東方秘封倶楽部 幻想探索録   作:パック

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ぶらり廃線列車の旅①

 

 雲一つない青空に浮かぶ太陽が、ぎらぎらと輝いて地上を照り付ける。

 手で庇を作り、私は上空を目を細めて睨みつけた。

 悠然と、というよりは何処か太々しくこちらを見下ろしているような太陽が、忌々しく映ったのだ。

 

 暑さで噴き出した汗によって、服が肌にぴったりと張り付く。

 あまり良い感触では無かった。

 

 一、二世代前くらいは、汗を垂らしながら働くことが美徳のようにされていたらしいが、冗談じゃない。

 技術革新が進んだ現代で、何故そんな古臭い真似をしなければならないというのだ。

 

 そもそも、母も母だ。

 せっかく連休に顔を見せた可愛い愛娘に、蔵の整理を押しつけたりするのか普通?

 

 「ただでさえ今年は異常気象で、五月から真夏の気温だってのに……」

 

 日を睨むという無為な行為に見切りをつけ、私は正面に聳え立つ蔵に視線を移す。

 白い漆喰の壁づくりに、黒い瓦屋根、時代劇なんかに出てくるような建造物をそのまま持ってきたようなその蔵は、様相に反して意外と真新しい。

 

 汚れは見えるし、蔦がそこら中に絡まっては見えるが、建物自体は悠然と佇んでおり、壁には綻び一つない。

 それもそのはずだろう。

 この蔵は建てられてからまだ百年も経っていない、私の記憶が正しければ、令和の初期に建てられたものだったはずだ。

 

 今やこの手の建造物は絶滅危惧種となっている。

 建てられた当時の時代でも、この種類の建造物を建てることは稀だったそうだ。

 これを建てた私の祖母は所謂好事家だった。

 

 戸が開いたままになっている蔵に足を踏み入れて、私は中途半端になっていた作業を再開した。

 積み重ねられた物品の数々を仕分け、明らかなガラクタを空いたスペースに集める。

 

 溜まった埃が舞って、目と鼻が痒くて仕方ない。

 かといって、炎天下の元で、マスクをつけるのもまた億劫だった。

 

 できるだけ顔を背け、息を止めつつ作業を続ける。

 本当に面倒くさい。こんなことなら帰ってこなければよかったと思う。

 だが、そういうわけにもいかない事情もあった。

 

 祖母が建てたこの蔵には、様々な骨董品が眠っている。

 かつて秘封倶楽部を創設し、その会長として八面六臂の活躍をした祖母の収集品。

 私なんか足元にも及ばないような、不思議な力を持った祖母が集めた、貴重なオカルト資料が蔵には多数存在している。

 

 もし、オカルトに興味の無い母や父に蔵の管理を一任させてしまえば、それらが直ぐにガラクタとして処分されるのは目に見えていた。

 

 だから、「そんなに言うのなら、貴方が蔵の整理して頂戴。お母さんたちよく分からないもの」という言葉に私は頷くしかなかったのだ。

 

 「……とはいえ、ちょっとくらい手伝ってくれてもいいじゃない。父さんも母さんも冷たいったらありゃしないわ……」

 

 いや、そういえば父は最初は手伝おうとしてくれたのだったか。

 あまりにも資料の扱いが雑だったので、ついカッとなって蔵から追い出してしまったのだ。

 

 父の寂しそうな顔が脳裏に浮かび、少し申し訳ない気持ちになる。

 しかし、思い返しても、やはり父のオカルト品の扱いは雑だったので、しょうがない。

 諦めて一人で作業する以外に道はないだろう。

 

 「あ! これ……」

 

 骨董品が並ぶ棚の一つに、見覚えのある箱を見つけて、私は作業の手を止めた。

 それは、正方形の古い木箱だった。

 蓋を取れ払って見れば、不思議な光沢を持った球形の石が姿を表した。

 

 「……懐かしいわね」

 

 箱の中から石を取り出して、それを色々な角度から眺めてみる。

 光沢を帯びている以外は、特に何の変哲もない石ころだ。

 けれど、祖母はこれを自分の宝物だと言って、とても大切にしていた。

 

