ナナリーの令嬢修業   作:露草ツグミ

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後半ロックマン視点です。



4-6. ペストクライブ(ロックマン視点あり)

 

「おっと……」

 

 後ろに倒れそうになったナナリーの背中を大きな手が優しく支える。がっしりとした腕に抱き留められ、ナナリーはハッと我に返った。瞼を持ち上げれば眼鏡の奥の炎みたいな赤い瞳とパチリと目が合う。

 

「負けたら何でも言うことをきくなんて、そんな勝負はもうやっちゃ駄目だよ?」

 

 ナナリーを抱き起こしたアルウェスが耳元で囁いた。耳に吹きかかる吐息がくすぐったい。ぞわぞわと変な気分になる。

 

「わかった! わかったから!!」

 

 耳まで真っ赤にしてナナリーはぐいぐいとアルウェスの体を押し返した。

 けれども逞しい腕はナナリーを離さず、両者の攻防は続く。

 

「……時と場所を考えなさいよ! この色気ムンムン男! 歩く破廉恥!!」

 

 唖然としたアルウェスの力が緩み、その隙にナナリーは彼の腕の中から逃げ出した。数歩離れて身構える。

 

「プッ……くくくっ……あははっ!」

 

 数拍後、アルウェスが声をあげて可笑しそうに笑った。

 

「酷い言い草だね。まったく、本当に君は口が悪いよ」

 

 長い脚でさっと距離を詰めて、ポンポンと水色の頭をあやすように叩いた。

 

「無駄な色気を撒き散らしてるのは事実じゃないのよ! 女タラシ、スケコマシ!」

「うーん、女性はみんな可愛いし大事にしなきゃいけないと思っているけど、それだけだから」

 

 顎に手を添えて、その肘をもう片方の手で抱えたアルウェスは、特に興味なさげにあっさりと答える。

 女性の好意はどうでもいい、とでも言いたげな口調にナナリーは自分の耳を疑った。

 

「たくさんの女の人にモテたいんじゃないの?」

 

 アルウェスの整った綺麗な顔をマジマジと見つめる。

 

 誰それが美しいだの、笑顔が素敵だの、彼女たちに会えないのが寂しいだの、ナナリーの知らない女性の名前を山のように列挙して女タラシっぷりを披露してきたのがアルウェスという男だ。

 

「好きな女性一人にモテれば充分。それ以外は必要ないよ」

「アンタどうしたのよ。過去の自分を全否定するようなことを言って」

「過去の自分を否定したりしていない。好きな女性(ひと)が振り向いてくれたら自然と態度は変わるでしょ」

 

 これはモテたいと思っている人間より悪質ではないか? 

 

 モテなくていいと言いながら誰よりも美しい顔で砂糖みたいな言葉を吐いて、不特定多数の女性を(たぶら)かす振る舞いをするなんて迷惑千万だ。

 

「アンタ、(たち)が悪いわよ」

「君がそれを言う?」

 

 アルウェスがふぅ、とため息を吐き、腰を屈めて内緒話でもするように耳打ちしてくる。

 

「僕が唯一好きな女性は君なんだけど、それはわかってるよね?」

「わ、わかって……」

 

 ボボボッと火がついたようにナナリーの顔が上気した。

 考えないようにしていたことをわざわざ言うな! 

 

 アルウェスは「これくらいにしてあげるかな」と呟いて、満足そうに笑った。

 

「ところで、君は勝ったら僕に何をさせるつもりだったの?」

「へ?」

「何か目的があって勝負を持ちかけたんじゃないの?」

「……そんなこと訊いてどうするのよ」

「変なことじゃないなら勝負とは関係なしに話を聞くけど?」

「勝者の情けは受けないわ。わたしは負けたのよ」

 

 ツンと顎を逸らして顔を背ける。

 アルウェスはまたもやププッと吹き出した。彼の笑い声を横目で聞きながら、ナナリーは内心冷や汗をだらだらと流していた。

  

 自分でもなぜあんな賭けをしたのか甚だ不明であるが……今日買ったお守り用の装身具に認識阻害の魔法をかける許可をもらうつもりで賭けを思い付いたのだ。

 

 何を血迷ってあんなことを考えたのだろう。頭が沸いていたとしか思えない。

 目を回したのもきっとそのせいだ。正気に戻ってよかった。

 

 お守り用の装身具を買ったことすらまだ秘密にしているのに、もしナナリーが勝負に勝っていたら、お守りの装身具のことも何もかもアルウェスにバレていたではないか。

 

 なぜお守りに認識阻害の魔法をかけたいのか……彼が女性に囲まれてるのが気になってしまうから……こんな恥ずかしい心情を自ら暴露するようなものだ。

 

 二人きりでいるのが恥ずかしくて、まともに話ができなくて、勝負をすればいつもの調子に戻るだろうと思ったけれど、もし勝負に勝っていたら更に窮地に立たされていたかもしれない。

 

 魔石鑑定の勝負をするだけでよかったのだ。なんで賭けなんてしてしまったのか。

 

 そこではたとナナリーは気がついた。

 

 もしかして……無意識にアルウェスには勝てないと思っている? だから思考が無意識に引っ張られて碌でもないことを思いついたりするのだろうか。

 

 好きになった方が負けとはこういう意味?

