ナナリーの令嬢修業   作:露草ツグミ

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全体の流れは変わりませんが、ニケとロックマンの会話をpixiv版から変更しました。pixiv版では軽い感じでしたが、真面目な内容になってます。



1-8. ナナリーの護衛①

 ニケは朝礼の後、ゼノン殿下にロックマン隊長の執務室に来るよう呼ばれた。隊長が殿下に言付けを頼むのは有り得ないから、これは殿下から何か命令があるということだろう。

 

「失礼します」

 

 隊長の執務室に入ると殿下と隊長が話をしていた。殿下だけが応接ソファに座っていて、隊長はその後ろに立っている。

 隊長は金髪に赤い瞳をしているが、おそらく変身魔法だろう。数日前に殿下の執務室で見かけたときは黒い髪、黒い瞳に眼鏡をかけていて、印象がかなり違っていた。

 騎士団の各執務室には強力な防御魔法がかけられていて、変身魔法の(たぐ)いはすべて解除されてしまう。ここは隊長の執務室だから、彼が防御魔法に手を加えて、自身の変身魔法が解けないようなっているのだろう。

 

 ニケは殿下や隊長と向かい合うように応接ソファの後方で立ち止まり、敬礼した。殿下は少し開いた膝の上に肘を置いて手を組み、さっそく話を始める。

 

「ニケに頼みたいことがある」

「はい」

「ナナリーと一緒にロックマン公爵家で令嬢教育を受けてほしい」

 

 

 ───は? 

 ニケは目を真ん丸にする。騎士となり、殿下の部下になってから三年。常日頃から反射で返答をしない訓練をしているが、それでも今回の命令は思わず変な声を出しそうになった。

 

「近々シーラでカーロラ王女の結婚式があるだろう? 俺とミスリナ、アルウェスとナナリーが出席することが決まった。だが、ナナリーは平民だ。王族、貴族の世界のことをよく知らない。だから勉強してもらっている」

 

 ああ、なるほど。ニケの家も今では貴族の端くれであるが、男爵の爵位をもらってからまだ一年も経っていない。友人のマリスから厚意で貴族令嬢としての教養を教わっているけれど、もし他国の王女の結婚式に出席しろと言われたら全力で固辞するだろう。

 

 ナナリーからカーロラ王女の結婚式に出席することになった経緯は聞いたが、最初は青ざめながら何度も首を横に振ったらしい。ナナリーのことだから言いくるめられた部分はあるだろうが、彼女を狙う魔物を退治するために自ら胸に魔剣を突き刺し(命を奪うものではないと知っていても普通はできるものではない)、魔物の魔力に浸食されつつ頼む隊長に(ほだ)されて頷いてしまったという。

 

「最初のひと月は毎日レッスンに来いとダンス教師に言われてしまったそうだ」

「それは……大変ですね」

 

 本当にダンス教師の指示なのかしら? ニケはチラッと隊長を伺う。隊長が当分の間、宿舎ではなく実家の公爵家から騎士団に通うらしいという噂を今朝聞いたところである。しかしポーカーフェイスが得意な彼は微塵も反応していなかった。

 

「だがこれは建前だ」

 

 殿下が言葉を切ってニケを見据える。室内にピリッと緊張が走った。

 ニケが入ってきたときから防音の魔法はかかっているし、執務室自体にがっちり防御魔法をかけてある。盗聴の心配はない。

 

「ナナリーの友人として自然に彼女を警護してほしい」

 

 殿下の命令は極めて妥当なもので、ニケは背筋を伸ばした。

 

「了解しました」

「この件はアルウェスと共に当たってくれ。詳しい話は、この後アルウェスから説明がある。騎士団の中でも内密にな。騎士団の一部とハーレの所長、時の番人事件の関係者しか関与させるつもりはない。女性騎士から何か詮索されても話すなよ」

「もちろんです」

「俺は団長と話があるからこれで失礼する」

 

 

 殿下が部屋を出ていくと隊長と二人きりになる。隊長は執務机の前に移動するとニケを手招きした。

 

「じゃあ詳しい説明をするよ」

「はい」

「今回のブルネルは主に人間からナナリーを守ってほしい」

「人間ですか?」

「そうだよ。ハーレは優秀な魔法使いが揃っているし、ナナリー自身も魔物相手なら強い。でも、人に対してはそうではない。例の夢見の魔物の狙いはナナリーで、共通の目的を持っていたトレイズが魔物にたぶらかされた。シュテーダルの復活を望む魔物にしろ、シュテーダルと同じ意思を持つ魔物にしろ、狙いはナナリーだ。人に憑いたり、或いは人に変化(へんげ)したり──知能の高い魔物なら、ナナリーを狙う人間、もしくは彼女の身近な人間を利用しようとするだろう」

「そうですね」

「ブルネルやフェルティーナも利用されるかもしれない」

「私やベンジャミンが人質になる可能性ですか?」

「まあ、そんなところだね。ナナリーを憎く思う人間が魔物に取り憑かれて、ナナリーを殺そうとする。もしくはシュテーダルの意思をもつ魔物が彼女を手に入れようとして、人間を利用する」

 

 前者は隊長を諦められない女性で、後者はナナリーに恋する男性ということか。

 

「ナナリーに取って代わりたい女性も、ナナリーに横恋慕する男性も多そうですね」

「……」

 

