「……ポルカ? お菓子の?」
「うん」
ポルカなんて庶民のお菓子なのに。アルウェスの好きな食べ物がポルカ?
少し不思議に思ったが、ナナリーには庶民の料理しか作れないので丁度いいだろう。ちびアルウェスも楽しそうに作っていたし。
「ポルトカリの旬は光の季節だから、少し先になるけど。それでもいい?」
「もちろん。ありがとう──嬉しい」
アルウェスがへにゃりと笑った。
まるで子どもみたいな笑顔。ちびアルウェスだってこんな顔で笑ったことなかった。
「子どもみたい」
ぽつりと、つい口に出していた。
「子ども? 僕が?」
子どもみたい、というのは少し違うだろうか。
少しだけ一緒に過ごしたちびアルウェスの笑顔はどこか痛々しかった印象がある。素直でとても可愛かったけれど。
「さっき笑った顔が子どもみたいだな……って思って」
「へえ……。初めて言われたな。子どもらしくないとはずっと言われてきたけれど」
「はん、外面がいいから皆が騙されてただけでしょ。魔法学校では子ども染みた喧嘩をしてたじゃない」
「君が相手のときはね」
アルウェスは涼し気な目を柔和に細めて微笑んだ。そこにちびのような
「ねえ、いまだによくわからないんだけど」
「うん?」
「アンタは平民だからって差別するような人間じゃないでしょう。わたしの魔力を発散させるためならともかく、初めて顔を合わせたときからしょうもない喧嘩を売ってきたのはどうして?」
ナナリーは首をひねる。アルウェスが最初に手遊びなんて仕掛けてこなければもっと違う関係になっていたかもしれない。
友人になれたかは甚だ疑問であるが、少なくともあそこまで目の敵にしなかっただろう。
「君には絶対に負けたくなかったから……かな」
「はぁ?」
ますます訳がわからない。
ナナリーは怪訝な顔をしたが、アルウェスは曖昧に微笑むだけでそれ以上は何も答えてくれなかった。
「ねえ、さっき君が読んでた書類は何?」
「書類じゃなくて魔術書の写しよ。勉強してるの。
「女神の棍棒に関する本ならこの家で何冊か見つけたよ。帰りに渡すね」
「あ、うん。ありがとう……」
初めてアルウェスの部屋に入ったのはドルセイムの知恵を借りたとき。あのとき魔物の魔力が暴走しかけて、彼が一人で苦痛に耐えていると知ったナナリーは無性に腹が立った。
それも今では遠い昔の出来事に感じられる。
もうアルウェスが体内で暴れる魔物の魔力に苦しむことはないのだ。
蜂蜜色の頭に手を伸ばしかけ、ピタッと途中でその手を止めた。眠っているときならともかく、起きているアルウェスの頭を撫でるのは流石に恥ずかしい。
「……撫でてくれないの?」
出たよ、上目遣い。わかってやってるんだな、この男。そうに決まってる。
宙で止めていた手をぷるぷる握りしめて、この拳で殴ってやろうかと本気で考える。
「いいわよ。撫でてやろうじゃない」
「え?」
両手でアルウェスの頭をつかんで蜂蜜色の髪をわっしゃわっしゃとかき混ぜてやった。
「ははっ、酷いな」
「ふん!」
ナナリーは顎をつんと反らした。笑いながらアルウェスは手櫛で髪を直している。
思いっきりぐしゃぐしゃにしてやったのに、手櫛で直せばすぐにツヤツヤのサラサラになる。
「まったく、何なのよこの綺麗な髪は」
「空色の髪も綺麗だよ」
「お世辞は結構です」
「そんなんじゃない。僕はずっとこの空色に──」
アルウェスが空色の髪を一房もてあそび、そこで言葉が途切れた。
黙って、というように長い人差し指でナナリーの唇を押さえる。彼が音もなく何事かを唱え、途端、周囲の音がかき消えて、静寂が二人を包み込んだ。
目で語りかけるように赤い瞳がナナリーを覗き込む。
『こうやってじゃれ合うのも楽しいけど、真面目な話をしてもいい?』
これは
念話と違い、対面した相手にしか使えない。相手の目を見て心の中で語りかける。慣れない場合は声に出して喋るように口を動かす。
雷型が使う念話は頭のてっぺんから声が響いてくるが、これは耳から声が伝わる感じがする。
『わたしはいつも真面目よ』
心話をほとんど使ったことがないナナリーは口をパクパクと動かした。心の中で語りかけるという要領がよくわからない。
『確かにそうだね。じゃあ、真剣に聞いてほしい』
いつも真剣に聞いているけど、と言い返そうかと思ったがやめておく。深刻な話があるのだろう。
背筋を伸ばし、赤い瞳を見つめながら頷く。
『君に伝えたいことがある。でも、いざ言葉にしようとすると上手くいかなくて』
