短いですが、今回はロックマン視点。
2-1. 空色の蝶
* * * * *
仄暗くて広い部屋に僕は一人で立っていた。部屋のいたるところに燭台が置かれ、蝋燭が灯っている。僕は母譲りの金髪を無造作に肩に垂らし、眼鏡をかけて黒いマントを羽織っている。
目が慣れてくると思った以上に部屋は広くて、人も沢山いるようだ。美しく着飾った人々がダンスをし、お喋りをしているのがぼんやりと見える。どこかの夜会だろうか。
蝋燭の灯りは何重にも連なっている。大貴族の屋敷の大広間くらいはありそうだった。蝋燭の灯りにドレスの光沢が照らし出され、金糸銀糸の刺繡や宝石がきらきらと輝いている。
紳士淑女は楽しそうに談笑しているのに、僕の周りには誰もいなかった。
────どこに行けばいい?
僕の周りだけ膜が張られたように暗い。誰もいなくて何も見当たらない。僕が一歩踏み出せば周囲の景色も一歩遠のく。常に同じだけ距離を保って誰にも近づけない。
背筋を嫌な汗が伝う。早くこんな場所は出ていきたい。でも歩いても歩いても部屋は広がっていくばかり。どれだけ進んでも抜けられない。
口元を手で押さえて浅い呼吸を繰り返す。息が、胸が苦しい。どうしたらここから出られるだろう?
スッと僕の腰のあたりを金色の何かが通り抜けていった。
腰まで届く金髪の、小さな男の子が小走りで僕の横を通り過ぎる。その子を追って後ろを振り向けば、こげ茶色の長い髪をした女性と手を繋いで歩いていくのが見える。
────待って。
小さな男の子は一度振り返って僕を見た。しかし、すぐに隣の女性に向き直ってお喋りを始めてしまった。こげ茶色の髪の女性が肩越しに振り返ると、その
金色の蝶はひらりひらりと僕の方に飛んできて、手を伸ばすと僕の指に止まった。
蝶は金地に碧の模様が入っていてとても綺麗だ。僕の周りは暗いのに、蝶は光を纏ったように仄かに輝いている。金色の鱗粉が舞い散るように。
蝶が僕の指からふわりと離れていく。僕は脇目も振らず蝶を追いかけた。
金色の蝶を追いかけて、気がつけば広間から抜け出し、回廊を進んでいた。暗い回廊の先に一筋の光が差し込んでいるのが見える。
長い回廊を光に向かって蝶はひらりひらりと舞っていく。最後はシルエットだけになって回廊から飛び去った。
蝶を追いかける僕の目を太陽の光が
ゆっくりと目を開けると、僕の前には澄み渡った水色の空が高く遠く広がっていた。
* * * * *
アルウェスは寝返りを打つとぼんやりと目を開けた。心がとても凪いでいて、もう少し微睡んでいたくなる。
魔石の短剣を胸に突き刺してからはずっと夢見が悪かった。普段より眠いくせに、悪夢を見て何度も目が覚める。熟睡できたのはナナリーと一緒に寝たときぐらいだ。
今朝も決していい夢ではなかったと思う。でも寝覚めは悪くない。体から力が抜けて、清々しい空気で全身が満たされている。
アルウェスは寝台の上に半身を起こし、襟元からクリスタルの首飾りを引き出してよく観察してみると、透明なクリスタルが微かに濁っていた。
──これもナナリーの能力だろうか?
やはり彼女は凄いと素直に感心するのと、この力を他人──特に国や騎士団に知られたくないと思う気持ちが半々だ。
ナナリーがシュテーダルとの戦いで始祖と会話をしたという話には驚いたが、それよりも胸騒ぎがする。
彼女が時の番人事件で退魔の魔法を使ったとき、子どもの僕に憑りついた魔物に何かを語りかけた。魔物と繋がっていた僕には、真っ暗で禍々しい魔物の世界に一点の光が射し込んだのが見えた気がした。僕にも何かが伝わってきた。あれは希望という光ではなかったか。
この話は団長にもゼノンにも話していない。あまりにも漠然として抽象的で、ただ僕が感じたことだから。
それとなくナナリーから聞き出して、そのうちシュテーダルや魔物に対抗する手段の一つにできればいいと思っていた。
シュテーダルとの戦いが終わってまだ一年も経っていないが、彼女が海の王の孫であることは僕が皆の記憶から消し去り、彼女に氷の始祖が宿っていることも、騎士団内や王宮で人々の口の端に上らなくなった。彼女はハーレの受付嬢として普通に暮らし、このまま人々の記憶から忘れ去られていけばいいと思っていたのに、時の番人事件をきっかけに彼女はまた注目を集めている。
……そして、もうひとつ気になることがある。僕がこだわり過ぎてるならいい。何しろ誰も気にしてる様子がない。不可思議で強力な時の番人の魔法よりも不可解なことが、ナナリーを取り巻く『時の魔法』に起きている。彼女が無意識に使っているなら即刻やめさせたい。どれだけの影響を周りに及ぼすかわからないのだから。
枕に頭を戻して仰向けに寝転がる。クリスタルの首飾りを握りしめて目を閉じた。しばらくすると頭や体の中をぐるぐる渦巻いていた焦りや苛立ちが遠のいていくような感じがした。
僕をここまで煩わせるのも、手こずらせるのも。
そして僕を救ってくれるのも。
君だけだよ、ナナリー。