雲行きが怪しい
日本も梅雨に入り始めた。
これから蒸し暑くなってくるのだろう。
店内の冷房などにも金がかかり始める時期なので、また節約生活……まあ、以前からそうだけど……に一層の力を注ぎ込まなくてはならなくなる。
だが、俺が言っても守らないからなぁ。
主に千束。
それに加えて、新店員が二名も追加した。
これからの経費に果たしてどんな影響が出るか。
「おーい、クルミ」
「何だ」
「そろそろ時間だぞー。表で山寺さんたち待ってる」
「ご苦労さま。ボクも行くよ」
「ったく、すっかり馴染みやがって」
俺は押入れの中を見回す。
今や某青タヌキも斯くやという程にクルミが自ら専用の空間へと仕立て上げていた。快適に過ごせるチェアーベッドと、彼女の仕事に欠かせないコンピューター類で埋め尽くされている。
コイツもコイツで自由だな。
まあ、匿うと言ったのは俺たちだから認めはする。
それに……腕は本物だ。
最強のハッカーの名に恥じない仕事をする。
つい先刻も、ミズキさんがDA情報部に解析させた先日の銃取引の現場が映された写真の解析で差はハッキリした。
本来なら情報解析でも最高峰の力を有するDA情報部、だがクルミはそれ以上の画質を提供してみせた。
DAを出し抜けるという吉報でもあるが、やや長らくリコリコの情報系統を司っていたミズキさんの鼻っ柱をへし折る悲しい事態に繋がってしまった。
とはいえ、力強いのは間違いない。
「でも最強ハッカーがこれ、かぁ」
「見た目で侮るなよ」
「いや、普段からそういうのは心がけてるがつくづく人ってのは分からんな」
「それじゃ、ボクは行くよ」
クルミが颯爽と部屋を出ていく。
「あ、クルミ!」
「ん?何だ?」
「別口で頼みたい仕事があるんだが……」
「?それは、たきなの復帰に懸かる話か?」
「いや、俺個人っつーか」
「どんな?」
俺が答えにくくて苦笑すると、クルミが興味を見出したようにジリジリと詰め寄って来る。
未だに護衛が必要だった原因はわからないが、この性格から概ね把握した。
恐らく、クルミは知りたいという欲求が人並み以上に強いのだろう。そして危険な連中に接触してしまい、結果として死を偽装せざるを得ない程に追い詰められたのか。
自業自得としか言いようが無いがな!!
「報酬は別で払う。……まあ、安くしてくれ」
「内容次第だ、で?」
クルミはにやにやと先を催促する。
仕方ない、俺も腹を括るか。
「――『アラン』、って知ってるか?」
俺のその一言に、クルミの目が見開かれた。
どうやら興味は引けたらしい。
「世に天才を送る噂のアラン機関かい?」
「そう、それ」
アラン機関。
何らかの理由で自らの才能を活かせない者に、匿名で『支援』を行い、世界へと届ける存在。アラン・アダムスの名義で活動しているが、個人か組織か不明とされる。
アラン機関に支援を受けた者は、皆が結果を残しており、彼らは支援を受けた者の証として梟を象ったチャームを身に着けている。
ニュースでも度々話題になっていた。
この前もメダリストがチャームを付けていた事について報道している。
「それがどうしたんだ?」
「調べてほしいんだ」
「何故。しかも、オマエはどうして興味がある?」
「コレ、だからな」
俺はポケットからある物を取り出す。
そう――話題のチャームだ。
「……オマエも支援を受けたのか」
「昔な」
「なら、ボクよりオマエの方が知ってるんじゃないか?」
「いや、何も。だから俺独自でも調べたんだが、クルミほどの技術力が無いとな」
「……支援者に会ってないのか?」
「会ったことはあるけど、名前も顔も分からん。声も機械で誤魔化されてるしな」
「どういう経緯で受けた?どうやって――」
「それは後だ。……受けるか、受けないかだ」
流石に、ここからは交渉に不利になる。
できる限り、相手が受けたいと思える程度の興味が無ければならない。
さあ、どうするか。
クルミは思案顔で固まっている。
「……調べるだけなら良いぞ」
「っしゃ」
「報酬はちゃんと払えよ」
「おうよ」
「じゃ、早速聞くが……何で奴らを知りたい」
「将来の為だよ」
「将来?DAはアラン機関を追ってるのか?」
いや、個人的な話だ。
「将来、リコリコを辞めたらDAから逃げて一般人生活か国外逃亡。後は……勧誘されてるDAの訓練教官か、司令部勤め。いずれにせよ、千束のリコリスの任が終わるまで進路は未定だな」
「アラン関係無いじゃないか」
「どれも気が向かなかったら、必要になる」
「何するんだ?」
何するって、そりゃあ。
「――秘密だよ」
ソレはさておき。
「それでは、閉店ボドゲ会――スタートッ!」
リコリコ看板娘の号令で、恒例のボードゲーム会が開催される。
昔は端で見ているだけだった俺も、山寺さんたち常連の面子に加わって俺も参戦していた。
今日こそは、勝つッッ!!
