東方秘封倶楽部 幻想探索録   作:パック

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 更新遅れてすみません。


ぶらり廃線列車の旅③

 

 いつもとは違う、見知らぬ車両に乗り込んだことをきっかけとして起こる怪異。

 『きさらぎ駅』とは2000年初期、インターネットの掲示板に投稿された怪談話を発祥とした都市伝説である。

 数多く存在する都市伝説の中でも根強い人気を集め、類似の体験談も多く語られている。

 令和終期の目まぐるしい科学技術発展のあおりを受け誕生したアンチオカルトブームによって、多くの都市伝説が廃れ、語られることがなくなったが、異界駅譚の「はしり」たる「きさらぎ駅」は未だに残り続けている。

 また、近年では鉄道の運行が続けられている極一部の地方や廃線で、謎の車両の目撃談がまことしやかに囁かれており、都市伝説「きさらぎ駅」がオカルトマニアの中で再びブームとなりつつある。

 

 

 

 

 

 「『きさらぎ駅』は一説には『鬼駅』と書くそうよ。所謂言葉遊びだけど、浪漫があるわよね。鬼の住まう場所、つまりは地獄。謎の列車の辿り着く先が彼岸だなんて、いかにも都市伝説っぽいわ」

 

 そう言って目を爛々と輝かせる蓮子に、私はため息をついた。

 

 「縁起でもないこと言わないでよ。大体、おばあさんの手記にはこの切符が幻想郷への手がかりだって書いてあったんでしょ? 私いやよ、幻想郷なんて美しい名前の場所が、蓋を開けて見れば阿鼻叫喚、スプラッタの地獄絵図なんて……」

 

 行先の書かれていない切符をぴらぴらと振りながら、私は苦言を口にする。

 蓮子の言葉に、昔見た地獄を表した仏教画が頭に思い浮かんだが、やはりそんなのが幻想郷だったら嫌だ。

 

 私はオカルトは好きだがスプラッタの描写は好まない。

 時に凄惨な描写は都市伝説がもつ神秘を壊しかねないからだ。

 

 「ま、そうね。それに、お祖母ちゃんが長年探し求めていたのが地獄ってのもね……」

 

 私と蓮子は今、地方のある廃駅へと訪れていた。

 行先の書かれていない不思議な切符、そこに記載されていた出発駅だ。

 

 リニアモーターカーが主流となった今、列車はすっかり旧時代的なものとなった。

 昔はそこら中に張り巡らされていた線路もほとんどが廃線と化している。

 

 都市部ならば線路は駅ごときれいさっぱりに撤去されているが、一部の地方では行政が手つかずのまま放置していることも珍しくはなかった。

 私たちが今いる廃駅もその一つだ。

 

 壁に貼り付けてある看板の文字は掠れていて読めない。

 灯りがついていない自販機は、もうずっと前に故障していたのだろう。

 ホームベンチはボロボロで、中の綿が飛び出している。座席の間には蜘蛛の巣もかかっていた。

 流石に腰を下ろす気にはなれないので、私たちはずっとホームに立ち尽くしていた。

 

 廃駅の周辺には何もない。

 少し距離が離れたところに過疎気味の住宅地がある程度だった。

 そのため、ホームは酷く静かだった。か細い虫の声だけが時々聞こえてくる。

 

 時刻はもうそろそろ12時を迎える。蓮子の祖母の手記に書かれていた列車の出発時間だ。都市伝説の探求にはお誂え向きの時間でもある。

 

 春も中頃を迎え、暖かくて過ごしやすい気候にはなってきたが、流石に夜は冷え込む。

 もう少し厚手の服を持ってきた方が良かったかもしれない。

 二の腕あたりを摩りながら、私はため息をつく。

 

 「何か温かいものでも飲みたいわね。自販機が動いていてくれたら良かったんだけど」

 

 「同感だわ、でももう少しの辛抱よ。まぁ、体どころか肝まで冷えることになるかもだけど……」

 

 含みを持たせたような笑みを蓮子が浮かべる。

 なるほど、確かに蓮子の言う通りだった。

 自分たちは、今から異界へと渡る列車に乗り込もうとしているのだから。

 空間を、世界を分かつのが境界だ。

 

 異界へ渡るということは、境界を超えるということ。

 線を越えた先に待ち受けるものが何なのか、私たちはまだ知らない。

 鬼が出るか、蛇が出るか。

 蓮子の祖母が残した手記の内容にもひっかかりを覚える。

 

 「あ、そういえば……」

 

 そこまで考えて、ふと私の頭に思い浮かんだのは八雲君の顔だった。

 

 「八雲君には切符の話をしなくて良かったの? 幻想郷への手がかりが見つかったってのに……」

 

 彼には借りがある。

 それを返す良い機会だった。

 

 「もちろん分かってるわ。でも、彼への報告はもう少し調査が進展してからよ。こんな中途半端な情報を提出するのは、秘封俱楽部の沽券に関わるもの」

 

 「まぁ、それもそうね」

 

 手記の内容だけでは確かに不十分だ。

 それを実践してこそ、確かな根拠が得られる。

 だから、私たちは危険に身を投じなければならない。

 

 腕時計を確認して見ると、針は11時59分を指していた。

 秒針がぐるぐると時間を刻んでいく。

 緊張が高まる。鼓動が少し早くなるのは、好奇心故か、あるいは恐怖故なのか。

 秒針が遂に12を指す。

 私と蓮子はほぼ同時に顔を上げ、線路上へと目を向けた。

 

