが、その切り替えの早さが逆に恐ろしい。
そんな事を繰り返されているから、つい口がたきなの名を……。
「た、タイプだから?」
「………正直に話せば助かると思った?」
「逆にどうやったら助かるんだよごめんなさいごめんなさい!!!!!!」
どないせいっちゅうねん!!!!
泣きそうになる俺の襟を放し、千束が先に家の中へ進む。
俺はスーツケースの車輪だけウエットティッシュで拭い、そろそろと家の中を歩いた。
あ、懐かしい。
俺の部屋は、そのままになっている。
元々セーフハウスは、カモフラージュ用に一階部分は何も無い部屋だけで、壁として擬態した扉から下階へと下りる事で千束の生活スペースがある。
十年前、千束にスカウトされてから俺がこの一回部分を使用している……つまり襲撃の時は、真っ先に被害を受けるのが俺の生活スペースというワケだ!!
以前と変わらない家具の配置だ。
しかし……何か妙だな。
所々、見当たらない物がある。
俺がよく使っていた枕、置いていった筈のお気に入りの上着も失くなっている。
何処だ……?
「千束。俺の上着知らない?」
「えっ、あー、うん。い、今洗濯中かなー?」
「ほーん………」
俺が尋ねると、千束が目を泳がせながら答えた。
……………。
隠せてると思ったか、このバカが!!!
「俺の上着、何処にやった?」
「え、えーと……」
俺は荷物を置いて、颯爽と下階へ向かう。
後ろから悲鳴を上げて追い縋る千束を無視し、彼女の部屋を見回した。
居間を見れば、彼女がよく寝床にしているソファーの上にあった。
………あった、んだが……。
見るも無惨な様子に、思わず俺は後退りする。
ぐ、ぐっしょりだ。
何であんなに濡れてるんだよ……。
一部分の色が濃くなるようなシミは、洗濯した後にはどうも見えない。
まさか、俺の上着の上に食事中の水やらスープをぶち撒けた……?
後ろに振り返ると、顔を真っ赤にして視線を逸らしながら何か言いたげな千束がいる。
「アレ……何?」
「な、何だろうなー?千束、ワカンナーイ!」
「……取り敢えず、洗濯し直す――」
「触んなーーー!!!」
「ぷげぇえええええええええッッッ!!!?」
臀部で強烈なハイキックが爆発する。
俺はソファーの上の上着を手に取ろうと前屈みになっていたので、呆気なく上着を通り過ぎて窓辺まで吹き飛んだ。
千束が上着を庇うように抱いて俺を睨んでいた。
「テンが悪いんじゃん!!」
何でだよ??
俺が批難される意味が分からない。
ジンジンと鈍く痛む臀部をさすりながら振り返ると、千束はさっきよりも真っ赤になっている。
「なにが悪いんだよ?」
「だって、片付けがあるからって帰国するなり私たち放置して……二週間も帰って来ないんだよ!?」
「それの何がいけないんでしょうか?」
「寂しいに決まってるじゃん!!」
寂しさと濡れた上着の何処に因果関係が?
会えないからと仕返しに濡らしたとか?
どちらにしろ、正気の沙汰ではない。
帰国後、会社の連中がどんな動きを見せるか探る為に一時的に用意していた沖縄のセーフハウスに隠れていたのだ。……何故か使われた痕跡があったが、後で話を聞けば千束が使っていたらしい。
そして、二週間も襲撃が無かったのでクルミに頼んで帰路もDAの目を避けつつ帰還した。
こうして安心して家に帰れたのも、確認の過程があったからこそなのだ。
しかし……お気に入りの上着が無惨な姿になっているのは、流石に堪えるな……。
「ったく、お気に入りなのに……」
「わ、悪かったですね!?じゃー千束サンが洗濯し直してあげるから!それで良いでしょ、だからこれ以上は何も考えるな!!」
大変お怒りの様子で千束が去っていく。
……………帰国してすぐ、コレか。千束のヤツは最初からエンジン全開だな。
改良型の人工心臓の影響か、元気も倍増かな。
「………ただいま、
ホンっト、可哀想だな俺………。
× × ×
『おかえり、天くん!!』
リコリコ出勤初日。
遅番の俺を迎えたのは、常連客の人たちだった。
わざわざクラッカーなんて店の雰囲気に合わない物まで持ち出して俺を歓迎している。
ふ、悪い気はしないがソレは誰が掃除するんだ??