卓に着いたクルミを真っ先に睨んだ。
ここのところ、ヤツが加わるようになってから一勝もできていない。
だがな、貴様の牙城は遂に崩れる。
ロクな練習はしていないが、今日は何故だが負ける気がしない!前回も最初はそんな気持ちだった気がするが、今回は負けない!
行くぜ!
「締切が明日って言ってましたよね」
「今日の私にはカンケー無いし♪」
「止しましょう……仕事の話は」
「実は自分も勤務中で」
「刑事さん、悪だねえ」
面子は最悪だが、そんな中でも勝つ!
ちなみに、俺は真面目に働いてるので例外だ!
「早く始めましょうよー」
「じゃあ、順番決めるぞー」
常連の一人の北村さんに促されて、クルミが率先し順番決めのじゃんけんを構える。
ふ、今日も貴様のペースに乗せられてたまるか。
あと千束さん、俺の膝から退いてくれ。純度百パーセントでくそ邪魔な上に手札丸見えなんだが。
もしかして、アレか?
見せた上で私より先に勝ち抜けしたら承知しないっていうサインですか?
え、何その新手の拷問法は。
怖い、疑心暗鬼になってきている。
そんな俺の気持ちすら知らず、彼女はカウンターで店の片付けを真面目に頑張っているたきなを見遣った。
「ねー、たきなも一緒にやろーよ」
「お、たきなも来るか?」
「レジ締めなら私も手伝うからさー」
おい、千束。
そのセリフ、何故俺のときは出てこない?
一生懸命に働く俺を見ても、この九年間で一度もそんな嬉しい言葉を耳にした覚えが無いのだぞ。
扱いの差が地味に分かって堪える物がある。
「いえ、もう終わりました。――レジ誤差ゼロ、ズレ無しです」
たきなは淡々と仕事の完了を報告する。
レジ締めが終わったって、早くね。
リコリコに配属されてから、まるで人間計算機の如き仕事の正確性を何度も目の当たりにしているが、その迅速さもまた驚かされる。
本当に命令を聞かずに暴走し左遷された子、なのか……?
「なら、もうイケるよね」
「ほら、おいでよ。たきなちゃん」
「そーだぞ、たきなー」
伊藤さん達が誘いの声をかけた。
むぅ、たきなは中々良いライバルになり得る。
「――いえ、結構です」
だが、勧誘も虚しくバッサリ断られた。
俺たちの中に、若干の困惑を残して彼女は去っていく。
それを千束が小走りで追いかけて行った。
……成程な。
暫くして、俺たちのゲームが佳境に突入していた頃だった。
何故か千束が俺の服の裾を掴む。
ちょ、今いいところなんだから邪魔するな。
一応、急用だと無視するのは危険なので振り返ると何故かそこに涙目の顔があった。
え、なに?
まさか、たきなさんに壮絶なフラれ方したのか。
「テン〜」
「どうした」
「明日、一緒に本部来て」
「嫌です」
誰が行くかよ!!
俺は即答で拒否した。
本部って、DA本部だろう?
千束などのリコリス及び店長、元はミズキさんも勤めていた場所だ。この喫茶リコリコも、表向きは喫茶店ではあるものの、その実態は小さくもDA支部の一つとしての役割を担っている。
特に本部は、最近までたきなが勤めていた場所だ。
俺も、数ヶ月に一回のペースで通っている。
主に非常勤の訓練教官として、だ。
店長が昔やっていたのもあり、戦闘技術もあるからと推薦され、何故か通ってしまった。
だから、本部には度々仕事で足を運ぶ。
でも行きたくない理由は山程あった。
まず一つ。
リコリス達にメチャクチャ絡まれるのだ。
最初は、可愛い妹たちができた気分だった。
貴重に思われる歳の近い異性がいるのだから、珍しがって集まるのは勿論だし、気のいい性格の持ち主たちなのですぐに仲良くなった。
だが、彼女らが積極的に関わって来るので作業が遅くなり、滞在時間が長くなるときが多い。
いや、ただ戯れるだけならイイよ別に。
でも、問題はその後だ。
次に、楠木司令。
DAに所属して以来、ずっと目を付けられている。
俺を昔使役していた上司に似た目で俺を見ており、将来は優秀な道具として働かせる目的なのか、やたらと多様な技術を俺に叩き込んできた。
おかげで死ぬほど勉強が嫌いになったがな!!
