ナナリーの令嬢修業   作:露草ツグミ

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閑話 ゾゾの占い

 

 夜、ハーレの寮でナナリーが寝ようとしたところ、入り口の扉にどん、と重いものが当たる鈍い音がした。寮には所長による退魔の陣が張ってあり、不審者は入れないはずだ。そろりと入り口に近づいて扉を叩いたが反応がない。念のため利き手に筋力を増強する魔法をかけて内開きの扉をそうっと開けると、黒髪の女性がずるずると倒れこんできた。

 

「ゾゾさん!?」

「ぅん……」

 

 微かな声がゾゾから漏れる。むうんと漂うアルコールの匂いにナナリーは眉をしかめた。

 

 

 

 

 翌朝、ナナリーは起きるとすぐにゾゾの様子を見に行った。昨夜は酔っぱらったゾゾを介抱し、足元がふらつく彼女を部屋まで送った。一人にして大丈夫か迷ったが、本人が大丈夫だというので自室に戻ったのだった。

 ノックをしても返事はなく、ノブを回してみると鍵が開いていた。

 

「ゾゾさん? ナナリーです。起きてますか?」

 

 勝手に入ってごめんなさい、と言いながら部屋の奥に進むとゾゾが昨日の服のままベッドに横になっていた。呼吸はしっかりしている。よく眠っているようだ。ほっと胸を撫で下ろした。

 ナナリーもゾゾも今日は休み、後で二日酔いの薬を買ってきてあげよう。

 

 警護を兼ねて遊びに来ていたニケと市場の買い物から帰ってきて、二人で家事や衣替えをしているとゾゾがナナリーの部屋にやって来た。

 ()の光に眩しそうに目を細めながら頭を押さえている。顔色はあまりよくない。

 

「ナナリー、昨日はごめんね~! ほんっとうに迷惑かけたわ。今度お詫びするわね」

「気にしないでください。ゾゾさん、具合はどうですか? 二日酔いの薬買ってきましたけど、飲みます?」

「ありがとう~。何から何までお世話になって本当にごめんなさい」

 

 ゾゾに部屋に入ってもらい、買ってきた薬とお水を渡す。ニケとナナリーもお茶を用意した。ゾゾはまだ気分が悪そうなのでお菓子の類はやめておいた。

 

「ゾゾさん、昨夜は一体どうしたんですか?」

「ああ……ちょっとね……」

 

 ゾゾがしゅんと項垂(うなだ)れる。

 

「まぁ……要するにやけ酒って感じ?」

「やけ酒……」

 

 ナナリーとニケが顔を見合わせた。

 

「あの、私は席を外しますけど……」

 

 ニケが申し出たが、ゾゾは「私こそもう帰るわ」と言って立ち上がろうとした。しかし顔を上げたゾゾの目が壁に釘付けになる。壁に掛かったあるものをまじまじと見つめている。

 

「ナナリー、あなた……結婚するの?」

 

 

 

 

「はぁぁぁ!? 何言ってるんですか、そんなわけないですよ!」

 

 突拍子もないゾゾの発言にナナリーは顔を赤くしつつ声を張り上げてしまった。

 ゾゾの視線の先にあったのは壁に掛けられた白いドレス。ナナリーの衣替えを手伝っていたニケが仕舞い込んであったドレスに気がついて、ちゃんと手入れをした方がいいと衣装箱から出したのだ。

 

「……っ……ごめん、ナナリー。声が頭にひびくわ……」

 

 ゾゾが片手でこめかみを押さえて眉根を寄せた。

 

「す、すみません、ゾゾさん……。大丈夫ですか?」

「こっちこそごめんね……。 で、あのドレスはどうしたの?」

 

 頭を痛そうに押さえているのにゾゾは話を続けるつもりだ。

 

「ゾゾさん、無理しないで部屋で休んだ方が……」

「ゾゾさん、あのドレスは……ほら、覚えてます? 二年半くらい前に騎士団と一緒に森で記憶探知をしたでしょう? その後の飲み会でナナリーと隊長が地獄(コラスィ)酒の飲み比べをしたときに話してたドレスですよ」

「メラキッソ様の占いの!」

 