 

 サーッと顔から血の気が引いた。なんてことだ、アルウェスに勝つことは宿願であったのに。敗北を前提に物事を考えてしまうなんて自分を見失っているとしか思えない。

 

「どうしたの? 君、百面相してるよ」

「……わたし、人生を誤ったのかもしれない」

「えっ、なんか聞き捨てならない」

 

 アルウェスはぎょっとしてナナリーの腕を掴む。

 

「今のままじゃいけないのよ」

「待って、ひとりで結論出さないで」

 

 ナナリーはアルウェスの腕を振り払い、アルウェスにビシッと人差し指を突きつけて宣言する。

 

「負けないからね、アルウェス! 絶対にアンタに勝ってやるから!」

 

 呆気にとられたアルウェスを放置し、ナナリーは踵を返して早足で台所へ向かった。

 

 

 

 *

 

 

 ナナリーは「サタナース!」と大きな声で友人の名を呼び、彼らのいる台所へ行ってしまった。

 アルウェスは一人ぽつんと居間に残される。

 

 彼女の中で何がどう思考が巡ったのかわからないが、ひとりで結論を出して行動を開始してしまった。

 

 ナナリーの出した結論は「絶対にアルウェスに勝つ」でこれまでと何も変わらない。

 おそらくまた突拍子もないことをやり出すのだろう。

 

 最後の聞き取り調査があってからナナリーに避けられているのは気づいていた。

 理由もわかっているし、彼女の性格を思えばアルウェスを避けてしまうのも無理からぬことと納得していた。

 

 彼女を責める気などさらさらなく、自分との触れ合いが彼女の恋愛的な情緒を育てている証左として嬉しくなったほどだ。

 

 だが警戒心が皆無なのは相変わらずで、無防備な彼女にちょっとお灸を据えようと思った。浅ましい男の本音を少しは理解させて、どれだけ危ういことを彼女が無意識に口にしているかわからせようとしたのだけれど。

 

「しくじったかな……?」

 

 アルウェスは腕を組んでフーーッと静かに息を吐き出した。

 

 

 ……背後に視線を感じる。

 眼鏡を外してテーブルの上に置き、先ほどまでとは別人のような冷たい目つきでカーテンの裏にいるソレを射抜く。

 

「──時の番人」

 

 カーテンが揺れて、どこかの家の庭に置かれていそうなありふれた小人の人形──あいにくアルウェスはそういう置物を実際に見たことはないのだが──がのっそりと顔を出した。

 

「僕に何か用かな?」

「──おぬしに用などはない」

 

 アルウェスは緩く首を傾げ、小人の人形型の魔具を一瞥する。

 

「そう? 僕はお前に聞きたいことがある」

「……なんじゃ?」

「過去か未来か──別の時代に跳んで、その時代の物を元の時代に持ち帰ることはできるか?」

「ワシが一緒であればできる」

「へぇ……」

「いうても、時空を超えても問題がないと判断されるものだけじゃ。たとえ過去の王宮に忍び込んで王族の宝物(ほうもつ)を盗み出しても、元の時代に持って帰ることはできぬぞ」

「意外と倫理的だね。それを判断するのが魔石から作られた魔具っていうのがおかしな話だけど」

「ワシが判断するのではない。ワシを作った魔法使いが組み込んでおいたのじゃ」

「魔石から魔具を作るような魔法使いにも少しは常識があったってことか」

「……」

 

 時の番人は製作者である魔法使いについては何も話さない。これまでに時空を超えさせた者たちについても同様だ。

 

「……おぬしには何らかの時の魔法の残滓(ざんし)がある」

 

 不意に時の番人が喋り始める。

 

「あの氷の嬢ちゃんか?」

「──何の話だ?」

「あの氷の嬢ちゃんからは(ことわり)が違う魔法が感じられる」

 

 ピシリと空気に亀裂が走った。

 アルウェスが凍て付いた眼差しで時の番人を睥睨する。

 

「彼女はドルセイムの知恵を着けている。そのせいだろう」

「あの指環のことは言っとらん。嬢ちゃん自身から魔力がにじみ出ておる。あれは普通の魔力ではない。もちろん魔物の魔力でもないがの」

「……時の番人」

「おぬしが現れなければワシにもわからんかった。おぬしに残る奇妙な時の魔法と氷の嬢ちゃんの(ことわり)の違う魔法はよく似ておる。あの嬢ちゃんに巻き込まれたか? それとも──」

 

「黙れ」

 

 地の底を這うような低い声が響き、時の番人の周りの空気を震わせた。風の流れが変わる。部屋中の空気が圧縮されていく。

 

「人の心に土足で踏み込むのはやめてもらおうか」

 

 途端、アルウェスの体から火が噴きあがり、時の番人が炎に包まれた。

 

「ひぃぃぃぃ!!」

 

 時の番人の背後のカーテンが燃え上がる。窓際に置かれた植物が燃え、絨毯に火が広がっていく。廃棄する予定の石たちが高温に熱せられて黒から赤に色を変えた。

 

 




後半の時の魔法に関する話は捏造です。
令嬢修業を書き始めるときにどうしても触れたいエピソードだったんですが、やっと投稿できました。(pixiv初投稿時から二年かかってしまいました)

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