ナナリーの令嬢修業   作:露草ツグミ

16 / 49
加筆修正しました。話の流れは変わっていません。ロックマンの口がペラペラとよく回っております。


1-12. ポルトカリ①

 

 ダンスレッスンの後は食事作法と貴族令嬢の会話の勉強である。つまり、ノルウェラ様と晩餐を共にするのである。

 昨日と違ってマリスがいないのが少し心細いが、ナナリーは思ったよりも緊張せずに食事ができている。お屋敷に着いたときにノルウェラ様とお話ができて良かったと思う。あのときにだいぶ打ち解けたような気がする。

 

 執事さんがノルウェラ様に何かを耳打ちしたとき、食堂の扉が開いてアルウェスが入ってきた。振り返ったナナリーとアルウェスの視線がバチッとぶつかる。彼は騎士団のローブを着ている。仕事から帰ってきて直接この部屋に来たのだろうか。

 

「ただいま」

 

 ナナリーは咄嗟に返答できず、口をもごもごさせた。閉口術でもかけられたように言葉が出ない。

 

「おかえりなさい、アルウェス」

 

 当たり前だがノルウェラ様は何の気負いもなしにアルウェスを迎えている。

 

「母上」

「ふふ、早かったわね。ちょうど今、ロウがあなたの帰宅を伝えるところだったのよ。せめてローブを脱いだらどう? お行儀が悪くてよ」

「先に顔を出しておこうと思いまして」

 

 このまま自分だけ黙っていてはいけない。たかだか『おかえりなさい』ではないか。ハーレでも破魔士が依頼を終えて戻ってきたら、受付嬢は必ず『おかえりなさい』と挨拶をする。毎日何十回も言っている言葉ではないか。

 

「お……」

「お?」

 

 挨拶は受付の基本だ。しっかりしろ、ナナリー。ちゃんと目を見て言うんだ。ああ、でもノルウェラ様や執事さんがこちらを見ている。緊張する! 

 

「お、おかえりなさい!」

「…………」

 

 アルウェスは虚を突かれた顔をしてナナリーを見つめ返した。どこか呆然としている彼にナナリーは首を傾げる。 

 

「どうしたの?」

「……別に?」

 

 口から下を手で覆ってスッと視線が逸らされる。

 

「ロウ、アルウェスに食事をお願いね」

「僕は簡単なものでいいよ。母上、一旦部屋に戻ります」

「ナナリーさんを待たせちゃ駄目よ?」

「すぐ戻りますよ。……ナナリー」

「な、なに?」

「食事の後に話があるから、帰らないでね」

「話?」

「まあ、講義みたいなものかな?」

 

 アルウェスは入ってきた扉から足早に部屋を出て行った。

 

「ふふふ……」

 

 ノルウェラ様が口許に手を添えてにこやかに微笑んだ。

 

「ノルウェラ様?」

「アルウェスったら……。いつもはあんなに急いで顔を見せてくれたりしないのよ? そんなに早くナナリーさんに会いたかったのかしら」

「ええ!? まさか、そんな」

「ナナリーさんが『おかえりなさい』と言ってくれたから、びっくりしていたわね。とても嬉しかったに違いないわ」

「そ、そうでしょうか?」

 

 確かにナナリーがアルウェスにちゃんと挨拶をするのは珍しいかもしれない。学生時代から会えばすぐに喧嘩になって、告白してからはナナリーが変に意識してしまい、普通の会話の仕方がわからなくなってしまった。食事に誘ってくれるのも、先に声をかけてくれるのもアルウェスだ。

 ひょっとして自分はものすごく失礼な人間だったのではないか。これは反省しないといけない。

 

 アルウェスが絡むといつも頭に血が上ってしまうのに、こうやって冷静になれるのはノルウェラ様のおかげだと思う。ノルウェラ様とお話をしていると、心の棘もぽろぽろと剥がれ落ちていくような気がする。

 それにしても、こんな女神様のような母親の息子が、どうしてあんなに生意気で可愛げがなくなってしまったのだろう? 

