ドーランの南、ナポスポルククという大きな街に居を構える装身具店。この店には女性向けの可愛らしいものから、魔具に使われる無骨で頑丈な装備品まで幅広い装身具が揃っている。
宝石の類は取り扱っておらず、値段は高くないけれど質が良いので庶民に人気の店だ。
ナナリーはお店の中央に設置された飾り棚を睨むように見つめて悩んでいた。
「うーん……」
眉を寄せてちょっと半眼になり、腕を組んで小首を傾げる。
──どれがいいだろうか?
しばし目を閉じて頭の中でこれらを身に着けた
──いや、アイツならどれだって似合いそう……。
デザインよりも先にどの装身具にするか決めたほうがいい気がする。首飾り、耳飾り、指環、腕輪。ベルトやブローチという手もある。
目を閉じたまま考えていると、柔らかい手に肩を叩かれた。ふわっと甘い花の匂いが鼻腔をくすぐる。
「ナナリー! やっと見つけた!」
「ベンジャミン」
ナナリーの肩を叩いたのはベンジャミンだった。緋色の緩く波打った髪を頭の高い位置でひとつにまとめ、ボタンを開けた長めの外套の下にはお臍までの黒いセーターと膝上のスカートを合わせていた。大人っぽい化粧をしたベンジャミンはとても綺麗だ。
今日は魔石運びでベンジャミンに会いに来ている訳ではない。久しぶりに彼女と買い物をしたり、お茶をしたりして休日を楽しむつもりだ。
ベンジャミンとサタナースの家に時の番人が居候しているため、ベンジャミンは破魔士の仕事を休んで各国から運び込まれる魔石の受付をしなければならない。
サタナースは破魔士の仕事を続けていられるけれど、家にいることが多いベンジャミンは外に出て気分転換が必要だと思う。
早く国や騎士団で時の番人を管理できるようになればいいのだが、各国の思惑が絡まってなかなか進展しないそうだ。
「びっくりしたぁ! 探し回っても全然見つからなかったのに、気がついたら目の前にいるんだもの」
「あー……ごめん、外すの忘れてた」
ナナリーは水色の髪に留めてある髪飾りを抜き取った。ベンジャミンが気づかないのも無理はない。ナナリーには強力な認識阻害の魔法がかけられている。
アルウェスから贈られたこの髪飾りのせい、もといお蔭である。
*
空離れの季節一月目、アルウェスから髪飾りをもらった。銀色に繊細な蝶と花の模様が彫りこまれた美しい髪飾りである。
仕事中に使っても差し障りがないデザインだったが、これには強力な認識阻害の魔法がかけられていた。よほど近づかないとナナリーに気づくことができないのである。おまけに防御魔法も付与されている。
「ドルセイムの知恵を貸してくれたから充分よ」
「あれは貸しただけだよ。こっちは何かあれば壊れてもいいものだから」
「こんな綺麗な髪飾りが壊れたら勿体ないじゃない」
「お守りだと思って。君はどうしても目立つからね」
そう言ってアルウェスは遠慮するナナリーの髪に強引に髪飾りを
防御魔法はいいとして、認識阻害の魔法が強すぎてハーレではこの髪飾りはつけられない。仕事以外で外出するときにつけるようにしている。
ちなみに術者本人、つまりアルウェスにはこの髪飾りの目くらましは効かない。
空離れ一月目にはナナリーの誕生日もあったのだが、アルウェスは誕生日用にまた別の贈り物を用意していた。
「こんなにもらえない」とナナリーは頑として受け取るのを拒否したものの、髪飾りはクリスタルの魔具のお礼、等価交換だと押しきられて、結局誕生日プレゼントも受け取らざるを得なかった。
*
ナナリーは髪飾りをポケットにいれる。この認識阻害の魔法は人体に触れていないと発動しないのだ。
服に入れておけば防御魔法は発動するけれど、この髪飾りに頼るつもりはない。もしも何者かに攻撃されたなら絶対に自力で戦うと決めている。
鞄に入れないのは何かの拍子に鞄に衝撃があると防御魔法が発動する恐れがあるからである。鞄を落としたら防御魔法が発動するなんて御免である。
陳列棚に並ぶ首飾りをひとつ、手に取ってみる。待ち合わせ場所に着いたら髪飾りを外そうと思っていたのに、店の中を覗いていたら別のことに気を取られて忘れてしまったのだ。
「首飾りを選んでるの? ナナリーが珍しいわね」
「あの、これは、その……」
人に贈る装身具を選んでいると正直に言ってしまったら、誰に贈るつもりなのか問い質されるに違いない。
