光の季節の訪れを感じるうららかな午後。窓から差し込む陽射しは明るく、室内は暖房をつけなくとも暖かい。
二人暮らしにしては大きめな、六人ほどが座れる食卓テーブルの上には、手の平に乗る大きさの黒い石が数十個散らばっていた。
ナナリーとアルウェスは向かい合わせに座って真剣な顔で石を検分している。
「……なにやってんの? お前ら」
台所から顔を出したサタナースが大きな欠伸をする。
「勝負に決まってるじゃない。より多く魔石を見つけた方が勝ちよ」
サタナースは目をパチクリさせると、アルウェスを見て、ついで残念そうな目でナナリーを見た。
「何よ、サタナース。なんか文句ある?」
ナナリーは眉間に皺を寄せて険のある目を向ける。顔だけならば整っていて可愛らしいのに、美人が台無しである。
「……アルウェスくん、これでいいの?」
「うん? 何か問題が?」
アルウェスはサタナースから同情の眼差しを向けられたが、彼は意も介さずに受け流した。
「相変わらずだなぁ……」
サタナースがぽつりと呟いた。アルウェスの口角が上がり、フッと笑みがこぼれる。
魔石の鑑定に集中しているナナリーの耳に彼らの会話が届くことはなかった。
*
手にとって光に翳し、またひっくり返し、一個一個丹念に黒い石をよく観察しては紙に包み直す作業をナナリーは繰り返していた。黒い石を包む紙にはどの国の誰が見つけた石なのか記されている。
「アルウェスくん、魔石がわかるのかよ?」
「まあね」
「え!?」
愕然とした顔でナナリーはアルウェスを見る。彼の手元には
魔石ではないと判断した石は紙に包まれてテーブルの隅にまとめて置かれている。
「サタナースもやってみたら? 結構わかると思うよ」
「へえええ~」
ナナリーの動揺にはお構い無しで、彼らは新しく黒い石が入った袋を開ける。中から十個ほど取り出し、今度はサタナースが鑑定を始めた。
「ん~、これか?」
十個並んだ石の中からサタナースがひとつを指差す。
「ああ、僕もそれだと思う」
「どうしてぇ!?」
ナナリーにはなぜそれを選んだのかさっぱりわからない。
「えー? なんとなく? 勘だよ、勘」
サタナースはこういう奴だった。魔法に関しては妙に勘がよくて、要するに天才肌なのだ。遊び感覚で当てっこをするのは得意中の得意だろう。
でも最初の十個からあっさり魔石を見つけてしまうなんて腑に落ちない。
「ちょっとサタナース、時の番人を連れて来てよ。ちゃんと鑑定してもらうから」
「時の番人? おーい、ベンジャミンー!」
「はーい?」
台所からベンジャミンが時の番人を抱えてやって来た。どこに居るのかと思っていたが、時の番人はベンジャミンと一緒にいたようだ。
ベンジャミンに抱きかかえられたまま、時の番人がテーブルに置かれた石を見比べる。アルウェスとサタナースが選んだ石は魔石であると時の番人が太鼓判を押し、ナナリーが選んだ石はどれもただの石と断じた。
「なんでサタナースにもわかるのよ!?」
ナナリーは水色の髪をがしがしと掻きむしった。
「うーん、私もこの中から見つけるのは難しいかな~。でも、時おじ様が選んだ石と他の石が違うのはなんとなくわかるわ」
「えー!!」
なんてこった。
他の皆にはわかるのに自分だけわからないなんて!!
「わたしが一番ダメ……?」
「ナナリーがそんなこと気にする必要ないわよ~。誰だって苦手な魔法があるのと同じよ」
「そうそう、魔石の鑑定なんざ他の奴にやらせておきゃいいんだよ」
ベンジャミンは「時おじ様は二人を手伝ってあげてね」と言い残し、時の番人を石の入った袋のそばに座らせてサタナースと台所に戻っていった。
「ナナリー、髪の毛」
「髪?」
「ほら、髪がぐしゃぐしゃだよ」
どこから取り出してきたのか、アルウェスが銀の櫛を手に持ち「じっとしててね」とナナリーの背後に回って水色の髪を
もしやこの男、常に櫛を持ち歩いている?
