加筆修正して話の流れがわかりやすくなったと思います。
※10/18加筆修正しました。
「ロクティス所長ってあんな一面もあるのね。意外だったわ」
「うん、私も……」
所長室から退室して廊下を歩きながらニケは呟いた。ナナリーはまだ困惑しているようだ。所長の最後の言葉はナナリーにどう響いたのだろうか。
テオドア・ロクティスの名前はニケも知っている。『現代の崇高なる魔法使い百選』にも選ばれた優秀な魔女であり、何より『黒天馬殺し』事件のときに救世主と呼ばれた人物だ。
騎士団員と民間人を魔法陣に閉じ込めて命を奪うというおぞましい事件が起きたとき、騎士団の団長はグロウブ団長の双子の兄で、その団長でさえも魔法陣を破れずに命を落とした。そんな恐ろしい魔法を一度に破ったのが当時ハーレの受付嬢だったロクティスである。
ニケはロクティス所長とそれほど面識はないけれど、ナナリーから伝え聞く彼女は、若くしてハーレの所長に就いていながら気さくで親しみやすい人柄という感じであった。グロウブ団長には常に喧嘩腰であるが、ナナリーとロックマンみたいな例もあるので内実はわからない。
優し気で快活な女性という印象の彼女からはうかがい知れない、心の奥底に暗い何かを秘めた表情。抑制されていても静かに滲み出る気迫。何かを覚悟しているような、団長や隊長、他にも修羅場をくぐってきた騎士たちと共通する何かを彼女から感じた。
もしもナナリーが殺されたりしたら。
隊長はナナリーを手にかけた人間を
オルキニスの事件の時も。
海の国でも。
シュテーダルとの戦いのときも。
誰よりもナナリーを守ろうと力を尽くしたのは彼だから。
時の番人事件では隊長も被害者側なのだが、彼に恋情を募らせたトレイズが、ナナリーに成り代わろうとして魔物にたぶらかされたのが発端である。彼は自らケリをつけようと、魔剣を胸に突き刺し、夢見の魔物の内部に侵入して戦った。
魔剣を隊長の胸に刺さなければトレイズが魔物との契約違反で死んでいたそうだが、魔物の言葉をどこまで信用できるか怪しいものである。現代に残っていた隊長が、ナナリーを助けるため選んだ最短の手段が魔剣を自分の胸に刺して魔物に侵入する方法だったのだろう。
あの事件のときは隊長が倒れてしまい、彼だけは過去に向かわなかった。突然の不調は魔物と関係があったのだろうとゼノン殿下は後に仰っていた。ニケたちが過去で魔物と対峙したとき、過去の隊長──ロックマン少年は夢見の魔物に取り憑かれ、体を乗っ取られかけた。もしそれと関係があるのなら、きっと隊長には勝算があったのだ。
とはいえ、魔物に侵入するなんて恐ろしくてニケには想像もつかない。自我を保って戦った彼は人間離れしている。
しかし、代償は決して小さくなかった。彼は魔物の呪いを受けて、彼の魔力と知識をもってしてもまだ解けていない。その上、魔物に取り憑かれたロックマン少年が子どものナナリーの首を絞めた事実にも、許しがたい罪悪感を抱えているとニケには
ニケは足を止めてナナリーを見つめ、頭上で指をくるくると回して防音の膜を張る。
「トレイズと時の番人の事件で、今のところは隊長に黒星ひとつかしら」
ナナリーが目をぱちくりさせる。
「隊長は身から出た錆よ。ナナリーは同じ目に合わないためにも男女のことを勉強しなきゃいけないわ。隊長には負けたくないでしょ?」
ニケの言わんとするところを理解したナナリーは強い瞳をして頷いた。かつてよく見た『絶対にロックマンに勝つ!』と奮起する顔をしている。懐かしくなったニケはにこっと笑った。
*
ナナリーと細かな打ち合わせを済ませると、ニケは王の島に帰った。
隊長は不在だったため報告書だけ提出する。仕事に戻ろうとしたときゼノン殿下の執務室に呼び出された。隊長も一緒かと思ったが、執務室には殿下しかいなかった。
「ナナリーは納得していたか?」
「はい」
「ほう、意外だな。俺が命令するならまだしも、アルウェスの命令を素直に受け入れたのか?」
