ナナリーの令嬢修業   作:露草ツグミ

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ロックマン視点を追加しました。ほぼ書き直しです。この話だけ読んでも楽しめると思います。



1-14. ポルトカリ③

 

「私なら一人で帰れるわよ」

「駄目。寮まで送るよ」

 

 公爵家を辞去しようとするナナリーに、アルウェスが寮まで送ると言ってきかない。転移の魔法陣で直接寮の部屋に帰るのだから、護衛は必要ないだろうに。

 

「君を寮に送り届けるまでが僕の任務だから」

 

 そう言われると反論するのが難しい。きっとニケも同じように主張すると思う。しかし、ニケなら一緒に寮の部屋に転移しても問題ないが、アルウェスが部屋に来るのは勘弁してほしい。同僚に見つかったら何を言われるかわかったものではない。

 

「──そうだ! 所長が寮の退魔の陣に男子禁制も加えたのよ。だから成人男性は誰も入れない」

 

 所長ってば、なんて気が効いてるんだろう。さすが所長。

 

「未成年ならいいの?」

「言っとくけど、変身魔法でも誤魔化せないわよ」

「そんなことしないよ。そうじゃなくて、魔法陣の条件の話」

「子供なら別に構わないと思うけど?」

「未成年でも十五、六歳にもなればもう子供じゃないでしょ?」

「えぇぇ……?」

 

 少し、いや、かなり引いた。もしかしてこの男、二十五歳にもなって、しかも女性にモテモテだというのに、十代半ばの少女も恋愛対象なんだろうか? そんなに守備範囲を広くしてどうするのだろう。

 

 顔を引き攣らせたナナリーが半歩退()くと、アルウェスは半眼になり溜息を吐いた。冷ややかな視線を向けられる。

 

「君、何を考えてるの?」

「いや、その、私が十五、六歳のときは特に異性を気にしたことなかったし」

「それはよく知ってる。君を基準にしちゃ駄目だよ」

「いちいち言葉がひっかかるんだけど?」

「気のせいじゃない? まあ、いいよ。僕よりブルネルから伝えてもらう方がいいだろう」

 

 さらっとニケの仕事を増やすようなことを言わなかったか? 

 

「何か問題があるなら私から所長に伝えるけど」

「君は余計なことはしなくていいよ。騎士団とハーレの所長の問題だから」

「でもハーレの寮の話でしょ?」

「ハーレ内の話に騎士団が口を出しているんだよ。だから最後まで騎士団が責任を持つ」

「……要するに、所長の職権に騎士団が口出ししてるから、細かいことも騎士団と所長で決めるってこと?」

「そういうこと」

 

 しち面倒くさい気がするけど、お偉方は命令系統とかが重要なんだろう。その辺は納得できるので、ナナリーは引き下がることにした。 

 

 

 ノルウェラ様にお礼を言って、執事さんや使用人たちに見守られて玄関を出る。結局アルウェスも一緒に来ることになった。もちろん寮の前までだ。

 

 しとしとと雨が降り、月も星も見えない夜。遅い時間だから結構寒い。吐く息の白さにもうすぐ空離れの季節がやってくるのだと実感する。

 

 ナナリーは体に雨をはじく魔法と防寒の魔法をかけた。隣を歩くアルウェスは隊服の上にローブを着ている。ナナリーが知る限り、暑くても寒くても第一小隊は首の詰まった隊服にローブを着用している。外気温に関係なく快適な温度を保てる機能が付いているのだろう。

 

「少し寒いな。遅くなってしまったね。早く帰ろう」

 

 屋敷から門まで続く道は等間隔に(あか)りが()いている。噴水の前まで来るとどちらともなく足を止めた。今日この噴水を眺めるのは実に三度目である。噴水にも灯りが点いていて、流れる水が闇の中で仄かに光っている。幻想的で美しい。

 

「夜になると光るのね。すごく綺麗」

「君が来るから(とも)しているんだ。普段は夜会のときくらいしか()けないよ」

 

 視線を感じて隣を見上げれば、柔らかく細められた赤い瞳がナナリーを見ていた。

 

 アルウェスの手には背丈ほどもある金色の杖が握られていた。ナナリーも慌てて女神の棍棒(デア・ラブドス)を腰のベルトから取り出す。

 

「魔法陣は私が出すわよ。ハーレの寮なんだし」

「間違って君の部屋に転移されたら僕は弾かれる」

「間違えたりしないわよ!」

「早く部屋に帰って休みたいと思ってるでしょ? 雑念が入ると失敗するよ?」

「ぐぅ……」

 

