東方秘封倶楽部 幻想探索録   作:パック

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プロローグ

 

 

 「……必要なことは全て貴方に教えたわ」

 

 窓から入る夜風が、金色の髪を揺らしていた。

 差す月光が暗い部屋の中、彼女だけを照らす。

 

 「思った以上に、私は長居してしまった……」

 

 そう言って、少しだけ寂しげな様子で彼女は俯く。

 その先に続く言葉は予想できていた。

 もう、ずっと前から……

 こんな日がいつか来るかもしれないと、そう思っていた。

 

 だからこそ、彼女の口から紡がれる言葉が怖くて仕方が無かった。

 いっそ、耳を塞いで、蹲ってしまいたいと思うくらいに……

 

 けれど、それは許されないのだろう。

 僕は向き合わなくてはいけない。

 彼女の言葉を耳に焼き付けなくてはいけないのだ。

 

 それこそが、路頭に迷う自分を拾い、今日まで育ててくれた彼女に報いる数少ない手段であろうから。

 

 「私の助けはもういらないわ。貴方はもう、自分の力で羽ばたける。だから、これでお別れよ……」

 

 ――あぁ、やはりそうなのか。

 

 絶望に打ちひしがれる僕の顔を見て、彼女は微笑んだ。

 

 「ふふ、そんな顔をしないで頂戴。可愛らしい顔が台無しだわ」

 

 彼女が此方に歩み寄り、そっと頬を撫でた。

 ひんやりとした体温が伝わる。

 

 「よく聞いて、これは今生の別れではないのよ」

 

 頬に触れる手をそのままに、諭すような声音で彼女が言う。

 

 「本当に? 貴方は、また僕に会いに来てくれますか?」」

 

 縋るような気持ちだった。

 しかし、彼女はゆるゆると首を横に振る。

 

 「残念だけど、それはできないわ。私が此(・)方(・)の(・)世(・)界(・)にやってくることはもうないでしょう」

 

 「ッ‼」

 

 此(・)方(・)の(・)世(・)界(・)という物言いに、疑問が挟まることは無い。

 目の前の女性が、自分とは異なる、およそ人智の外にある存在であることは直接口に出されなくとも理解していた。

 

 けれど、今までそのことを彼女に尋ねたことはない。

 怖かったのだ。彼女が人ではないという事実に触れることで、自分の前から姿を消してしまうのではないかと。

 

 昔読んだ御伽噺に、そんな話があった。

 

 子供はある日、自分の母親が人外であることに気づく。

 そして、母親は自分の正体がバレたからにはもう一緒には暮らせないと、子のもとを去ってしまう、そんな昔々で始まるお話。

 

 だからずっと避けてきた。目を逸らし続けていたのに……

 ――結局、離別はやってくるのか。

 

 心が重い。胸の内に鉛を詰め込まれたようだった。

 自分が立っている場所が崩れ去って、暗い穴へと落ちていくような、そんな気分に襲われる。

 

 どうにかして、彼女を引き留めたかった。

 だが、その方法が分からない。

 

 様々な考えが頭を巡るが、結局答えは出なくて。

 言葉が形になることは無かった。

 

 そんな僕を見つめて、彼女は仕方ない子ね、と笑った後、僕をそっと抱擁する。

 人の体温とは異なるこの人の温度が好きだった。

 僕の頭を撫でながら、彼女がゆっくりと口を開く。

 

 「――貴(・)方(・)が私に会いに来るのよ」

 

 「え? 僕が……」

 

 「そう、貴方が。探しなさい、この世界と隔絶された異界を、在り得べからざる者達の楽園、幻(・)想(・)郷(・)を。そして――」

 

 彼女の紫紺の瞳がこちらを真っすぐに見据える。

 

 「貴方が幻想郷に辿り着けたなら、その時はきっと……私のことを助けて頂戴ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――それが彼女との最後の会話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 講義の終了を告げるチャイムが鳴り響くとともに、各教室から人の行列があふれ出す。