 「確か、パワーストーンを加工したものなんだっけ?」

 

 この石が自分の世界を変えてくれた、祖母はそんなことを語っていた。

 その時は何の疑問も抱かずにその言葉を受け入れていたが、今考えれば不思議な話だ。

 蔵の中には、パワースト―ンなんかが及びもつかないような、曰く付きの品も存在している。

 

 しかし、それを差し置いて、祖母はこの品を宝物だと言い切った。

 よっぽど特別な思い入れがあったのだろうか。

 今となってはそれを知る術がないのを少し口惜しく思う。

 

 祖母が死んでからもう十年が経つ。

 祖母がよく語ってくれた、秘封倶楽部の冒険譚が私は好きだった。

 私がオカルトに傾倒するようになったのは、間違いなく祖母の影響だろう。

 

 祖母の血を継ぐ私ならば、何か特殊な力に目覚めるかも知れないと、子供の頃よく期待していたのものだ。

 実際発私に発現したのは、星から時間を、月から場所を正確に把握するといった、異能と呼べるか怪しい代物だったけれど……

 

 メリーにだって「それはただの計算なんじゃないの?」と突っ込まれたりもした。

 だが、計算する過程を必要とせずに頭に解が浮かび上がるので、一応異能の分類ではあるはずだ、たぶん。

 

 しかし、祖母やメリーに比べて、私の持つ力が地味な自覚はしっかりある。

 

 「私も、念動力の一つでも使えたらいいんだけどな……」

 

 ため息を吐きながら、私は石を箱に丁寧に戻すと、元あった場所へとしまい込んだ。

 こんな風に物品ひとつひとつに感傷的になっていたら、いつまでたっても作業は終わらない。

 

 もっと感情を殺して、手際よくこなさなければ。

 蔵の整理は私に一任されているのだ。祖母のオカルト収集品じゃなさそうなガラクタは全部捨てる、そう決めても問題ないはずだ。

 

 隅で埃をかぶってる旧時代の家電類は、どうせ使い物にはならない。

 使用不可でも、見た目がある程度整っているならば、その筋のマニアの買い手がつくと聞いたことがあるが売り払うのも面倒だった。

 

 とりわけ私の目についたのは、古い暖房器具。

 石油を原料とした旧時代の遺物だ。

 それを処分しようと私は足を踏み出して、

 

 「きゃっ!」

 

 何かに足を引っかけて、私は前のめりに転んだ。

 その拍子に骨董品の山が崩れる。

 

 「痛っ~~。あぁ、やっちゃったなー」

 

 じくじくと痛む膝を見れば、擦り傷が出来ていた。

 全く持って災難だ。

 足を引っかけた場所へと視線を移したが、床に散らばってしまった骨董品によって、何に躓いたのかはもう分からない。

 

 「あ、パワーストーン!」

 

 落ちた骨董品の中に、パワーストーンが入った箱があることを認めて、私は思わず声を挙げた。 

 サーっと顔から血の気が引いていくのが自分でも分かった。

 

 慌てて私は箱に駆け寄って、中身を確かめる。

 不幸中の幸いとでも言うべきか、石には目立った傷はついていない。

 そのことに私はほっと胸を撫でおろした。 

 

 他の骨董品も検分するが、パッと見て大きく損傷したものは無いようだった。 

 床に転がしたままにしておくわけにもいかないので、ひとまず適当に棚に並べる。

 そこでふと、私は見覚えのない品を見つけて手を止めた。

 

 「何これ? すごく古い、手帳?」

 

 色褪せてはいるが、かなり上質そうなレザー製の手帳だった。

 興味本位に中を改めてみる。

 

 手記の内容は全てオカルトに関することだった。

 その辺のオカルト雑誌とは比べものにならない情報量。

 筆者がどれだけ調査に時間を費やしたかが分かる。

 繰り広げられる考察は、どれも奇抜ともいえる程革新的だが、実に論理的でもあり、納得させられる。 

 

 私は倉庫の整理も忘れて頁をめくり、読み進めた。

 手記に綴られる丸文字には見覚えがある。

 これはまぎれもない、祖母の字だった。

 そこから察するに、この手記は……

 

