たきなは間に合わなかった……!!
誕生日蕎麦とは
毎年恒例の行事が来た。
それは我が主人――錦木千束の誕生日だ。
やるべき事は変わらないと思うが、今年は少しだけ事情が異なる。去年から大切な相棒たるたきなが増えた事で、おそらく俺の祝いよりも彼女との時間を優先したいかもしれない。
俺はいつも通り、ケーキを用意するか悩んだ。
願掛けは、いつも通り行うつもりだが。
誕生日前夜、俺は自分の部屋でうんうんと唸る。アイツの為に毎日身を粉にしているのに、誕生日はさらに頑張らなければならない己の理不尽な立場に涙が出そうだ。
「天!私の盾の天くーん」
「何だい?俺の悪魔」
「んー、聞こえないなぁ」
「ご主人様!生けるヴィーナス!手違いアランチルドレン!生きてて尊い!……何でしょうか」
「何か失礼な言葉を挟んでなかった?」
そんな事は無い。
普段からの鬱積が迸った気がするが気の所為だ。
下階から来た千束が俺の隣に腰を下ろす。今日は一段と薄着だが、残暑はもう過ぎた頃だぞ。
ここで襲撃なんてあったらどうすんだ最低ご主……はいはい、服の中に銃は携帯してるのね。危ねー、何か失言があったら俺が先に撃たれていた。
「あと十分で、私が爆誕した日だね」
「そうだな。十数年前、藤宮天が奴隷になる運命だと決した最悪の日だな」
「こ・と・し・は〜、どんな風に祝ってくれるのかなー?」
「……それなんだけどさ」
俺は千束の方を見ず、今年のケーキはどんなデザインにするか考えながら話す。
「今年はたきなと過ごす、ってどうだ?」
「は?」
…………あれ?
新たな相棒と仲睦まじく誕生日の喜びを分かち合えと提案した俺に対し、ドスの利いた可愛くない声が返ってきた。
俺の腕を擽るように登り降りしていた白い指先が止まる。不穏な赤い眼差しに、シャワーを浴びた後の背中がじっとりと汗で濡れる。
どうしよう。
俺なりの気遣いなのに、逆効果ってどゆこと?
世間一般的にはキレられる要素皆無じゃね?
これは俺が異常なんじゃなくて、やっぱり御主人様が悪いのだ。やはり、いつか奇跡の泉に投げ込んで『綺麗な錦木千束』と入れ換えて貰おう。
「……あー、そういうことね」
「ん、何を納得した?」
「今日さ、綺麗なお客さんに連絡先渡されてたよね。丁度いいから、たきなに私を相手させて自分はエンジョイしようって、そういう魂胆だよね?」
「あれは連絡先じゃなくて住所――」
「は?」
「……ととっとっとっとにかく、俺そんな予定無いから!単にたきなと一緒に過ごすのどうだー?って純然たる善意で口にしただけだから?か、勘違いしないでよね!?」
去年、色んな事件を経てコイツと結婚なんて血迷った果てに覚悟を決めて奴隷兼旦那兼ちょっとまだ理解が追いついてないがたきなの犬となった俺は、浮気をするつもりなんて一切無い。
そうさ!
俺はただ、旦那として!……というより奴隷としてご主人様に幸福な誕生日をお過ごしになって欲しかっただけなのであります……。
「ち、千束」
「なに?」
「俺はオマエ以外と懇ろな関係になる人はいないから。たまには、安心して友だちと遊びまくる誕生日ってのも良いんじゃないか?」
「この前たきなとお風呂に入っておいて?」
「あー……あれは本当に心臓に悪かった」
つい先月辺りか。
たきなの誕生日を俺と千束で祝ったのだ。
すると、その日は随分と楽しみすぎて夜遅くになってしまい、そのまま泊まろうなんて話になった。ダミー用として広い空間のある我が家と違って、たきなは一人で住む事を徹底したスペースなためにデカい俺は場所を取って部屋も狭くなると思い辞退しようとした。
その時、疲れて寝てる千束を置いて帰ろうとしたのだが、たきなが不思議なほど粘るので根負けして泊まる事に。
しかも、彼女が何故か俺用の寝間着を用意していて驚いた……え、マジでどうしたのこれ。
疑問に思いつつ、俺は夜遅くに入浴。
そのときに、たきなが乱入してきた。
少し汗をかいたので、とか色っぽく言われて思わず喉を鳴らしてしまったが、腰に何も巻いてない素っ裸でどうしようか悩み、動けすじまいで二人浴室で過ごしていた所に千束が突撃してきた。
ふ、思い出すぜ……脳天に咲いた鮮烈な衝撃と綺麗な赤色を。
三発撃たれて気絶した俺を二人で介抱してくれたらしく、気付いたら寝間着姿で床に突っ伏していた。いやせめて仰向けにしてくれよ。
