13番side
どうも、姑息にも覆面被って女の子をブン回した挙げ句に恩を仇で返し、推しの子に涙までさせた罪深き男こと13番です。
私めは今、救急車の車両内にて拘束されております。
眼前には、カートの上で血塗れになったリスの着包みのウォールナットさん…………と俺の間に立ってずっとこちらに銃口を突きつける恐ろしい女の子。
その後ろで千束ちゃんがたきなの肩を掴んで止めようとしているが、一向に従う様子は無く、未だに俺を殺さんという意気込みだけが窺い知れる眼光を注いでくれる。
「たきな。いいって」
「よくありません。この男は私に黙って……」
「13番さんなりの事情があったんだって。ね、そうだよねっ?」
「ハイ」
「関係ありません。今この場で処刑します――さようなら」
千束ちゃんだけが救いだ。
それでも、たきなを止めるには足りない。
彼女の銃爪に絡む指が動き、いよいよ俺は覚悟を決めた。
この事態は、最悪の場合として想定していた。
だが、予想外なのはたきなの反応だ。厳密に言えば予想外ではなく、予想以上である。
怒られるとは思っていたけど、ここまでとは。
いや、殺し屋に加勢したりって事にプラスで同僚をブン回した事が大きいんだろうな。
殺す時は自分が……って京都でも言ってたし。
年貢の納め時だなと目を瞑り、粛然とその時を待って俺はいつか訪れる終わりを待つ。
待つ、待つ、待つ……待つ…………待つ…………待………………待………………焦らしプレイ?
薄く片目の瞼を開く。
すると、至近距離にたきなの顔があった。
ひっぶっ(奇声)!?
こここここ怖い怖い怖い怖い怖い!!殺す前の獲物の様子を具に観察したいとかいう常軌を逸した性癖の持ち主だったのか、たきな!!
俺が思わず後退って車両の壁際で蹲ると、たきなも何故かはっとするや顔を赤くして後ろに飛び退き、千束ちゃんに受け止められる。
「たきな?ど、どした?」
「っい、いえ別に」
「何かキスする寸前みたいな空気だったけど――」
「そんな事は有り得ません」
たきなの冷たい声に千束ちゃんもたじろぐ。
キスの雰囲気、アレが??
ふ、どうやら千束ちゃんも経験が浅すぎるな。キスなんて、毒殺する目的で口に毒物を含んで相手に口移しさせる以外ならどうやったって甘くて素敵な気分になるっていうのに。今のがキスする雰囲気だというのなら君の目は節穴としか言いようが無いね!――と、恋愛未経験者の俺氏は強く語る。
「とにかく、説明して。13番さん」
「……しなきゃ駄目?」
「しないと、たきな一生このままだよ」
「割と出会った時からこんな感じだから変わるのか微妙に疑問……」
言っている途中で再びたきなが照準しようとしたのを千束ちゃんが止めたのと同時に俺もそれ以上口にするのは止めた。
「事情によっては、私たちも力になるよ」
千束ちゃんがたきなから俺を庇うような位置に移動しつつ、赤い瞳で俺を見詰めた。
歳下の女の子に諭されるという何とも情けない状況だが、残念な事に俺は二回目という経験者であり、しかも相手は同じ子なんて焼き直しにも程があるから今更プライドは働かない。
俺はやむを得ず、事の顛末を語った。
それら全てを千束ちゃんは黙って聞いてくれる。
説明し終えると、納得というように……否、安堵した表情で千束ちゃんが頷く。
どうやら、俺が人殺しの仕事をやりたくて引き受けた可能性が消えてくれて喜ばしいという風だ。
因みに、俺はちらっとたきなの様子を窺う。
すると、やはり無表情……ん、若干まだ怒ってますねアレは。
「必死なんですね、その人たちの事で」
な、何か棘のある言い方だけどその通りだ。
大事な仲間と妹分である。
でもまあ、今更俺がどれだけ大切な物を守る為だったと語っても、その犠牲になった一人の命は決して戻りはしないんだけどな。
カートの上で物言わぬ着包みの中身に、三人で視線を向ける。
「ごめん。千束ちゃん、たきな」
「仕方ないよ。今回は……誰も悪くない……」
「全くです。反省して下さい」
若干噛み合ってないのやめて。
俺どっちを基準に発言すれば良いか分からなくなる。
「安心しろ、オマエは悪くない――『筋肉13』」
…………何、だと……!?