 早く帰って寝台に飛び込みたいと思っていたのは事実だ。今も欠伸(あくび)を噛み殺している。

 

「寮の前でいい?」

「うーん……ハーレの裏庭の方がいい。寮の前だと誰かが居るかもしれないから」

 

 ハーレから寮は目と鼻の先にある。ハーレの裏庭ならこの時間に人と鉢合わせする可能性は少ない。

 

「わかった」

 

 長い腕が伸びてきて、ぐいっと肩を抱き寄せられる。勢いでアルウェスの胸にナナリーの頭が当たった。体を密着させなくても複数人の転移は可能なのだけれど、不思議と腕を振り払う気持ちは起きなかった。

 

 雨と湿った土の匂いに囲まれた中で、アルウェスから(かす)かに暖かなお日様のような香りがする。自分よりも体温が高いからだろうか、彼のぬくもりにホッとする。

 

 少し高い位置にある白い頬にペタリと手の平を当てた。

 

「あったかい」

 

 アルウェスがピシッと固まった。ナナリーの手が冷たくて驚いたのかもしれない。

 ナナリーはアルウェスの頬から離した手を口に当て、「ふわぁ……」と大きな欠伸をした。突然ゴンッと大きな音が響いて、金色の杖に蜂蜜色の前髪が絡まっていた。頭を杖にぶつけた? アルウェスも眠いのだろうか? 

 

「何やってるの?」

「……勘弁してください」

 

 何が起きたのかよくわからないが、アルウェスは項垂(うなだ)れたまま、肩を抱く腕に力が()もる。トン、と金色の杖を地面に突くと魔法陣のまばゆい光が二人を包み込んだ。

 

 

 光が消えるとナナリーたちはハーレの裏口の真ん前にいた。夜勤の職員が扉を開けていたらぶつかっていただろう。ナナリーが魔法陣を出したほうがよかったのではないか。

 

 アルウェスは「扉の前はよくないな」と呟いて、周囲を見回し、ハーレの裏庭の様子を確認している。しばらくすると気が済んだのか、ナナリーの手を引いて歩き始めた。

 

「……君の手はいつも冷たいよね」

「そっちが温かいのよ」

 

 ナナリーが軽く口をとがらせると、フッ、とアルウェスの小さな笑みが漏れた。

 寮の前まで、温かくて大きな手に引かれて歩く。雨が二人の周りだけ避けるように降っている。

 

「ブルネルに渡した魔法陣はもう張った?」

「防御の魔法陣? これから張る」

「寝る前に忘れずに張って。──じゃあ、僕はここまでだね。風邪をひかないように気をつけて。おやすみ」

 

 繋いでいた手が離れて、優しく背中を押し出される。促されるままに足を踏み出し──大事なことを思い出した。

 

 そうだった、私はアルウェスに伝えなければいけないことがある。

 

 ナナリーは振り返り、高い位置にある赤い瞳を見上げた。本来は夜の闇にも負けない燃えるような瞳が、今は魔物の力に押されて暗い影を帯びている。

 

「ナナリー?」

 

 アルウェスが小首を傾げる。優しい眼差しに、柔らかな微笑。ごく自然にこんな表情をする彼に、どう反応すればいいのかわからない。素直に嬉しいと思うけれど、胸がきゅんとして少し苦しくなってしまう。

 

「アルウェス」

「何?」

「ありがとう」

「え?」

「魔法学校のころから……私を助けてくれて感謝してる」

 

 精一杯はにかんでナナリーは笑った。アルウェスが食い入るようにナナリーを見つめている。目を丸くして立ち尽くす姿がなんだか可笑(おか)しくて、つい口許が(ほころ)んでしまう。

 おやすみなさい、と言ってナナリーは身を(ひるがえ)し、寮に入ると一気に階段を駆け上がった。

 

 

 *

 

 

 アルウェスはフードを被り、杖を地面に突いた。杖の先にロクティス所長が張った魔法陣が現れる。魔法陣に瑕疵(かし)はなく、試しに寮の扉に触れようと近づくとピリピリと指先を刺すような痛みが走った。

 

 

『アルウェス』

 

 ナナリーの声が頭の中に蘇る。

 

『ありがとう』

 

 どうして彼女は僕に感謝なんてできるのだろう。男の僕が四つも年下の女の子を殴って、感謝されるなんておかしい。

 

