悪竜退治の英雄な俺が信奉する神様は悪神らしいが、異教の神全部倒したら正義の神にアップグレードするらしい。頑張る、俺、最強チート転生者だから……。 作:風の教主より、伝聞。
「あんな大立ち回りで大丈夫であったのか?」
場所を変え、少し見つかりづらいところに構えた拠点だった。
俺と神様が悪いことをするために、密かに用意させた場所でもある。
「ええ、まぁ。それにしてもあの男……なかなかの切れ物でしたね。最後から二番目の殺人は偽装工作……成功したように見せかけられたものだった」
「くそ……っ、あの男さえいなければ……っ」
意識を取り戻した女性は、そう悪態をつく。
「あなたは退くべきでしたよ。これからおそらく、大規模な調査が入り、あなたの会社から、教団が分離させられるでしょう。証拠がなかったのなら、退けば再起の目はまだあったというのに……」
これまでにかけた分のコストをどうしても考えてしまい、退けなくなる心理がある。彼女はそんな心理状態で、まともに判断することができず、分の悪い賭けに出たのだろう。
「だいたい……、お前は何者なんだ……!? なぜ、私を助けた!」
「私は神を信奉する者です。ね、神様」
神様の方を向けば、探偵に敗北した女性も釣られてそちらを見た。
「そうであるぞ! 我は、神!」
「は!? あなた様は……!!」
女性は、地面を這いつくばって、神様に敬意を示していた。
「ふふふ、面を上げよ」
「はい。というか……いつの間に受肉を……。それに、雰囲気が違いません? 髪の色とか、目の色とか……あと、口調も……」
「あー、我は美と親愛と風の神である。お主が思ってるのと、たぶん別の神であるな……」
困ったように、神様は言った。
這いつくばっている彼女も困惑している。
「いや、でも、こんなにそっくりなのに……は!? もしかして、ご姉妹で……?」
「姉妹……と言えば姉妹ではあるが……。そうであるな……もともとは同じ神であったのだぞ? こう信者が分派したり、なんなりで、こうな……分裂したわけであるな! パカーンと」
「分裂? パカーン……!?」
俺の知らない話だった。
いや、五百年間、修行ばかりで自身の祈る神の歴史的な話などにはあまり頓着しなかったのが原因の一つではある。敬虔な信徒は何も考えずにただ祈っていればいいのだ。
「ハハッ、であるが、これもよしみ……。お主ら、ピンチなのであろう? 敵は巨大! 再び合併してやっても良い」
「え……っ、え……っ?」
さすが神様、懐が深いと感動する俺とは反対に、彼女は本当に困ってしまっているようだった。
「本人に話を付けるのが早いか……。あの魔法陣を完成させて……手筈は整っているか?」
「こんなこともあろうかと、ええ、我が社の製品を悪用し、人を殺めるだけなく、尊厳さえ踏み躙った犯罪者どもの死体を配置しておきました。すでに、術者である彼女が望めば、本来の魔法陣の十パーセントの出力で異教の神を顕現可能です」
チート転生者な俺の力を十分に使い、万が一に備えておいた。
見張りとか、そういうのは力技でなんとかできるレベルだった。
「うむ、では起動させにゆこうか!」
向かった先は噴水のある公園だった。
時間が時間だからか、人もまばらだ。
「えっと、心と酩酊と水の神よ! 機は満ちた。我が献身に応え、その御姿を顕したまえ!」
そんな彼女の言葉に答えてか、噴水に影ができる。
ざぱんと水飛沫が上がり、女性……というか幼女が姿を顕した。
なるほど、たしかに、目と髪の色以外は瓜二つだ。
「エレナ……無様なエレナ……」
「ひ……っ」
「よくも、のこのこと……。私の大事な教団は、今、摘発されて会社とは分離した。三百年かけて育ててきたのに、全部パー。あなたは自らの功を焦って、私に不利益をもたらしたの……どうして人間って、自分のことしか考えられないの?」
「す、すみません! すみません!」
「はぁ、そうね……」
水から出てきた神様は、低頭で額を地面に付けて謝る彼女の前に進むと、一歩、足をスカートの裾から出した。
