13番side
俺の最近の楽しみは、喫茶リコリコ。
かなり広く依頼を受注しているだけあって、探偵業だとかなり態度の悪い人間の相手をしたり、時に人の触れてはならない地雷を踏み抜いて本当に刃傷沙汰になったりと大変な仕事だ。
真実は一つではないんだよ。
カッコいい推理したって理不尽に力で捻じ伏せられて無に帰する事だってある。
「あっ。いらっしゃい!」
笑顔で千束ちゃんが迎えてくれる。
はい、これが俺の癒しだ!
喫茶リコリコの素晴らしい所は三つ。
和洋折衷の雰囲気を持ち、来る者が落ち着いて寛げるまったりした空間が荒んだ心に潤いを与えてくれる。
次に、店長の提供する甘味が他には無い味わいがあって、店にいつまでもいたくなる。
そして最後に、この看板娘の笑顔!
「いや、本当にリコリコって素晴らしい」
「ん?」
「何たって、最高の甘味を味わいながら千束ちゃんに貢げるんだぞ。店に来るだけで一石二鳥どころか、俺の心を万全に戻してくれる」
そのままに思っている事を伝えると、千束ちゃんが少しだけ頬を赤らめてはにかむ。
瑞々しい笑顔に、俺はあと二日頑張れる活力を得る。
こんな些細な表情だけで二日だぞ?
今日は、この店で何時間か過ごすだけで一年分くらいはすぐに養える。
勿体ないな、9番も豆子も来れば良いのに。
9番はすぐカノジョの所に行きやがって……べ、別に羨ましいとか寂しいとか、そんなんじゃないんだからねっ!?
豆子は何故かリコリコに行くというと頬を膨らませて怒る。そんな可愛い顔をされても分からないんだけど。
ともかく、リコリコこそ天国なのだ。
素敵空間!
素敵空間!
素敵空間!
完全無欠の癒しが、今、目の前にッッ!!
「千束さんで鼻の下を伸ばすの、やめて下さい」
冷たい声が脳幹を突き刺す。
俺の首筋を冷たい汗が伝う。
そうだな、二ヶ月前までは天国だったのだ。
だが、今や俺を厳しく見る目が一つ増えて、以前とは違う刺激……というか気まずさを味わう事になっている。
「た、たきな。そんな怒るなって」
「怒ってません。貴方の事なんてどうでもいい」
「えー……。くそぅ、小さい頃は俺と手を繋ぐくらい仲良かったのにィ!」
「記憶を捏造しないで下さい」
捏造じゃないやい!
俺にとって、たきなは妹なのだ。
兄弟間で交わされる冗談めいた軽口では済まないドライで攻撃力の高い痛言を何百何千とブチ込まれた関係ではあるが、それでも俺は愛してる!
「たきなに嫌われたら、俺死んじまう」
「なら早く死んで下さい」
「バッカだな。そしたら、たきなに会えなくなるだろ!俺のここ最近の楽しみの一つなのに」
「……楽しみ?」
ぐるり、とたきなが首を回してこちらを見た。
そんな急に回すと首の靭帯を傷めるぞ。
そんな反応するくらい気に食わなかったのか。
俺は喋るほどに墓穴を掘ってたきなからの評価を下げている気がする。
ううむ、いっそクールで物静かなお兄ちゃんキャラでも目指すべきか?
「私に会いに、リコリコへ?」
たきながこちらの顔色を窺うような眼差しで尋ねる。
何を言ってるんだ。
「当たり前だろう」
「…………」
「まあ、それは最近できた理由。ぶっちゃけると、千束ちゃん口説きに来てるのが実情だな。ぬははははははははは!」
いかん、本音が漏れてもうた。
たきなが来たのは最近だ。
俺はそれ以前からリコリコに通っていて、本心は初恋を叶えるピュアボーイなのである。
いや、正直に言うと別に初恋とかどうでも良くて単に休憩しに来ているだけなんだけどさ。
また余計な事を言って、たきなの中で評価を落としてしまったかもしれん。
そっと、たきなの反応を窺う。
たきなは――目尻に涙を浮かべていた。
ちょっ、うえええええええ!!?
なななな何で、そこまで!?
お、お兄ちゃんがカノジョ作ると複雑とか何処かの本で読んだけどもさ、そこまでリアクションする!?
「えあ、その、たたたたきな?」
「……痛い……」
たきなは自分の胸襟をぎゅっと掴んでいる。
こここここれは、いよいよマズいのでは!?
だが、たきなの心情はぶっちゃけ一度も読めた例(ためし)が無い。いつだって何事か理解できず、機嫌を損ねてしまうのが常だ。
ここは、年頃の女心を理解しつつ正解を導いてくれる――頼れる大人の女性の見解が必要!
「ミズキさんっ!」
「やーい、最低男〜」
「こんな時に酔ってんじゃねーよ!?」
俺とたきなを酒の肴にして一杯楽しんでいた。
そういえば、リコリコに来てからミズキさんが一度だって頼もしかった事は無かったよな!
ええい、ならば別の人だ!
「伊藤さん!」
「クズ〜」
「うぐ、シンプルな罵倒!!」
どうやら俺に味方は居ないようだ。
収拾の付け方が分からなくて、ちらりとカウンターを盗み見ると……店長さんが厳しい顔で俺を見ていた。
あ、コレ、死ぬ……?
たきなって大事にされてるんだな、良かった。
……ってそうじゃねえ!
