時の番人事件が一段落したのも束の間、ナナリーはシーラ王国のカーロラ王女の結婚式にロックマンのパートナーとして出席することが決まります。そしてロックマン公爵家のバックアップで令嬢教育を受けることに。貴族の令嬢教育と聞くだけで憂鬱な平民育ちのナナリー。
とうとう令嬢教育の初日がやってきます。
※ゼノンは「王子」ではなく「殿下」で統一します。王子の身分を強調したいときは「王子」「王子様」と呼びます。
1-1. パートナーへの道のり①
ハーレの仕事を終えたナナリーは、ララの背中に乗って空を
向かう先はロックマン公爵邸。今日はお呼ばれされたのとはちょっと違う。
いまから数カ月後、ドーランでは光の季節に入る頃に、シーラ王国でカーロラ王女の結婚式が行われる。ナナリーはその結婚式にロックマンのパートナーとして出席することが決まったのだ。カーロラ王女は二年半ほど前にロックマンと縁談が持ち上がった王女様だ。あの仮面舞踏会でカーロラ王女様はロックマンとの婚約をとりやめて国に帰り、無事に身分違いの恋人と婚姻が認められたという。
そのカーロラ王女の結婚式にナナリーが出席するというのだから何とも不思議な縁である。
ロックマンのパートナーとして同行することを了承したものの、ナナリーは貴族の世界について何も知らない。各国の王族や貴族が集まる場で、恥ずかしくない程度のダンスや行儀作法を身につけるため、ロックマン公爵家で令嬢教育を受けさせて頂くことになったのだ。
初日の今日はダンスと礼儀作法の練習と聞いている。
のろのろと公爵邸に着き、執事らしき紳士に挨拶する。どこもかしこもキラキラしたお屋敷の応接間とおぼしき部屋に案内される。豪華で煌びやかな室内にはロックマンの母親のノルウェラ様と、なんとマリスが待っていた。
ノルウェラ様もマリスも相変わらず華やかで美しい。マリスは今日だけ一緒にレッスンを受けてくれるという。「初日だから特別ですわよ?」と笑っている。
涙が出るほど嬉しい。正直、不安で仕方がなかった。思わずマリスに抱きつこうとしたが、扇子で鮮やかに防がれてしまった。
マリスはゼノン殿下の妹姫、ミスリナ王女にお世話係として仕えている。ミスリナ王女は兄のゼノン殿下が大好きで、従兄のロックマンも大層お気に入りだそうだ。ミスリナ王女からもしっかり淑女の作法を身に付けるようお言葉を頂いたという。ナナリーは王女様のお言葉に目の前が真っ暗になった。
「貴族に関わらず、女性の目の方が厳しいのは
閉じた扇子をナナリーの鼻先に突き付けてマリスが言い放つ。
「近いうちに貴女もミスリナ王女のお茶会に招待するとおっしゃってましたわ」
マリスが「ほほほ……」と優雅に笑う。高貴な貴族女性の風格が漂っている。
ナナリーは
ああ、やっぱり逃げ出したい。しかし、それはできない。ロックマンとの約束は必ず守ると決めたのだ。彼も約束を守る人だから。
私があんな風に「ほほほ……」と笑う日が来るのだろうか。いや、絶対にあり得ない。想像もつかない。
ノルウェラ様の侍女という女性とマリスに衣裳部屋に連れていかれる。こちらの侍女さんが主にナナリーの行儀作法などの教師になるらしい。ダンスのレッスンは専門の教師がいるという。
貴族は子供の頃から家庭教師がついて様々な教養を学ばされる。ナナリーは令嬢教育にかかる費用を考えて頭がくらくらした。全部ロックマンが負担するから気にしないでいいと言われているが、価値観の違いを受け入れるのは時間がかかりそうだ。
衣裳部屋では召使たちが待っていて、サイズの合うドレスと靴を選んで着替えた。マリスたち貴族女子が学生時代に着ていたようなドレスを大人っぽくしたデザインである。ナナリーにとってはパーティーに出るのかと思うくらい派手な服だが、彼女らにとってはこれが日常着なのだ。つまりこれは序の口で、慣れてきたら本格的なドレスを着ることになる。
簡単に化粧をして髪型も整えられる。仮面舞踏会のときよりずっと薄い化粧だったが、普段ほとんど化粧をしないナナリーは落ち着かなかった。
踵の高いヒールがこれまた慣れない。こんな不安定なものを履いてダンスをするのか。マリスはこんな靴を履いて、ひらひらしたドレスを着てあんなに早く歩けるのか。貴族女子の精神力は見習ったほうがいいかもしれない。
マリスはナナリーのドレスを選ぶとさっさと部屋を出てダンスの練習に行ってしまった。ダンス教師が来ているからマリスもいろいろ教わりたいそうだ。それに関してはナナリーに異論はない。マリスだって忙しい。その貴重な時間をナナリーのために使ってくれているのだ。彼女にも得るものがあってほしい。彼女の時間を有意義に使って欲しい。教師を手配してくれたのはロックマン公爵家で、ナナリーは何もしていないけれども。
長い廊下を歩き、連れていかれたのは大広間だった。見覚えがあると思ったら、それもそのはず、以前転移魔法で誤って
舞踏会用の装飾であろうか、大広間は飾り付けられ、壁際に置かれたテーブルにはグラスも並んでいる。
大きなシャンデリアは華やかで明るい。窓の外は夜の帳が下りて、今にも舞踏会を開けそうな雰囲気である。
よく見てみれば、装飾やテーブルはすべて魔法で出した幻だった。あのラッパのようなものから曲が聴こえてくる。
軽快な音楽に合わせてマリスが男性と組んで跳ねながら踊っている。跳ねるたびにドレスが広がり、ハーフアップの髪につけた飾りがシャンデリアの光を反射して美しい。
大広間ではノルウェラ様と姿勢のいいすらりとした女性が待っていた。マリスは踊りをやめ、男性に手を引かれながら一緒に歩いてくる。とても姿勢のいい男女は夫妻でダンス教師をしているという。若いころは有名なプロのダンサーだったそうだ。
「ここで練習するんですか!?」
こんな広い部屋がナナリーの練習に必要だとは思えない。さっきの衣裳部屋で家具を隅に寄せれば十分ではないか。
「カーロラ王女は臣籍降嫁されるとはいえ、シーラの王宮で夜会が開かれるのでしょう? ナナリーさんは夜会そのものに慣れていないから、まずは舞踏会の雰囲気に慣れるところから始めましょうとマリスさんが助言してくれたのよ」
「そうですわよ、ナナリー。貴女がアルウェス様の隣でキョロキョロおどおどしていたらドーランの恥ですわ。胸を張って夜会に出てくださいまし」
やはりとんでもない役を引き受けてしまった。これまでにない難関を目の前にして気が遠くなる。根性はあると自負していたが、この屋敷に来て何度回れ右したくなったことか。
だが、やると約束した以上、いまさら断るわけにはいかない。ナナリーは腹のあたりで拳をぐっと握りしめ、おへそに力を入れた。
原作の『魔法世界の物語』とカーロラ王女の結婚式は異なる設定になってます。