 先ほどまで静かだった廊下は、うって変わって喧騒に包まれた。

 そんな中、一人の青年が壁に取り付けられた掲示板の前にふと、足を止める。

 

 「お、どうしたんだ零、なんか気になるサークルでも見つけたか?」

 

 陽気な声が青年へと投げかけられた。

 

 「あぁ、新田か。いや、少しこの張り紙が気になってな……」

 

 零は掲示板の隅、他のサークルの張り紙に押しのけられるようにして、ポツリと存在する小さな張り紙を指し示す。

 

 一言で言えば雑な張り紙だった。

 活動写真の一つもなく、歓迎の言葉もそこそこ。

 やっつけ仕事のような、それこそ仕方なく形式上出しただけとも言えるようなもの。

 サークルの名前は秘封倶楽部というらしい、どうやらオカルトサークルの一つのようだった。

 

 「あー、よりにもよってそこに目を付けたかー」

 

 新田は何とも言えないような表情を浮かべる。

 

 「知ってるのか?」

 

 「あぁ、割と有名だぜ。つっても、悪名の方でだけどな……」

 

 「悪名? 不良サークルってことか……」

 

 質の悪いサークルと言うのは、何処にでもあるものなのだろうか。

 名門で知られるこの大学にも存在しているというのは少し意外だった。

 

 「まぁ、別に風紀が著しく乱れてるとか、そういうのではないみたいなんだけどな。活動自体はしてるみたいだし……けど、実態がいろいろ不明で、部員の呼び込みも真面目にはやってないみたいでな。それで結果的に不良サークルって言われてるらしい……」

 

 「なるほど、でもそんな有様じゃ悪名だろうが有名にはならないだろう?」

 

 良く分からないというだけで、これと言ったエピソードもなしに有名になるとは思えなかった。

 それとも何か他に理由があるのか。

 俺の言葉に新田はそこだ、と同意して意味ありげに頷いた。

 

 「実はこのサークルのメンバーは二人いるんだが、その二人が学校きっての秀才でな、おまけに両方とも滅茶苦茶美人!」

 

 「何だそりゃ……」

 

 零は呆れてため息をつく。

 少し期待したのが馬鹿らしかった。

 

 「いやいや、見ればわかるけどマジで美人なんだからな……まぁ、相当変人でもあるみたいだが……」

 

 「変人ね……まぁ、試しに行って見るよ。どうせ今日の講義は終わったからな」

 

 「お! マジで? やっぱお前も好きなんじゃないか!」

 

 「俺は別に……いや、何でもない」

 

 茶化す新田に、否定するのも面倒になって、零は曖昧に応えた。

 

 秘封倶楽部、何となく目に留まっただけの不良サークル。

 左程期待はしていなかった。

 きっと、他のオカルトサークルとは大差ないだろう。

 

 けれどもし、もし少しでも可能性があるのなら、時間を割く価値はある。

 

 『――私のことを助けて頂戴ね』

 

 あれから既に十年の歳月が流れた。

 未だに何一つとして手がかりは掴めていない。

 

 ――あの人が助けを待つ郷へ、幻(・)想(・)郷(・)へ辿り着くための手がかりが。

 

 「……どうしたんだよ零? 突然怖い顔して……あれか、気に障ったか?」

 

 「いや、違うんだ。全く関係ないから、気にしないでくれ。それよりほら、新田は次も講義あるんだろ? 急がなくていいのか?」

 

 「あ! そうだった! 次の教室大分遠いんだよな……じゃ、またな零!」

 

 「あぁ、またな!」

 

 こちらに手を振った後、駆け足で立ち去る新田の後ろ姿を見送る。

 相変わらず忙しない奴だ。

 

 「……C棟の203か…………」

 

 勧誘ポスターに書かれた集合場所に目を落とす。

 何度見ても粗末な出来のポスターだった。

 

 「まぁ、ダメ元だな……」

 

 そう独りごちて、零は集合場所へと歩を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――あの人はまだ、俺を待っていてくれているのだろうか。

 

 

 

 

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