言い淀むナナリーに、ベンジャミンの顔が急にパァッと明るくなる。目を爛々と輝かせてぐいっと迫ってくる
「ロックマンにあげるのね!」
「な、なんで!? どうしてわかるの!?」
「ナナリーがロックマンに装身具を贈るようになるなんて!! ロックマン頑張ってるじゃない!」
頑張ってるのはナナリーである。どうしてロックマンを褒めるのか。
「ベンジャミン、べつに深い意味はないから」
「えー? 恥ずかしがらなくたっていいじゃないの。せっかくだからお揃いにする?」
「お揃い……!?」
ナナリーは頬を染めてぶんぶんと首を横に振った。
確かに装身具を贈るつもりではあるけれど、いわゆる好きな人への贈り物、という意味合いではない。
食事はいつも奢られて、プレゼント以外にも花とか贈ってくれるし、令嬢教育も全部公爵家にお世話になってる。ナナリーの負債がどんどん積みあがっていくような居心地の悪さを感じるのだ。
髪飾りもクリスタルの首飾りと等価交換というけれど、原料のクリスタルは騎士団から頼まれて提供したのであって、クリスタルをもとに魔具を作ったのはアルウェスだ。
とにかく、アイツから贈られっぱなしの現状をどうにかしたい。
髪飾りに付与された魔法が非常に高度な魔法だったから負けたくないという気持ちもある。
膨大な魔力と天与の才と人一倍努力を怠らないアルウェスは、他人に魔法を施してもらうよりも自分でやるほうが効率的で強い魔法をかけられるだろう。だから彼はなんでも自分ひとりでやってしまおうとする。
そんなアルウェスがあっと驚くような高度な魔法を付与してやって、ぎゃふんと言わせてやる。
「ロックマンだから何でも似合いそうだけどねぇ~。これなんかはどう?」
ベンジャミンが次から次へと勧めてくる。どこから見つけてくるのか、繊細なデザインの細い鎖の首飾りや指環、耳飾りをいくつも持ってきた。
確かに綺麗だし、彼がつければ似合うだろうけど、繊細なデザインはいかにも優男っぽいというか、自己陶酔してるようでナナリーの好みではない。
指輪は無理だ。ナナリーがドルセイムの知恵を指に嵌めているだけであれだけ
耳飾りも結構目立つし、あの綺麗な顔の隣に並ぶのかと思うと恥ずかしい。きっと耳飾りの方が負ける。
「魔法を付与するつもりだから、あまり繊細な造りはやめたほうがいいと思う」
「うーん、そうねえ……。どんな魔法を付与するの?」
「何らかの防御魔法かな。認識阻害の魔法……も考えたけど、仕事の邪魔になるし、やめたほうがいいよね」
「なに言ってるのよ! 絶対に認識阻害の魔法もかけた方がいいわよ。無駄に女に囲まれることもなくなるじゃない。ナナリーは気にならないの?」
ぐいいっとベンジャミンに詰め寄られてナナリーは呻いた。熱くなってきた顔をベンジャミンの視線から反らすようにしてぽつりと呟く。
「………………気になる」
でも、ナナリーが勝手に認識魔法の魔法をかけたらアルウェスは嫌がるかもしれない。ナナリーと違ってアルウェスはシュテーダルや魔物に狙われているわけではない。
「……アルウェスがいいって言ったら、認識阻害の魔法を付与する」
「そんな深刻に考える必要あるの? 二つ買って、片方に認識阻害の魔法を付与すればいいんじゃない?」
「二つ!?」
「仕事中に着けるかどうかはロックマンに任せればいいのよ」
大きな瞳をキラリと輝かせ、機嫌が良くなったベンジャミンはフンフ~ンと鼻歌を歌いながらまた装身具を物色し始めた。
二人であれやこれやと悩んだ挙句、シンプルで造りのしっかりした首飾りと腕輪を買った。
首飾りはアルウェスが胸に下げているクリスタルの首飾りの邪魔にならないようにやや短めだ。どちらも服で隠れるから、できればこっそり着けてほしいものである。
物に魔法を付与するには素材が統一されていたほうが失敗が少ない。それを理由に模様が彫られた銀の腕輪を選んだけれど、アルウェスから貰った髪飾りと趣が似ている気もする。
なんとなく頬がむずむずするが、デザインも気に入ったのだから仕方がない。
魔法を付与してから渡すつもりなのでアルウェスに贈るのは少し先になる。お店で箱に入れてもらい、ベンジャミンが可愛い包装用品を持っているというので今度包装の仕方を教えてもらうことになった。
買い物を終えたナナリーは、ベンジャミンとお茶を飲み、一緒に食材の買い出しをしてからベンジャミンの家に向かった。