「ごめんよ、たきな!初志は最低な感じだけど、最近はホントにたきなに癒やされてるんだって!」
「…………」
「たきなが頑張ってる姿見て俺も仕事頑張るぞー!ってなってるし……」
「……それは貴方の勝手です」
「あ、うん」
急に現実的な返答。
と、取り敢えず言葉を返してくれただけ良いのかな。
「たきな、許してくれる?」
「……怒っていたとして、何故あなたがそんなに必死でご機嫌取りするんですか」
「たきなに嫌われるってキツいからね?」
「またそういう冗談を」
「本気だって」
これもまた俺の本音だ。
たきなに嫌われたらショックなのは間違いない。
真剣にそれを伝えると、たきなが赤らめた頬を隠すようにふいと顔を背けた。
ううむ、かなりご立腹だな。
本気で怒った時は表情も無く、ゴミを見る目で俺を見てくる。
今回のは、まだ軽微な方かな。
つまり、立ち回り次第では評価も回復できる!
「そうやって、私を……せて楽し……すか」
「ん?何て?」
「別に何も。少なくとも、今日は気分が悪いので話しかけてこないで下さい」
ツカツカと下駄を鳴らしてたきなが厨房へと引っ込む。
俺は絶望に打ち拉がれて、机に突っ伏した。
「き、嫌われた……」
「思春期の女の子なんてそんなもんよ」
「うちの娘もそんなだし」
「元気出せってー」
「常連一同に慰められるのも割とダメージ!!」
皆して気を遣うなよ!
いっそ、さっきみたいに罵倒してくれ!
別の痛みで誤魔化してくれ!
悶々としていると、俺のスマホが震動する。
うぇぇ、まさか仕事かぁ……?
液晶を叩き割りたい気分になりつつ、スマホの通知を確認してみると。
「……何……?」
そこには一通のメッセージ。
送り主は、未登録のIDからだ。
内容については、『ウォールナット暗殺依頼』と来ている。
…………胡桃割りでもしろと?
それなら農家に頼んでくれ。
うちは確かに何でも屋に近いが、そこまで手を広げた覚えは無い。
それに、殺しはもうやらないんだよ。
暗殺依頼と表記されたメッセージを削除しようと指を動かしたが、直後また別のメッセージが届く。
『もし断れば、オマエの所在をDAに流して大事な社員共々破滅させる』
…………。
指が固まった。
コイツ、嫌な手を使って来やがって。
俺一人ならば無視できたメッセージだが、豆子や9番が巻き込まれるとなると話は別だ。
前者にはまともな人生を送らせたくて仕事を頑張っている。
後者は、ようやく恋人と新生活をスタートして羨ましい殺してやる!とも思うが幸せになって欲しいのも本心だ。
……巻き込むワケにはいかない。
「クソが」
たきなside
厨房から聞こえるホールの声に耳を傾ける。
その間も、私は熱くなる体を抱いて溢れ出そうな何かを堪えていた。
私の機嫌を取る為に狼狽えて、情けない顔をする彼。
それを見た途端、体中に甘い痺れが走った。
どうして、こうも私を掻き乱すのか。
しかも。
『本気だって』
あんなに、あんなに、あんなに………ッ!
途中から千束さんも眼中に無く、私の相手で必死になっていた。
それだけで、お腹の奥を暗い愉悦がぐるぐる巡っているのが分かる。
「千束ちゃん、俺どうすりゃ良かったの……?」
「恋に盲目になってしまったね、少年!」
「いや成年です」
「千束ちゃんはたきなと仲良いの?」
「勿論よ!頼れる先輩として、たきなには手取り足取りイロイロと!」
「何ぃ!?如何わしい含意を感じる!千束ちゃんといえど、たきなに何かしたら許さんぞ!?」
「おうおう。嫉妬かね、見苦しいぞ〜?」
…………。
ホールから不愉快な会話が聞こえる。
私を話の出汁にして二人で楽しんでいた。
すっと体を苛んでいた熱が引いて、一気に冷静になる。
目を離すと、直ぐにこうだ。
私以外と私よりも楽しそうで。
「本気なんて、嘘じゃないですか……」
夕方になって、彼が席を立つ。
レジで勘定をし始めた姿に、私を含めた常連客が目を瞠った。
「あれ、今日はボドゲ会参加しないの?」
「仕事入っちゃって」
「えー、残念」
「ふ、米岡さん。俺のいない間の平和、精々噛みしめる事っスね……!」
「負け犬の遠吠えは聞こえないなー」
「きぃいっ!いつか吠え面かかせてやるんだからー!」
意味の分からないコントだ。
悔しそうな13番が店の扉を開く。
私は慌てて見送りに外へ出た。
「ん、見送り?ありがとう、たきな」
「仕事です」
「うん、偉いな」
「っ……」
何でそんな当たり前の事で、優しい目をするの……。
「それじゃ、また来るよ」
「仕事が入ったって、大変なんですか?」
「そ。色々準備しないと」
「……が」
「ん?」
「頑張って下……さい」
柄でもないけれど、応援の言葉を送る。
どうしてそんな事をしたのか、自分でもあまりハッキリと分かっていない。
仕事の話をした時、彼の顔が少し思い詰めた物に見えて胸が苦しくなったからかもしれない。
やはり私の言葉が意外だったらしく、彼も目を見開いて黙り込んでしまった。
「……何ですか。可怪しいですか」
「……いや。元気出たよ」
彼の手が私の頭を撫でた。
「大好きなたきなの応援も貰ったし、いっちょ頑張ってくるぜ!」
「え、大好き……え?」
「たきなも仕事、頑張ってな」
それだけ言って、颯爽と彼は店を立ち去った。
「……大好き……?」
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