幻想郷への道が閉ざされてから、どれほど経っただろうか。
彼女たちと過ごした少女時代が今はただ懐かしい。
歳は取りたくないものだ。体の内側からガタが来て、思うように動けない。
成長が老いに変わるというのは、なんとも物悲しいものだ。
人が不老を追い求める理由が分かった気がする。
最も、不死の方は天と地がひっくり返っても御免だが。
いつまでこんなことを続ける気なのか。
気づけば、最近はそんな自問自答ばかりしている。
それでも私はどうしても諦めきれなかった。
もう一度だけあの場所に、幻想郷に行きたい。
あんな中途半端な別れでは納得できなかった。
彼女たちに、あの郷の友人たちに再び会いたい。
皆は無事でいるのだろうか。
私が最後に幻想郷に訪れた日、あの日の皆の深刻な表情が忘れられない。
だから、私はあの日から今日までずっと怪異を追い続けてきた。
いつか、再びあの郷へと赴く手がかりを掴めると信じて。
だが、いい加減見切りをつけなくてはいけない。
私の超能力も加齢とともに随分衰えてきてしまった。昔ほどの無茶はもうできないだろう。
――これが最後だ。
ようやく得た手がかり、
「……幻想郷行きの切符、ねぇ……」
私は机に置かれた、その色あせた古切符をつまんで、まじまじと観察する。
俄かには信じがたい、それが正直な感想だった。
蓮子の祖母については、今まで何度か蓮子自身から聞いていた。
特殊な力を持っていたという話も、別に疑っては居ない。
私だって異能を持っているし、少し疑わしい所はあるが、蓮子の能力も異能と言っていいだろう。
初代秘封倶楽部会長であるという蓮子の祖母が残した手帳、そこに書かれている内容は素晴らしかった。
実に論理的に、怪異という存在の本質を突いている。
蓮子の祖母が只者ではないことは、手帳から分かった。
しかし、それとこれとはまた別問題だ。
他の怪異に比べて、幻想郷についての記載は手帳の中でもごくわずか。
何より、
「――手帳にはそれ以降、幻想郷に関する
私の質問に蓮子は少しだけ苦い顔をした後、小さく頷いた。
「何度も読み返してみたけど、不自然なくらいに幻想郷の話題が挙がることは無くなったわ。成功したかも失敗したかも書かれて無い」
「だったら、順当に考えれば失敗して意気消沈したってとこだと思うけど……」
不躾な言い方になってしまったが、此処で言葉を濁しても意味は無いだろう。
蓮子だって理解しているはずだ。
「えぇ、残念ながらそうでしょうね」
蓮子が帽子を深く被り直した。
「でも、まるで誂えたように切符が丁度二枚あるんだもの、試して損は無いでしょう?
他に幻想郷に関する手がかりは見つかってないんだし……」
蓮子の言う通り、確かに有力な情報は集まっていない。
様々な文献を調べつくしたが、それらしい記載は無かった。
だがらこそ、そこで一つ疑問が浮かぶ。
「そもそも初代会長、あなたのおばあさんは一体どうやって幻想郷の存在を知ったの?」
「それが分からないのよ、手帳にはいきなり幻想郷の名前が登場してて……あ、でも、もしかしたら……」
顎に手を当てて、蓮子は思案気な表情を浮かべた後、ぽつりぽつりと話し始める。
「実はね……手帳の中身がいくつか抜けてたのよ」
「抜けてる? まぁ、古いものなんだから破れてても不思議じゃないけど……」
手帳は決して良いとは言えない保存環境にさらされていたようだ。
破れや汚れなどで読めない箇所があってもおかしくは無い。
幻想郷について記載されていた頁が、運悪くそのような状態になっていたということも十分に考えられる話だった。
だが、蓮子はそうではないのだと首を横に振り、何処か自信のなさそうな様子でゆっくりと口を開いた。
「――真っ白なのよ」
「……白?」
思わず私は聞き返す。
「うん、白。白紙なのよ、規則性なんて無いわ。ぎっしりと書き詰められた頁の中に、不定期に白紙の頁が混ざるの。あと、書かれた文章の間に不自然な空白が挟まることもあったわ」
言いながら蓮子は自分のバックを漁り、古ぼけた手帳を取り出すと、机に置いて頁をパラパラと開いて見せる。
「何だ、持って来てたなら最初に見せてよね」
小言を言いながら、私は蓮子が誘う通りに、手帳を覗き込む。
なるほど、確かに間に何度か不自然な白紙の頁が挟まっていた。
「後から消した……ってわけじゃなさそうね」
古ぼけた手帳の頁は変色してはいるが、表面は綺麗だ。
文字跡のようなものは見えないし、触って確かめてみても、感触は一定だ、凹凸は見られない。
修正後の可能性は低い。最初から白紙だったと考えた方が自然だろう。
「確かに不思議ね。こんな風に白紙を挟む意味が良く分からないわ。何より一番奇妙なのは……」
