ナナリーの令嬢修業   作:露草ツグミ

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3-7. 予兆(ロックマン視点)

 

 魔石の鑑定のためにサタナースたちの家へ行く方法、殿下との連絡の取り方、それらの説明を受けたナナリーは非常に生き生きとしている。新しい役目を担ったのが嬉しいという顔だ。

 

 誰の言葉が発端で魔物対策が大きく変化したのかまったく自覚がないらしい。

 

「鑑定した魔石を騎士団に届けた後、君には城で聞き取り調査に協力してもらう」

「聞き取り調査って?」

「君が氷の始祖と話した内容を全部教えてほしい」

「氷の始祖と話したこと?」

 

 ナナリーがきょとんとする。僕はハァーと盛大なため息を吐いた。

 

「氷の始祖と魔石以外の話もしたんだよね? 国の上層部が君を取り調べるつもりだったのを、ゼノン殿下と団長が尽力してくれて、騎士団が行うことになったんだよ」

「取り調べって……嫌な響きなんだけど」

「表向きは任意の聞き取り調査だけど、上層部は尋問のつもりだったろうね」

「尋問……」

 

 不穏な言葉にナナリーはごくりと唾を呑みこんだ。

 

「担当者は僕だから心配しないでいいよ。城の宮廷魔術師長の部屋で行うから」

「ね、ねえ、そんなに大事(おおごと)なの?」

「当たり前でしょ? 始祖と直接話をしたことがある魔法使いなんて他にいないんだから。それがどれだけ凄いことかわかってる?」

 

 ナナリーは困惑し、眉間と口元に皺を寄せる。

 

「でも、たいした話をしてないわよ? 目覚めた後は一度も氷の始祖と話したことはないし」

「たいしたことないって、本気で言ってるの? 氷の始祖から聞いたという君の情報が、魔物対策を根本から覆したんだよ?」

 

 氷の始祖から聞いた話によると、シュテーダルを破壊したときに粉々に砕け散った欠片が魔石となり、その魔石は時間をかけて集まって再びシュテーダルが復活するという。

 

 この話がなければ魔石の存在など僕たちは知らなかった。魔石を調べればトレイズが夢見の魔物から渡された短剣や時の番人のような悪辣な魔具の解析も捗ると思われる。

 

「君は憶えていることを全部喋ってくれればいい。重要かどうかは騎士団が判断するから。──最初の聞き取り調査は五日後。明日にでも魔石の件とあわせてハーレの所長から通達があると思う」

「何回も聞き取り調査があるの?」

「……さぁ? 君の情報次第かな?」

 

 僕がいないところで下手なことを喋られては困る。

 

 ウォールヘルヌスの後、ナナリーは褒章としてこれまでと変わらない普通の生活を望み、僕が世界中に記憶の書き換えの魔法を施した。

 彼女が海の王の孫娘で氷の始祖を身に宿していると知っているのはドーランの国王陛下と限られた関係者のみである。

 

 たとえ国王陛下が味方であっても、情勢によっては彼女の真実がいつ政治的に利用されるかわからない。王宮の老獪な狸どもから身を守る術をナナリーは持っていない。

 

 だというのに、彼女の秘密の一部を彼女自身がぽろりとこぼしてしまった。

 

 ナナリーが「氷の始祖と話をした」と口走ったことを後から知った僕は無様に眠りこけていた自分を呪った。僕が起きていればあんな迂闊な発言はさせなかったものを。

 

「情報次第って何よ? もうちょっとしっかり決めたほうがいいんじゃない?」

 

 まったく、君はとても呑気だ。

 そうやって何も憂うことなくプリプリとむくれていればいい。

 

 

 *

 

 

「これを女神の棍棒(デア・ラブドス)に取り込んでくれる?」

 

 指を振り、窓際の机の上から魔法陣の書かれた紙を引き寄せてナナリーに渡した。これで僕の要件は最後だ。

 

「何の魔法陣?」

「手紙を転移させる魔法陣だよ。公爵家(このいえ)(つい)となる魔法陣が設置されているから、寮の君の部屋に張ってほしい。これを使えば直接公爵家の人間と手紙のやり取りができる」

「騎士団とハーレみたいに?」

「うん」

 

 この転移用の魔法陣を使えば一瞬で手紙が届く。ナナリーは魔法陣に目を輝かせているが、今後頻繁(ひんぱん)に届くであろう母上からの手紙に筆無精な彼女がどう対応するのか想像すると口元が緩む。

 きっと喜んだり焦ったり、必死に返事を書くのだろう。

 

「僕からはこれで終わり。何か質問ある?」

「質問? ちょっと待って……」

 

 転移の魔法陣に集中していたナナリーは、騎士団の書類をぱらぱらと見返し、筆で何かを書き込み始めた。

 

 僕は背もたれに寄りかかると、膝の上で指を組んで瞑目する。

 

 

 ……肌が粟立つ。嫌な予感がする。

 

 寒気が背筋を這いあがる。

 体の奥から自分のものではない魔力がふつふつと湧き上がってくるような────。

 

 

「そうだ!」

 

