魔法学校時代のナナリーは『打倒・貴族』と勉強を頑張っていた。自分はなんと浅はかだったのか。貴族は一日にしてならず。
学生時代にワルツをマリスに習ったことがあると伝えると、まずは一通りやってみましょう、と先生のエスコートで会場入りから始める。向かい合ってホールドを組んで踊り始めたものの、
何をしても姿勢が悪くて不恰好、気品の
極めつけには先生の足を踏んでしまい、床に沈み込むくらい頭を下げて謝った。
「ナ……ナナ……ナナリー! 貴女!!」
血走った目でマリスが駆け寄ってくる。
「ひぃぃぃ!!」
「貴女という人は!! わたくしが教えたことを全部! すっかり! 完全に忘れてしまいましたのね!!」
ガシッと掴まれた肩が痛い。
「マリス、痛い痛い痛い……!」
「先生!! どうかこの子をなんとか見れるようにして下さいませ! やればできる子なんですのよ! どうか見捨てないで下さいまし!」
マリスが先生に懇願している。ナナリーも下手な自覚はあるし、卒業パーティーのときと違って死活問題なので、お願いしますと頭を下げた。
「どうか頭をあげて下さい。教えるのが私たちの仕事なんですから」
「ですが……」と先生は困った顔をする。
「時間が必要です。最初の一カ月は毎日練習したほうがいいですね。もちろん週に一日は休んでいいですが」
「えっ」
明日から毎日公爵邸に来て練習するというのか?
ノルウェラ様の侍女さんはナナリーの意見など聞かずにあっさり了承している。ゾゾさんとの外食は……親友たちとの飲み会は……。ナナリーの仕事の後の楽しみが全部吹っ飛んだ。
「よかったですわね、ナナリー!! 先生は見捨てないで下さるそうですわ!」
ぎゅうっと両手でナナリーの手を掴んだマリスは喜んでいるのか怒っているのかよくわからない。とにかく目が血走っていて怖い。
「いいですこと? 死ぬ気でやるんですのよ。貴女が本気を出せばできるでしょう? ああ、でも徹夜なんてもっての外ですわよ。睡眠不足は美容の大敵ですから。勝負だとか余計なことは一切考えずに! 習ったことをものにする、そのためだけに時間を使いなさいな。これも仕事だと割り切るんですのよ!」
「仕事……そうか、仕事なのね……」
またもや『打倒・貴族』という言葉が浮かんできた。
このままではナナリーは根っからの貴族たちに笑われて終わるだろう。ダンスも礼儀作法もまったくなっていない平民がなぜ王女の結婚式に出席しているのかと。
魔法ではそう簡単に負けない自信があるけれど、お貴族様の振る舞いなんてナナリーが最も苦手とするところだ。とはいえ、他国の貴族だろうが、お貴族様の土俵で戦う不利な勝負であろうが、負けるのは悔しい。
しかも今回はナナリーだけの問題ではない。ナナリーが笑われればロックマンも、ゼノン殿下も、ミスリナ王女も侮られるのだ。そんなことがあってはナナリーが自分を許せない。
やってみよう。学生時代、あれだけ努力して魔法を勉強したんだ。やる前から諦めるなんて私らしくない。
これまでは絶対にありえないと思っていた、ドレスを着て扇子を手に他の貴族たちにむかってにっこり笑う自分の姿をなぜだか少しだけ想像できた
レッスンの時間が終わるまでみっちりとダンスの練習をした。離れたフロアで軽やかに踊るマリスに比べたら全然体を動かしてないのに、汗びっしょりになった。慣れない靴で足も痛い。後で治癒魔法をかけなければ。
これで終わりかと思ったら次はテーブルマナーの練習だという。
一度着替えてからテーブルマナーについて基本を習い、そのあと晩餐で実践するらしい。マリスは着替えたら帰ると言ったが、ノルウェラ様がぜひ晩餐を食べていってほしいというので一緒に食べることになった。ロックマン公爵とロックマンは仕事で遅いそうだ。末子のキース君はおねむで部屋に連れ帰っていた。
着替えのためにまた違う部屋に案内される。その部屋がナナリー専用の客室だと聞いてぎょっとする。客室には衣裳部屋で試着したドレスや靴がいくつも運び込まれ、公爵邸に来るときに着ていたハーレの制服や荷物も置いてあった。
隣の客室にマリスが案内されたのでほっとしたものの、マリスの部屋は調度品は同じでも、マリスが持ってきた私物しか置いてなかったという。
大広間から戻るときは、往きとは違ってあっという間に部屋に着いた。広い屋敷を歩いて移動するのは大変なので、ロックマンの家族や主だった使用人はごく短い距離で移動できるように魔法がかかっているらしい。最初に長い廊下を歩いたのはヒールに慣れるように気を使ってくれたそうだ。
お風呂に入る時間はなかったので、魔法で体を綺麗にしてハーレの制服を着たら、ノルウェラ様の侍女さんが新しいドレスに着替えるのだと召使を連れてやってきた。
なぜまたドレスに着替えるのか、困惑するナナリーに、ドレスを着て食事をする練習をしなければ意味がないのだと説明される。確かにその通りだ。服に付いたシミを落とす魔法は完璧に覚えているけれども、それは何かあったときの最終手段だろう。
魔法学校の食堂でドレス(彼女たちにとっては日常着)を着たまま食事をする貴族女子を思い出す。よく汚さないものだと当時は呆れていたが、彼女たちは幼少の頃からそうやって行儀作法を仕込まれてきたのだと納得した。