ナナリーの令嬢修業   作:露草ツグミ

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サブタイトルを変更しました。次話から『ポルトカリ』です。pixiv版よりだいぶ削り、主題を明確にしました。



1-11. 令嬢教育二日目

 

 ハーレ終業後、ナナリーはハーレの裏に出ると魔法陣で公爵邸へ転移した。明日はニケがハーレまで迎えに来てくれるらしい。

 転移の魔法陣は便利だけど、考え事をしたいときには向いてない。ララに乗って空を飛ぶのは爽快で気分がよく、ララの背中で揺られているうちに気持ちの整理がついてくる。それに、もふもふのララに触れていると癒されるのだ。

 

 文字通りあっという間に公爵邸に着いてしまう。着地した噴水広場は今朝アルウェスと使い魔のユーリに散々揶揄(からか)われた場所で、噴水を見上げて憮然としてしまった。

 

 公爵邸では客人が敷地に入ると来訪者を知らせる魔法が施されているのだろう、ナナリーが玄関にたどり着く前に扉が開く。執事さんたちがにこやかに迎え入れてくれた。

 すぐに授業(令嬢教育)が始まるのかと思ったが、昨夜ノルウェラ様とお喋りをした談話室に通される。家族用のこじんまりとした談話室である。ノルウェラ様とキース君が待っていたが、キース君はお風呂に入るためにお世話係が連れていった。

 

 ナナリーたちの前に芳しいお茶が運ばれてくる。疲れていたから美味しいお茶とお菓子がとても嬉しい。ついにこにこと頬が緩んでしまった。

 

「ナナリーさんは昨日も今日も仕事があったのでしょう? 疲れてないかしら?」

「少し疲れはありますけど、大丈夫です。仕事は楽しいですから」

 

 疲れたとしたら仕事の前、今朝の諸々の出来事だろう。昨夜公爵邸で寝こけてしまったのが悔やまれる。今日は絶対に寮に帰ると決めている。

 

「少し治癒魔法をかけてもいいかしら?」

「いいんですか? ありがとうございます」

 

 ノルウェラ様は治癒魔法が得意と殿下から聞いたことがある。貴族の女性にしては珍しいと思う。

 ナナリーの同級生だった貴族女子は、学校を卒業した後は結婚が重要な仕事だそうだ。次期女侯爵になるため父親の手伝いをしているマリスは(まれ)な例である。

 ハーレの受付嬢になるために魔法学校に入学した平民のナナリーとは人生設計が違い過ぎる。

 

 そういえば、貴族の子供たちが同じ学校に通うのは結婚相手を探すためだとマリスが言ってた気がする。

 貴族は自分の領地を魔力で守る義務がある。幼少の頃から家庭教師に勉強や魔法を習い、十三歳になる年に魔法学校へ入学する。将来領地を守るために国の最高峰の学校で魔法を学ぶのである。

 学生時代はそういった貴族の義務がよくわからなかったが、社会に出た今なら理解できる。

 

 ナナリーの世代では貴族の令嬢も学校卒業後、つまり成人してから結婚するのが普通になっている。しかし、昔は十五歳くらいで結婚する令嬢が多かったらしい。ノルウェラ様もおそらく成人前に結婚されていると思う。十五歳なんてまだ子供だと思うのだが、その歳で結婚するなんてナナリーには想像もつかない。

 

 

 ノルウェラ様がナナリーの隣に座り、ナナリーの額に手を当てた。ノルウェラ様の指先から暖かな、優しい熱が流れ込んでくる。

 目を閉じると体の中で滞っていたものがほぐれて、するすると流れていく感じがする。とても気持ちがいい。頭が軽くなっていく。

 

 気持ちがよくて、数分熟睡してしまったかもしれない。気がつけば背もたれに寄りかかって眠っていた。

 ゆっくりと目を開けると蜂蜜色の甘く匂い立つような金髪が視界に入る。一瞬心臓がピクンと跳ねた。アルウェスと同じノルウェラ様の金髪。とにかくキラキラしてるあいつの特徴。

 

「ありがとうございます。とても気持ちが良かったです」

「よかったわ。アルウェスのわがままにつき合わせちゃってごめんなさいね」

「わがまま?」

「ナナリーさんは貴族社会には馴染みがないのでしょう? それなのにいきなりカーロラ王女の結婚式に出席するなんて……。しかもしっかり働いてるのに。ハーレでも優秀だときいてるわ」

 

 シーラに行くことは仕事と同じだと説明されて気持ちを切り替えたのだが、そのことはノルウェラ様には言わないほうがいいだろうか。

 自惚(うぬぼ)れかもしれないが、ノルウェラ様にはだいぶ気に入られているように思う。初対面のときに赤ん坊を抱かせてもらったり、ちびアルウェスを任されたり。

 

 ナナリーもノルウェラ様は大好きだ。とても憧れる貴族の女性である。学生時代の貴族女子にはあまりいい思い出がなかったから、大貴族の公爵夫人がナナリーを気に入ってくれるなんて奇跡に近いと思う。