つーッと、黄色く透き通る液体が……水から出てきた神様の太ももの付け根から、裏側を伝って、ふくらはぎ、くるぶしと流れる。
そのまま地面に黄色い水溜まりが出来上がった。
「……!?」
「飲みなさい」
「……ですが!」
いくら神の命令といえども、地面にできた黄色い液体の水溜まりだ。抵抗があったのだろう。
もちろん俺は、もし神様に命令されれば躊躇いなく飲んでみせる。
「ちっ……。やはりあなたは信仰が足りない……はぁ……」
「いえ、飲みます!」
犬のように這いつくばり、彼女は地面にできた黄色い水溜まりを啜っていた。
「うわ……」
あんまりな光景に、思わず声が出てしまった。
「うふ……うへへへ……」
最初は抵抗があったようだが、最後には、恍惚な表情を浮かべて、地面を舌で舐めているほどだった。
そんな幸せな表情のまま、彼女は地面へと、転がる。
「それで、何の用? 美と親愛と風の神。私の分身。いえ、この子の心を読んである程度はわかるけど」
「どうやら、ピンチであると聞いてな……。今一度、我らが一体化するときではないか?」
「それは魅力的な話だけれど……それ、私の意識と権能がメインでよね?」
「いや、我がメインに決まっておる!」
「話にならない」
髪をかき分けて、異教の神様は言った。
見定めるように、私の神様と、こちらへ交互に視線を送っている。
「であれば、TOB――敵対的買収じゃ! 行くのだ!」
神様は最近教えた用語をウキウキに使っていた。それを聞いて、俺もなんだか嬉しくなる。
「はい!」
「あ、神にはあの生贄の儀で作り出した武器しか通用せん。曲がりなりにも顕現した神である。油断は禁物であるぞ!」
「了解しました」
そのまま全力で走って近づき、例のナイフで切り付ける。
反撃はなかった。切り口からは、血ではなく大量の水が溢れる。手応えはなかったが、存在感のようなものが薄まっているとわかる。
「っ……この速度……。異教の戦いの神と同レベル……ありえない……あなた、本当に人間なの……!?」
「えぇ、人間ですよ? 悪竜退治の英雄です」
「そんな古い人間が……ちっ、美の権能か……」
大量の水を操り、異教の神は俺を攻めるが、その全てが当たらない。
一撃、また一撃と、目の前の神の存在感をナイフの斬撃で奪っていく。
「ふはは、一方的であるな! どんどんゆけ! どんどんゆけ!」
「はぁ……仕方がない」
俺の斬撃を受け続けた神は、一度後退した。
ちょうど、お仕置きを受けて地面を寝そべっていた女性がいる。そのままに、彼女の身体に、神は自らを水へと変えて、入っていった。
女性の身体は、塗り変わり、神のものへと変化していく。
「受肉……ですが……中途半端で止まりましたね……」
「魂を眠らせ切れていなかった。本当は三日必要だった……はぁ」
「無理に受肉をしたということは、存在が保てなくなったということ……。後一息というわけである! 畳み掛けるのじゃ!」
「わかりました!」
そのままに、トドメを刺そうと、受肉した神のもとへと向かっていく。
「フッ……」
そんな俺を見て、彼女は頬をかすかに緩めた。俺の経験が、これは勝ちを確信した笑みだと言っている。
その表情の変化に、俺は反射的に罠を警戒し、後ろへと大きく下がった。
「なにを……」
「フフ、ふふ。私の『神薬』……『黄金水』の効果! 気化したものを吸っただけでも酩酊してしまう。警戒して、下がったようだけれど……今一瞬吸ったものだけでも、ふらついてどうしようもないはず!」
神の言う『黄金水』は、彼女の周りの地面に撒かれている大量の黄色い液体のことだろう。
「……え、体調に変化はありませんけど?」
「あ、それ、大丈夫じゃ。悟りの境地におるからな」
「そうですか、じゃあ」
「ぎゃん!!」
そのままに、神を地面に押し倒して、首元へとナイフを当てる。
これでいいだろうか。
「おお、よくやったな。はは、これ以上の抵抗は無駄であるぞ? 降参をしたらいいと思うのであるが?」
「ふふ、降参をする。……それにしても、綺麗な心ね。あぁ」
俺を見て、黄色い水溜まりに倒れ込んだ神様は、それほど悔しかったのか、目から涙を流していた。
