ニケの警護が始まって数日後、やっとナナリーに休日がやってきた。仕事は休み、そして令嬢修行も休みだ。
今日もニケと一緒で、朝から彼女を拘束するようで申し訳ないが、学校時代に戻ったみたいでわくわくする。ちなみにニケは出勤扱いで、非番の日が別にあると聞いて安心した。
一緒に朝市に行って屋台で朝食を食べ、食材を買い込んでナナリーの部屋に戻った。溜まってしまった家事もニケが手伝ってくれたのでスイスイ終わった。空離れの季節が目前だから衣替えもしなきゃいけない。ナナリー独りだったら一日かかってしまっただろう。
昼からはベンジャミンの家に行く予定である。ベンジャミンは時の番人事件の一番の功労者(ベンジャミンが時の番人を手懐けた)なので、もちろんナナリーに護衛が付く件は話してある。サタナースには出かけてもらったそうだ。
ベンジャミンの分もお昼ごはんを買い込んで、ナナリーとニケはベンジャミンの家に向かった。
「いらっしゃーい!」
ベンジャミンが満面の笑みで出迎えてくれる。女子会は久しぶりだ。マリスが来てないのが残念だった。
「さあさあ、私たちの渾身の作よ! ナナリーの為に頑張ったんだからね!」
「なにこれ……」
ベンジャミンがニケ、マリス、キャンベルの協力のもと『決定版・男の口説き文句とその対処法』なるものを作って持ってきた。手作りの冊子の表紙には四人の可愛いイラストが描いてある。
『一般編』『
マリスは忙しいのに、手紙でお願いしたら筆まめな彼女は便箋何枚にも渡って細かく書いて送り返してくれたそうだ。マリスが作った『貴族編』をパラパラめくってみると、『アルウェス様編』なるものがあった。『※これは女性を大事にする御方の言葉で、本気で口説くためではありません』などと注意書きもついている。かと思ったら、『アルウェス・ロックマン特別編・ナナリーへの口説き文句集』なんてものも見つけた。こんなの読むのが恐ろしい。
「……で、これ読んでみてどうだった? ナナリーも自分がしょっちゅう口説かれてるって理解できた?」
ベンジャミンとニケの視線が突き刺さる。二人は「ナナリーはもっと男性にモテていることを自覚すべき」と言ってわざわざこんな冊子を準備してくれたのだ。
「えっと、アルウェス編のことは置いといて」
食後のお茶を飲んでいたベンジャミンが「呼び方変えたのね?」とすかさず茶々を入れる。
「う、うん、ノルウェラ様の前でロックマンとは呼べなくて……変えた。…………で、この冊子の中身、貴族編を除けばだいたい言われたことある……と思う」
「「やっぱりねー」」
二人がしたり顔で頷く。ナナリーは口を尖らせた。
「でもさ、破魔士が本気で言ってると思う? 私はハーレの受付だよ?」
「じゃあ、ハーレの外で声をかけられたと想定しましょう。騎士団と飲み会に行ったときとか。団員にとってハーレとの飲み会は出会いを求める場よ」
「えっ! そうなの!?」
飲み会はお酒と食事と会話を楽しむ場ではないのか!?
「……ロックマンも苦労するわねぇ」
ベンジャミンが心底同情するように言い、ニケは額に手を当てた。
なぜ自分が呆れられて、飲み会で女を侍らせているアルウェスが同情されるのか。解せぬ。
「ナナリーは知らないだろうけど、ナナリーが告白してから、隊長はゼノン殿下がいる時しか騎士団の飲み会には参加しなくなったわ。殿下と一緒だから女性は近寄れないのよ」
「そういえばウォールヘルヌスの後から騎士団とハーレの飲み会やってないね」
「騎士団も忙しいから飲み会自体減ってるのよ。ハーレとは一回か二回あったかな? でも殿下も隊長もナナリーもいなかったわよ」
「ええっ! なにそれ、私聞いてないよ」
「ロックマンの差し金じゃない? ハーレとの飲み会の日はナナリーと二人で会ってたんじゃないの?」
「きっとそうね」
ベンジャミンとニケがうんうんと頷きあっている。さっきからこればかりだ。
「誰にでも『君は素敵な人だ』とか言う破魔士には軽口で返せばいいわよね。相手も本気じゃないし。ほかの女性職員もそうでしょ?」
「うん。キングスの破魔士には結構いるよ、そういう人」
「ロックマンもこのタイプに入るんじゃないの?」
「隊長はねぇ……。そもそも隊長に恋してる女性が多すぎるのよね」
「あんな美形にお世辞でも『綺麗だね』とか『可愛いよ』とか言われたら勘違いしちゃうわよね」
ナナリーは心の中がモヤモヤしてきた。そんな場面何度も見てるし、アルウェスが女性を褒めるのも腐るほど聞いてきた。でもなぜか顔を背けたい気分になってくる。