 ニケがちくりと刺すと、隊長はこころなしか憮然としたようだった。だがナナリーの親友としてこれくらいは言わせてもらってもいいだろう。

 

「……それから、例の夢見の魔物のように、知能の高い魔物も現れてきている。明確な殺意や敵意はなくとも、むしろ、漠然とナナリーを排除したい、彼女を手に入れたいと思っている人間の方が魔物につけ込まれやすいと僕は思う」

「それは……確かに」

 

 魔物が人に紛れて特定の人物を襲うならば、強い敵意を持った人間よりも、人畜無害そうな人間の方が相手を油断させやすい。ましてやナナリーは善良で真っ直ぐな性格をしているから、コロリと騙されそうである。

 おまけに、ナナリーの性格というよりは経験上、強い敵意を持った若い女性がナナリーを襲ったとしても、魔物に憑かれているかどうか関係なしに、その女性に同情してしまうのではないかとニケは思うのだ。

 

「では、人の皮を被った魔物がいる危険をナナリーに理解させることが私の役目でしょうか? ……私が思うに、ナナリーは学生時代に女子生徒から敵意を向けられることに慣れてしまって、もし悪意をぶつけられても、その女性に同情してしまうフシがあるのですが」

「…………」

 

 ニケから視線を逸らした隊長は、執務机に寄りかかり、こめかみに指を当てて黙り込んだ。

 学生時代にナナリーが浴びてきた貴族女子からの悪意ある言葉の数々や(あざけ)りは、そのほとんどがアルウェス・ロックマン──隊長に起因している。

 

「……その辺は追い追い僕からも対処する。ブルネルは、身近なところに魔物と通じた人間がいる可能性をナナリーに理解させてくれると助かる」

「わかりました。……男性に関しては、彼女を口説く男性を遠ざければいいですか?」

「というよりは、まずは口説かれていることに気づかせることかな」

「ああ、なるほど。そこから必要ですね」

 

 隊長は机の上の書類を取り、ニケに手渡した。

 

「ハーレの所長に渡す書類だ。君も内容を覚えておいて。今日の夕方までにハーレに行ってナナリーに話をしてほしい。護衛の件と、君が一緒に令嬢教育を受けること。それから、これはハーレの所長に頼む予定だが、当面ナナリーは昼間の勤務のみ、外出時の単独行動も禁止とする」

「それは……ナナリーが嫌がりそうですね」

「だから君も説得に協力してほしい」

 

 本音では隊長が自分で説得したらどうか、と言いたいところだ。

 ナナリーは仕事が大好きで、職場の人たちに迷惑をかけるのが嫌いだ。夜勤の方は、人数の少ない夜勤時に何か問題が起きればハーレ全体に迷惑がかかると理解できるからいいとして、昼間の一人の外出を禁止するのは少々過保護ではないだろうか。

 

「夜勤の方はともかく、外出時の単独行動の禁止はやりすぎではないでしょうか?」

「これはあくまでも緊急の処置だよ。フェルティーナとサタナースにも同様の警告をしている。これから時の番人に関して協力してもらうことが増えるからね。まあ、あの二人は勘がいいから心配はしてないけど」

「時の番人事件の関係者というなら、私も何かあるのでしょうか?」

「もちろん。殿下も僕も忙しくなる。ブルネルにも大いに働いてもらうよ。時期が来たら、ナナリーが所属するハーレにも協力を要請する予定だ。そのときに、彼女が一人で動けるようにブルネルから指導してもらえると助かる」

 

 常日頃から仕事に忙殺されている殿下や隊長がさらに忙しくなるとは、かなりの大仕事が待っているのだろう。どうやらニケとナナリー、ベンジャミンにサタナースもそれに巻き込まれるようである。ナナリーにはぜひとも優秀な能力を生かしてもらいたいものだ。

 

「それまでにナナリーの意識改革をする必要があるんですね?」

「意識というより常識かな。僕からも彼女に話はするけど、事前にブルネルやロクティス所長から説明しておいてもらえると説得が楽だからね」

 

 確かに隊長が説得すると反発して喧嘩になるだろう(たとえ喧嘩になっても最終的には丸めこんでしまうのが彼の特技ともいえるが)。ハーレの所長から説得、あるいは命令してもらえるのが一番楽である。

 

「了解しました」

「これは騎士団の正式な任務だから。ブルネルがナナリーと一緒にいる時間は勤務扱いになる。カーロラ王女の結婚式への出席も国に認められた仕事だと説明してほしい」

 

 ナナリーの護衛は僕と分担だ、と隊長は笑った。

 以前と違ってナナリーが絡むと彼は笑うようになった。澄ました笑顔ではあるものの、芯に隠しきれない熱がこもっていて、ウェルディやその他の女性に向ける笑顔とは全然違う。かつてのナナリーを前にすると不機嫌そうに幾重にも(もつ)れた感情をもて余していた彼はもういない。

 

 ウェルディを始め、騎士団の団員は彼の変化に気づいている。ナナリーが公爵家にしょっちゅう出入りしていれば貴族社会にも早々に噂は広まるだろう。恋愛に疎いナナリーは困惑するだろうが、なるべく早く二人の仲を世間に知らしめるのが、(くすぶ)り続ける想いを抱える人々の心に平穏をもたらす最善の方法なのだ。

 

 目の前に立つ美貌の青年は、今も昔も、ニケが知る限り水色髪の親友しかその瞳に映していないのだから。

 

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