「では、吸収をするぞ?」
「ええ、でも覚えておいて? 主導権はいつか奪ってみせ……」
「吸収じゃ!」
言い切らせる前に、神様へと存在感のようなものが吸い取られていく。
少し時間がかかったようだが、完全に受肉元の女性の姿は戻って、全て吸収ができたとわかる。
「ふふ、私が心と酩酊と水の神」
「そして我が、美と親愛と風の神!」
「ふふ、ふふふ」
「はは、ははは」
肉体は同じだが、髪や目の色が切り替わっている。それと一緒に人格も変わっている感じだろうか。
「それが、融合ですか?」
「ん? ちょっと違う。わざとわけておるのだ。今更混ざるのもと思っての。まぁ、いざとなったらちゃんと一つになれるから大丈夫であろう」
「そうですか」
なんにせよ、神様がパワーアップしたのなら、それは幸せなことだった。
***
「それにしても、東聖竜海会社が倒産ですか……」
東聖竜海会社は、東聖竜海の利権を独占する数百年続いた大会社だった。それが倒産するとは、一般人には夢のような話だっただろう。
「当然。教団と分離したから、私の『黄金水』を『ミルク』に混ぜた『ラッフィング・ミルク』が作れなくなったでしょう? それに、私の水の加護で、海運の事故も少なかったけど、それもなくなった。潰れるのは、至極当たり前のこと」
であるそうだ。
神の力に頼っていたから成り立っていた、そんな商売であったようだ。神が去り脆くも崩れ去ってしまった。
大会社だったわけだが、それが潰れたせいで、失業者が街で溢れかえっている。
「まぁ、その代わりに、我らの会社で、その『ラッフィング・ミルク』を新たに売り出せておる。ふふふ、より我らが社は繁栄していくと約束できよう」
失業者の中でも、教団と関わりのあったりした者を拾い上げたりして、俺たちの会社もそれなりの規模になった。
海の向こうの外国との貿易に手を出してもいいかもしれない。
それと、もう一つ。あの魔法陣作りに失敗してお仕置きをされた女の人だ。
例の『黄金水』にやられた後遺症に、受肉させられた反動で、頭も体もぼろぼろだったが、かろうじて復帰できるくらいには回復していた。
「おまえ!! エレナ・イーダ!!」
「いえ、アンナ・ベイリーです。他人の空似です」
「顔も、声も、そのままだろ!!」
「お役所に行って確認してきてください」
まぁ、そんな感じだ。
例の『ラッフィング・ミルク』が売れなくなった件で、この国が大きく揺れた。
もう数百年に渡り、この国に浸透した依存性を発揮するこの飲料は、国民の必需品へと変わっていたのだ。用法をきちんと守れば大丈夫なはずであったが、国民全員上から下まで依存性だと言っても過言ではない状態だった。
大切なものは、失って、初めて気がつくものだ。
残り少ない在庫の売り渋りから、在庫を残しているかもしれない店への襲撃事件。溜め込んでいると噂があれば、金持ちの家も標的になった。
であるから、法律なんて簡単に歪められる。
彼女は『ラッフィング・ミルク』の製法を知る怪しいカルト団体の手先だ。『ラッフィング・ミルク』の安定供給を条件に、新しい戸籍で自らの罪をロンダリングしたのだった。
そして、新たに『ラッフィング・ミルク』を販売することになった俺の会社で秘書の仕事をやっているという顛末だ。
これが許されたのは、神様の恩赦が大きいだろう。やはり神様は器がとてもとても大きかった。
神様の意向で国と調整をしたのはもちろん俺だ。チート転生者な交渉術はじゅうぶんに発揮され、見事に譲歩を勝ち取ってきた。
「仕事も今日は終わり。帰りましょ?」
「おぉ、そうであるな!」
「はい!」
神様は融合をしてから、ころころと色が変わるようになった。ただ、色が変わっても、浮気ではないらしい。
「当たり前じゃ。同じ存在なのだからな」
「ええ、そう。同じ存在だから」
不思議な気分だ。まるで別人のような抱き心地なのに。
ちなみに、神様は人格も含めて完全に融合したモードのとき、今の二人分を切り替えている時と比べて、いろいろと育っている身体になる。
それが、俺にとっては大変嬉しいことだった。