 自分の声が響いたのか、ゾゾは両手で頭を抱えて「いたた……」と呻いた

 

「そう、そのときです。酔っぱらったナナリーが隊長に返すって言ってたドレスです」

「え、それじゃあ、これは隊長さんにもらったものなの?」

「ちっ! 違います……。ちょっと訳あってロックマン公爵様からお借りしたものです」

「ナナリー、私もまだちゃんと聞いてないんだけど。なんで隊長のお父様からドレスを借りたの?」

 

 茶色と黒の二対の瞳がナナリーをじーっと見つめる。

 

「うっ……えっと、あの、それは……」

「公爵家絡みで何か話せない事情でもあるの?」

「もう二年半も前じゃない。時効よ、時効」

 

 さぁ教えなさい、とゾゾが目を爛々と輝かせて迫ってくる。結局ナナリーは洗いざらい吐かされる羽目になった。

 

 

 

 

「ぶ、豚の紳士に金色(こんじき)の蝶の君……!」

 

 ゾゾが大笑いしている。ニケも口元を手で覆って肩をぷるぷる震わせている。

 

「え~、じゃあ、隊長さんはシーラの王女と婚約を決める仮面舞踏会でナナリーとずっと一緒にいて、最後にダンスも踊って、マントの中に匿って、そんでもってはっきり王女を振ったのね」

「しかもキュローリ宰相の話を持ち出してナナリーに告白していた、と……」

「なんでそんな回りくどい告白すんのよねぇ?」

 

 ゾゾが笑いながら目元の涙をぬぐう。ナナリーは後悔した。……キュローリ宰相の法律については黙っておくんだった。まさかニケがキュローリ宰相について詳しいとは思わず、アルウェスの謎かけをニケが解いてゾゾさんに解説し始めたときはぎょっとした。

 

「仮面舞踏会があったのが騎士団との飲み会の何日か前なのよね? そっか、だから隊長はやたらナナリーを構っていたのか」

「はぁ?」

「憶えてないの? ハーレでナナリーがもう乙女じゃない、って言ったら滅茶苦茶怒ってたじゃない。あれは嫉妬よ」

「最終的にはナナリーを寮まで送ってくれたわよね。隊長さんに何かされたりしなかった?」

「帰る途中に寝ちゃって……何かって何ですか?」

「うわー! 寝ちゃったの!?」

「まったくナナリーは……」

「寮母さんによると部屋まで送り届けてくれたそうです」

「そんなに無防備じゃあ、何もできないわねぇ」

 

 ゾゾとニケがやれやれと呆れたように首を振った。

 

 

 *(ゾゾ視点)

 

 

「綺麗なドレスね。可憐で、ナナリーによく似合うと思うわ」

 

 ゾゾはドレスに近づいて食い入るように眺めた。

 

「ねえ、ちょっとこれ着て見せてくれない?」

「え!!」

「だって絶対ナナリーに似合うわよ。私にはこんな真っ白で可愛いドレスは合わないもの」

 

 ナナリーは嫌がるだろうな、とわかっていたが、手を合わせて笑顔でお願いしてみると、案の定ナナリーは着替えてくれた。しぶしぶといった風にドレスに袖を通し、ニケが背中のボタンを留める。水色の髪を片方に寄せて胸の前でまとめ、ナナリーの白い項と細い肩甲骨が見えた。綺麗な肌に一瞬ドキッとする。本人は自身の美しさに無頓着であるが、ナナリーは女のゾゾから見ても非常に魅力的だ。これはロックマン隊長も色々な意味で苦労すると肩をすくめてしまった。

 

 二ケが床に置いてあった硝子の靴を無理やりナナリーに履かせる。これまたニケがヘアブラシでナナリーの髪を梳かして整える。妙にナナリーの世話が手慣れていて、やってることがまるで姉妹みたいだ。

 

「水色の髪と碧い瞳に白いドレスって似合うわね。清楚で神秘的だわ。サイズもぴったり」

 

 さすが公爵家の用意するドレスだ。上等な生地を使っているのだろう、シンプルなデザインなのに地味ではない。しかもナナリーの美しさを引き立てている。

 

