東方秘封倶楽部 幻想探索録   作:パック

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幻想の夢

 

 

 

 ――――同じ夢を見る。何度も何度も、繰り返し。

 

 何処かで祭囃子の音が聞こえた気がして、ふと目を開ければ、いつも自分は見知らぬ場所に立っている。夜だった。

 

 風に吹かれて周囲の木々が騒めく。気づけば、自分は当てもなく足を動かしていて、鬱蒼とした森を抜ければ、長い石の階段が目の前に続いていた。

 

 ――――あぁ、また此処か。

 

 夢の中では、必ずその場所にたどり着く。奇妙な感覚だった。けれど、不気味だとも思わない。

 

 祭囃子の音は、階段の向こうから響いている。それに釣られて、俺は今日もまた一つ一つ階段を上がってゆく。少しすると、真っ赤な鳥居が出迎えてくれる。俺は何も言わずにそれを潜って、境内へと足を踏み入れた。

 

 神社の中は賑わっていた。ずらりと並んで吊り下げられた提灯が闇を温かく照らし、太鼓と笛の音が耳に心地よい。しゃんしゃんとリズムよく鳴っているのは鈴の音だろうか。

 

 社へと続く石造りの道、その両端にたくさんの人が佇んでいた。彼女らは皆、一様に俺を見つめている。その瞳に悪意はない。彼女たちはただ、祝福するように微笑を浮かべていた。

 

 俺は一歩前へと踏み出す。何故か、そうしないといけないと思ったから。彼女達の期待を裏切ってはいけないような気がした。

 ふわふわとした浮遊感を感じながら、歩き出す。

 

 横目に映る人々のほとんどが女性であり、少女だった。それもかなり奇妙な格好をした。頭に角を生やした者が居る。翼をはためかせる者や、ゆらりと動物の尻尾を揺らす者も。帯刀した剣士だったり、メイドだったり、魔女だったり。本当に多種多様、色とりどりな少女たちだった。

 

 俺はぴたりと足を止める。社の前で、一人の少女がこちらに背を向けて立っていた。身に纏うのは少し変わった意匠の巫女服。艶のある黒髪の上に彩られた、赤いリボンが目を引く。

 

 俺が無言で立ち尽くしていると、少女がやがてこちらを振り返る。知らない顔だ。けれど、何故だかとても懐かしかった。

 

 ――君は誰だ?

 

 その問いが声にならない。紅白の少女はただ、俺の顔を見てニコリと笑った。何かに安堵しているような表情だった。

 

 ――君は一体……

 

 やはり、声は出せない。それがとてももどかしい。

 どうして、こんなにも懐かしいという感情が溢れてくるのだろうか。此処は一体どこなのか。

 

 声を絞り出そうと俺が足掻いていると、びょうという音とともに強いつむじ風があたりに吹き付ける。そして、周囲がふいに少し暗くなった。

 紅白の少女が空を見上げる。俺もそれに釣られて視線を移し――()()()()()と目が合った。

 

 突如として空を覆ったのは龍だった。ため息が出るほどに美しい、白金色の龍。恐ろしくはない。けれど、心が大きく揺り動かされて、頬を涙が伝った。

 

 温かい手が、俺の顔に触れる。いつの間にか、巫女服の少女は俺の眼前まで近づいていた。彼女はその白い指で俺の涙を拭って、もう一度笑った。しょうがない奴だと、今度は苦笑するように――やがて、少女は歩き出した。俺に背を向けて。

 

 「―――――――!?」

 

 少女が向かう先、俺が最初に通ってきた鳥居の元に、見覚えのある人が立っていた。眩い金色の髪、紫紺の瞳。彼女の顔を見間違うはずなど無い。

 

 ――――紫さん

 

 呼びかけが声に成らずとも、彼女は此方を見た。だが、彼女は何も言ってくれない。ただ、優し気な微笑だけを浮かべて、そして巫女服の少女に寄り添うように、彼女もまた俺に背を向けた。

 

 ――――待って、待ってくれ!