 

 ノルウェラ様は四人も息子がいるけれど、そんな風には全然見えなくて、アルウェスの母親というよりも姉にしか見えない。顔もよく似ている。

 公爵夫人なのに平民のナナリーにも親切で優しい。愛情深い母親で、おまけに治癒魔法が得意な優秀な魔女だ。アルウェスの母親だからおそらく魔力も大きいのだろう。本当に完璧な女性だ。

 

 アルウェスが魔剣を刺した直後は、彼の体を巡る魔力がまるで魔物そのもの、こんな邪悪な魔力が巡っているなんて……と怯えていたようだった。息子が魔物のような気配を帯びたらそりゃ恐ろしくもなるだろう。

 アルウェス少年は魔物の気配を感じると肌が粟立つと言っていたが、ノルウェラ様も魔物の気配に非常に敏感なのかもしれない。

 こんな女神様のような母親に心配かけて親不孝な息子である。

 

「ナナリーさんはどうしてハーレに?」

「子供のころ破魔士の父とハーレに行きまして、そのとき会った受付のお姉さんがとても素敵で、憧れてしまったんです。まるで一目惚れみたいに。そのお姉さんみたいなハーレの受付になりたくて、魔法学校を目指しました」

「まあ、そうなの」

 

 この話はあまり他人(ひと)にしたことがなかったのに、いつの間にかするっと話し始めていた。

 

「私は外で働いたことがないから、そういう話はとても楽しいわ。うちの子はそういう話をあまりしてくれないのよ。ほら、男の子ばかりでしょう? 優しい子たちだけど、大きくなると母親には自分のことを話したくないみたいね」

 

 ノルウェラ様はミスリナ王女のお世話係をされていると聞いたことがある。とても大変なお仕事だと思うのだが、ノルウェラ様にとっては仕事ではないのだろうか? 仕事というよりは「大変名誉なこと」という感じなのかな? 

 ノルウェラ様に憧れている令嬢もたくさんいるのではないかと思う。

 

 それにしても、息子って母親と話をしないものなんだろうか。恥ずかしいのだろうか。

 アルウェスは弟を可愛がっているし、家族との関係は良好で、母親のノルウェラ様もとても大切にしていると思うけれど、それとこれは話が違うのか。

 

 一人っ子のナナリーには息子と母親のことはよくわからない。ナナリー自身は両親と仲が良くて、実家に帰ったときはたくさん話をしている。両親が海の国に行ってからもう一年近く会っておらず、実はかなり寂しい。

 

「その憧れの女性には会えたの?」

「はい、会えました。すごく嬉しかったです。今もハーレで一緒に働いてます。彼女が私の目標です」

 

 改めて言葉にしてみると照れくさい。そして、所長にはまだこの話をしたことがなかったと気がついた。

 あの憧れのお姉さんとハーレで一緒に働いているって、実は凄いことなんじゃないかとも思う。当時の所長が何歳だったのか知らないけれど、途中で辞めてしまっていてもおかしくないのに。

 

「それはとても素敵ね」

「子どもの時にハーレで彼女に会ってなかったら、魔法学校にも行ってなかったかもしれません」

「あら……。それじゃあハーレのその女性に感謝しなくちゃね。その方のおかげでアルウェスがナナリーさんに出逢うことができたんだもの」

 

 慈愛に満ちたノルウェラ様の美しい微笑みに、ナナリーはほんのりと頬を染める。なんて優美で綺麗な方なんだろう。

 ノルウェラ様からこんな風に言われるなんて夢にも思わなかった。なぜだろう。私がアルウェスと出逢ったことを、どうしてノルウェラ様はこんなに喜んでいるのだろう。

 

 

 *

 

 

 ノルウェラ様の治癒魔法に助けられて、ナナリーは元気に礼儀作法とダンスの練習に向かった。

 

 嫌だ嫌だと思っていると進歩は遅い。ナナリーは運動神経は悪くないし、体力も筋力も、そして根性だってある。昨日の一カ月拘束宣言(毎日ダンス練習に通う)を撤回させるべく、頑張って早く習得してやるのだ。

 ダンスに慣れないのは認める。高いヒールではマリスに指摘されたように踵に重心が乗ってしまうし、背筋(せすじ)を伸ばせと言われて伸ばしてみれば腰を()るなと注意される。

 

 先生と組んで練習して気がついたのは、頑張って背筋を伸ばし、羞恥心を追いやって胸を張って踊っていると、男性との距離はそれほど近くないということである。それを先生に質問してみると、上手になればなるほど男女の顔の距離は離れるらしい。相手の顔なんか見なくても二人で踊れるというのだからすごい。

 

 ダンスは男女の距離が近くて恥ずかしい気持ちが勝っていたが、それは思い込みであったようだ。

 それともこれまで踊った相手のせいなのか……。もちろんその相手とはアルウェスなので、ちょっと心の中がモヤモヤした。

 

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