ナナリーの令嬢修業   作:露草ツグミ

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ここからナナリー視点に戻ります。



3-9. パートナー①

 

 

 アルウェスに部屋を締め出された。一瞬だけ綺麗な顔を苦痛に歪めたのが目に焼き付いている。ナナリーは俯いて、鞄の紐を握り締める。

 

 表情を取り繕うことに長けたアルウェスがあんな苦しそうな顔をするなんて。

 

 やせ我慢をして。彼にも余裕がないのだ。それほど辛い状態なのはナナリーにもわかっている。

 

 独りで解決しようとするのは彼の優しさ故だと理解しているけれど、信頼されていないようで悔しい。何か手助けできたかもしれないのに。

 

 一人で抱え込むのはアルウェスの悪い癖だ。始祖級の魔法使いだからといって一人で何もかも守ることはできないだろうに。

 

 彼は騎士団に入ってからどれだけ国を、国民を、わたしを守ってくれただろうか。どれだけの苦悩と痛みをその身に抱え込んでいるのか。

 

「あの馬鹿炎……」

「ヘル様?」

「あっ、何でもないです」

 

 公爵家の人たちが見ているところで悪態をついてはいけない。自分が行儀悪く見られるのは今更構わないけれど、アルウェスが家族に知られたく思っていることを勝手に喋ってはいけない。公爵様やノルウェラ様には、彼本人の口から話をしてほしい。

 

 キッと顔を上げると、ナナリーは力強く廊下を歩き始める。

 

 ナナリーが眠りから目覚めた後、自分は無力だったと悔しさを吐露したアルウェス。

 彼は気づいているだろうか。

 彼が氷に包まれた瞬間を、ナナリーも忘れることはないということを。

 

 

 *

 

 

 ナナリーが召使についていくと、すぐに別の建物と繋がる廊下に出た。往きは気にしなかったけれど、召使の話では公爵家の家族の私室があるこの棟は特別で、出入りできる人間は限られているらしい。

 

 アルウェスの部屋は防御魔法が解けてしまったが、屋敷に掛けられた魔法は安定している。術式はアルウェスが作り出したものだろうが、屋敷を守護する魔法は公爵様がかけているのだろう。

 

 屋敷に掛けられた魔法を使えばあっという間にナナリー用の客室に到着した。部屋には召使が待っていて、ナナリーは大人しくお化粧や髪型を整えてもらってドレスを着せてもらう。

 

 上手く笑う自信がなかったから、心の中で別のことを考えてとにかくじっとしていた。先ほど逃げ回ったおかげで、ナナリーが必死で耐えているのだろうと召使たちは勘違いしていた。

 

「お美しいですわ」

「アルウェス様がいらっしゃいました!」

「なんてお似合いなのでしょう」

 

 迎えに来たアルウェスはいつもと変わらぬ笑顔を振りまいている。魔物の魔力の暴走なんてなかったようだ。

 

「すごく綺麗だよ、ナナリー」

 

 アルウェスはナナリーの手を取って指先に口づけを落とした。あんなに恥ずかしく感じたことが遠い昔のようだ。挨拶の口付けなんて些末なことに思える。

 

 彼が顔を上げると、銀縁眼鏡の奥の赤い瞳が弓なりに細くなる。ナナリーは精一杯笑ったつもりだったが、ぎこちない笑みになってしまった。

 

 体はもう大丈夫なのか、何を考えているのか、断片でもいいから読み取れないかと彼の顔をじっと見つめてしまう。

 

 ナナリーが着ている瑠璃紺のドレスと似た色合いの夜会服は彼によく似合っていた。整った美しい顔はいつもより綺麗で、どこか凄みを感じた。本人は抑えているようだが、神経が尖っている気配がする。

 

 アルウェスは隙のない笑顔でナナリーの手を持ったまま、普段と変わらぬ口調で話し始める。

 

「ねえ、シーラで着る君のドレスだけど、僕に任せてくれるかな?」

「え?」

「僕が──君に贈りたい」

「で、でも……」

 

 そんなことしてもらっていいのだろうか。家族以外にドレスを買ってもらったことなんてない。

 

 贈ると言っているし、この男は全額費用を負担するつもりだろう。ご飯を食べるときだっていつも奢られている。

 

 それに、自分たちで勝手に決めてしまったらまずい気がする。公爵家の重要な人物(ノルウェラ様)に確認を取らなければ後々大問題になりそうだ。

 

「ノルウェラ様がわたしとニケのドレスを新しく作るって……」

「ブルネルにも? ……ああ、夜会のためかな」

「夜会って?」

「ハイズが魔法学校に戻る前に公爵家(うち)で夜会を開くんだよ」

「公爵家の夜会?」

 

 ハイズくんはアルウェスの弟である。魔法学校に通っていて、今は長期休暇中だ。貴族は休みの間も社交で忙しいそうで、今週はずっと出かけているという。

 

 ナナリーは二、三回会ったことがあるが、丁度アルウェスが一緒だったので挨拶くらいしか交流がない。

 

 ハイズくんはアルウェスが大好きで、忙しいアルウェスとは年に数えるほどしか会えないから、アルウェスが頻繁に家に帰ってくるのをとても喜んでいる。

 

 アルウェスはお兄さんとは歳が近いけれど、弟のハイズくん、キースくんとは歳が離れているためかたいそう可愛がっている。

 兄弟水入らずの時間を邪魔したくないとナナリーは遠慮しているのだ。

 

「晩餐で母上からその話があると思うよ」

「わたしも夜会に出るの!?」

「もちろん。シーラに行く前に夜会に慣れておいた方がいいでしょ?」

「それは……そうだけど」

「これも令嬢教育の一環だよ。夜会で食事をしてもいいけど、くれぐれも夢中にならないでね」

「わかってるわよ」

 