DAに長くいると、何処から聞きつけたのか必ず司令は俺の所へ現れる。
勘弁して欲しい。
主な理由は、この二つだな。
他にもあるが、挙げたらキリがない。
よって――。
「是非お断り申し上げます」
「拒否権は?」
「無いけど断る!」
「私が心配じゃないの?DA本部で私が楠木さんに怒られたりしても良いの!?」
「たっぷり叱られて来い」
誰がオマエなんぞ知るか。
千束は叱られて当然なので庇いようが無い。
好きに楠木司令のお小言を賜って来い。
「改めて言うけど、拒否権は無いよ」
「…………」
「ほら、テンだってライセンス更新あるでしょ」
「いや、俺はもう終わらせてるんだよ」
「嘘だっ!?」
「オマエのズボラと一緒にすんな!」
「来てよ!」
「やだよ!」
「来てよ!」
「やだよ!」
二人でガミガミ言い合っていると、米岡さんが小首を傾げた。
「どしたの、二人とも」
「聞いて下さいよ!テンが私とデートしたくないって言うんですよ!」
「はあ?」
「天くん、それは行かなきゃ男としてまずいよ」
「ほああ!?」
ちょ、何ですんなりと信じるんだよ。
俺と千束がデートって時点で嘘偽り度満点でしょ。
段々と周囲の目が俺をまるで意気地なしを見るような色に変わっていく。
俺が悪いみたいに見るのヤメテ。
えー……行ったら絶対に『あの話』されるから嫌なんだよな。
でも――。
「き、て」
クソご主人様は意見を変えるつもりが無いようだ。
こうなったら、俺の返答は一つしかない。
「はい、喜んで」
滅びろ、世界。
翌朝、俺と千束……そして何故かたきなが電車に乗っていた。
俺と千束はともかく、たきな?
ライセンス更新ならとっくに本部で済ませている筈ではないだろうか。
それに、先刻から頻りに手元のメモ帳に何事かを書き留めている。まるで決戦前夜の作戦について更に思考する軍師のような雰囲気を感じる。
「………」
俺と千束が隣、その正面に彼女が一人。
ううん……。
最初は千束が着席し、たきなが次に座るから彼女の隣に座るもんだと思っていたが、わざわざ対面に座った。
あれだけ一緒に働いたのに、少し距離を感じる。
やはり、それほど本部が恋しいのか。
そう思いながら――隣で飴を取り出す千束を見た。
さっと飴を取り上げる。
「あぁっ!」
「健康診断前に何を持ち込んでんだ」
「たきなにあげようとしたの!」
「結構です」
「そっか……じゃあ私が――あ!?」
にべもなく断るたきなに、仕方なさげを醸し出して飴を手にしようとする千束の行動に先んじて、俺がその飴を口の中に放る。
隣で悲鳴が上がった、ザマーみろ!
「オマエは食うな」
「そんなぁ……」
落ち込む千束から視線を外し、たきなを見た。
「たきな、ソレは?」
「司令に伝えたい事をまとめています」
「……相変わらず勤勉だな」
「ありがとうございます」
ぺこり、とたきなが頭を下げる。
本当に礼儀正しい。
「俺は一緒には行けないけど、大丈夫か?楠木さん、一対一だと怖くない?」
「そんな印象は無いですけど……」
「必要無いと思ったら耳を一切傾けない人だからな。なるべく、ゆっくり、落ち着いて話しな。伝えたい気持ちはあるだろうけど、伝え方を間違ったら直ぐ帰っちゃうから」
「……分かりました」
たきなが強くうなずく。
最近、思うんだが……メチャクチャ尊敬されてる。
千束を見る時と、俺を見る目が明らかに違う。
な、何か尊敬される事したっけ。
店の片付け最低限してボドゲ会に興じていたダメ大人の一人だった気がするんだけど。
「お、そろそろ着くぞ」
「ふえー、まだゆっくりしたいー」
「オマエはいい加減にしろ」
千束の脇に手を入れて抱えあげ、無理やり立たせる。
駅に停車したので、俺たちは颯爽と電車を降りた。
そのまま改札まで下りて、外へ出ようとすれば……一台の車が待ち構えている。
「お待ちしておりました。錦木様、井ノ上様、藤宮様」
げ、把握されてる。
コレ、俺の存在が司令にも伝わってない?