「隊長さんも綺麗だって言ってくれたでしょ?」

「え? そんなこと言う訳ないじゃないですか」

「ほんとに? 遠回しだったから気づいてないだけじゃない?」

「…………そういえば、『完璧に変装したいなら、美しくならないことだ』って言ってました」

 

 ゾゾとニケは顔を見合わせた。

 

「つまりナナリーが美しかったと……」

「もとから美人だって意味じゃない? 美人がさらに美しくなっても変装になってないってことよ。本当にひねくれた言い方が得意ね」

 

 ニケが隣で大きく頷いている。

 

「で、ナナリーは薄情にもドレスを返すと言い張ってたのね」

 

 鈍感な後輩には苦笑するしかない。彼がドレスの返却を拒んだ理由(わけ)は容易に想像がついた。

 

「どうしてそれが薄情になるんですか?」

「わからない? 隊長さんにとって仮面舞踏会はナナリーとの大切な想い出だったからよ」

 

 

 

 

「ねーえ、ニケちゃん……」

 

 ゾゾはニケにひそひそと話しかけた。

 

「(なんで隊長さんはナナリーにはっきり告白しなかったのかしら?)」

「(身分の違いを気にしたのでしょうか? 隊長は公爵子息でゼノン殿下の護衛ですし、要職についてますから)」

「(王子はナナリーと仲がいいし、身分の違いはなんとかなったんじゃない? 父親の公爵も協力的みたいだし)」

 

 身分の違いぐらいで諦めるタイプには思えない。その気になれば何とでもしそうだ。実際に彼は恩賞で婚姻の自由を手に入れた。

 

「(うーん、隊長はナナリーに嫌われてると思っていたようですけど……)」

「(でも、ナナリーが他の男と付き合ってたら絶対に邪魔してたわよね)」

「(相手を消し炭にしてますね)」

「(学生時代からそうなの?)」

「(おそらく)」

 

 ナナリーが新人の頃から仲の良いゾゾは、ロックマン隊長がナナリーを好きなことはすぐに気がついた。

 顔を合わせればあの手この手でナナリーの意識を自分に向けさせるくせに、彼から素直になることはなく、ナナリーは長いこと彼を宿敵だ、ライバルだと言っていた。何とも焦れったい二人だった。

 

 しかし、シュテーダルとの戦いとその後のナナリーの昏睡という大事件をきっかけに、美人で優秀だが恋愛にはとことん鈍いナナリーに変化が起きた。彼女の方から彼に告白したのだ。

 ナナリーが目覚めた後の宴で、彼女を抱き締めながら床に転がる彼は無邪気な子どものように笑っていた。

 

 

 

 

「私も頑張ってみるかな……」

 

 アルケスは所長が好きなのかと思っていたけど、ハリスたちによるとそうではないらしい。

 どれだけ好きでも片想いは片想いのまま。気持ちを伝えなきゃ何も始まらない。ナナリーはちゃんと気持ちを伝えて、二人の関係を進めることができた。

 

「ナナリーは凄いわね」

「ゾゾさん?」

「ありがとう、ドレス素敵だったわ」

「はい?」

「隊長さんとお幸せに」

 

 ぽかんとしているナナリーと笑顔のニケに手を振って、ゾゾはすっきりした顔で自分の部屋に戻った。

 

 

 自室に入ると窓を開ける。爽やかな風が顔に当たって肩まで伸ばした黒髪をふわっとふくらませる。

 薬が効いてきたのか、二日酔いは楽になっていた。飲み物を取ってきてテーブルの上に置かれた雑誌を開く。ペラペラとページをめくってメラキッソ様の占いを読み返した。

 ナナリーに札占いをしたときのことを思い出す。

 

「私の占いって当たるのねぇ……」

 

 しばらく占いはやっていなかったが、少し占ってみようか。

 抽斗(ひきだし)から札を取り出し、顎先に指を当てて考える。

 

 ……今占うなら何を占えばいいかしら? 

 

 アルケスのことを思い浮かべながらゾゾは占いの札をテーブルの上に並べ始めた。

 




個人的に好きな話です。
次の更新は少し空きます。
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