 夜会とは貴族の社交の場、情報収集の場である。飲み物を片手に談笑しつつ、観察眼を養う場でもある。

 

「殿下もいらっしゃるし、マリスやブルネルも招待するから」

「マリスはともかくニケも? ……まさか、そのために今度採寸してドレスを作るの? カーロラ王女の結婚式用じゃなくて? えっ、ちょっと待って、わたし、そんなにお金持ってない」

「落ち着いて。君が心配する必要はないよ」

「心配するわよ! ニケだって何も知らないはずよ」

「母上は女の子がいなかったからね。君やブルネルが来るのをとても喜んでいるよ」

 

 いやいや、そんなことでドレスなんて高いものをいくつも作ってもらったらいけないでしょう!? 

 

 シーラで着るドレスがナナリーに払えるような金額ではないことを頭では理解している。どうしたってアルウェスか公爵家の援助が必要だ。それでも承服しがたくて、頭を抱えてしまった。

 

「だからって何着も作るのはおかしいわよ。シーラの結婚式で着るドレスがあれば……」

「シーラには夜会にお茶会、普段着用のドレスを持って行く必要があるよ。昼と夜ではドレスコードが違う。お茶会で着るドレスを着て夜会には出れないでしょ?」

「うぅ……」

「僕の服とも合わせたいからね。僕に任せて」

「だって、今度採寸するのよ? ノルウェラ様が……」

「母上には役割を譲ってもらうよ」

「そんなことできるの?」

「…………シーラで着るドレスだけでも僕が用意する」

 

 

 *

 

 

「まあ! 何を言ってるの、貴方一人で用意するなんて無理に決まってるでしょう。どれだけドレスが必要になると思っているの?」

 

 ノルウェラ様、アルウェス、ナナリーで晩餐を食べている最中にアルウェスがドレスの話を切り出した。案の定、ノルウェラ様はアルウェスの意向を認めなかった。

 

「結婚式の参列用に夜会服、お茶会のドレス、日常用のドレス、それから旅装用のドレスでしょう? それぞれに予備も必要だわ。ドレスに合わせた装飾品も揃えなくてはならないのよ」

 

 シーラに行くのは三泊四日の予定だ。結婚式は二日目である。前日にシーラ入りし、二日目の結婚式に出席する。その晩は夜会もある。

 

 カーロラ王女は降嫁されるため、結婚式の規模はそれほど大きくないと聞いている。式の後は国民へのお披露目など行事があるそうだが、ナナリーたちは関係ない。

 

 三日目はシーラの王族が主催するガーデンパーティーが予定されており、その後は個人的にお茶会に誘われることもあるそうだ。アルウェスとゼノン殿下はカーロラ王女と親しいため、王女の個人的なお茶会に招かれるだろうと言っていた。

 

 四日目は本当に帰るだけとなる。状況によっては三日目に泊まらないで帰る場合もあるという。シーラは隣国なので近いし、下手に長居をすると無駄に社交が増えて面倒なことになるらしい。

 

「結婚式までにいくつドレスを作るつもりですか? 仕立て屋が過労で死んでしまいますよ」

「それなら大丈夫よ。マリスさんに新しい仕立て屋を紹介してもらっているもの」

「マリスの紹介ですか?」

「ええ、ニケさんは男爵家でしょう? 他家の貴族も招待する夜会なら、家の格に合ったドレスにしたほうがいいとマリスさんが助言してくださったの」

「それは正しいですね」

「今は仕方ないわね。でも将来はわからないもの。公爵家(うち)の中ではそんなことを気にする必要はないわ。貴女もそう思うでしょう? ナナリーさん」

「は、はい」

 

 よくわからないけれど、今度の採寸はマリスが紹介した仕立て屋が行うらしい。

 

 目の前で繰り広げられる母と息子の会話のせいで食事の味がしない。美味しそうな料理がなんてもったいないことだろう。一人だけ別室で食べてそのまま寮に帰ってしまいたい。

 

「ナナリーさんの旅装も新しい仕立て屋に頼むつもりなのよ」

「母上、僕とナナリーはゼノン殿下とミスリナ王女の護衛役も担っていますから往きと帰りは制服です。馬車にも乗りません」

「まあ! なんですって!! ナナリーさんが馬車に乗らないなんて!」

「ナナリーは僕に匹敵する魔女ですよ。馬車に座ってただ守られている女性ではありません。僕と並んでともに殿下たちを守るのがふさわしい」

「まぁ……!」

 

 ノルウェラ様が美しい瞳を大きく見開くと、口許に手を当ててふふふっと可愛いらしく笑った。

 

「あらあら貴方ったら……」

 

 ナナリーとアルウェスを交互に見ながらにこにこ笑うノルウェラ様はとても嬉しそうだ。アルウェスは慣れているのか涼しい顔をしている。

 

公爵家(うち)の夜会用のドレスは母上とナナリーが一緒に選んだらどうですか?」

「わたくしとナナリーさんが?」

「は、はい。わたしも一緒にデザインを考えさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「もちろんよ! とても楽しそうだわ!」

 

 ノルウェラ様がぱあっと顔を輝かせた。本物の女神様のようなキラキラとした笑顔を向けられ、ナナリーの笑顔がひきつった。

 

 これはアルウェスの作戦である。ノルウェラ様を説得するためだとアルウェスは言い、ナナリーも了承した。しかし、とんでもない事態になりそうな予感がする。

 

 ちらりとアルウェスに視線を送れば、彼はにっこりと満面の笑みを返してきた。

 

 

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