 大きすぎる魔力に振り回される彼女を見たくなくて、魔力を発散させるために殴ったり髪を燃やしたりした。でも彼女のために殴ったなんて、何の言い訳にもならない。そんなのは僕の自己満足で、お節介でしかない。それは僕が一番よくわかっている。

 

 

 兄弟でもない、友達でもない、もちろん恋人でもない、隣の席の女の子。

 

 初めて喧嘩をしたときは驚いた。僕にこんな子ども()みた喧嘩ができるのかと。しかも相手は四つも年下なのだ。

 

 僕の隣の席であることを理由に、令嬢たちに妬まれて苛められるのは可哀想であるし、申し訳ないとも思った。ならば特に優しくもせず、平民だからと蔑むこともせず、ただの同級生として他の子と同じように接すれば良かったのだ。表面上は波風を立てずに、無関心を貫き通して。

 

 君を前にすると僕のペースが乱される。だったら適当にあしらった方がいい。そう思っていてもつい反応してしまう。わざわざ君の神経を逆撫でする方法を選んで。僕は一体何をやっているのか。自分がこんなに馬鹿だとは知らなかった。

 

 君を殴ったら()ぐに殴り返されて安堵した。もし君がやり返さずに泣いていたら、僕は年下の平民の女の子を(いじ)める貴族の最低なクズになってしまう。君と対等に喧嘩ができる立場になんかなれなかった。

 

 君の髪を燃やせば君は僕の腕を凍らす。なぜ君はことごとくお姉さんが言った通りのことをするのか。

 

 でもこれでいいんだと思った。君が健やかに、小さな頃の僕みたいにならないよう見守ればいいのだと。それが僕の役目なのだと。

 心に芽生えた何かには気づかない振りをして。

 

 澄んだ空を写し取ったような髪を本物の炎で燃やすなんて絶対にしない。

 淡い白雪みたいに清らかで(すべ)らかな肌を、男の本気の力で傷つけようなんて思わない。

 

 衝撃は大きいように見せて、初歩の治癒魔法で治せる程度の力でしか殴っていない。君が本気で僕に魔法をぶつけられるよう、君の力量よりやや上を狙って魔法をけしかけていた。君が治癒魔法を苦手としていたのは誤算だったけれど。

 

 だが、そう弁解したところで何になるというのか。僕が君に暴力をふるって傷つけたのは事実で、免罪符になんてならない。

 

 太陽みたいに眩しい君の笑顔がよく似合う、美しい空色の髪にずっと焦がれていた。

 

 君に好かれることがないならば、嫌われ続けるのもいいのではないかと思った。君の心に僕という存在を刻み込むことができれば、あの勝気な碧い瞳が僕を映し続けてくれるのではないかと。

 そうしてずっと喧嘩でもしながら、よぼよぼの老爺になるまで一緒にいられたら。

 

 そんな僕の愚かな考えは君の唐突な一言で吹き飛んだ。

 

『好きよ』

 

 驚くほど軽い体に柔らかな唇。頬をくすぐる空色の髪。僕の腕の中にすっぽりと収まってしまう君。朝の陽射しに照らされた新雪のような大好きな匂いが鼻腔を満たす。もう離さない、離せない。

 

 

 アルウェスはフードを深く被り直し、明かりのついたばかりの窓を見上げる。

 ナナリーの部屋で防御魔法の魔法陣が張られる気配がした。あの魔法陣にはアルウェスの魔力が込められていて、もし魔法陣が破られればすぐに感知できるようになっている。

 

 きっとナナリーはすぐに寝るだろう。ハーレの仕事の後に慣れない貴族の教養を学んで、思った以上に疲れているはずだ。

 

 アルウェスは杖を仕舞い、ユーリを召喚した。転移の魔法陣を使うのが躊躇(ためら)われたのだ。そういうときは無理をしないほうがいい。

 

 ──まったく、君には敵わない。別れ際の君の言葉にここまで心を乱されるとは。

 寮を男子禁制にしたロクティス所長に感謝すればいいのか、恨めばいいのかよくわからない。

 

「アルウェス様」

公爵家(いえ)まで帰るよ、ユーリ」

「ここは……ハーレの寮ですか?」

「そうだよ。ナナリーを送って、これから帰るところ」

 

 ユーリに(またが)ると、雨に(けぶ)る夜空にふわりと舞い上がった。アルウェスは肩越しに振り返り、窓の灯りを見つめる。その頬には離れがたい切なさが滲んでいた。

 

 




これで第一章が終了です。

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