何処からか声がして、俺は硬直する。
なぜ、その名を知っている!それは俺がゲーム等で使い回しているダッセぇユーザー名だぞ。俺個人だと特定するには、かなりプライベートで交流していなくては分からない筈だ。
筋肉13の名前に千束ちゃんたちは目を点にして小首を傾げている。
すると、着包みが独りでに動き出し、自身の頭に手を添えて――勢いよくリスの頭を脱ぎ捨てた。
中から出てきたのは……リコリコのミズキさん!
「何でリスの中から酔っ払いが!?」
「じゃかぁしい!シリアスな雰囲気にされてこっちはいつ出るかタイミング見失っただろうが!!」
「えぇ……」
「ミズキ、何で!?」
「落ち着け千束」
何故ミズキさんがという疑問を解消するより先に、運転席からさらにリコリコの店長ミカさんが顔を出す。
一見カオスな状況だが、面子が面子とあって薄っすらと理解した。
なるほど、これはDAの力を用いた偽装車両なのか。
これも病院には向かってはいないだろうな。
それからミズキさんがした説明によれば、千束&たきなには真の作戦について伏せて真面目に護衛させ、裏ではウォールナット替え玉作戦によって死を偽装し、敵の目を欺いて生き延びようという魂胆だったようだ。
ふーん、つまり俺とアイツらと千束ちゃんやたきなはまんまとミカさんミズキさんウォールナットの掌で踊らされていたようだ。
ふ、悔しい……。
「はあ。……いや待て、その前に何故俺が筋肉13だと知っている?」
『筋肉13の前は『白髪美少女ラブ』というユーザー名だった事も知っている』
「馬鹿な!?それは命名して三日で変えた俺も忘れかけてた黒歴史だぞ!!」
誰かに肩を強く叩かれた。
痛いな、いま真面目な話してるから邪魔しちゃ駄目でしょうが!!
怒りのままに振り返ると、千束ちゃんが頬を赤く染めてチラチラこちらを見ていた。……あ、そういう。
すまん、申し訳ないが白髪美少女ラブなのは千束ちゃんだけじゃなくて初恋の子の事もあるというか……言いづらくなってきたし、千束ちゃんが可愛いので黙っておく。
っ……今度は誰かに背中を蹴られた。
痛いな、いま真面目な話してるから邪魔しちゃ駄目で……しょう……が……。
怒りのままに振り返って後悔した。
その先では蹴り足を振り抜いたまま、こちらを蔑む眼差しで見るたきなの姿があった。アングルの所為もあってか、スカートの中が見え……トランクスだと?
いや、そんな事よりもウォールナットだ。
どうして俺のゲーム内で使用するユーザー名どころか昔の情報まで把握してるんだ。
困惑する一同の前で、その疑問に答えるように助手席に置かれたスーツケースがガタガタと震え始める。
まさか、二人目のミズキさんか?
「ああ、ボクがウォールナット。――いや、『クルミ』だからさ」
スーツケースから現れたのは、幼い少女だった。
不健康なまでに透き通った白い肌と丸みのある頬、金の前髪をリボンで固定し、オーバーサイズの服から生肌の臑を露わにした装いだった。
ボクがクルミ……?
あれがウォールナット、というのも信じ難いがそれ以上にあの子がクルミって、え?あの俺が何度泣きそうになっても一切手加減無くボコボコにしてくるあの野郎御本人ということなのか?