 

 そんなことをつらつらと考えているとアルウェスが戻ってきた。着替えてくるのかと思ったが、ローブを脱いで眼鏡をかけただけで、第一小隊の隊服のままである。

 

 彼がナナリーの向かいの席に座ると、すぐに温かな食事が並べられる。主菜の皿にスープ、パン、サラダがついた定食という感じだ。一皿ひと皿が手の込んだ豪華な料理である点が庶民の料理屋とは大違いである。

 一方、ナナリーの食事は作法の勉強のため、略式であってもコース料理である。ナナリーにしたら連日高級なレトランで食事してるようなものだ。なんと贅沢なことか。

 

 すでに食事が終わっていたナナリーの前にはデザートとお茶が運ばれてきた。

 デザートは甘橙(ポルトカリ) のタルトだった。大きなタルトを切ったもので、蜜のかかったポルトカリがつやつやと輝いている。タルト台とポルトカリの間には二種類のクリームがみっちりと詰まっていて、とても美味しそうだ。

 フォークで小さく切って口に運ぶと、サクサクのタルト生地はバターの風味が香ばしく、とろっとしたコクのあるクリームと甘酸っぱいクリームに蜜漬けのポルトカリが相まって爽やかな甘さが口いっぱいにひろがる。

 

「美味しい……!」

「そう? お口に合ってよかったわ」

「はい、とても美味しいです」

 

 もっとぱくぱく食べたいのに、貴族令嬢はそうはいかない。小さく切ってゆっくり食べなきゃならないのである。

 貴族とは不自由なものである。嫁入り前の貴族令嬢が侍女もつけずに友人と旅行などまかりならん、と両親に止められたマリスが、貴族なんて嫌だと泣いた気持ちが今ならよくわかる。

 

「気に入ったなら、おかわりすれば?」

 

 銀縁の眼鏡の奥から柔らかく目を細めてアルウェスが言う。穏やかな口調だから、揶揄(からか)っている訳ではないと思う。

 

 しかし、晩餐会の作法を学んでいるのに、人前でお菓子をいくつもばくばく食べるのはよろしくないだろう。マリスにバレたら確実に怒られる。

 

 迷ったものの、丁重にお断りした。するとアルウェスの眉が軽くつり上がる。

 

「どうしたの? 食べ放題で僕と勝負する君の言葉とは思えないね」

「う、うるさいな。たくさん食べる女で悪かったわね」

 

 ノルウェラ様の前で食べ放題で勝負したとか言わないでほしい。恥ずかしいではないか。

 

「悪いなんて思ってないよ。食べないよりずっといい。女の子はいろいろ気にして少食になりがちだからね。健康的でいいじゃないか」

「女性らしさに欠けてるってこと?」

「返答に困る質問はしないでほしいな。君ときたら……王宮の舞踏会で真っ先に料理を食べる女性なんて僕は初めて見たよ。あんまり美味しそうに食べるから、料理人も喜んでいたよね」

「王宮の舞踏会っていつのことよ?」

「覚えてないの? 金色(こんじき)の蝶の君」

「ちょ……! その呼び方やめてよ!!」

「食事中だから騒がないでね」

 

 ナナリーは慌てて片手で口を押さえた。過去の恥ずかしい所業を、生まれながらの公爵令嬢のノルウェラ様の前で暴露するのはやめてほしい。舞踏会の常識も知らないと思われてしまう。いや、本当に知らなかったけれど。

 

「……仕方ないじゃない、舞踏会が始まる時間が遅いからお腹が空いちゃったのよ。普段食べないような美味しいお料理ばかりだったし」

「だから悪いなんて言ってないよ。まぁ、あのときは笑っちゃったけど? それにしても、君は食べ物を吸収する魔法でも使ってるの? どれだけ食べたって学生時代と変わらないよね。それとも、ハーレは意外と重労働なのかな」

 

 「学生時代と変わらない」なんて、人によっては褒め言葉かもしれないけれど、親友にペチャパイだの何だのと馬鹿にされまくった私には(けな)されているとしか思えない。こいつだって貧相な体と笑っていたじゃないか。私は忘れていないんだから。

