ナナリーの令嬢修業   作:露草ツグミ

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1-5. クリスタルの魔具

 

    ***

 

 

 私はお城の前にいた。白いドレスを着た私の手は小さくて、背も低い。たぶん十二歳くらい。肩より少し長い焦げ茶色の髪には金色の蝶の飾りがついている。

 広い廊下をたくさんの着飾った人々が同じ方向に進んでいる。人の流れに逆らわずに歩いていくと、とても広くて豪華な大広間にたどり着いた。美しい曲が流れ、踊っている人がいる。何かの舞踏会みたいだ。

 歩きながらキョロキョロと珍しげに周りを見てしまう。フロアの中央では、長い金髪を一つにまとめた背の高い男の人が華やかな雰囲気の女の人と踊っている。二人とも目元だけが隠れる仮面を着けていた。

 テーブルの上には美味しそうなお料理がたくさん載っている。お料理を眺めていると、黒髪の精悍な少年が話しかけてきた。

 

『お腹が空いたのか?』

『あ、はい』

 

 黒髪の少年は料理人に頼んで料理を載せたお皿を渡してくれた。

 

『ありがとう。あなたは食べないの?』

『俺は後でいい』

 

 黒髪の少年は育ちが良さそうなのに、とても気さくで親しみやすかった。

 

『殿下、こちらにいらしたんですの? まだ舞踏会は始まったばかりですのに』

 

 向こうからやって来た少女がお上品に声を張り上げる。赤茶の髪の綺麗な子だ。

 

『マリス! 来てたの?』

『貴女は相変わらず色気より食い気ですのね。わたくしは仕事ですわ。……でも、これで親友と旅行に来たことになりますわね』

『俺は誘ってくれないのか? 俺も公務だけどな』

『そんな、畏れ多いですわ』

『護衛はちゃんといるぞ?』

『ふふ、そうですわね。さて、わたくしは仕事に戻りますわ』

『もう行っちゃうの?』

『貴女にはお相手がいるでしょう?』

 

 くるりと背を向けたマリスの後ろ姿がキラキラ溶けていく。

 

『マリスが消えちゃう!』

 

 私はマリスの残滓(ざんし)を掴もうと手を伸ばして駆けだした。

 

『待って』

 

 誰かが後ろから私の腕を掴む。

 

『ちょ……離して』

『駄目。待って』

 

 ふわりと背中から抱きすくめられて、どこか憶えのあるお日様のような匂いに包まれる。頭の後ろに何かがコツンと当たった。

 振り向くと豚の頭をした少年と目が合った。

 

 

   ***

 

 

「…………んん」

 

 まだ薄暗い部屋の中、お布団はふかふかで、暖かいお日様の匂いがする。体を包んでいるのは肌触りの良い寝間着。私の体を抱きしめるたくましい腕。後ろから回された腕は少し重いけれど、背中に感じる人肌が温かくて、安心して、なんかぬくもりが気持ちいい。

 

 うとうとともう一度目を閉じそうになって、慌ててパチッと大きく目を開けた。

 気持ちいい? ……えっ? 何を考えてるんだ、私は。

 

 そぉっと後ろを振り返ると、そこには長い金髪──ではなく、黒髪を結んで胸元に垂らした綺麗な顔があった。閉じられた瞼の中の瞳も、今は赤ではなく黒だ。

 

 このただならぬ状況に、嫌悪感以外のものを感じている。()()が何であるのか、考えるよりも先にナナリーは真っ赤になった。背中にはロックマンの筋肉質な胸が当たっている。重くて長い腕は体に絡まり、払いのけたらロックマンはきっと目を覚ますだろう。

 

 ──だめだ、もう耐えられない。早い鼓動の音にかき乱されながら、囁くように呪文をいくつか唱えた。

 