しかし、そのボクという一人称……マジかよ。
クルミはペタペタと走り、胡座を掻いている俺の膝上に腰を下ろした。
ちょ、そこ地味に痛い。
「まさか、オマエがボクを殺しに来るとはな」
「す、すいません」
「いいさ。一回くらい笑って流してやるのが……の務めだ」
「……?」
上手く聞き取れなかったが、どうやら気にしていないらしい。
殺しに来た相手を許すなんて寛容を通り越して不気味なクルミの反応に、取り敢えず友だちを失わずに済んだという事で良しとしておこう。
「クルミも千束ちゃんも俺を許すって言ってるけど……これから俺はどうなる?」
「うーん、それなんだけどね?」
「あっ、その前に会社へ連絡したい!アイツらがどうなってるか確認しないと」
「そ、そっか!失敗した時用の人質だもんね」
千束ちゃんがワイヤーをナイフで切ってくれたので、俺は慌てて取り上げられていたスマホを手にして会社へと電話をかける。
しばらくして、応答があった。
相手は……豆子だった。
『も、もしもし……社長?』
「豆子。無事か!?」
『は、はい……でも』
「っ、何だ、どうした!?」
怯えるような声は、明らかにいつもと違う。
まさか、もうロボ太の手が回っていたのかと内心で舌打ちしつつ、被害の確認を急ぐ。
そして、俺の質問に対して豆子がゆっくりと口にするのを躊躇っていた先を続けた。
『……9番さんが、死んじゃった………』
9番side
出張に行っている13番がいない事務所は静かだ。
豆子はオレが苦手なのか、アイツがいないと不安そうな顔をする。歳下に好かれる事もないけど、苦手意識を持たれる事も無かったから珍しい反応ではあった。
同じナンバーズだが、オレたちは同じ穴の貉。
どうせ裏切り者同士だから、気は合うんだと思い込んでいたが、一向に心を開いてくれた様子が無い。
逆に、13番のヤツはどうやって豆子に懐かれたんだか。
まあ、アイツって変にモテるしな。
浮気調査依頼してきた若い奥さんに途中から口説かれたりして逆にストーカー化したり、事務所の近くに住む女子大生が頻繁に差し入れを持って訪れているが目的が見え透いていて13番以外の応対だと若干残念そうだったり。
会社に所属してた頃はそんな事無かったのに。
まあ、オレには
身近な例で言えば、喫茶リコリコの井ノ上さん。
彼女なんか、アイツが店に来た初来店の女性客とすぐに仲良くなって談笑していると、その首筋を凝視しながらフォークを無言で握りしめてる時がある。
行動に移してないだけで、腹の底に抱えたモノは十二分に剣呑すぎる。
オレが言うのも何だが女の子って怖い。
恋人も怒らせると怖いが、井ノ上さんはまた異質だな。
割と本気で殺意を向けている。
そして、忘れがちだがアイツを慕う女子としてオレが認知しているのは――。
「な、何でしょう」
ビクビクとオレの視線に怯えるこの豆子だ。
昔、幼い頃からあのクソ2番と行動を共にしていたという驚きの過去がありながら、以降に目立った活躍を見せず13番からすら戦闘力は殆ど無いので非戦闘員扱いされている。
たしかに、足運びその他諸々隙が多い。
訓練を受けたにしては無防備過ぎる……そう、訓練を受けたにしては……だ。
だから、13番と一緒に居る時は表面上同僚として友好的に接してはいるが、オレ個人としては豆子を全く信用できない。
折角地獄から抜けたのに、また疑わしい人間。
ここ一年はかなり穏やかだった。
襲撃などもあったが、会社に所属していた時よりも人生が充実している。
21番が残した影響は、良かれ悪かれ機械的だったナンバーズ達に一定の刺激を与え、彼らを不安定にした。
オレはこの平穏を手放したくない。
その為ならどんな手段も辞さないつもりだ。
仮にもし、オレと13番や恋人を侵害するというのなら……13番には悪いが、豆子は始末する事を躊躇わない。
「豆子はさ」
「は、はい!」
「13番の事……好きか?」
「え、は、はい。それは勿論」
「じゃあ、上司連中は?」
「それは……どうでしょう。特に酷い事をされたワケではないので」
「酷い事をされてない……?」
常識の欠如からくる感想なのか?
あの世界で過ごした記憶と今の生活を比較すれば、紛れもなく誰もが凄惨だったと口にするだろう。
豆子は、あれを非常識だと捉えていない。
訓練だって過酷だし、豆子なんて2か3歳頃から最悪と言われた2番の下に居たんだから、もう地獄という表現すら生温い環境だったと予想がつくが、本人は何もなかったようにけろりとしている。
過剰なストレスに対する防衛反応で記憶がトんでる……とか、実はかなりの天才で訓練そのものを苦に思わないポテンシャルを発揮してきた故の余裕か、或いは本当に何か強要される立場になかったか。
それにしたって、可怪しいにも程がある。
アイツが豆子と行動を共にして数年、無事である事自体が異常なのだ。
既に会社は豆子と一緒に居ると把握しているし、13番がそれを守るよう立ち回っているのも交戦した情報から得ているので、この子一人になったタイミングで拘束したりして人質なり13番への有効な手札として利用する為に豆子本人にも刺客が送り込まれたって何も不思議じゃない。
「豆子はもう会社と繋がりは無いのか?」
我ながら露骨にオマエを疑ってると態度に示して問えば、豆子は首を横に振った。
まあ、そう答えるだろうよ。
どちらにせよ、今はコイツが間者である可能性を探るにしても判断材料も少ないし、追及はこのくらいにしておくか。
「そういえば、アイツ出張とは聞いたけど何処に行くか知ってるか?」
「聞いてないです。あ、今は何か廃スーパーマーケットで何かしてるみたいです」
「廃スーパー?」
何でそんなところに……てか、まるでそこが現在地とでも言うような口振りだ。
「え、13番が今そこにいるのか?」
「はい」
「聞いてないのに、何で分かる?」
「えっと、GPS付けてるので」
「はっ?な、何で」
用も無いのに、アイツの行動を把握する必要があるのか?