 いつの間にやら顔をしかめてアルウェスを睨みつけてしまったらしい。困ったような、どこか馬鹿にしたような顔でやれやれと溜息を吐かれる。

 

「母上やロウの前でそんな顔はしないでほしいな。君は僕のパートナーとしてシーラまで一緒に行くんだから。彼らが心配してしまうだろう?」

「な……! どの口がペラペラと……!」

 

 ナナリーは魚のように口をハクハクさせた。

 

「僕は君を褒めたつもりだけど?」

「あれのどこが褒めてるのよ!?」

「君みたいに素直な人間にもわかるように褒めたつもりだよ。君は素直で真っ直ぐだから、要するに根が単純で、ほら、記憶探知の魔法もすぐ会得できただろう?」

「人のことを単純単純言わないでよ!」

 

 記憶探知の魔法を教わったときに散々単純と言われたのを思い出す。数年前の話を持ち出すアルウェスも腹立たしいが、こんな細かいことを覚えている自分も自分だ。嫌な記憶は楽しい思い出より忘れるのが難しい。

 

「あのときはすぐに魔法を習得できて良かったじゃないか。僕も部下の前で君に腕を凍らされた後だったからね、君がしくじったら立つ瀬がなかったよ。それに、素直な性格なのは美点だろう? 他の人には素直なのに、どうして僕にはこうも突っかかってくるのかな」

「突っかかってくるのはどっちよ!? この減らず口が!!」

「はい、そこまで」

 

 アルウェスはぴたっと人差し指をナナリーの唇に向けていた。人を指差すのではなく、魔法を使う仕草である。閉口術を使われたのだ。デラーレのときのように、直接体に触れることなく、無詠唱で軽々と閉口術をかけてくる。

 こいつ、やけに手慣れている。仕事でしょっちゅう使ったりするのだろうか。自分ならそんな上司はお断りである。

 

 少し前に所長にも閉口術を使われたけれど、あれはナナリーが謝る必要はないと伝えるためだった。同じ閉口術でもこいつとは使う目的が全然違う。

 

「やっぱり君は口が悪いな。君は公爵家(うち)に令嬢教育に来ているんでしょ? くれぐれも僕のことを『あんた』なんて呼んじゃ駄目だよ」

 

 それは確かに真っ当な指摘なのでぐうの音も出ない。喋れないからコクコクと頷く。すると直ぐに術が解かれた。しかし、散々人を貶した挙句、最後には閉口術で黙らせたこの憎ったらしい『男性』をなんて呼べというんだ。

 

「僕のことは『貴方(あなた)』と呼べばいいと思うよ」

 

 にっこりとアルウェスが笑う。ナナリーはぶるっと震えて両腕を抱えこんだ。

 

「鳥肌が立つ……! マリスみたいにあんたと喋るなんて無理!」

「そう呼んじゃ駄目って言ったそばからこれだ。先が思いやられるね。マリスみたいに話せとは言わないよ。前も言ったけれど、僕に敬語なんて使わないでいいし。丁寧で綺麗な言葉を使えばいいんだよ」

「え? 『あなた』と呼ぶなんて寒気がしますわ、おほほほほ?」

「だから違うって……」

 

 アルウェスが噴き出した。肩を小刻みに震わせて笑っている。噴き出して笑っているくせにどこか上品だ。くそう、生まれついての公爵子息め。

 

 ハッと気づいて周りを見れば、ノルウェラ様も執事さんも使用人たちも眉を下げて必死に笑いを(こら)えているのがわかった。ナナリーの顔からサーッと血の気が引いていく。

 

 穴があったら入りたい……! 

 防音の魔法をかけてなかったことを心から後悔する。今すぐここから立ち去りたい衝動に駆られたナナリーは、頭を抱えて小さくなった。

 アルウェスは可笑(おか)しくてたまらないとでもいうように、目尻に涙を浮かべ、手で口許を押さえて笑っていた。

 




初めてロクナナの口喧嘩という名のイチャイチャを書いたのがこの話です。難しかったけれど、楽しかったのを覚えています。

ロックマンは公爵家の人たちにナナリーとの会話を見せつけ……ごほん、二人の普段の関係を実演で説明してます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。