妙に体がダルかったし、また体がベタベタしてて二度目の入浴までさせられた。
……きっと一生忘れない。
「あの日はありがとな。気絶した俺の世話……恥ずかしい所まで見られたけど」
「私は毎晩見てるじゃん」
「黙らっしゃい!!」
「なに指図してんの?」
「出過ぎた事を口にしました。どうぞご主人様の尊き声をお聞かせ願えれば幸いにござりまする」
もう俺の思考も口調も乱れてきた。
「しかし、二度も風呂入る羽目になるとはな」
「っ…………」
「ん?なんだよ?」
「べ、別に?ちょっと楽しかったなーって」
「俺を撃っといて?」
やっぱり性根が腐ってやがる。
妙に赤くなった頬を両手で覆いながら、えへえへと気持ち悪い感じに笑って悶えているご主人様に恐々としつつ俺は時計を見やる。
「あと十分か」
「なんか、年越しみたいだよねっ」
「ん?」
「こうやってさ、特別な日を迎えるのを分単位で楽しみにして待つ感じ」
「そうか?俺からすれば年越しよりも断然特別な日だが」
「っ!」
いつ死ぬか分からない運命だった。
だから、毎年この日を迎える度に今年も歳を重ねる事ができたんだと安心する。コイツが能天気に笑っていられる時間がまた年数で数えられる程に増えたって証拠なのだから。
年越しなんて、所詮カレンダーを変えて蕎麦作らなきゃいけないだけの日だ。
千束の誕生日の方が重要だろ。
ん……急に千束が黙った。
何事かと思って振り返ると、凄くニヤニヤしている。
「え、な、何怖い」
「〜〜!〜〜!〜〜!〜〜!!」
「痛い痛い!!何で笑顔で足蹴るの!?」
「天!蕎麦食べよう!」
「えー……!?あと八分だぞ」
「まだ行けるじゃん!ざるで良いから、ホラ!」
「ふへぇ……よく分からんよぉ」
半泣きになりつつ、急かすご主人様の命令に従って蕎麦を茹でた。
夜食だし、そんなに多くなくて良いだろ。
マジで年越しみたいな感じにする気かよ。
文句を心の中で何度も垂れながら、茹でた蕎麦を急いで千束の下へと運ぶ。蕎麦湯とか麺汁とかを用意し、俺たちは慌てて箸を取った。
その時、丁度よく時計の針が十二時を指す。
「誕生日おめでとう。――千束」
「にししっ。ありがと!」
二人で勢いよく蕎麦を啜る。
うーん、美味い。
その翌朝、千束と共にリコリコに出勤する。
すると、クラッカーの音が俺たちを迎えた……どんな運命のイタズラかは知らんが、千束じゃなくて全弾俺に命中している。さてはリンチか?
前も見えないくらいにかかった紙切れを顔から払いつつ見ると、俺を無視してみんな盛り上がっている。
「誕生日おめでとう、千束」
「ありがと、せんせっ!」
「おめでとうございます、千束。今年こそは落ち着いて下さいね」
「そんな祝い言葉ある〜!?ありがと、たきな」
「そろそろ落ち着けよ、愛想尽かされる前に。……おめでと」
「ありがとう、ミズキ。結婚できるとイイネ!」
「ムキィィイイイイ!!?」
相変わらず騒がしい面子だ。
少し離れた位置で見ていると、隣にクルミが立った。
「クルミは何か言葉をかけないのか?」
「ボクはこういうの苦手だ。それに、みんなが伝えてるんだから必要無いだろ」
「クルミから言われたら、もっと喜ぶと思うぞ」
「オマエはちゃんと言えたのか?」
「言わなきゃ今ここで生きてねーよ」
そんな事を言っていたら、千束がこちらに振り返る。
俺はクルミの背中を叩いた。
「えと……誕生日、おめでとう」
「ふふん。ありがと、クルミ!」
「ふ……全く、手のかかるやつだ」
さて、俺は今日は非番だから願掛けの神社参りをしに行きますかね。
店の外へと踵を返そうとした時、千束が俺へと歩み寄る。
「私が誕生日って事は、明日は天だよね」
「そうだな。オマエが勝手に決めた誕生日だ」
「……二人っきりで祝おうね」
「ああ。すまんが、その日は店長とバーに行く予てオゴォッッ!!?」
「先生。明日は天、いいよね?」
「ああ、構わないぞ」
「ちょ、俺の意思は?」
千束が無言でこちらに振り返った。
あ、何でもありましぇん……。
俺はその翌日、誕生日って実は相手を縛り上げて貪り尽くした後に、ひたすら愛してるって言われる日だと知った。
泣いていい?
千束の誕生日って知ってた人ー!?
-
愚問だな、知っている。
-
いやん、初耳っ!