ニケがハーレの扉を開けると、受付に半ば覆いかぶさるようにして受付嬢と話をしている破魔士が目に入った。ブロンドのポニーテールを揺らして遠目に窺ってみれば、破魔士の陰から水色の髪が見える。
ハァ……と思わずニケの口から溜息がもれる。
ゾゾが呆れた顔でナナリーと破魔士を見ていた。チーナは今はいないようだ。ナナリーではなく、まずゾゾに声をかけることにする。
「すみません、ゾゾさん、所長に取次ぎをお願いしたいのですが。騎士団から連絡はしてあります」
「わかったわ。ちょっと待ってね」
席を立とうとするゾゾをニケが止めた。声を潜めてそっと耳打ちする。
「あの破魔士、いつもあんな風にナナリーに声をかけてるんですか?」
「そうなのよ。ナナリーは大丈夫だって言ってるけど、ちょっと危ういのよね。隊長さんが何とかしてくれないかしら?」
「私が対処します。隊長から頼まれてますから」
おや、という風にゾゾの目が光った。
「所長に取次ぎお願いします。ナナリーも同席してもらいますので」
ゾゾは目礼をして席を離れ、ニケもナナリーの元へ向かった。
「すみません、そちらの受付の
ナナリーの座る受付に頬杖をついて彼女を口説いている破魔士に、愛想の
ハーレから出ていくまで睨み続けてやろうかと破魔士に向けていた視線を受付に戻し、親友に普段通りの顔を見せた。
「ナナリー、ちょっといい?」
「ニケ!」
ナナリーが笑顔で、だが、やや訝し気にニケを見た。ナナリーの前でニケが露骨に冷淡な態度を取るのが珍しいのだろう。
「どうしたの? ニケは一人?」
「大事な任務をまかされてね。所長とナナリーに話をしに来たの」
「私も一緒に?」
ちょうどゾゾが所長室から戻ってきてニケとナナリーを呼んだ。ナナリーは頭に疑問符が飛び交っているような顔でニケとゾゾを見比べている。
「あとは私が引き継ぐから、ナナリーはニケちゃんと所長室に行ってちょうだい」
ゾゾとニケでナナリーを所長室に追い立てた。
所長室に入ると、ロクティス所長に書類を渡し、光の季節に行われるカーロラ王女の結婚式にナナリーが出席すること、そのための令嬢教育、ニケとロックマン隊長がハーレの就業時間以外のナナリーを護衛することを説明する。
そして、当面ナナリーを夜勤から外すこと、業務、業務外に関わらずナナリーを一人で外出させないこと、休日でもナナリーは常にハーレの制服を着ることなどを要請した。
隊長のパートナーとして結婚式に出席することや令嬢教育が始まっていることを
ハーレには元々退魔の陣が張ってあるが、ハーレの女子寮にも退魔の陣を張ってもらい、ナナリーの部屋には個別に防御魔法をかける。魔法陣(おそらく隊長が考案した強力な防御魔法の魔法陣)が書かれた紙をナナリーに渡した。
夜勤から外れることはやはりナナリーが抵抗したが、ちょうど後輩たちの夜勤が始まる時期だそうで、所長から問題ない、むしろ好都合とばっさり切られてショックを受けている。
一般人を警護するときは数人交代で一日中見守るものだが、ハーレは魔物に対して守りが固いのでニケの警護時間はそこまで長くない。朝はナナリーに寮から真っ直ぐにハーレに出勤してもらい、退勤後はニケと一緒に公爵家に向かう。休日は朝から一緒に過ごすことになるだろう。その休日も令嬢教育に費やされるので、ナナリーには忙しい日々になりそうだ。
さて、ニケにとってはこれからが本題である。
「所長、ハーレの受付で職員を口説く男性をどうにかできないんですか?」
「それは前から気になっていたのよねぇ。職員側にもその気がある相手なら、まあ目くじら立てるものでもないと思っていたんだけど。ナナリーが受付に座ってから一気に増えだしたのよね」
机に両肘をつき組んだ手に顎を乗せてロクティス所長が溜息を吐いた。
「はいっ!? ち、違います! そんなことありませんよ。ただの社交辞令ですから!」
ナナリーは心外だと言わんばかりに否定した。
「ナナリー、客観的に、率直な意見を言わせてもらえば、あなたも隊長さんとよく似たところがあるわ。あなたは彼を女タラシと言っているけれど、あなたは人タラシってところね」
「な、何ですか!? それ!!」
こんな話題で隊長と同列にされればナナリーにとっては不愉快極まりないだろうが、ここはロクティス所長に加勢するのがニケの最良の手だ。
「受付に座るナナリーに恋している男性は、隊長に恋してる女性並みにいるってことよ」
「まさか! あいつと一緒にしないでよ!」
「ナナリー、あなたが気づいてなかっただけで、学生時代からあなたに恋する男の子はたくさんいたのよ」
「ははぁ、それを隊長さんが全部追っ払っていたってわけね」
「そうですね」
実際のところはニケも知らない。だが、まあ、きっとそんなところだろう。
ナナリーが他の男子を異性と意識する前に、隊長を見るように仕向けられていたのだと思う。もっとも、その隊長を異性と認識し始めたのは卒業後のような気もするが。元々の性格もあるとはいえ、ナナリーが自分の魅力を自覚していないのも結局は隊長の影響である。これは隊長の自業自得ということで、彼に苦労してもらおう。
「ニ、ニケ……」
ぷるぷると体を震わせるナナリーの顔には『裏切られた』という文字がでかでかと書かれていたが、せっかくの機会だからナナリーには実情を理解してもらわねばならない。ハーレの所長がこっちの味方なら話が早い。隊長の説得よりも数段効き目がありそうだ。
「ナナリー、これは冗談ではないのよ」
ロクティス所長の纏う空気が緊張感を帯びる。先ほどとは打って代わり、ナナリーに語りかける声が
「身を守る方法があるなら最大限、できる限りのことをやりなさい。これは所長命令よ」
「は、はい」
「あなたにその気はなくても、結果的に破魔士たちが魔物にたぶらかされることになれば大問題よ。時の番人の事件──隊長さんの日ごろの行いが招いた部分も否定できないわ。彼もいくらかは責任に問われたのではなくて?」
ロクティス所長の言葉はいつになく辛辣だった。ナナリーは驚いて目を見開き、息を呑む。ここまではっきりロクティス所長が言うとはニケも思っていなかった。
時の番人事件について隊長がどのような評価を受けたのか、表向きのことしかニケは知らない。ニケは目を伏せて答えた。
「私は詳しくは存じてません」
「そう。たとえ隊長さんにお咎めがなくとも、彼は物凄く責任を感じているでしょうね。だから貴女が嫌がるのを承知で、貴女の勤務予定にまで口出しするような対策を講じているのだと思うわ。オルキニスのときとは状況が違うのよ」
まるで人が変わったかのように、ロクティス所長の眼光は鋭く、その言葉には重みがあった。二ケとナナリーは予想外の彼女の迫力に
ニケは自分が知る優秀な騎士たち、団長や殿下に隊長、ヴェスタヌ王国のボリズリーなどと同じ気迫を感じていた。ナナリーは少し顔色が悪い気がする。
「それに──」
一度言葉を切ったロクティス所長は机の上の木彫りのリュンクスを見つめる。彼女の瞳に仄暗い影が差した気がした。
「あなたにもしものことがあったとき、あの隊長さんがどうなると思う?」