百合習作1   作:仲島尚

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私が愛した彼女は、美しかった。

深く分け入った森の中。変わらない日常は、終わらない苦痛だ。そんな日常に疲れた私の、死ぬ事を目的にした行動の結果は、しかし死ではなかった。

「ねぇ、そこの貴女。……もしかして、死ぬつもりだったりするの?」

突然現れた、白いワンピースの麗人に、適当な答えを返した私は、その選択が私のその後を大きく左右するなどとは思ってもいなかった。

「そう。……なら、その命、私に預けてみるつもりは無い?」

突然の発言に、私の頭は真っ白になった。けれど、目の前にある妖しい美しさに当てられてしまった私は、その言葉を拒絶できなかった。

 

あれよあれよという間に連れていかれた彼女の家は、調度品から何までぐちゃぐちゃの、いわゆる汚部屋というやつだった。

「……お恥ずかしいばかりだわ。」

彼女はそう、頬を掻きながら呟いた。全くだ、と思ったが、それを口に出す勇気、或いは無神経は私には備わっていなかったので、その思念が彼女に伝わることはなかった。

彼女が形の良い唇を開く。

「それで、貴女には、この家に居て、料理をしたり洗濯をしたり、私を待っていたりして欲しいの。……ごめんね。いきなり連れてきて、こんなこと……非常識よね。」

要するに、主婦の真似事という事だろう。それならば自信がある。お手の物、と言うやつだ。

大丈夫だ、と答えると、彼女の顔つきが突然変わった。不安、そして寂寥感の溢れていた眼差しは、驚愕と歓喜、そして幸福を象る。

「……本当に?」

何故こんなにも疑り深いのだろうか。私に拒絶する理由など、一つもありはしないというのに。

「そう、とても、嬉しいわ。本当に、ありがとう。」

念入りに感謝されると、何となく居心地が悪い。ちょうどいい頃合いだったので、とりあえず風呂に入って今日は眠ろうと提案すると、布団は一枚しかないから、貴女が使ってなんて事を言う。しかし、命を委ねる相手の体を粗末に扱う訳には行かない。それなのに、貴女が布団を使うべきだ、私は壁にもたれかかって寝るから。などと頑なに譲らない彼女のために、一つの布団で共に眠ることにした。話が纏まると、彼女は私を風呂へと誘った。家の物は使えないので、近所にある銭湯だ。営業時間の終わりも近づいてきて、人のいない銭湯で見る彼女の肢体は、実はこの世の者ではないのではないかと疑う程に美しかった。黒子一つなくて色白なすべすべの肌、握れば折れてしまいそうな程細い指。余計な肉は何処にも付いていないけれど、膨らむべき所は膨らんでいる。その脚は長く、頭は小さい。そんな、世の女性の理想のような体と、自らの貧相で肋骨が浮いた、小さな体を見比べてみると、少しだけ悲しくなった。

 

身体を清め、湯舟につかる。今日街中から出るときにも、一応死ぬ前に身綺麗にしておこうと思い風呂に入りはしたが、この季節に森に入れば汗もかくし泥は跳ねる。あまりの気持ちよさと、人がいないことでの解放感で、思わず鼻歌を歌ってしまっていた。そこに、同じように体を洗っていた彼女が入ってきて、こう言った。

「貴女は……なんであそこに?」

……わかりきっている筈の事を聞かれるのが、こうも不愉快なことであるとは知らなかった。不機嫌になった私が、少しぶっきらぼうに、「死ぬために決まってるじゃない……知っているでしょう?」と返すと、彼女は少し慌てたようにして、こう言った。

「あ、えっと、そういうことじゃなくて。ごめんね、そこに至った理由がただ気になっただけなの。」

別に話してもいいが、それには私の聞いていても話していてもクソほどつまらない人生が絡んでくる。その旨を伝えると、問題ないとの答えが返ってきたため、話すことにした。

「これは私が生まれた時の話なんだけど」

彼女がうなずく。

「私、戸籍がないの。お父さんが出さなかったらしくて」

「それで、五歳から五年ぐらいホームレスの人たちに育てられてて、そのあとある男が私を引き取って、育てられてたの。その男、最近までは一応まともだったんだけど、どうやら私を育てた後に慰み者にする計画だったらしくて」

私がお湯を肩にかける。

「やられそうだったから、命からがら逃げてきたの。でも、戸籍のない女一人じゃできる仕事なんてそうそうないし、戻ってあの男にやられるのもまっぴらごめんだったから、これはもう仕方がない、いっそ身綺麗なうちに死んでやろうと思って」

彼女は茫然としている。つまらない長話だったな、と思った私は、一応彼女に謝っておくことにした。彼女の顔は、酷く歪んでいた。

 

家に帰った後、私は彼女のスキンケア用品を借りて、肌のお手入れをしていた。全く、染みついた習慣というのは厄介なものだ。あの男が私を価値あるものにしようとやらせていた作業なのに、今ではやらないと気持ち悪く感じるようになってしまっている。その時、彼女から声がかかった。

「スキンケアが終わったら、私とお話ししようか」

終わらせて彼女の待つ布団へ歩くと、彼女が神妙な顔つきで座っていた。曰く、提案があるという。詳しく聞いてみたそれは、まさかのとんでもない内容であった。

「その男、殺しちゃわない?」

しかし、彼女にも理屈はあるらしい。まず、これから女二人で暮らすようになるから、一つでも不安要素は減らしておきたいというもの。そして、その男が純粋に気に入らないというものだ。彼女はこうも言った。

「私、そういう犯罪が本当に嫌いなの。」

しかし、そんな理由で彼女の履歴書の前科の欄を一つ分埋めてしまうのはなんとなく、もったいない気がする。

よって、その提案は受けられないと言うと、

「……そう。なら、仕方がないわね。殺すのは、私一人でやるわ」

などと冷たい瞳で言い出したので、しょうがなく、本当にしょうがなく私も手伝うことにした。

 

「殺す方法はどうするの?」

「野犬をけしかけるとか」

確実性は低いが、証拠を残さなければ罪には問われないだろう。おそらく、”不運な事故”として世間では処理されるはずだ。しかし、一つ間違えれば自らを殺す事にもなりかねない。

「無難に刺殺は?」

「力の差がなぁ……」

男と女の腕力差というものを考えると、直接的な暴力に頼るのは不安が残る。

「うーん……」

「うーん……」

二人が同時に吐き出した。

それだけの事に、顔を見合わせて笑う。こんな少しのことが 、なぜだかとても楽しかった。

「お姉さんと出会うまで、私こんな外道じゃ無かったはずなんですよね」

「え?」

「こんな、殺人計画を積極的に立てるなんて。死の淵に立って吹っ切れた?それとも……」

冗談を言ってみる。

「お姉さんが、私のことを変えたのかもしれませんね」

「……ふふっ、そうかもね。」

彼女は妖しく笑った。

 

 

 

 

 




いつか終わらせます
いつか
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