白くて長い指が頬を撫でる。
『臆病な男と思ってくれていい。──正式に申し込むときはちゃんとするから』
『?』
小首を傾げるナナリーを、赤く煌めく瞳が射貫いた。その眼差しに鼓動が鳴る。
『僕は────』
瞳の奥から火が
*
アルウェスの言葉を理解して頬がじわじわと熱くなる。
ナナリーの恋は日々育っている最中で。
まだ未熟なそれを、彼みたいにちゃんと言葉にして伝えるのは難しい。
一瞬目を閉じてから、深く息を吐き出して肩の力を抜き、真っすぐに赤い瞳を見つめた。
『アルウェスが、好き』
『口付けは……ドキドキするけど嫌じゃない』
『先のことは……まだピンと来ないけど……考えるときはある』
『……他の女性と……あまり親しくするのは……その……』
『触れ合いはお手柔らかにお願いします……』
心の泉からこぽこぽと涌き出る想いを、声には出さずに言葉にする。
アルウェスがふわりと微笑み、パチンと指を鳴らして魔法を解除する。
「…………ァルウェス?」
胸の奥が震えて、ナナリーは両手で顔を覆った。
*
どこからともなくリィ……ンと鈴の
ナナリーが不思議そうに部屋の中を見回していると、チッ、と小さな舌打ちとともにアルウェスが長椅子に起き上がった。
「晩餐の時間だ。身支度しないと」
「身支度?」
さっとナナリーの顔に緊張が走る。まさかドレスを着なければならないのだろうか?
ナナリーの胸中を読んだようにアルウェスが朗らかな笑みを浮かべる。
「着替えの必要はないよ。でも服装や髪が乱れてたら整えないとね」
ホッ、と大きく安堵の息を吐く。髪の毛を
「だからその前に……」
「え?」
制服に付いたお菓子のくずを手で払っていたナナリーは強く抱きしめられた。
アルウェスが
優しく触れて、チュッと音を立てて離れて。合間に熱い吐息が交わり、また触れる。
軽やかな口付けで終わるかと思いきや、覆い被さるように隙間なく唇を塞がれた。
「……ンッ……!」
吸われて、
はむはむと食んでいたかと思えば、その動きは緩慢になり、アルウェスは味わうようにゆっくりと食み、さらに唇を吸い上げる。
背筋がそわりとする。何か奇妙な感覚が腰から走った。柔らかな唇の感触をまざまざと思い知らされるような口付けに、羞恥心が込み上げてくる。
「た、食べないで……!」
息も絶え絶えにナナリーは小さな悲鳴を上げた。
アルウェスが笑った気配がして、甘い吐息が濡れた唇に淡く触れる。
「食べたりしないよ……まだ」
「きゃっ……!」
長椅子に押し倒され、蜂蜜が流れ落ちてくるように金色の帳がおりてきた。
「お手柔らかにって……言ったじゃなぃ……んんっ……!」
アルウェスは空色の髪の毛に指を差し込み、ナナリーの頭を固定して幾度も角度を変えて口付けをする。彼が動くたびに頬や喉元を髪の毛がくすぐる。
「こんなに甘くて……可愛い君が悪い」
「んな……! 馬鹿ほの……ぉ……」
彼の舌が唇を舐め、ゆったりと食み、擦るように撫で上げる。
その動きに促されてナナリーの唇が薄く開いて、ぬめりと口内へ肉厚のものが侵入してきた。ざらっとした触感のそれはアルウェスの舌で、口内を愛撫し、逃げ損ねたナナリーの舌を絡めとっていく。
「……ァン……!」
自分のものとは思えない、鼻にかかった甘い声が
ハァ、ハァと小刻みに荒い息を上げるナナリーは、たまらずアルウェスの首に腕を回して縋りつく。彼の口付けはますます深まる。
熱く、激しく、そして蕩けるように甘く──アルウェスの剥き出しの感情をぶつけられているような口づけ。怖くないと言ったら嘘になる。でも、その熱さが嫌ではなかった。
怖がってばかりではなく受け止めるのだ、彼の激情を。
『君を愛している』
『初めて会ったときから君が好きだった』
『もっと君に触れたい』
『君の心も体も、その唇も肌も髪も。すべてを僕のものに』
『どうか』
『ずっと僕のそばにいて』
逃げるのではなく飲み込まれるのでもなく。
燃え盛る焔に飛び込んで、ナナリーは彼の想いを抱きしめる。
燃え尽きました……。(※ナナリーは燃えてません)
10、11話のBGMはQUEENの『手を取り合って』です。
この後の話も考えておりますが、プロットもまだできていないので、しばらく休養を取りたいと思います。
感想をいただけると嬉しいです。
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