 シュッと魔法で体が小さくなる。難なく力強い腕から抜け出すと、召喚した使い魔のララに飛び乗り、広い部屋の高い天井ぎりぎりまで浮き上がって旋回する。

 滞りなく一連の動作をこなしたように見えるが、実はナナリーの心の中はいっぱいいっぱいだ。さらさらの寝間着の上から早鐘を打つ心臓を押さえ、ララの背中にしがみついて息を整える。小さくなった体にララはふかふかで大きくてとても安心する。

 

「ナナリー様?」

「……ナナリー?」

 

 寝ぼけたような声が聞こえる。寝台に起き上がったロック……アルウェスは、目を丸くしてララの背に乗ったナナリーを凝視している。

 

「どうしたの、君」

 

 どうしたもこうしたも。さっきの状況を何とかしようとしたからに決まってる。目が覚めたら男の腕の中にいるなんて、破廉恥極まりないではないか。

 

 アルウェスに抱き締められていた感覚を思い出して再び顔が赤くなる。彼がちびになって翌朝大人に戻った時にも思ったけれど、この男は寝ぼけて隣にいる人間に抱き着く癖でもあるのだろうか? もしや抱き枕を愛用しているとか? ……想像すると気味悪いけど。

 

 いやいや、それより、私こそ何か変だ。どこかおかしい。息苦しいとか恥ずかしいとかではなくて……ぬ、ぬ、ぬくもりが気持ちいい……とかなんとか思っていたような。まさかそんな。馬鹿な。ありえない。ぶんぶんと首を大きく横に振る。

 

「なんで小さくなってるの? 五歳くらい?」

 

 ナナリーは五〜六歳の子どもに変身していた。アルウェスの力強い腕から逃げ出すには自分の体を小さくするしか思いつかなかったのだ。腕が回されたお腹より背を低くしようと思ったら幼児の大きさになった。

 

「もしかして過去からやって来たわけじゃないよね?」

 

 アルウェスが眉をひそめる。今朝の夢の印象が強くて、無意識に瞳も髪の毛も焦げ茶色になっている。

 

「違うわよ! 変身しただけよ」

「変身? 小さな君に? それで僕から逃げ出そうと?」

 

 ぽかんとした後、アルウェスはおかしくてたまらないという風に肩を震わせながら笑い出した。

 

「何笑ってんの!?」

「だっておかしいでしょ、小さくなって抜け出すとか。それに、小さな君はすごく可愛いよ」

「目が覚めたら布団にいるんだもの! 寝ている間に変なことしてないでしょうね!?」

 

 変なことって具体的にどんなことか、ナナリーは実はよくわかっていない。だが、ここ数か月読み込んでいる恋愛小説の中にそんな台詞がたびたび出てくるのだ。お酒を飲み過ぎて翌朝目が覚めたら一緒の寝台にいたという話もあった。

 

 アルウェスはというと、笑いが止まるどころか、余計にツボに入ったようだ。お腹を抱えて寝台に転がっている。長い黒髪が寝台に広がった。

 

「ちょっとアルウェス!?」

「そんな子どもの姿で変なことって言われても……。──え?」

 

 突然笑うのをやめて、小さなナナリーをじっと見つめる。ナナリーが訝しげに、軽く睨むように見返していると、アルウェスは優しく目を細めて頬を緩めた。

 

「おはよう、ナナリー」

「お、おはよう……アルウェス」

「君も名前で呼んでくれるんだね」

「え? あ、うん、こちらのお屋敷でロックマンと呼ぶのはおかしいと思って……。それなら、もう名前で呼ぼうと思って……うん」

「嬉しいよ。もう一回呼んでくれる?」

「アルウェス?」

 

 アルウェスがにっこり笑った。その笑顔は朗らかで、心から嬉しそうで、ナナリーは面映(おもは)ゆい気持ちになる。

 

「降りてきて、ナナリー」

 

 立ち上がってララの背に乗るナナリーに手を伸ばす。ナナリーはララから降りて大人の姿に戻った。

 

「小さな君、本当に可愛かったよ。でも、朝起きたら小さくなってるのはやめてね。心臓に悪いから」

 