 「……秘封倶楽部の活動手記ってことかしら? そう言えば、そんなものもあるっておばあちゃんも言ってたっけ……」

 

 子供の頃見せて欲しいとせがんだら、何処かへやってしまったのだと、謝られた思い出がある。

 それが今になって偶然見つかったという事実に、多少のひっかりを覚えた。

 

 幼い時はこの蔵が良い遊び場だった。

 並ぶ曰く付きの骨董品は私の好奇心を非常に刺激してくれたのだ。

 だから、祖母に関する品については詳細に記憶していた。

 それ故に、

 

 「この辺にあったなら、私が今まで気づかないはずはないんだけど……」

 

 骨董品の山を漁ったことは一度や二度ではない。いやでも目に入りそうなものだが……

 そこまで考えて私はかぶりを振った。

 

 人間の目は意外と節穴だ。本当は視界に入っていたけれど、認識していなかったということもあり得なくない。

 

 そうでなかったらなんだというのか。

 まさか、誰かが手記を今になって持ち込んだなんてことはないだろう。

 

 私はオカルト好きではあるが、根も葉もないような陰謀論は好まない。

 あくまで論理的に怪異を解き明かし、この世界の神秘を探求する。それが現秘封倶楽部の理念であり、私とメリーが目指すところだった。

 

 頁をめくる手を進めると、次の頁の間に紙片が挟まっていることに気づく。

 手帳と同様に色あせた、ひどく古い紙片だった。

 手で摘まんでみれば、紙片は二枚あった。

 

 「……切符?」

 

 電子化が進んだ現在ではもう見ることのなくなったものだ。

 しかも記載されている内容を見るに、どうやら既に絶滅危惧種となっている鉄道の片道乗車券らしい。

 しかし、それ以上に驚くのが……

 

 「……何これ? 行先が書いてないじゃないの」

 

 切符に書かれているのは出発駅のみだった。

 本来そこに記載されていなければならないはずの、列車の行先は空白となっている。

 また、記載されている情報にも不可解な点が複数見られた。有効期限が無限の切符なんて聞いたことが無いし、鉄道の名前だけが文字化けしているのも中々に気味が悪い。

 

 「印刷ミス……では無いわよね。この手記に意味深に挟まってるってことも踏まえると……」

 

 オカルト関連の話だと考えて違いないだろう。

 行先のわからない鉄道の切符、怪異譚としてはそうもの珍しいものではない。

 異界駅の怪談は『きさらぎ駅』をはじめとして、いくらでも語り継がれてきている。

 

 いつもなら、面白い話だと飛びついて、メリーを誘って秘封倶楽部の活動対象としているところだ。

 しかし、今の私はそんな気分にはならなかった。

 

 部員勧誘をしていた時に現れたあの何処か不思議な青年、八雲・零が語った『幻想郷』。

 今の私の好奇心のその郷へとくぎ付けになっていた。

 まるで聞いたことのない異界の伝承、情報は少なく、与太話の可能性だって大いにある。

 それなのに、どうしようもなく惹かれる。

 今まで様々なオカルトに関わってきたが、こんな焦がれるような気持ちになるのは、初めての経験だった。

 

 この切符もそれなりに興味はあるが、優先順位は低い。

 

 「ま、キープってとこね……」

 

 二枚の切符をもとの頁に、今度は分かりやすい様に少しページからはみ出させて、しおりのように挟む。

 そして、手帳を閉じようとして、私は自分の目を疑った。

 

 「え……」

 

 切符に気を取られていて、それが挟まったページの内容まで注意してなかった。

 今になって、私の目は頁に綴られるその名を捉えたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 探して止まない――『幻想郷』の名を

 

 

 

 

 

 




 一応今から八十年後くらいの未来の話として書いています。
 秘封倶楽部の活動する時代は車が旧時代的な乗り物とされているらしいので、二十二世紀くらいかなと。
 流石に某猫型ロボットの世界レベルの技術革新は無いでしょうが、秘封倶楽部世界くらいの技術革新はある程度実現できるかもしれませんね。
 月面旅行ツアーとか。
 
 
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