「ご心配をお掛けしました」
「ホントだよー。天くんが居ない間、たきなちゃんだって気が気でなかったんだよ?」
「そうそう。奥さん悲しませちゃ駄目だぞ」
ははは……喉が乾く。
俺は店内を見回し、漸く帰って来た事を実感…………そんな感傷に浸る間も与えないかのように、奥の方に腰掛ける人物に視線を吸い寄せられた。
机の上に、男が突っ伏している。
隣では、憐れむようにクルミが見詰めていた。
アイツ……まさか……。
「9番、か?」
「よ、よぉ……久し振り、だな……疫病神……」
「ご挨拶だな。オマエこそ枯れ木みたいになってるけど、どうしたんだよ??」
変わり果てた9番の姿は無惨だった。
一体、どんな仕打ちを受ければ人間はこうなる?
困惑する俺の傍へとそそくさ移動したクルミが耳打ちで教えてくれた。
「この店で犯罪者扱いされてたんだよ」
「犯罪者扱い?」
「そ。天の所在を頑なに口にしなかったからな。たきなにはまず侮蔑されたし、千束からはまるで極悪人みたいな扱い受けてさ」
「ひ、ヒデェ……!」
俺は恐る恐る9番へと近づく。
「す、すまん。俺の為にこんな……」
「き、気にするなよ……これからは――――おまえのターンだ」
「へ?」
「諸悪の根源は、貴方ですよ――天さん」
背後から厳しい声がかかった。
振り返ると、たきなが微笑んでいる。
その瞬間、俺の全身に鳥肌が立つ。――た、タスケテ。
よく見れば、歓迎ムードだった店内が静かだ。
何故か、みんながこちらを見ない。
明らかに背を向けて、さも俺を居ない者だというような態度……。
戦慄に震える俺の手を引いて、たきなが店の裏側へと俺を連れて行く。
そして、畳の部屋に正座させられた。
「あの、その」
「天さんには三つ、破ってはならないルールがあります」
「へっ、る、ルール??」
お、俺限定の?
そんな物、前まで無かった筈だ。
「これを破ると、リコリコの経営に差し障ります」
「そんなに!?」
「まず一つ。極力ホールに出てはいけません。
二つ。許可の無い女性客との交流は厳禁です。
三つ。千束と私の命令は絶対」
え?
リコリコの経営に差し障ると言われたが、寧ろルールの内容の方が店員としてあってはならない対応になる気がするのだが。
女性客との交流を禁ずるという項目があるが、そんなに信頼無いのか俺。別にリコリコ店内で浮気とかしないつもりだぞ、というかやったら殺られるので絶対にしない。
……あれ、破ったらどうなるんだ?
「や、破った場合は?」
「気になりますか?」
気になりますか、って。
俺はともかく、彼女らが勘違いでルールに抵触したとして罰せられるという理不尽に遭った時、果たしてどんなペナルティを受けるのか、受けるにしても身構えて覚悟を決める必要がある。
守らせるのなら、しっかり開示すべき情報だ。
そんな風に考えて頷いた俺に。
「これらを破った場合、家から外には出せません」
ひゅっ、と俺の息を呑む声がした。
重すぎるペナルティを開示し、たきなは畳み掛けるように続ける。
「謹慎期間は一週間。奇数回は千束、偶数回は私の所です」
「た、たきなの!?」
「はい」
「き、謹慎っていうか……監禁……」
「どちらでも構いません」
「開き直った……!?」
ぺ、ペナルティが重すぎるとか問題ではない。
千束の監禁は、まあ身が堪える物だが何度か経験しているのである程度の覚悟は出来ている。
奴隷生活十年は伊達ではない。
だが、たきな……たきな!?
たきなは全く予想がつかない。
千束と違う方向性に謎の驀進をしている彼女が、監禁中に俺をどうするのか皆目見当もつかない。
こ、恐い……これは守らないと……。
ん?
でも、その内容を千束は了承しているのだろうか。
たきなによる監禁も、ある意味では浮気と捉えられる可能性がある。
「たきなの監禁は、千束からしても浮気じゃないか?」
「それについては安心して下さい」
「安心???」
「千束が口を噤むネタが幾つかあるので、これで承諾して貰いました」
おい、千束。
オマエ、たきなと最高の相棒関係を築いていたのではなかったのか!?
詰めの甘い千束だから、多少は弱みを握られるというのは納得できるのだが、相棒がソレをやるか!?
いや、人の心配をしている場合ではないよな。
「良いですね――天さん?」
おかえり、
新作アニメーション、期待してる人。
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はい
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いいえ