私は文章の間に挟まる空白へと目を向けた。
完全に白紙の頁と同様、空白にも文字跡のようなものは見られない。
となると、筆者は文章を書く時にわざわざ謎の空白を空けて書いたということになる。
それは余りにも不可解だ。
「虫食い算じゃあるまいし……意図が読めないわね」
「そうなのよ。おばあちゃんは結構几帳面な方だったし、こんな空白、むしろ嫌がりそうなんだけど……」
蓮子も私も、二人して頭を悩ませるが、答えは出ない。
「……なんか、色々できすぎてるわよね」
ふと、思い浮かんで口に出た言葉だった。
これといった確信があったわけでもない、他愛ない言葉だ。
しかし、蓮子は意外な食いつきを見せた。
「それ、どういう意味?」
ずいと顔を近づけて、蓮子が真剣な表情で尋ねる。
わたしはその様子に少し面食らいつつも、「確信なんてない、只の妄想かもしれない」そう前置きしてから話す。
「今まで聞いたことが無かった幻想郷。その調査が難航しているところに、情報源の手記と、幻想郷行きの切符が手に入る。ここまで偶然が重なれば運命的なものを感じるわ。手記の内容もまた不可解だしね……」
陰謀論の類はあまり好かないが、ここまで都合よく事が進み続ければ流石に作為的なものを感じてしまう。
なら一体誰がそんな良く分からない陰謀を企むのだという話にはなるのだが、
「……やっぱり、メリーもそう思う?」
大きな息を一つ吐いてから、躊躇いがちに蓮子が尋ねた。
常に活動的な蓮子にしては珍しい態度だった。
「ってことは蓮子も?」
「うん、まさかとは思ったけど、流石に色々勘繰ってしまうものがあるわね」
小さく頷いて、蓮子は視線を下へと向ける。
私は少し考えこんで、思い切って彼女へと尋ねた。
「じゃあ、どうする? このまま調査を続ける?」
仮に、本当に仮にだが、私たちの行動が誰かの意図によるものだとするならば、私たちがこのまま幻想郷について調べて回るのは危険かもしれない。
特に、幻想郷行きだという切符。
行先が書かれていないこの切符が本当に幻想郷へつながっているのかは疑わしいが、これがもし何らかの異界へ、境界を超えて何処かへ辿り着くものなのだとしたら、最悪戻ってこれないかもしれない。
境界を超えるという行為は、遊び半分で行ってよいものではない。相応の覚悟が必要なのだ。
蓮子は私の問いに目を丸くして、少しの間硬直した。
そして、ゆっくりと口を開き、
「――何言ってるの?
心底意味が分からないという顔だった。
蓮子は賢い。なりふり構わず行動しているように見えて、ちゃんと正確に状況を理解した上で行動する力が彼女にはある。
私と蓮子の二人を指して秀才だと言う人たちがいるが、彼らは分かっていない。
私では蓮子に到底叶わない。特異な異能などなくたって、彼女の知能は人外的な領域に足を踏み入れている。
彼女は危険を正しく理解している。その上での言葉だ。
あぁ、そうだ。それでこそ――
「良かったわ。止めるなんて言ったらどうしようかと、危うく秘封俱楽部が解散するところだったわ」
冗談めかしく言いながら、私は自然に上がる口角が抑えられなかった。
「私を見くびらないでよメリー。例えどんな危険が潜んでいようとも、湧きあがる好奇心を唯一の原動力に、世界の秘密を解き明かす、それが秘封俱楽部でしょう?」
「えぇ、そうよ。良かったわ、私への口説き文句を忘れていないみたいで……」
【好奇心は猫をも殺す】という言葉がある。
命が九つあると言われる猫ですらも、その好奇心故に命を使い果たし、身を滅ぼす。
だが、それが一体どうしたというのだろう。
私たちは被虐者ではないし、自殺志願者でもない。
しかし、知りたいという欲求のためなら、危険を冒すことも厭いはしない。
私たちを愚か者と謗る輩も、狂人と評する者も居るだろう。だが、それがどうしたというのだ。
全ては――知りたい、ただそれ一つの欲求のために――
「それじゃあメリー、善は急げと言うし、早速今夜にでも駅へと行きましょう。実は場所の下調べはもう済んでいるのよね」
子供みたいに目を輝かせる蓮子に、私は笑みを返しながら頷いた。
――この時の私たちの選択に、一片の悔いも無い。
あれ? なんか知らんうちに秘封倶楽部のメンバーやばい奴になりそう……まぁいいや。
二人は平均的な大学生より頭が良いし、ちょっと世間一般からずれてるくらいが多分デフォでしょう。
東方キャラに常識人はまずいないってのが僕の解釈です。
外の世界組はまともだと解釈してたんですけどね……
でもやっぱり怪異に関わろうとする人間は頭の螺子がちょっとくらい飛んでないと、SUN値的に心配ですしね。