アルウェスは魔力が多いせいで人よりも髪が伸びるのが早く、今では腰に届きそうなほど蜂蜜色の髪が伸びてしまっている。櫛なんか通さなくともサラサラと音がしそうなくらい綺麗な金の髪だが、手入れも完璧らしい。
「女子力高いわね、アンタ」
「……君、今なんて言った?」
「なんでもない」
ナナリーは魔法学校を卒業する時にニケから身だしなみ用の小さな櫛をもらったけれど、机の引き出しに入れたまま使ってない。出勤前に髪の毛をブラシで梳かしてピンで留めて終わりである。
「ほら、綺麗になったよ」
「……ありがとう」
「僕があげた髪飾りは?」
「持ってるわよ。さっきベンジャミンと待ち合わせしたときに外したの」
スカートのポケットから髪飾りを取り出し、またしまう。
「それより魔石よ! まだ勝負は終わってないんだからね!」
鑑定が済んだ石をまとめ、時の番人の隣に積んであった残りの石を全部テーブルの上に広げてナナリーたちは鑑定勝負を再開した。
*
木々に囲まれた森の中、日が沈むのはあっという間である。
食卓テーブルの上にはアルウェスが見つけた魔石が五つ、サタナースの分が一つ、計六つの魔石が並んでいた。ナナリーは一つも見つけることができなかった。
「なんでアンタはわかるのよ!?」
アルウェスが選別した石を見せてもらったが、どこがどう他の石と違うのかわからない。
「なんとなく? 嫌な感じがするから」
「何よそれ?」
「うーん、どう説明すればいいかな。石の中でざわざわと何かが
「蠢く……石が生きてるの?」
「生物とは違う。もっと気持ち悪いよ。鳥肌が立って、悪寒がするんだ」
「魔物の気配がするの?」
「んー……それとも違うかな」
ナナリーは眉根を寄せて首をひねる。
控えめにいって、アルウェスのいう「嫌な感じ」なんてサッパリわからない。
魔物といっても小物から凶悪なものまで多種多様だ。
見た目が気持ち悪い魔物はそれなりにいる。
何かに憑依する魔物は人に害をなすやり口が気持ち悪いと感じる。
シュテーダルは見た目も、その考え方も、氷の始祖への執着も、目的を達成するための手段もすべてが気持ち悪かった。
破魔士や騎士と違いナナリーが魔物と対峙する機会はそれほど多くない。ハーレの事前調査では被害の大きさや魔物の実態と強さを調べて、そこから先は破魔士の仕事だ。
眉間に深い皺を刻んでもう一度じーっと石を見つめてみたけれど、何かが蠢く気配などまったく感じられなかった。石は石だ。
「君は特別鈍いのかもしれないけど。創造物語集によれば魔物は氷以外の魔法型が集まったものだからピンとこないんじゃない? 自分とどこか似ているのに禍々しい気配を放つモノに触れるのは嫌な気分になるよ」
鈍いとか言うな、鈍いとか。
こめかみにピクピクと青筋が立つ。
「シュテーダルは氷の乙女の血を集めていたから少しは氷も入っているんじゃないの?」
「魔物は始祖たちが作り出したものでしょ? それと比べたら微々たるものだよ」
理屈としてはわかるけれど、ナナリーは認めるのが
魔石の見分け方についてはまた今度考えることにして、ナナリーは片づけを始めた。魔石運びのときと同じように魔石を鑑定済みの袋に入れて、他の石は廃棄する。食卓テーブルは洗浄の魔法をかけて綺麗にした。
時の番人は鑑定をした後どこかに隠れてしまったようで、気がついたらいなかった。
「ほらね」
「アンタ、本当に嫌われてるのね」
魔石から作られた魔具がこれほどアルウェスを嫌うのはちょっと面白い。
「──で? 負けた方が勝った方のお願いをきくんだっけ?」
「わかってるわよ。何でもきくわよ。女に二言はないわ」
アルウェスは困ったように笑った。
「君、簡単に言ってるけど、まさか僕以外の男とこういう勝負してないよね?」
「やるわけないでしょ!」
「そう? ……ならいいけど」
力強く逞しい腕がナナリーの腰を抱き寄せて、端正な顔が近づいて来る。
「へ? あ? な……」
「負けたら何でもお願いをきくなんて、何されても文句は言えないんだよ?」
薄く色づいた形のいい唇がゆるやかに弧を描き、眼鏡の奥の赤い瞳は煌めいて、切れ長の目元からは色気がだだ洩れている。
待って、ちょっと待って。
ナナリーの頬が紅潮し、ぐるぐると目が回って後ろにひっくり返った。
女子力高めのロックマン。
銀の櫛は本当は誰のために買ったのでしょうか???