 「……何も起こらないわね……」

 

 蓮子が落胆をにじませる声音で言った。

 私も同じ思いだ。

 駅のホームは静寂に包まれている。微かな虫の声すらも、もう聞こえなくなっていた。

 

 都市伝説を追っていれば、このような肩透かしを食らうことも決して珍しくはない。

 けれど、私たちが感じた喪失感は今まで以上に感じたそれとは比較にならない。

 

 「また……振り出しに戻ってしまったわね」

 

 私の言葉に、蓮子も重々しく頷いた。

 蓮子の祖母が残した手記、それが唯一の情報源だったのだ。

 どれほど大きな図書館を漁っても、幻想郷を示唆する書物は見つからなかった。

 最早あてはない。これ以上、私たちに一体何ができるのだろうか。

 

 ちらりと蓮子の顔を伺えば、いつになく険しい顔をしていた。

 無理もないだろう。

 蓮子にとって祖母は憧れの存在。

 そんな祖母の形見である手記が空振りとなったのだ。その心中は察する余りある。

 私は何と声をかければいいのか少し迷って、直ぐに聞こえてきた風を切る駆動音に耳を疑った。

 

 「ちょっと、蓮子!」

 

 「分かってるわよ、メリー!」

 

 私の声に、メリーが間髪入れず答える。

 私たちの目が一点に釘付けになった。

 調べではこの駅の線路は途中で断線しており、先は無いはずだった。

 しかし、ならばあの光は一体何だというのだろうか。

 風を切ってごうごうと音を響かせ、こちらへ向かうあの列車は一体。

 

 私たちの困惑を引き裂くように、耳を劈く不快なブレーキ音が響く。

 そして、列車が私たちの前に急停車した。

 がらりと列車の扉が自動で開き、そこから吹いた生暖かい風が頬を撫でた。

 

 「……どうやら、ビンゴだったみたいね」

 

 動揺と畏怖、そして僅かに歓喜をにじませて蓮子が言った。

 

 「えぇ、そうね。この雰囲気……まず間違いなくこの世のものではないでしょうね。世界を隔てる境界、それを越えるに足るものだと思うわ」

 

 私は一通りその列車の全貌を眺めてみる。

 随分古い型のようだ。

 劣化が随分進んでいる。車体の塗装は剥がれ、あちこちに赤さびが見えた。

 暗い廃駅と相まって、ひどく不気味な電車だ。

 しかし、だらこそ興味が惹かれる。

 

 ちらりと蓮子の方を伺えば、その目はらんらんと輝いている。

 まるで子供のようだ。

 蓮子の様子に、つい私も口元がほころんだ。

 

 「待ちきれないみたいだし、早速乗っちゃいましょうか?」

 

 そう尋ねると、蓮子は力強く頷く。

 

 「えぇ、そうね! 良い提案だわメリー。此処で足踏みしていたら、秘封俱楽部の名折れだもの!」

 

 そう言うやいなや、蓮子が勢いよく電車の中に乗り込んだ。

 そして、こちらにくるりと振り返って手招きする。

 

 「さぁ! メリーも早く!」

 

 蓮子の声に応え、私も大きく足を踏み出す。

 片足が列車の中に入った。

 ちょうどそのときだ。

 ホームの端、自分たちとは正反対の位置で開かれた列車の扉、その中へ人影が入っていくのが視界の端に映る。

 

 「――え?」

 

 思わず声が漏れた。

 慌ててそこに視線を移すが、既に人影は見えない。

 

 「どうしたの?」

 

 私の様子を不審に思ったのか、蓮子が怪訝そうな顔で尋ねた。

 

 「いや、今あそこに人が居て、列車の中へ入っていったように見えたんだけど……」

 

 私はホームの端を指さした。

 けれど、正直自信は無い。

 

 「人って……こんな真夜中の廃駅に誰が居るってのよ? 大体ホームに居たなら私たちが気づくでしょう?」

 

 「いや、まぁそうなんだけど……」

 

 蓮子の言う通りだった。

 そもそも列車が来るまでの時間に、私たちは既にあらかた廃駅の探索を終えていたのだった。

 仮に人が隠れていたとしても、気づかないはずはない。

 

 「もう! メリーってば、ちょっと神経質になってるんじゃないの? まぁ、今現在怪異に巻き込まれているんだからしょうがないけどね」

 

 「えぇ、そうね。見間違いだったかも」

 

 蓮子に笑みを返しながら、私も列車へと乗り込む。

 直ぐに軋んだ音が響き、扉がぴしゃりとしまった。

 なんだか、閉じ込められたような気分だ。

 

 列車の内部は外観ほどボロボロではない。

 少なくとも、座席やつり革に目立った傷や汚れは見当たらなかった。

 ただ、電灯の光は弱々しく、車内が無人なことと相まって薄気味悪い。

 

 「さ、それじゃあまずは車内を探索しましょう!」

 

 興奮を抑えきれない様子で蓮子はそう言うと、直ぐに車内を物色し出す。

 だが、私は蓮子のような気分には成れなかった。

 先ほど覚えた引っかかり、それが胸の中で燻っていたのだ。

 

 ホームの端に見えた人影、その横顔が私にはちらりと見えた。

 辺りは暗くて、それははっきりしたものでは無い。

 けれど、何故だが妙な確信めいたものが私の中にはあった。

 あの人影は、あの人物は――外ならぬ、私たちの元を訪ねた青年、八雲零だったのではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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