コイツもしかしたら、たきなちゃんよりヤバいのでは……と思いつつ尋ねると。
「え、『仕事』だからです」
……仕事、何の?
オレの位置を把握しとけって13番に言い付けられているのだろうか。
そんな業務内容、無かったが。
心配するなら、むしろ13番が逆側になって豆子の安全を慮って監視する状況ならばまだ理解できる。
オレが困惑していると、オレのデスクのパソコン画面が急に暗転した。
不思議に思って電源が落ちたかとボタンに手を伸ばすと、その前に再び画面が明るくなった。
そして、そこに――一人の男が映し出された。
「………?」
『久しぶりだね、9番』
――。
その声に背筋が震える。
コイツ、まさか……オレや13番が最もこの世で嫌っている人間……名前が分からないのでいつも『クソ上司』と呼んでいる野郎なのか?
スピーカー状態なので、豆子にも音声が聞こえている。彼女もまた目を見開いて動きを止めていた。
愕然として何も発せずにいるオレに男は笑う。
『13番とは仲良くやっているかい?』
「……ああ、被害者の会って感じで意気投合してるよ」
『それは何よりだ。兄弟仲良しなのが一番良い』
「兄弟、ね。それで、オレたちが兄弟ならその親であるクソ親父なアンタは何が用で連絡してきたんだ?」
『ふふ、父親か』
男は嬉しそうだった。
『簡単な事さ。――君はもう用済みだからさ
行きなさい、2番』
その声と共に、視界の左隅で一筋の光が閃く。
首を横に倒しながら全力で光の見えた方向と逆側に飛んだ後、左目が激痛と共に血で染まる。
床を転がり、壮絶な痛みに堪えながら慌てて起き上がるとナイフを片手に申し訳無さそうな顔で豆子が立っていた。
「あ、あれっ?ごごめんなさい!外しちゃった……痛いですよね、すぐ楽にします!」
「オマエ……!?」
豆子がオレめがけ走り出す。
コイツ、やっぱり間者……それより『2番』ってどういう事だ!?クソ上司の突然な連絡といい、情報量が多すぎる!
いや、それより先にまず制圧だ。
コイツを止めなきゃ話にならない。
片目を潰された以外の損耗は無い……豆子がどれだけ強くとも、頑張れば何とか手負いでも止められる筈だ。
そう思ったのが、甘かった。
「少しの辛抱です、9番さん!」
「速ッ……!?」
踏み込んだ後、豆子の体が五歩分の距離を一瞬の内に滑走する。
オレの内懐に入り込み、腰元で引き絞った拳を突き出した。回避は無理だと悟って、慌てて防御に掲げたオレの腕に命中する。
豆子の矮躯で発揮できる力など恐れるに足りない。
体格的にも一回りも二周りもデカいオレなら――!?
拳で打たれた箇所の衝撃が胴体を貫通する。
防御した腕の骨が爆発したかのように砕け、奥側で守られていた筈の腹部の中で内臓の破裂する嫌な感覚を味わった。
喀血よりも先に、オレの体が風に巻かれた藁屑のように飛び、天井付近を舞いながら事務所の壁に叩きつけられる。
何、て、威力……!
壁際に落ちたオレを豆子の足が踏み押さえた。
頭上で室内灯の光を反射するナイフの剣呑な輝きと、辛そうに涙を浮かべる豆子の顔が見える。
「ごめんなさい。ごめんなさい9番さん……社長のことは、豆子が何とかしますから……!」
涙を流す豆子にオレは痛みを忘れて唖然とする。
何が人畜無害そうな少女だ。
その番号――2番を与えられるだけあって、立派なバケモノじゃないか。
「イカれてる――」
高速で閃いたナイフが、オレが最期に見た光景だった。
世界が終わる日に何したい?
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