「いや~俺さ、ずっとオカルトに興味あったんだよね! 意外かもしれないけどさ! ほら、俺ってこんな感じじゃん‼」
「……へぇー」
まくし立てるように話す男に、蓮子は死んだ魚のような目で応答した。
頭頂部だけ茶色、残りをすべて金色に染めたプリンみたいなヘアカラー。
派手な耳ピアスに無駄に開けた胸元でぎらぎら光る悪趣味なネックレス。
人を見た目で判断してはいけないとは言うが、どう見たって遊び人のような風体の男は、実際遊び人然とした身振り全開で、調子よくしゃべり続ける。
彼には蓮子の顔が見えていないのだろうか。
元々、秘封倶楽部は蓮子と私の二人だけで作った非公認サークルだ。
非公認、そう聞けば大抵の者はいい顔はしない。
得体が知れないのだから当然だろう。
だが、それは私たちにとっては好都合だったのだ。
そう、正しく今、目の前で舐め回すように私たち二人に視線を送る、その男のような輩を避けるのに。
「ってかさ、オカルトってことは君たち二人で、廃墟とか行ったりするわけ? ダメだよー! 君たちみたいなかわいい子だけじゃ危ないって‼ 俺、週一でジム通ってて、マジめっちゃ鍛えてッからさ! ボディーガードとか全然任せてもらっていいよ‼」
「ヘェーソウナンダ! スゴイね、アリガト。でもお構いなくー‼」
対応がいい加減に面倒になったのか、蓮子の言葉は片言混じりだ。
気持ちは分からなくもないが、流石にそれはあからさま過ぎはしないだろうか。
そんな不安を抱く。
元々蓮子はかなり気が強い、こないだってナンパしてきた連中を歯に衣着せぬ物言いでバッサリ切り捨てていた。
そのときはそれで結果的に助かったから良かったのだが、相手がもっと頭に血が上りやすい性格の者だったら、そう上手くは行かなかっただろう。
蓮子の男らしさは気の弱い私にとっては眩しく映るし、頼りになるものではあるが、少々危ういとも思う。
今目の前にいるこの男だって、明らかにおざなりな対応をされていると思えば、内心穏やかなはずはない。
その予想が当たったのか、男の目が薄められる。
マシンガントークが止み、少し間を沈黙が包んだ。
嫌な予感がする。
「……なんかさ、あんまり俺歓迎されてない感じ? 部員募集の紙見て、張り切って来たんだけどなー、そんな対応されると気分良くないよね……」
男の口元にはまだ笑みが張り付いているが、その目は笑っていない。
苛立っているのは明白だった。
「そうね、歓迎はしてないわ。私たちは真面目に活動してるから、冷やかしは結構なのよね」
一切の怯みを見せることなく、蓮子がきっぱりと言い放つ。
「ッ‼」
蓮子のあまりにも直球な物言いに、男は少々面食らったようだった。
しかし、直ぐに取り直して、鋭くなった目で蓮子を睨みつける。
「へぇ~言ってくれるじゃん! 気の強い子って、俺はあんまり嫌いじゃないけどさ、その調子だと苦労するよ? 彼氏とかできないでしょ?」
蓮子の額に青筋が浮かぶ。
「あら、余計なお世話よ。ていうかあなた、もしかして女はお淑やかじゃないといけないとか、そんな旧時代的な考えを持っているのかしら? 道理で古臭いファッションだと思ったわ。大体何? そのプリンみたいな髪、絶望的に似合ってないわよ。ねぇ、メリー?」
「えっ‼」
そこで私に振るの!?
確かに思ったけども! 今日のおやつは駅前のプリンにしようって思ったけども‼
返答に困ってるうちに、私も同じ考えだと思ったのか、男の険しい視線が私にも向けられた。
理不尽だと思う。
いや、そんな場合じゃないか。
「ふっざけんなよ!」
ドンっと力強く机を叩いて男が立ち上がる。
その勢いに押されて、私の体が強張った。
「何よ! 急に声を荒げちゃって! そうすれば女を黙らせられると思ってるのかしら?」
顔を赤くして怒鳴り声を挙げる男に、負けじと蓮子もヒートアップしていく。
机に座ったままで、相手に噛みつきそうな勢いで蓮子は男を見上げて睨む。
増々まずい状況だ。
「ちょ、ちょっと蓮子! 落ち着いて! え、えっとあなたもごめんなさい! 蓮子ってば口が悪いのがデフォルトなの! だから大目に見てあげて! ほら、蓮子も謝って!」
「はぁ!? なんで私が謝んなきゃいけないのよ! 大体あんた、オカルトなんて興味ないんでしょ! 下心ありありで来られても迷惑なのよ!」
蓮子は謝る様子もなく、ますます火に油を注ぐ。
「あぁ!? いい加減にしろよお前ら! 人のこと舐めんのも大概にしろ‼」
「ッ痛!」
男が蓮子の腕を掴んだ。
「蓮子‼ 止めて下さい! お願いだから暴力は‼」
「――すみませーん、新入部員勧誘のポスター見て来たんですが……」
緊迫した状況に不釣り合いな声が響いた。
焦った様子も、気まずさも感じさせない、本当に自然な状態の言葉の響きだ。
「はっ!? 何だお前!? いつの間に……」
男は知らぬうちに、自分の背後に佇んでいた青年の存在に瞠目する。
どのタイミングで入室したのか、全く分からなかった。
みんなそれどころじゃなかったことを差し置いてもだ。
それ程に、その青年には気配というようなものが無かった。
顔立ちはかなり整っていて、どちらかと言えば印象に残る顔だ。