「ハーレの所長のおかげです」
「ロクティスが?」
「はい。騎士団の命令だからという訳ではなく、ロクティス所長がナナリーを説得してくれました」
「そうか……」
「ロクティス所長のことは詳しく存じ上げていませんでしたが、ハーレは凄い魔法使いが揃っているんですね」
「そうだな。……学生の頃、ナナリーがハーレに就職すると聞いたときはもったいないと思ったものだが。実を言うと、グロウブも俺も、ナナリーには騎士団に来てほしかったんだ」
「わかります。私も同じことを思いました」
殿下は顎に手を添えてしばし黙考したあと、ニケを見た。
「ニケ、これは副団長としての命令だが。この機会にナナリーが騎士団とも連携をとって戦闘ができるよう、基本だけでも叩き込んでほしい。彼女はハーレの受付ではあるが、魔力、戦闘力、頭脳──どれをとっても一流の魔法使いだ。このまま遊ばせておくのは惜しい。演習場での戦闘訓練も許可するし、兵法の勉強もいい。氷型の団員と魔法の研究をさせても構わない。ウォールヘルヌス以降、団員もナナリーには一目置いてるだろう?」
「はい……」
しかし、それではナナリーを騎士団に取り込むことになるのではないか? ナナリーの夢はハーレの受付嬢なのに。
「悪いが、ナナリーには自分の力の価値がわかってない。この大陸中で直接始祖と会話した魔法使いがナナリー以外にいるか?」
「……聞いたことはありません」
「現在始祖級と呼ばれる魔法使いは大陸でも数えるほどだ。ドーランではやっとアルウェスが頭角を現した。ナナリーもそれと同等の力を持っている。だが、圧倒的に経験が足りない」
殿下はそこで一旦言葉を切り、ニケの目を見据える。
「──有事に備えて戦力はどれだけあってもいいんだ。騎士団の戦闘力を急に上げることは正直難しい。だが、平時から各領地を守る貴族たち、市井で活躍する優秀な魔法使いたちと共闘できるようにすればドーランの軍事力の底上げができる。ウォールヘルヌスのときのように、絶体絶命になってナナリーに頼るなんて無様な真似を繰り返すわけにはいかない」
「おっしゃる通りです」
「ナナリーを『利用する』のはアルウェスとっては不本意だろうが……あいつの手にも負えなくなった時、最後にあいつが頼るのは結局ナナリーだ」
それはニケにも否定できない。ナナリーは隊長に庇われてばかりと悔しがってるが、魔王シュテーダルに対抗するにはナナリーの力が必要なのだ。隊長だけでは無理である。そして隊長にできないことが他の団員にできるはずもない。
隊長はずっと彼女を護る立ち位置でいたいのだろうけれど(オルキニスの時はナナリーを護り切れて彼も本望だったろう)、現実はそうはいかない。シュテーダルはナナリーの氷の魔法でバラバラに砕け散ったが、いつの日か復活するという。そのときに備えて殿下は対策を考えておられる。
「それが騎士団として正しい在り方なのかはわからない。だが、アルウェスとナナリーはお互いを高め合い、助け合い、結果として国や大陸をも護ってしまう。だから、あの二人はそれでいいと俺は思っている」
殿下は友人や民を無下に扱うような御方ではない。ナナリーの夢も、隊長の希望も、全部承知の上だろう。
「私もそう思います」
殿下はニケに微笑むと、窓の外へ目を向けた。殿下の視線の先は守るべき国と国民に向けられている。
ニケは騎士だ。騎士はときに命を懸ける。それは決して任務の為ではなく──愛する人や家族や民のために、誰かのために命を懸けるのだ。
真っ直ぐな眼差しで民を見守るこの方の横顔を、ずっと見続けていきたいとニケは思った。
最後にニケとゼノンの会話(テレパシー)のエピソードがあったのですが、約二週間後に時間がとんでいるため、別のニケ視点(※未発表。これから書く予定です)に組み込むことにしました。
10/5にフロースコミックが発売されるので、次の更新は土曜日以降の予定です。