ナナリーの令嬢修業   作:露草ツグミ

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0-3. 一日遅れの花神(タレイア)祭デート②

 

 ナナリーのグラスはすぐに空っぽになってしまった。すると、スッとナナリーの前に水の入ったグラスが差し出される。

 

「どうぞ。僕はまだ飲んでいないから」

「あ、ありが……」

「水のおかわりをもらおう」

 

 ロックマンがお店の人を呼ぶ。その横顔をナナリーは見つめた。高い鼻梁(びりょう)に銀縁の眼鏡が似合っている。抜けるような白い肌に映える蜂蜜色の髪。耳から顎のラインがすっきりしていてとても綺麗だ。

 

 ナナリーはハッとして、大事なことを忘れていたと気づく。

 ロックマンから見えないように紙袋を膝の上に置き、縮小魔法で小さくしてあったキュピレットを元の大きさに戻す。赤いキュピレットは薄い半透明の紙でくるんでリボンを結んである。

 数回深呼吸をして息を整えてから、バッと顔を上げてキュピレットの花と誕生日プレゼントを差し出した。

 

「これ、お返しのキュピレット。それから少し早いけど、誕生日おめでとう」

 

 早口でそれだけを言った。ロックマンが受け取ったのを確認すると、ささっと膝の上に手を戻した。

 

「ありがとう……」

 

 (ほう)けたようなロックマンの声が聞こえる。かなり驚いているようだ。ロックマンがどんな顔をしているのか見たい気もしたが、ナナリーが顔を上げるのはとてもできそうになかった。

 

 ロックマンが驚くのも無理はない。これまでお互い誕生日の話をしたことはなく、今日の約束をしたときも何も言わなかった。

 

 誕生日プレゼントを贈ろうと決めたのは光の季節の終わり頃だ。マリスの手紙に『花の季節も近くなりましたけれど、アルウェス様のお誕生日に何を贈るか決めました?』と書いてあったからだ。

 最初は「誕生日プレゼントを贈るなんて絶対無理!!」と思ったけれど、友達でも誕生日プレゼントを贈ることはおかしくないと考え直した。

 

 しかし、プレゼントを贈ると決めたはいいが、何を贈ればいいのかナナリーにはさっぱりわからない。なにしろ生まれて初めて、好きな男性にプレゼントを贈るのだから。

 

 公爵子息のロックマンは決して派手ではないけれど、貴族らしく高級なものを身に付けている。もちろんセンスもいい。ナナリーが街中で買ったものなんて喜んでもらえるのか、正直自信がなかった。

 ナナリーは悩みに悩んだ。ニケやベンジャミンに相談し、休日にはお店を探しまわった。

 

「開けてもいい?」

「い、いいけど」

 

 まさかロックマンがすぐにプレゼントを開けるとは思っていなかった。ナナリーはどぎまぎしてしまう。

 ロックマンが丁寧に包み紙を剥がして箱を開けた。中には黒い山猫(リュンクス)の置物が入っている。

 

「ユーリ?」

「う、うん。似てると思って」

 

 それは黒檀(こくたん)で作られたリュンクスで、目の部分に入れた水晶が魔力を吸う魔具だった。

 

 ある休日、プレゼント探しに疲れたナナリーは、気分転換をしようと行きつけの古本屋に向かった。その途中に木製のおもちゃが並んだ古めかしい店があり、気になって入ってみたのだ。そこで魔法生物を模した置物の魔具を見つけた。

 

 魔力を吸う魔具と聞いて思い出したのはちびロックマンだった。ちびが使っていたような膨大な魔力を吸う代物ではなく、魔物の瘴気(しょうき)に当てられたときに魔具に触れると吸収してくれるといったものだ。気分が落ち込んでいるときに触れれば心の中のモヤモヤも吸ってくれるらしい。

 

「この目の部分はクリスタルだよね?」

「うん」

「どこで手に入れたのか聞いてもいい?」

「ララが結晶化したときのクリスタルを分けてもらったの」

「ララのクリスタル?」

 

 ロックマンがやけに熱心に、黒檀のリュンクスを手に乗せたり、目のクリスタルの部分を触ったりしている。

 

「何かおかしい?」

「ああ、ごめんね。魔具として優れているから驚いたんだよ」

「そうなの? お店の人はそんなに凄いものだとは言ってなかったけど」

「多分、このクリスタルの力だろうね。魔具は相性があるから、僕に合うんだと思う」

 

 ロックマンが優し気に目を細めて笑った。ナナリーの鼓動がどきんと跳ねて、心臓が飛び出すのを防ぐかのように口がきゅっと締まる。

 

「ありがとう」

「……どういたしまして」

 

 ロックマンの笑顔が眩しい。俯いたナナリーは膝の上で両手を握り締めた。自分の顔がキュピレットの花のように赤くなっているのがわかった。

 

「お手洗いに行ってくる!」

 

 ナナリーは弾かれたように席を立ち、小走りに店の奥へ消えていった。

 

 

   *

 

 

 ナナリーの足音が遠ざかると、アルウェスは窓辺へ視線を向けた。

 喉元からじわじわと熱いものが広がってくる。目をつぶり、片手で顔を覆う。髪の隙間から覗く耳が薄く色づいている。

 どうか彼女がゆっくり戻ってくるといい──そう思いながら、(ひそ)やかな吐息を漏らした。

 

 

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