代り映えのしない、鬱蒼とした木々が続く。退屈な光景に飽きて、私はため息とともに車窓から視線を離した。
何気なく横に視線を向ければ、丁度となりの車両からこちらに移って来た蓮子と目が合う。
「蓮子、そっちは何か進展あったかしら?」
蓮子がこちらへつかつかと歩み寄って来る。その顔を伺うに、どうやら結果は芳しくないらしい。案の条、蓮子はため息をはいてから首を左右に振った。
「何も、さっき二人で見て回ったとき以上のことは分からなかったわ。そっちはどう? 何か面白いものは見えた?」
「それが残念、草木しか映って無かったわ。何か特徴的な建造物でも見えれば、この列車が何処を走っているのかあたりをつけられるようになるんだけどね……」
左右どちらの窓の景色を見ても、これと言った発見は無かった。
自分たちのが列車に乗った駅の場所ははっきりしているので、その周辺情報と照らし合わせれば、列車の位置を推測できるのではないか。そんな試みは容易く散ってしまった。
「せめて、乗客が一人でも起きていてくれたら良かったんだけどね……」
そう言って蓮子が肩をすくめる。
「やっぱり、誰一人として起きていないの?」
「えぇ、話しかけても、強めに揺らしても全然起きる気配は無かったわ。いっそぶん殴ってやろうかしら……」
「頼むから絶対やめてね、お願いだから」
懇願するように私は言う。
それくらいのことを平気でやりかねないのが蓮子の恐ろしい所だ。軽率に二手に分かれたのは失敗だったかもしれない。もう少し蓮子の期限が悪ければ、その恐るべき所業は実際に成されていた可能性が高かった。
しかし、蓮子の焦れる思いも分からなくはない。
私たちが列車に乗ってから、既に二十分近くが経過していた。
列車内をくまなく探索して分かったことはそう多くは無く、序盤の調査以降にめぼしい発見は成せていない。
「分かることは多くは無いけど、この列車が尋常のものでないことはまず間違いないわよね」
現状判明していることを頭で整理しながら、私はそう口にした。
真夜中の廃駅に停車した列車。この時点で怪談案件なのは間違いないが、その上
そこまで考えて、ふと私はこの状況に酷似した話を思い出す。
「……っていうか、これって蓮子がさっき話していた
蓮子が私の言葉に目を見開いた。
「……そうよ、そうだわ! 私としたことがうっかりしてたわ。幻想郷行きの電車って想定で考えてたから……でもだったらこれはどういうことかしら?」
蓮子が首を傾げて、思案気な表情を浮かべる。
そうだ、確かに腑に落ちない話だった。
私たちが手にした切符は幻想郷へと辿りつくためのもの。その真偽は定かではないが、少なくともそれまで手記の話題にのぼることの無かった、きさらぎ駅という怪談が此処で関わってくることに疑問を抱かずにはいられない。
「きさらぎ駅と幻想郷には関係があったってことかしら? でも、だとしたらお祖母ちゃんの手記に記載が残ってないのが気になるわね……」
目を伏せて蓮子は悩み続ける。しかし、しばらくするとちらちらとこちらの顔を伺うように視線を向けだした。
何だろうか、とても嫌な予感がする。こういうとき、蓮子が碌なことを言い出さないのは嫌と言う程知っていた。
僅かな逡巡を経て、蓮子が顔を上げ、真剣な面持ちで口を開く。
「――やっぱり、車掌室に強引に乗り込むか、殴ってでも乗客を起こすのが手っ取り早くないかしら?」
「だから駄目だって!」
蓮子の提案に私は断固として拒否の意を示す。だが、蓮子はどうにも不満のようで、口をとがらせた。
「でも……」
「でもじゃないわ、どうしてあなたはこういう時直ぐに脳筋になるの? ご自慢の頭脳は何処に行ったのかしら?」
「うっ……」
私の物言いに、蓮子があからさまにたじろいで黙り込む。
流石に今の自分の言動が、短気な馬鹿のそれであるという自覚はあるらしい。冷静さを失っていないのなら僥倖だ。
私たちは既に怪異に巻き込まれている。ならば、単純な暴力が意味を成さないのもまた道理。むしろ、それを行使することで状況がより悪くなる可能性だってある。
蓮子が乗客に手荒な真似をしないように注意していたのも、倫理的問題以上に、その懸念故だった。
「まぁ、とりあえず駅に着くまで待ってみましょう。この列車がたどり着く先が、本当にきさらぎ駅かすらはっきりしな――ッ!?」
「ん? どうしたのメリー?」
突然硬直した私に、蓮子が訝し気に尋ねる。