其れにも関わらず、青年は空気に溶け込むような、そこに居ることに何の疑問も抱かないような程、実に自然にその場に存在していた。
「あーいや、すみません。お取込み中でした? だったら出直しますが……」
予期せぬ来訪者に、呆気にとられる私たちを見渡して、青年はのんきな様子で言う。
不思議な青年だった。
「……チッ! なんでもねぇよ!」
青年の登場に一旦冷静になったのか、毒気を抜かれたような、罰が悪いとでもいうような顔で、男は乱雑な足取りで退室した。
本人にその気があったのかどうかは分からないが、結果的に青年に救われた形だ。
「……えっと、ありがとうね」
戸惑いながらも、とりあえず私は礼を口にした。
「いえ、別に何もしてないので」と青年は首を左右に振る。
「思いとどまってくれたようで良かった」とも、どうやら、状況を分かった上での振る舞いだったらしい。
「ほら、蓮子も」
「ん? あぁ、まぁ助かったわ……ありがと」
ぶっきらぼうな様子で蓮子が言った。
「それで、貴方入部希望者ってことでいいのかしら?」
「いや、希望というか……まぁ、民俗学専攻なので興味がありまして……他のオカルトサークルでは、探してるものに出会えなかったもので……」
「探してるもの?」
尋ねる蓮子に、青年は少し思案した後、躊躇いがちに口を開く。
「――『幻想郷』 そんな名前の怪談や伝承を聞いたことはありますか?」
青年の瞳が探るようにこちらに向けられる。
幻想郷、聞いたことの無い名前だった。けれど、何処か懐かしさのようなものを感じる、不思議な響きだった。
蓮子も聞き覚えが無いようで、首を傾げている。
「幻想郷? 聞いたことの無い名前ね……メリーは?」
「ごめんね、私も無いかな……どういった種類のオカルトなの?」
「妖怪や神、そういったこの世界から忘れ去られた者達が集うと言われる楽園の話です。伝承や都市伝説の類には異界が多く登場しますが、この『幻想郷』に関しては謎があまりにも多くて……」
謎が多い、そう聞いた蓮子の目が興味深そうに見開かれる。
どうやら、青年の話は蓮子のいっそ狂気的ともいえる程の好奇心に火をつけたようだった。
「非常に面白い話ね。それで、その幻想郷とやらの情報源は何かしら? 本? それともネットの噂?」
「どちらでもありません。直接の口伝です。昔、母親に教わった話です。母はその手のものに精通していまして、寝物語で『幻想郷』の話をよく聞かされました」
「なるほど、地域に根付いた独特の伝承なのかしら? だったら確かに情報が無いのも納得できるわね。あなた、生まれは?」
蓮子の質問に、青年は答えに窮した。
少しのあいだ口を開閉させて言葉を探すようにした後、「分かりません」とそう答えた。
「は? 分からない? 生まれが分からないってどういうことよ?」
蓮子の疑問は当然のものだった。
発展途上の国ならともかく、此処は日本。
資本主義の終焉を息抜き、人口減少のデメリットすら回避して見せたこの国は今や先進国のなかでも群を抜いて発展している国だ。
国民情報の統制はしっかり行き届いている。出生なんて基本的なものは尚更だ。
それが分からないなんて稀有な事例が起きるとすれば……
蓮子も尋ねた後でそのことを悟ったのか、罰の悪い表情を浮かべる。
「どうやらお察しみたいですが、俺は所謂捨て子という奴でして……」
情操教育が発展した現在ではかなり減少してはいるが、そういった事例はゼロにはなっていない。
その事実を知ってはいたはずなのに、実際に目の前にすると強い衝撃を受ける。
それは蓮子も同じだったのだろう。
少し帽子を深く被り直しながら、「ごめんなさい」と蓮子は呟いた。
「いえ、別に気にしないで下さい。そこはどうでもいいんです。俺は良い里親に巡り合えたので……なんか、変な空気にしてしまって申し訳ありません」
言いながら、青年は頭を掻いて笑った。
別に無理をしているというような印象は受けない。
青年にとってはもうとっくに決着している話なのかもしれなかった。
「『幻想郷』について、何か分かればいいかと思って訪ねただけなんです。 入部希望でもないのに、邪魔してすみません、それでは失礼します」
頭を下げた後、青年は踵を返す。
「ちょっと待って」ハリのある蓮子の声が青年を引き留めた。
青年が足を止めて、こちらに振り返る。
「何でしょうか?」
「『幻想郷』の話は私たち秘封倶楽部としても非常に興味深かったわ。こっちでも調べてみる。何か分かったら教えるから、連絡先教えてくれるかしら?」
「本当ですか? 有難うございます! それは助かります」
青年はジャケットのポケットから手帳とペンを取り出すと、そこからちぎった紙片にペンを走らせ、それを蓮子へと手渡した。
「あぁ、そういえば自己紹介がまだでしたね。文学部民族学科、二年の八雲・零と言います。以後、よろしくお願いします」
そんな風に、にこやかな笑みを浮かべて名乗る青年の姿に、どうしようもなく懐かしいものがこみ上げてきたのを今でもよく覚えている。
――私たち秘封倶楽部が二人じゃなくて、三人になるのは、これよりもう少し後の話だ。
本作における主人公と秘封倶楽部の二人は、同じ二年生で20歳です。