 アルウェスがナナリーを寝台に座らせて、彼も隣に座った。

 

「ロックマン様。お久しぶりです」

「久しぶりだね、ララ。君にはお礼が言いたかったんだ。君のクリスタルはとても効くよ。ありがとう」

 

 寝間着の襟元から白金(プラチナ)の鎖を引っ張りだすと、鎖と同じ白金の土台に、カットされたクリスタルが埋め込まれた小ぶりの首飾りが出てきた。ナナリーがその首飾りを見るのは初めてだったが、ララがクリスタル化したときのクリスタルを加工しているのはすぐにわかった。

 

「私の(あるじ)がナナリー様だから強い力を持つのです」

「削られて痛くなかった?」

「毛の先を切っただけですから、全然痛くありませんよ」

「このクリスタルが君のものだとは団長以外には秘密にしてあるからね。他の人間には絶対に話しちゃだめだよ」

「はい」

「君もね、ナナリー。ララだけじゃなくブラン・リュコス全体が狙われるかもしれない」

「わかってる。必要なら『血の守り』の盟約だってするわよ」

 

 そのクリスタルの首飾りは魔具である。今、アルウェスの体内には魔物の魔力が混ざっている。その魔力を抑えるために作られた。

 時の番人事件でアルウェスは魔石の嵌め込まれた短剣を胸に刺し、呪いがかかった。トレイズは記憶を失くす呪いをかけたのだが、アルウェスは呪いを勝手に変えてしまった。その呪いは一時的に自分の魔力を使えなくするというもの。詳しいことはわからないが、呪いのせいで体内に魔物の魔力が取り込まれて髪と瞳が黒くなってしまた。

 

 ナナリーたちが時の番人事件を解決して過去から帰ってきた翌日、グロウブ団長がハーレにやって来てララのクリスタルが欲しいと頼んできた。騎士団として正式な依頼で、所長には話が通っていた。

 体内の魔物の魔力が暴走しそうになったアルウェスが色々魔具を試したところ、ナナリーが誕生日プレゼントに贈ったリュンクスの魔具に触れたら魔力の制御が上手くいったという。

 

 果たして魔物の魔力を追い出す方法があるのか、髪と瞳の色が戻るのか、まだ何もわからない。

 

 夢見の魔物が憑りついているなら引きはがせばいいのだが、それとは全然違う状態らしい。ナナリーもあれから色々文献を読み漁っているが、解決の糸口になりそうなものは見つかっていない。

 ナナリーはじっと彼の胸元の首飾りを見つめる。ララのクリスタルで作った首飾りはとても綺麗で繊細で、アルウェスによく似合っていた。

 

「何で首飾りにしたの?」

「素肌に直接触れないと意味がないからね。心臓に近い方が効果が高いんだよ」

「そうなんだ」

「下手に詮索されると困るし。ララのことも、君のことも」

 

 彼が長い指でクリスタルを撫でる。光を反射してきらめくクリスタルを手に優しく微笑む彼は、シンプルな白い寝間着に黒い長髪が相まってやたら艶っぽい。

 ナナリーの心臓がまたバクバクと音をたて始める。

 

「私は大したことしてないけど」

「君の力がクリスタルに宿ってる。ときどき冷たくなるんだよ。するとね、スーッと楽になるんだ」

「私の力なの? 氷の始祖の力じゃなくて?」

「君の力だよ。ララは君の使い魔だろう。始祖の使い魔じゃないんだから」

「それもそっか……」

「仕事中も君の力を肌に感じられるっていいね。凄く気に入ってるよ」

「そ、そう。役に立ってるならよかった」

 

 ナナリーは少しづつ横にずれてアルウェスから離れていた。それに気づいた彼が逃げ腰のナナリーを捕まえようと腕を伸ばしてくる。

 

「ナナリー様、私はもう帰りますね」

 

 ララが遠慮がちに呟いた。

 

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