しかし、私にはその声に応える余裕は無かった。私は直ぐに近くの窓へと飛びつくと、固くしまった窓を一気に押し上げる。
そして身を乗り出して、列車の進行方向に存在するソレへと目を向けた。
「ちょっと! どうしたのよメリー、何か珍しいものでもあった?」
蓮子も私の傍へと駆け寄って来て、窓の外にひょこりと顔を出す。
「あ! ちょっとあれトンネルじゃない! ようやく手がかりになりそうなもの見つけたわね!」
その発見に蓮子が喜びの声を挙げた。
なるほど、確かにトンネルの名前の一つでも分かれば、この怪異の謎の解明に役立つだろう。だが、今の私にはそんなことどうでも良かった。
何となく、肌がピりつくような気がする。その程度の漠然とした予感だったのだ。しかし、こうして
最初からトンネルなんて見ていなかった。ぽっかり空いた空洞の闇、そこに確かに存在する――
私たちを乗せた列車が闇の中へと飲み込まれいく。車内が暗転する直前、伊佐貫と書かれたトンネルの表札だけがちらりと見えた。
――こうして、私たちは境界線を越えた。
◇
不意に、音割れのひどい車内放送が響いた。
「まもなく、きさらぎ、きさらぎです。なお、線路上のトラブルにより、当列車はしばらくの間きさらぎで停車いたします。乗客の皆様方に大変なご迷惑をおかけしますこと、誠にお詫び申し上げます」
放送が終わったしばらく、引きつったようなブレーキ音が鳴り、列車が停車する。錆びたドアが開いた。
「……どうする?」
私はそばに立つ蓮子に尋ねた。
既に此処は境界を越えた先、不用意に動くことは得策ではない。だが、それはそれとして、私の好奇心は既にどうしようも無い程この怪異の虜になってしまっていた。
境界を越えるという未知への恐怖、興奮が私の中で今もせめぎ合っている。
だが、秘封倶楽部の会長は蓮子だ。私は蓮子の意思を尊重したい。
「どうするって……決まってるでしょ」
にやりと、蓮子が笑う。子供のように無邪気な顏だった。
蓮子は胸を張って、大きな声で宣言する。
「秘封倶楽部として! 神秘を探求する者として! こんな面白そうなもの、探検しないわけにはいかないでしょ‼」
蓮子の言葉に、私の口角も思わず上がった。
そうだ、宇佐美蓮子はそうでなくてはならない。
蓮子が私を見つめて、さらに楽し気に笑う。
「ふふ、なーんだ! メリーだって楽しそうじゃない」
「えぇ、そうね。とっても楽しいわ。それじゃあ、異界駅の王を解き明かすとしましょうか」
そして、私は蓮子を並んでホームへと足を踏み出した。
◇
都市伝説〖きさらぎ駅〗は様々な説がある。もっとも、出所が不確かことが多い都市伝説にはよく見られることだ。
様々な人間の口で語られる内に、噂の内容はどんどん変化していく。加えてインターネットという距離を無制限にする便利なツールの存在が、噂の可変度をより一層高めた。
それによって生じた無数の話の中から、正確な怪談、言葉に表せばその滑稽さが際立つが、要するにオリジナルの怪奇現象を挙げるのはほぼ不可能である。
何せ九十年以上前に流行った都市伝説だ。現代で生き残ってるだけで奇跡ともいえる。
人気が無く、草原や山しか存在しない無人駅。遠くから祭囃子と鈴の音が聞こえてくる。片足のおじいさんが居る。
きさらぎ駅の概要はざっとこのようなものだ。
他に駅周辺がマンション外だったりするパターンもある。きさらぎ駅の前後の駅について言及されることも。
どの噂話が最も正確にきさらぎ駅を表わしているのかは定かではないが、
「……どうやら、一番オーソドックなタイプみたいね」
私の言葉に、蓮子も頷く。
「えぇ、そうね。概ね噂話通りだわ。だからこそ、なんというか解せないわね。まるで……
蓮子の言う通りだった。
祭囃子と鈴の音が微かに聞こえてくる。生ぬるい風が足元に広がる草むらを揺らした。
遠目に見えるのは山々。人気は無く、人工物もほとんどない無地に近い空間。
何もかもが噂の形に沿っていた。それも、一番知名度が高い噂の形に。
「それで……貴方が件の翁かしら?」
自前の懐中電灯で照らしながら、蓮子は十メートル程先に立ち尽くす人影に向かって言った。
枯れ木のような手足の細さは、それが持つ杖と良い勝負だ。脚が一本しかないアンバランスさを、その杖で補っているのだろう。
片足の老人、きさらぎ駅の怪談に登場する怪人物の姿がそこにあった。
序章もいよいよ大詰め、後1、2話でこの怪異も解決します。
主人公しばらくまともに出てないから、忘れられてそうなのが心配ですね。次回までお待ちください。