 目を瞑っていくらもたたないうちに大きな声がした。手で膝を叩いたような音も聞こえる。

 

 まったく、君は元気だよね。

 

「……なに?」

「質問じゃないんだけど、魔具の本を探してて。……ねぇ、眠いの?」

 

 瞼が重い。ゆっくりと目を開けた僕を、ナナリーは(いぶか)し気に眺めている。

 どんな宝石よりも煌めきを放つ碧色が僕を貫く。

 

「疲れてるの? 珍しいわね」

 

 彼女はこてんと小首を傾げた。

 空色の髪がさらりと流れて。淡く色づいた唇に水色が混じる。

 

「……別に?」

 

 少し、血が騒めいているだけだ。

 

「疲れてるならいいわよ」

「僕は大丈夫だよ」

 

 ……君は早く僕の部屋から出ていったほうがいい。

 

「それで? 何の本を探してるの?」

「魔具の本よ。なかなか見つからなくて」

「何の魔具について知りたいの?」

「これよ。女神の棍棒(デア・ラブドス)

 

 ナナリーは制服の腰のベルトに下げた小さな棍棒を手に取った。しゅるっと棍棒が伸びて、彼女の背よりも長い銀色の杖が現れる。

 

「あぁ……『女神の棍棒』ね。君の魔具にぴったりの名前だよね」

「どこがぴったりなのよ?」

「なんでもないよ」

 

 僕は立ち上がって壁面の本棚を見回した。公爵家(うち)の蔵書数は相当なものだが、専門的な魔術書は僕の部屋に最も多く揃っている。

 魔具に関する魔術書を手に取り目次を目で追っていると、ナナリーが僕の隣に並んだ。彼女は興味深そうに本の背表紙を眺めている。

 

「君の魔具の何を調べるの?」

女神の棍棒(デア・ラブドス)を装身具に見えるように形を変えたいのよ」

「装身具に変える?」

「カーロラ王女の結婚式でも身に着けておきたいんだけど、縮小魔法で短くするだけだとまずいと思って」

「確かに、そのほうがいいだろうね」

 

 ナナリーにしてはまともな、女性らしい発想だ。ちょっと感慨深い。

 

 女神の棍棒は銀色の美しい杖であるが、縮小して腰に提げていると残念ながら銀の棍棒にしか見えない。魔具というより武具(ぶぐ)に見える。

 平素なら武具に見えるのは決して悪くはない。どんなに見た目が可愛いらしくとも、ナナリーは武装していると周囲の男どもにわからせることができるから。

 

 しかし、王族の結婚式に棍棒のまま持ち込むのは賢明ではない。

 

「前に王宮の晩餐会で魔物と戦ったでしょう? あのときは太腿にベルトを巻いてぶら下げてたんだけど。ダンスを踊るときに邪魔だし、他国の王族の前でドレスの裾をめくって取り出すのは……」

 

 パタン、と音を立てて本を閉じた。

 

「ナナリー?」

 

 ナナリーを覗き込むようにしてにっこり笑う。

 

「はいぃ?」

 

 ナナリーの声が上擦っている。僕の顔は笑っているが目が笑ってないのだろう。部下の(げん)によれば僕がこういう顔をしていると結構凄みがあるらしい。

 

「どうして君はそういう見苦しいことができるの?」

「はしたないことをしたってわかってるわよ……今なら」

 

 僕はハァーと長いため息を吐いた。

 

「溜息ばかり吐いてると口から幸せが逃げるわよ」

「僕の幸せがそうさせるから仕方ないでしょ? 放置したらそれこそ本当に幸せが逃げていく」

 

 ナナリーは眉を寄せてよくわからないという顔をする。

 

「……それはともかく、君が晩餐会でドレスの下に女神の棍棒を仕込んでいたのは知ってる。どうして僕は今まで何も言わなかったんだろう?」

「あの後死にかけたんだから忘れてもおかしくないわよ」

「あんなに人がいる中でドレスの裾を捲って……君はどうしてそんなに慎みがなくて、年相応の恥じらいに欠けるのかな?」

 

 にっこり笑顔に戻ってナナリーに詰め寄ると、彼女はしくじった、とでも言いたげな顔をして、でもすぐに僕を睨み返してきた。

 

 額がぶつかりそうなほど近づいても逃げやしない。

 

「仕方ないでしょ、ドレスを着る予定なんてなかったし。王宮の庭で急遽マリスに着替えさせられたんだから」

「そもそも外で着替えるのがおかしいよね。マリスにも注意しないと」

「マリスが外で着替える訳ないでしょう?」

「君ならいいとでも?」

 

 マリスもマリスだ。せめて馬車の中で着替えさせてくれれば良かったものを。

 王宮の庭でドレスに着替える平民の女性なんて外聞が悪い。身持ちが悪い女性と蔑まれるかもしれない。

 

「マリスはわたしのためにドレスを用意してくれたのよ? 魔法で着替えたんだし、女神の棍棒は役に立ったんだからいいじゃない!」

 

 ナナリーが腰に手を当てて声を張り上げる。僕は渋い顔をして押し黙った。

 

 

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