 

 飛び出そうとしても――足が自由に動いてくれない。手を飛ばしても――決して届かない。声が出ないなんて分かっているのに、喉が裂ける勢いで俺はただ叫んでいた。俺にはどうすることもできない。

 鳥居を潜った彼女たちの背中が次第に小さくなっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――置いていかないでくれ

 

 

 

 

 

 

 

 「――――ッッ!?」

 

 瞼を開けた先、見慣れた天井が視界に飛び込んでくる。

 俺はゆっくりと体を起こして、周囲を見渡した。特に代わり映えのしない、自室の風景だ。

 

 「……また、あの夢か…………」

 

 ぽつりとつぶやく。

 寝汗で張り付くシャツが不快だった。

 悪夢という程ではないが、置いていかれるあの光景はそう何度も経験したいものじゃない。

 

 「……あの場所が、幻想郷なのか?」

 

 脳裏に浮かんだのは、きさらぎ駅での一件。駅を住処とした鬼は、この場所こそが幻想郷だと語った。到底信じられないが、鬼が横道を嫌うという話は紫さんからも聞いたことがある。暴力的であり、残酷であれども、約束だけは守る。それが鬼だとも。

 

 無論、何事にも例外は存在するし、鬼の中でもはみ出し者はきっといるだろう。

 しかし、果たしてあの鬼はどちらだったのだろうか。個人的には信じたくないが、あの鬼は嘘をついていないように思えた。

 

 「幻想郷はもう……」

 

 約束を果たす機会は永久に潰えたのか、そんな後ろ向きな思考を振り払う。

 

 「そうだ、まだ……確定したわけじゃない」

 

 鬼は紫さんが()()に閉じこもったと言っていた。そして、自分達を()()の者だと。

 

 幻想郷に何か不測の災害が起きたのだと仮定すると、恐らくそれは外側から始まったのではないだろうか。外縁、つまりきさらぎ駅があった場所は荒廃していたが、内側はまだ無事かもしれない。もちろん、それも希望的な観測に過ぎず、既に幻想郷は滅んでいる可能性は十分にある。

 

 (……けど、絶望的な状況を想定していても始まらない。だから、まずは紫さんが無事であることを、俺の目標が崩れていないことを前提にする)

 

 そうしなければ、モチベーションは到底維持できない。

 既にあれから十年だ。焦りもある。その上既に手遅れな可能性まで考慮してしまえば、もう俺は進むことができなくなるだろう。

 

 「……諦めるな、止まるわけにはいかない」

 

 自分に言い聞かせて、俺は寝台から立ち上がった。

 今日は民俗学の講義がある日だ。手早く身支度を済ませて、早めに学校に向かいたい。

 幻想郷探しのために、いつ講義を欠席するか分からない。だから、常日頃から平常点や出席日数は確保しておかなければならなかった。

 

 俺はバスタオルを持って洗面台に向かった。歯磨き粉をたっぷりつけたブラシを咥え、隣のバスルームの扉を開ける。

 汗が気持ち悪いので、軽くシャワーを浴びたかった。どうでもいいが、俺は割と風呂場で歯を磨くタイプだった。分ける必要のない作業はまとめて行いたい気質なのだ。

 

 技術革新が目覚ましいこの世の中で、ハイテクさの欠片もない旧式のバスルーム。友人にすぐにはお湯のでないシャワーの話をしたらドン引きされたことがある。

 今時自動でお風呂を沸かすのも古いというのだから、恐ろしい時代だ。紫さんと暮らしていたときはヒノキ風呂だったというのに。

 

 少し待って、ようやく熱いシャワーが浴びられるようになった。朝晩浴びると意外と水道費光熱費も馬鹿にならないが、まぁ今日くらいは良いだろう。

 あの妙な夢を見てしまったせいで、落ち込んだ気分を回復する必要経費だ。

 

 「……そういえば、こういうの何て言うんだっけ?」

 

 シャワーを浴びながら、ふと疑問に思ったことを口に出す。

 確か、俺が見たような夢を指し示す言葉があった筈だ。神様だとか龍だとか、有り難い存在が現れる不思議な夢。昔の信心深い人たちはそれをお告げだと信じていて、その夢の内容を政治に反映させることも珍しくなかったのだとか。講義でいつか教授が言っていた。

 

 「あぁ、思い出した――――()()だ」

 

 ど忘れしていた言葉を思い出せて、胸のつかえがとれた。

 

 

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