「ナナリーはロックマン以外の男に『素敵』とか『格好いい』とか言うの禁止ね」
「なんで?」
「家柄や学歴や職業を褒めるぐらいならいいけど、男性個人の良さを褒めてしまうと相手が勘違いするわ。ナナリーが特別に好意を持っているんじゃないかって」
「確かにね~。でもさ、そんな面倒くさく考えなくていいんじゃない? ナナリーが私には恋人がいます、って、はっきり言えばいいのよ。それがロックマンだってことも」
「へ?」
「つまり、『ナナリーとロックマンは恋人』と公言するの。他の男性に食事に誘われたら、その日は彼とデートなのーって断るのよ。嬉しそうに笑ってね」
「ええええぇぇぇ!?」
「そうね、そのほうがいいわね。隊長も喜ぶわ」
「ナナリーから
「そんなベンジャミンみたいなことできない!」
「あら、失礼ね」
ぷうとベンジャミンが頬を膨らませた。
「ナナリーから言い出すのはまだ無理だと思うわ。自覚ができれば十分じゃないかしら」
「そんな呑気なこと言ってる場合じゃないわよ。ロックマンに指環でも贈るよう言ったほうがいいわ」
「はっ!? ゆびわ!?」
「それは時期尚早なんじゃ……」
「恋人ならアクセサリーくらい贈るでしょ? 本格的なものじゃなくていいのよ」
「そうねぇ、防御魔法を掛けたアクセサリーなら一石二鳥かしら。報告書を出すついでに話しておくわ」
「ニケ!?」
「さ、次はお肌のお手入れよ! 二階に行きましょ」
ベンジャミンの家は広い。ナナリーとニケはサタナースは入室禁止になっている部屋に連れていかれた。その部屋にはマッサージベッドと大きな鏡、戸棚には様々な綺麗な小瓶が並んでいて、体を鍛えるような道具もある。ベンジャミンはベッドの上の紙袋から化粧水や化粧品を出してきた。
「いろいろサンプルもらってきたの。気に入ったのあったら教えて。一緒に買いに行こうよ。マリスからもナナリーへの美容指導は頼まれてるし、ちゃんとスポンサーもいるから、お金のことは気にしないで化粧品を揃えるのよ」
「スポンサー?」
「だってシーラ国に行くのは仕事なんでしょ? ピカピカに磨かなくっちゃ。国の代表なのよ。お手入れは顔だけじゃダメダメ。デコルテと背中と腕も脚も……要するに全身よ! 服脱いでバスタオル巻いて。さあ、お手入れ始めるわよ!」
ナナリーは服を剥ぎとられ、バスタオルを巻いてうつ伏せにベッドに寝かされ、ベンジャミンのオイルマッサージが始まった。二の腕や脇腹も揉まれる。
「やだやだくすぐったい! あはははは」
「ナナリーには無駄なお肉はないけど、肩や背中が張ってるね。ほぐしたほうがよさそう」
ダンスのレッスンで普段あまり使わない筋肉を酷使しているからだろう。ハーレの受付だから運動不足の自覚はある。
「ナナリーは冷え性? 女に冷えは大敵よ」
「氷型だからじゃないの? ベンジャミンの手は温かいね。やっぱり火型は体温が高いのかな」
「火型? ははーん、ロックマンも体が温かいのね?」
ベンジャミンがにやっと笑った。
「体のぬくもりを思い出すくらい触れあってるわけ? それのどこが恋人じゃないって?」
ナナリーは顔を赤くしながら何も言い返せなかった。
*
「騎士団で言い寄ってくる貴族でもいるの?」
ベンジャミンは後片付けをしながらニケに尋ねる。ナナリーがマッサージを受けてる間、ニケは『貴族編』を熱心に読んでいたのだ。
ナナリーはマッサージ中に涎を垂らして眠ってしまった。風邪をひかないようにナナリーに毛布を掛けて、ニケの隣の椅子に座る。
「まあ、多少は……。貴族の端くれになっただけなのに、貴族の男性騎士の目が変わったからちょっと嫌気が差してるかな」
「お嫁さん候補として見られてるってこと?」
「んー、おそらく……」
「貴族は大変ねえ」
「隊長がこれまで独身でいられたことの方が奇跡だと思うわ」
「あ──」
ベンジャミンがロックマンは年上だと知ったとき、それほど驚きはしなかった。ただ、学生時代の彼の恋、ナナリーへの想いが想像以上に本気だったのだと再認識した。
学生時代に神殿は貴族と平民が対等になれる唯一の場所と知っていたロックマン。貴族なのに、結婚しなくてもいいと言っていたのだ。叶わない恋と知りながら、それでも彼は恋する女の子と同じ土俵に立って共に歩める道はないかと必死に探していたのだろう。たとえそれが無意識であったとしても。
ベッドで気持ちよさそうに眠るナナリーを見てベンジャミンは優しく微笑んだ。
彼の恋は実り、彼女と共に生きる道も手に入れた。今度ロックマンに会ったら「おめでとう」を伝えようとベンジャミンは思った。
女の子同士の話っていいですね。