やや不安になりながらも、俺と千束、たきなは車へと乗り込んだ。
そのまま車で移動すること約一時間。
森の中で鉄柵に遮られた場所を通過し、そのまま奥地へ進んでいく。
相変わらず人の手から遠く離れた場所だ。
俺は設置されたカメラの方を一瞥し、同じようにカメラを見て舌を出す千束の顔が司令に見られていない事を祈った。連帯責任みたいなので殺される。
暫くして、森の中の施設に到着する。
俺たちは車を降りて、その中へと入った。
手荷物を検査機にかけながら、顔認識で入行許可を得る。
そして、速やかに受付へと移動して各々の用事へ向かう事にした。
「錦木さんは体力測定ですので、隣の医療棟へ」
「はーい」
「井ノ上さんは……」
「楠木司令にお会いしたいのですが」
「司令は現在会議中です。お戻りになるのは二時間後ですが」
たきなが受付に用件を伝える。
その途中で。
「アレでしょ、味方殺しの……」
「DA追い出された子でしょ」
「組んだ子、全員病院送りにするんだって。おっそろしー」
……声を小さくしているが、聞かれても構わないという声量で話している。
これはまた、随分と陰湿だな。
隣では、千束が声の主たる三人を睨んでいる。
「何だアイツらー?」
「…………」
「――お待ちになりますか?」
「あっ……はい」
たきなは……声を聞いて少し動揺が見える。
あの日の失態は、DA本部内には伝わっているらしい。
たしか、リコリスの死傷者はいなかった筈だ。
仲間殺しは事実無根なのだろう。年頃の子どもでも大人でもよくありがちな、一人を対象として貶める事で集団で快楽を得る為に悪い噂をやや誇張して共通の話題にするタイプだな。
ううん、これは対応が難しい……。
「私、訓練所に行ってますね」
「あ、たきな!」
空気に堪えかねたのか、走り去っていくたきなを千束が呼ぶ。
だが、彼女は止まらずに通路の角に姿を消した。
それを見送って、残された俺たちは見合う。
「藤宮さんはどうされますか?」
「あー……っと、訓練所に行ってます。あの、俺の事を司令には……」
「はい。内緒、ですよね?」
「助かります」
受付に用件を聞かれて、俺も適当に返す。
すると、千束に袖を引かれた。
「テン」
「……様子を見るだけだ。オマエは早く体力測定に行け」
「……わかった」
千束が体力測定へと向かう。
その背中を見送ろうとして――ふと見覚えのある顔があるのに気付いた。
「よ、エリカ。久しぶり」
「あ、うん。テン兄も久しぶり」
俺に声を返すのは、蛇ノ目エリカ。
本部に所属するセカンドリコリスで、俺の知り合い。
何度か訓練でも面倒を見た子なので、仲は良いと思う。
少し顔見知りする子だが、優秀だ。
本部のセカンドというのが、その証である。
「あれ、髪型変えた?」
「あ、うん。ちょっとね」
「そっか、いいじゃん。……あれ、そういえば今はヒバナと組んでるんだっけ」
「う、うん。テン兄は、今日なんでここに?」
「へっ。一人じゃ本部が怖いって言うヤツがいるから、付いてきたんだよ」
「それって……たきな?」
「いや、違うけど」
話している内に、ふと気づいた。
たきなの名を口にした瞬間、声色がやや暗くなった。
後ろめたさや後悔を感じるそれは、先刻のリコリスたちと異なる。
「たきなが心配か?」
「うん……実は」
「………」
俺は周囲を見回した。
やべ、リコリスたちが「あれテン兄じゃね?」みたいな感じで視線を向けて来ている。
今はそんな空気じゃないのに。
エリカの話も聞きたいので、人目が無いところに行きたい。
「エリカ。ちょい、場所移そうぜ」
「テン兄」
「良ければエリカの話、聞かせてくれよ」